解読、そして──
……確証らしい確証は、ない。
しかし、それを論じている時間はもっとない。
解読する事が出来たと仮定する他に選択肢がない以上、研究者として積み重ねてきた知恵と知識を信じる他なく──。
「──……ミコ嬢。 女神ジュノの言伝についてであるが」
『なにか、わかったの……っ!?』
そんなローアの心情を知ってか知らずか、ほんの少し食い気味に声を返してきた望子の表情にも強い焦燥が見える。
「うむ、ひとまず解読し終えた。 制御しつつ傾聴を」
『け、けい……?』
「……聞いてほしい」
『あ、う、うん……!』
それを少しでも和らげる為か、或いは自身に言って聞かせる為かは定かでないが、『傾聴』という難しい単語にピンと来ていない八歳の少女へ噛み砕いて伝えるくらいの余裕は出来たらしく、そこからの説明も非常にスムーズに終わり。
『──まほう……? あの、おとうさんのちからが……?』
「然り。 して、女神ジュノの物言いから察するに──」
魔法──と、かつて呼ばれた理不尽なまでの力こそ望子の中から勇人が発動させていた正体不明の現象であった事と。
『まほうをつかえば、せいぎょ? もできて……っ!』
「心臓を護る結界の破壊も可能、という事に……」
あの局面で最後の最後に伝えてきた以上、〝魔法〟こそが魔王討伐における最後のピースになってくれる──。
──……筈、なのだが。
「……なる、と断言する事は出来ぬ。 僅か四つの欠片を拾い集めて仮組みした朧げな推測ゆえ……だが、それでも──」
結局のところ、どこまで行っても推測は推測に過ぎず。
失敗=世界の終焉となるこの状況で、か細い可能性に縋っているだけの推測に頼らざるを得なくしてしまった事をローアが侘びつつ、それでも為さねばと顔を上げようとした時。
『──それでも、いいよ……だって、しんじてるから……』
「ユウトを、そして女神ジュノをであるか……?」
『もちろん、おとうさんとおかあさんもだけど──』
覚悟が決まったからか、少しでも疑問が解消されたがゆえに心が落ち着いたからか、その目に映ったのは制御に苦戦しながらもローアを気遣うべく力ない笑みを湛える望子の姿。
その笑みの奥には、もう二度と逢えない父親と魔王を討てばきっと再会が叶う母親への絶対的な信頼と、そして──。
『──ろーちゃんのことも、しんじてるから……っ!』
「……!」
この世界で出来た、とっても大切な〝お友達〟への信頼。
それだけで命を賭す理由になると曇りなき眼で暗に告げた望子の言葉に、ローアは生涯で初めて良い意味で絶句した。
魔族にあったのは、〝上下関係〟と〝利害関係〟だけ。
あの姉弟じみた上級と中級の間にはあったのかもしれないが、あんなのは例外中の例外な上、もう確かめる術もなく。
一見すると他の部隊とは比較にならない程に風通しが良く思えた研究部隊にさえ、あったのは信頼ではなく〝盲信〟。
だから、ローアは言葉を失っているのだ。
これが、〝信じる〟という事なのかと理解出来たから。
しかし、それでもフィンの様に取り乱したりはせず。
「……では、その眩き信頼に応える為にも一つ誓いを──」
やっと見つけた糸口を確実なものとする為にも、ある約束をしてくれないか、という彼女の頼みは遮られる事になる。
『──もう、なにがあってもふりむかないし……はなしかけたりもしない……! まおうをたおす、そのときまで……!』
「……それでこそ、〝勇者〟である」
勇者としての覚悟を決めた望子に、先読みされる形で。
『おしえてくれてありがとう、おかあさん……それと──』
『──ちからをかして、おとうさん!!』




