花の命も、森人の命も
過去、原種の力を取り込んでの進化を図った森人も居たには居たし、それゆえリエナとスピナは彼女を止めなかった。
上位種への進化が、たった今この瞬間も魔王を殺す為に尽力している筈の幼く愛らしい勇者の為になるならば──と。
しかし、それは致命的な失敗であったのだ。
後から何を言おうと全ては結果論だが、リエナとスピナが戦場へ来た最大の理由である〝老兵と言っても過言ではない自分たちの命を犠牲にしてでも、若い命を護る〟という目的を果たす為には、彼女を止めなければならなかったのだ。
そして、リエナとスピナが察していたという事は──。
『そうなるじゃろうと思うておったが……その他大勢の森人と比べて漸く幾らか優秀な程度では、やはり耐え切れんか』
「何を、言って……!」
当然、二人よりも更に強く老獪な魔王は全てを見抜いており、その言葉の節々から若干とはいえアドライトを強者として認める様な響きを感じたが、『耐え切れない』とは何の事なのかという肝心な疑念が解消されていない様子のピアン。
よりにもよって討つべき巨悪に問うという、とても勇者の仲間とは思えぬ醜態を晒してしまったピアンに対し、コアノルは特に気にした様な態度も見せず、『はッ』と鼻で嗤い。
『其奴は、〝謀反〟を起こされたのじゃ。 あちらの意思など無関係に力を取り込み、その命を奪った〝原種〟によって』
「……ッ!? それじゃあ、アドさんは……!」
『あぁ、もうじき命を落とす。 これも宿命よの』
従えた筈の植物たちによる体内からの謀反と、アドライトの避けられぬ死を予告した事で、ピアンは深く絶望する。
……本来、森人が植物から反逆される事などそう起こり得る事ではなく、かの種族の温厚さや聡明さは植物たちにも広く知られている様で、ひとたび心を通わせる事さえ出来れば命を捧げる事も厭わず、当然ながら謀反を起こす訳もない。
だが今回、アドライトは脅迫にも近いやり方で命を奪い。
原種が持つ圧倒的な力を、無理やり我が物とした関係で。
それこそ、まるで〝呪い〟の様に彼女を内側から蝕み。
上之森人に進化を果たした事を思えば、あと数百年はあった彼女の寿命を、たった数分というところまで削ったのだ。
奇しくも、彼女が操る花の命より更に短く──。
「ピアン……最期に、支援を……あと、一撃だけでも……」
「駄目ですアドさん! 安静に──……あ……ッ」
今もなお、アドライトの全身は植物の根が張り巡らされているかの様な激痛に襲われていたが、それでも残った命の一雫まで望子の為に使おうとする献身の意思を見せる彼女をピアンは当然ながら止めようとしたものの、もう時既に遅し。
魔王の頭上には今、実際の太陽より遥かに規模は小さくとも熱量そのものは大差なさそうにも感じる完全な球状の溶岩が顕現しており、それは今にもアドライトたちのみならずリエナやスピナたちまでもを巻き込んで落下せんとしている。
……もう、どこにも逃げ場はない。
「……ッ!!」
いよいよ以死を覚悟したピアンは、ギュッと目を閉じたが。
「……?」
いつまで経っても、痛みや衝撃がやってこない。
一体、何が──と、おそるおそるピアンが目を開けると。
『……貴様、何じゃその姿は』
「え……」
そこには、魔王らしくない疑念の声を上げるコアノルと。
「……ッ!? な、何これ……!!」
その視線の先には、巨大な樹木が──……否。
巨大な樹木の様な姿をした、巨人が佇んでいた。




