ぬいぐるみたちは悟る
──死臭。
それは、読んで文字通り死体から香る臭いの事だが。
通常、死臭が漂ってくるのは最短でも二日か三日は経過して腐敗が始まっている程の死体であり、つい先程ここで命を捧げたばかりの新鮮な死体から臭っては来ない筈なのだ。
勿論、異世界ゆえ地球の常識が通用しないという事もあるのかもしれないし、ただ単に人族どころか亜人族──というか同種のそれすらも遥かに凌駕する〝嗅覚〟で、まだ漂って来る筈のない死臭を先んじて感じ取ったのかもしれない。
真相はウルにさえ分からないが、それはそれとして。
「……おいミコ、アイツ──」
少なくとも〝聖女カナタの死〟自体が疑いようもない事実である事は間違いない為、流石に何も知らないなんて事はないだろうと踏み、よりにもよって望子に問おうとした瞬間。
「──ウル嬢」
「ッ!」
たった一言、名を呼ばれただけでウルは言葉を遮られ。
視線すらも、そちらへ誘導されてしまう。
呼び方からして論ずるまでもないが、声の主はローア。
〝真に力を持つ者の言葉は、時に武具や魔術をも超える凶暴な力となる〟──魔王軍幹部筆頭が言っていたこの世界の格言を、ローアは元魔族の身で実行に移してみせたのだ。
曰く──〝余計な事を言うな〟と。
『どうしたの? おおかみさん』
「……いや、何でもねぇ」
『?』
そんな言葉もない一瞬のやりとりで全てを悟ったウルは望子からの問いに満足な答えを返す事も出来ず──元はと言えばウルが問いかけようとしたのだが──ただ首を横に振るだけ。
そうして、ますます抱く違和感が増えていく一方。
「……うっ、うぅん……っ」
「ん〜……もう朝ぁ……?」
『!』
少し遅れて、ハピとフィンが目を覚ます。
『とりさん! いるかさん! よかった……!』
「望子……そっか、私たち……」
「……そういや死んでたんだっけね」
「その様子だと……お前らは知ってたんだな?」
「……えぇ、そうなるわね」
「いやー、死ぬってあんな感じなんだねー」
「……軽いなオイ」
当然、望子はウルの時と同じ様に二人に駆け寄っていきはしたが、ウルとは違い彼女たちは〝死ぬ事〟と〝蘇る事〟を知っていた為、随分と反応に差があると感じたウルの感想は何も間違ってはいなかったものの、まぁそれはさておき。
『ふたりもおおかみさんも、かなさんがよみがえらせてくれたんだよ! いまは、つかれてやすんでるんだけど……』
「え……疲れて……」
「休んでる……?」
またしてもウルの時と同じ様に〝カナタが蘇らせてくれた事〟を伝えた──尤も二人の場合は、あらかじめローアから聞かされていたのだが──望子の発言を受けた二人が視線を向けたところ、そこには休んでいるらしいカナタが居て。
(ねぇ、フィン。 あの娘……)
(うん、ボクもそう思う)
……二人は、すぐさま異変を感じ取った。
ハピは視覚で、フィンは聴覚で。
聖女カナタだった物に起きたのだろう異変を。
(アイツらも気づいたって事はあたしの勘違いじゃなく──)
そんな二人の様子を見て、ウルも漸く確信する。
(──テメェの命と引き換えに)
(私たちを蘇生させたのね……)
作り物の聖女が最期に聖女らしい役目を果たしたのだと。
多少は、感謝するべきなのだろうと。
……少なくとも、ウルとハピはそう思っていた──。
(……やっと償えたってわけだ。 良かったね、聖女サマ)




