森人と臨む討伐依頼
「──いやぁ、今日は良い天気だね。 絶好の討伐日和だと思わないかい?」
「……そーだな」
望子たち一行もドルーカを訪れる前に通った、見渡す限り青々とした草原の中で……何なら若干の鬱陶しささえ感じてしまう程に爽やかな笑みを浮かべながら会話を広げようとしてくる森人に対して──。
(何であたしがこんな気障ったらしい奴と一党を……)
ウルは脳内でそんな呟きをしつつ、とても討伐依頼に臨む者とは思えない程に深く溜息をついていた。
──時は、冒険者ギルドの依頼掲示板前で長身の森人が介入してきたところまで遡る。
「あっ、アドライトさん! 皆さん、こちらの方はドルーカの誇る銀等級の冒険者、アドライトさんです!」
「紹介ありがとう、エイミー」
唐突に話に割り込んできた森人の方をウルたちが振り返った事で、受付に立っていたエイミーもその存在に気がついてらしくパッと笑みを浮かべて元気良く紹介すると、アドライトと呼ばれた森人はバンダナを巻いたエイミーの頭にポンと優しく手を置きつつ爽やかな笑みとともに彼女に礼を述べた。
「いっ、いえ、そんな……」
(……胡散臭っ)
アドライトの極めて紳士的な……いや、見る者が見れば色男の様にも思える行動にエイミーが思わず顔を赤らめて照れ臭そうにしているのに対し、フィンは怪訝な表情を向けてしまっている。
(……ん? こいつ……)
その時、ウルは自慢の鼻をすんすんと鳴らして、ある情報を嗅ぎ取っていたのだが──。
「銀って事は……上から三つ目じゃない。 もしかして依頼を手伝ってくれるのかしら?」
そんなウルを尻目にハピは、薄緑色の肩にかかるかどうかという短髪に羽根付きの青い帽子を被り、それと同じ色合いの中世における狩人然とした装いの、どちらかといえば男寄りの森人に声をかけた。
「あぁ、君たちの等級と双頭狂犬の名が聞こえてきてね。 あれは新米では難易度が高いし……何より受けられない。 けれど、私との共同受注なら問題ない筈さ」
「……共同受注だぁ?」
するとアドライトは大きく切れ長な翠緑の瞳を細めながら彼女たちに……正確にはウルを見つめて提案したのだが、当のウルは『何のこっちゃ』と首をかしげつつフィンと同じかそれ以上に訝しんでいる。
一方、アドライトのせいで少しボーッとしていたエイミーは、ハッと我に返るやいなや咳払いをして。
「こ、こほん。 えぇと……難度の高い依頼を受ける為には等級を上げる以外にも別の手段がある、と申し上げかけたと思うのですが……」
「あー、言ってたかも。 それが……えっと?」
アドライトが介入してくる前に彼女が解説しようとして途中でやめた話を改めて持ち出すと、フィンは唇に人差し指を当て、つい先程の話に出て来た筈の単語を思い出そうとするが……そこはフィン。
「共同受注、ですね。 今回の場合ですと、瑠璃以上でなければ受注不可の依頼に銀のアドライトさんを臨時の頭目に据える事で受注が可能になるんです」
その美貌に反して随分と幼げな様子を見せる彼女に対してエイミーはクスッと微笑み、掲示板に貼られている一枚の依頼書を手に取って、その依頼書──草原の双頭狂犬の巣を壊滅させよとの記載がある──の受注条件の欄を指で示しつつアドライトへ目を向ける。
……ちなみに、ただ単に受注条件の等級を上回っていれば良いという訳ではないらしく、規則として二つ以上……今回の双頭狂犬討伐依頼の場合、紅玉以上でなければ適用されないとの事。
「そういう事だね。 私で良ければ協力するよ?」
「良かったじゃん。 何とかなりそうだね」
そんな風に説明するエイミーの言葉を受けウルの方へと手を差し伸べつつて協力を申し出てきたアドライトを見たフィンが、『他人事だし』といった様子で特に興味なさげにウルの肩を叩いて声をかけたのだが。
「──見返りは?」
「え?」
底冷えする様な低い声で呟いたウルに、アドライトだけでなく全員が図らずも彼女の方を向く。
「……何の要求もなく依頼だけ手伝ってくれるなんざ怪し過ぎんだろ……一体、何が目的で──」
ウルは脳内で『望子くらいの素直な性格ならともかく』とそんな事を考えながら懐疑心を言葉にした。
──その時。
「「「──ぎゃはははは!!!」」」
揃いも揃って見目麗しい亜人たちの一連の話に聞き耳を立てていたのだろう……自由な職業柄、昼間から呑んだくれていた冒険者たちが大声で笑っていた。
「あぁ? 何を笑って──ってか盗み聞きすんな!」
そんな彼らの──文字通り笑っていたのは男性冒険者のみだった──態度にカチンときたウルが怒声を放つと、彼らは一様に誤解を解こうと口を開く。
「あぁ勘違いすんなよ、ねーちゃんたち! そいつはちっと変わり者でなぁ!」「『世の女性の為なら身を砕く事も厭わない』『そんな当たり前の事すら出来ない弱い男は勝手にのたれ死ね』ってな男卑女尊野郎だからな!」「腕は確かだけどな! 銀等級だしよ!」
完全にアドライトを男だと断定しているらしい、男性冒険者たちの揶揄う様な言葉を受けるも──。
(女性至上主義者って事かしら。 でも、この人……)
ハピは妖しく輝く翠緑の瞳で……奇しくも、ウルが嗅覚で嗅ぎ取ったものと同じ情報を読み取っていた。
「……彼らの言い方は少し下世話だけど、そういう事だよ。 報酬なんて気にしなくていい。 どうかな?」
冒険者たちの冷やかしに溜息をつきつつも、再び協力を申し出るアドライトの言葉にウルは腕を組み唸って思案していたが、『はぁ』と息をついた後──。
「──報酬はきっちり分ける。 依頼を手伝ってもらう以上の借りは作りたくねぇからな」
テーブルに腰掛けたままの姿勢で片目だけを開き、アドライトの中性じみた端正な顔を見据えて告げる。
「ひゅー! かっこいいな狼のねーちゃん!」「俺も一枚噛ませてくれよー!」「もぅ、これだから男は」
すると、ギルドに設営されている酒場や食堂の至るところから男性冒険者が中心となってウルを茶化す様な拍手や指笛が轟く一方、全体で見れば数は少なめの女性冒険者たちは呆れて物も言えないといった様子。
「うっせぇ! 黙って呑んでろ!」
やんややんやと騒ぎ立てる冒険者たちに対し、ウルは歯を剥き出して怒鳴りつけるも元より賑やかなのが大好きな彼らがその程度の怒気で収まる筈もなく、上機嫌にそれぞれの食事や酒盛りへ戻っていく。
……無論、ウルも本気で怒っていた訳ではないが。
「ふふ、ますます気に入ったよ。 改めて、銀等級の森人、アドライトだ。 アドで構わないよ」
「……人狼のウルだ。 よろしく頼むぜ、アド」
そんな彼女の威勢を好ましく感じたらしいアドライトは微笑みながら手を差し出し、それに応える様にウルはその手を握って自己紹介を済ませたのだった。
──そして、時は冒頭の会話へと戻り……ウルとアドライトは望子たち一行がドルーカを訪れる前に通った見渡す限りの青々とした草原を歩いている。
「それにしても……触媒の為とはいえ新人に双頭狂犬の討伐とは、リエナさんも無茶を言う」
「ん? リエナを知って──あぁいや、この街で活動してるってんならそりゃ知ってるか」
そんな折、『あはは』と苦笑いを浮かべるアドライトの言葉に思うところがあったウルが尋ねようとしたものの、『引退した身とはいえ、あれだけ強ぇ奴が無名な訳ねぇよな』と自己完結してしまっていた。
それもその筈……彼女の嗅覚は目の前の森人など比較にもならない程の途轍も無い強者の香りを、あの紺色の狐人から感じ取っていたからである。
「ドルーカの冒険者の大半は彼女謹製の魔道具を有している筈だよ。 何を隠そう、この耳装飾も立派な触媒でね。 彼女に作ってもらったんだ」
その後、アドライトは『そうだね』とウルの言葉に返答し、付け加える様に自分の耳に手を添えて、『キィン』と左耳にのみ着けた耳装飾を白く細い指で弾きつつ……身体能力の向上、そして魔力の消費量を抑える効果があるのだと爽やかな笑みで語ってみせた。
「そうか……なぁ、一個いいか?」
「! うん、何かな?」
一方、『片耳だけの耳装飾』に込められた意味を知ってか知らずか……ウルは隣を歩く森人と出会った時から、ずっと気になっていた事を尋ねようとする。
ここまでの会話でウルから話しかけてくれた事は一切なかった為、嬉しそうにするアドライトだったが。
「何で……男装なんかしてんだ?」
若干だが口ごもった様なウルの突拍子もない質問に対して、ここで初めてアドライトの表情から笑みが消え……その薄緑色の双眸を見開いて彼女を見遣る。
「……驚いた、気づいてたのかい?」
しばらく呆気に取られていたアドライトが……というよりも彼女が首を振って気を取り直し、心の底から意外そうな声でウルに問いかけた。
「多分、うちの鳥人もな。 で、何でだ?」
アドライトにとっては更に衝撃的な事実をあっさり口走るウルに、彼女は額に手を当て軽く息をつく。
「……まぁ、簡単な話さ。 今回みたいに臨時で組む事はあっても基本的には単独だからね。 女である事が不利に働く場合が多々あるんだ。 それに──」
「……それに?」
そんな中、自分が体験した事だとはハッキリ言わずとも……仄暗い過去を語るかの如く暗い笑みを浮かべるアドライトに同調する様に、ウルも真剣な表情で湛えて彼女の二の句を待っていたのだが──。
「男装の方が女性受けが良くてね。 より麗しい女性との出会いをもたらしてくれるんだ……君の様な、ね」
「……そう……」
一転、熱のこもった視線をウルに向けてきたアドライトの言葉に、至って真面目な様子で話を聞こうとしていたウルは……途端に冷めて呆れ返ってしまう。
(あたしらも傍から見たらこんな感じなのかね……)
……脳内では、『ミコ限定とはいえ少し自重した方がいいか?』と殊勝な考えを広げてもいたが。
しばらく他愛のない話をしながら草原を練り歩いていると、ウルが何かに気づいた様に鼻を鳴らす。
「──ん? 血の臭い……そんなに古くもねぇな……何処かに引きずって行くみてぇに……あれか?」
地面に顔を近づけて、視線をゆっくりと盛り上がる様に形成されたそこそこの大きさの穴へと向けた。
「だね。 あれが双頭狂犬の巣穴だよ。 その強靭な足と、犬にしては過ぎた知能を使って器用に穴を掘り数を増やし……いずれは辺り一帯を縄張りとする。 そして、こちらが気づいたという事は──」
するとアドライトは双頭狂犬の生態について簡潔に解説しながら両腕に装着した弩弓の様な武具をガシャンと展開し……来たる戦いの時に備える。
──次の、瞬間。
『『『『──ウォオオオオーーー……ッ!!』』』』
「「……!!」」
ビリビリと腹の底に響く様な遠吠えが周囲に広がった事で、否が応でも戦いの始まりを予感させられる。
「……戦闘開始、だね。 いけるかい?」
「願ってもねぇ、どっちの爪と牙が上か……比べてみようじゃねぇか! かかってきやがれぇ!!」
それでも余裕を崩さずウインクして微笑むアドライトに対し、ウルも同じくニィッと笑って意気揚々と答えた後、『ギャリン!』『ガチン!』と鋭利な爪や強靭な牙を鳴らして臨戦態勢を整えていく。
……こうして、人狼と森人両名による双頭狂犬討伐依頼が今、幕を開けたのだった。
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