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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第二章

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森で拾った立方体

 それから、ピアンは一連の出来事を店主に話した。



 大恩ある店主に認めてもらいたくて一人で素材確保に向かった事、中々お目当ての魔獣が見つからずに諦めかけていた事、漸く見つけた群れに数時間近く追いかけ回された事、魔力も体力も精神力も絶えたところで野営中の望子たち一行に出会った事──などなど。


 勿論、二体の巨大な暴食蚯蚓ファジアワームの討伐に関しては張本人であるウルとハピが、この店を訪れる事になった理由とともに出来るだけ簡潔に説明してみせたものの。


(──……何を見せられてんだこれ……)

(後でやってくんないかな)


 そんなウルと、ついでにフィンは何やら目の前の光景に随分と辟易した表情を浮かべており、その『目の前の光景』というのが一体どの様なものかといえば。


「──う、うぅ……しゅみましぇん店主うぅぅ……」

「全く……いつまで経っても泣き虫だねぇ」


 椅子に腰掛けたままのリエナの膝に顔を埋めたまま謝罪の言葉を繰り返しながら泣くピアンと、そんな見習い弟子の銀髪を優しく撫でるリエナという光景で。


「中々戻って来ないから心配してたんだ、あんたは見習い弟子だけど娘みたいなもんでもあるんだからね」

「て、店主……っ、私も、店主の事っ──」


 一見、師匠と弟子──或いは店主と見習いの微笑ましい触れ合い(スキンシップ)にも思えなくはないが、それを人前でやる必要は全く以てないというのも、また事実であり。


「ぐすっ……よかったねぇ……」


 怒られるかと思っていたら、それ以上に心配されて気が抜けたというのもあろうが、とても大切に思われていたという事実を知ったがゆえに、こうして嬉し涙を流しているのだと幼いなりに理解していた望子と。


(……狐はいいのに狼や梟は駄目なのかしら、それとも単に慣れて──……いえ、()()()()だけなのかしら?)


 さりげなくピアンを動物扱いしている事を自覚しているのかいないのか、そこそこ真剣な表情でどうでもいい事を真剣に思案しているハピを除いた二人は、その真紅と紺碧の瞳で狐と兎を睨めつけていたのだが。


「……なぁ、あたしらの用件に移ってもいいか?」

「……そうだね。 ほら、いい加減に泣き止みな」

「は、はぃ……っ」


 ピアンの嗚咽も収まってきた頃、ウルが椅子に座ったまま確かな苛立ちとともに膝を指でとんとんと叩きながら急かすと、それを受けたリエナは自分の膝の辺りに顔を埋めていたピアンをゆっくり引き剥がして。


 当のピアンは硝子玉の様に赤い瞳と同じくらいに恥じらいから顔を真っ赤にしつつ、『顔を洗ってきますねっ』と口にして奥にある扉へと駆け込んでいった。


「……で、あんたらの用件は触媒だったね?」

「……あぁ……その事なんだけどな──」

「?」


 その後、間違っても見習い弟子が火傷してはいけないからと煙管キセルを置いていた彼女は、もう一度それを着火し直し咥えてから紫煙を燻らせつつ、さっきの説明に出てきた望子たちの用件が触媒にあるという事を確認せんとするも、ウルの返事は何やら歯切れが悪い。


「あたしら触媒なんて見たのも聞いたのも初めてだったからよ、どの触媒の何が良いのかとか全く分かんねぇんだわ。 あんたが見繕ってくれるたぁ聞いてるが」


 それもその筈、触媒という存在自体を先日に知ったばかりの身としては、ピアンが持っていた杖以外に一体どの様な触媒があるのかも分からないし、そもそも触媒を見せられても良し悪しの判断がつかないと正直に伝え、ピアンが『店主も亜人族デミですから触媒を見繕ってくれると思います』と言っていた事も告げたが。


「……触媒を知らなかった、ねぇ──……んー……」


 それはさておき、いくら亜人族デミとは言ってもこの世界を生きる者たちであれば常識の筈なのに、まして触媒を欲するという事は魔術を使える筈なのに、どうして触媒の存在すら知らなかったのかとリエナは思案するとともに、その濃紺の瞳で三人の亜人族デミを射抜き。


「……火を操る人狼ワーウルフに」

「あ?」

「……風と氷を操る鳥人ハーピィか」

「なっ、どうしてそれを──」


 どの様に暴食蚯蚓ファジアワームを討伐したのかという具体的な話は省略していた為、三人が得手とする力など知る由もない筈だというのに、リエナは何でもないかの様にウルとハピの持つ力を看破してみせた──かと思えば。


「そんで──……んん?」

「……?」


 最後の一人である人魚マーメイド──フィンに視線を走らせた瞬間、彼女は何らかの疑問を抱いたらしく首をかしげており、そんな彼女に釣られる様にフィンもまた首をかしげたものの、リエナは目をぱちぱちさせるだけ。



 何故こんな状態になっているのかというと──。



(……水と……それから音を操るのは分かる。 この子が人魚マーメイドだってのも分かるけど──この力は明らかに)


 先の二人と同じく得手とする力も分かるし、まず間違いなく人魚マーメイドだろうというのも分かるものの、その細い身体の奥底に燻る()()()()()を彼女は知っており。



 何故、先の二人にはない力がこの人魚マーメイドだけに?



 この人族ヒューマンの少女は何も知らずに一緒にいるのか?



 そもそも、どうやってその禍々しい力を得たのか?



 無理やり問い詰めるべきか──とも考えたが、ピアンがいる限り危険な事はしたくないと判断した結果。


「……いや、何でもないよ。 水と音を操る人魚マーメイドを合わせた三人の亜人族デミか……まぁ、あんたらはピアンの恩人みたいだし既製品よりも良い物を作ってやりたいのは山々なんだけど。 ただでさえ今は素材不足でねぇ」


 次の機会でいいか──と後回しにする事に決めたらしく、『ふーっ』と口から煙を吐いた彼女はフィンだけに向けていた視線を三人全員へと向ける様に視野を広くするとともに、ドルーカの街が置かれている厳しい現状を、どこか達観した様な表情で呟いたものの。


「素材不足……あぁ、それなら──」


 この中で唯一、領主であるクルトの話をちゃんと覚えていたハピが、ドルーカの街を悩ませていた素材不足の原因こそが、あの二体の暴食蚯蚓ファジアワームだったのだろうとの彼の見解を伝えようとした──まさに、その時。


「──……あっ、あの……っ」

「ん? どうしたんだい?」


 いつの間にか立ち上がっていただけでなく、リエナの傍まで近寄っていた望子が、おそらく意図してはいない上目遣いを以て控えめに声をかけてきた事で、こうして椅子に座っていてもまだ小さく見える少女に対し、リエナは煙管キセルを持つ手を遠ざけつつ問いかける。



 すると望子は、ぎゅっと自分の手を握りつつ──。



「わたしの……しょくばい? も、つくってほしくて」

「……触媒を? あんたにもかい?」

「うん……だめかな」

「……駄目って事はないけどねぇ──」

 

 ぬいぐるみたちだけでなく自分用の触媒も作ってほしいと頼み込んだが、それを受けた当のリエナはきょとんとした表情を浮かべており、まぁ確かに触媒を持つのに年齢こそ関係ないものの、こんな小さな子に持たせるのか──との意を込めた視線を三人に向ける。


 とはいえ三人にとっても望子のお願いは予想外だったらしく、お互いに顔を見合わせたかと思えば──。


「……望子? どうして触媒が欲しいの?」

「えっと、その──」


 そんな彼女たちを代表し、リエナの作る触媒を望子が欲する理由をハピが問うたところ、その問いに対して望子は何やら言いにくそうにしつつも意を決して。


「……みんなの、やくにたちたいから……だめ?」

「「「……!」」」


 ぬいぐるみたちの方に戻ってから控えめな──されど確かな決意が込められた理由に、ぬいぐるみたちは愛らしさだけではない望子の新たな一面にまた愛おしさを覚え、やれ髪を撫でたり抱きついたりしていた。


 ……つい先程、リエナとピアンに対して辟易を感じていたものと同じ行為をしている事にも気づかずに。


「……まぁ理由はともかく問題はないよ。 その幼い身体に見合わないくらいの膨大な魔力が宿ってるしね」

「ほ、ほんと……? よかったぁ……」


 そんな中、流石に三人がぬいぐるみだとは知る由もないリエナは濃紺の瞳を妖しく光らせながら望子を射抜いたうえで、その小さな身体に全く以て釣り合わない膨大かつ神々しい魔力を見通し、これなら触媒を作ってやる分には問題ないと告げ、それを聞いた望子が無理を言っている自覚はあったのか安堵する一方で。


(……黒髪黒瞳、膨大な魔力──……いや、まさかね)


 どうやら『黒い髪』に『黒い瞳』、そして『膨大かつ神々しい魔力』といった望子の特徴にリエナは思い当たる節がある様だが──それを口にはしなかった。



 ……無論、何の確証もないからに他ならない。



「……で、さっきも言ったけど今は素材不足でね。 もし時間に余裕があるなら、あたしが指定する素材を集めてきてくれるかい? あんたらなら出来るだろう?」

「あぁ、そりゃ構わねぇが──……あ?」

「ん?」


 漸く満足した三人から望子が解放された頃、少し離れた場所から望子を物珍しそうに見つめていたリエナが、『まぁ既製品でも良いなら見繕うけど』と付け加えてウルたち三人に素材の調達を依頼しようとした。


「……素材とやらは、あんたが自分で調達するんじゃねぇのか? だから、ピアンは認めてもらおうと──」


 しかし、ピアンがたった独りで素材の確保に向かう事になった理由は『店主に認めてもらう為』だった筈であり、それを考えると普段は彼女が手ずから調達しているのだろうし、どうして自分たちがと尋ねると。


「それが普通なのは事実だけどね、魔石の解析(こっち)もあるから出来れば同時並行で処理したいんだ、そこまで遠出する訳でも苦戦する訳でもないしね。 どうだい?」

「「「……」」」


 ウルの言っている事自体は間違いないが、クルトからの依頼もあるし同時に済ませられるならそれに越した事はないだろうと提案し、ぬいぐるみたちは彼女の言葉を受けて『まぁ仕方ないか』と納得しかけたが。


「……みこはどうするの? ボクたちと一緒に行く?」

「えっ? えっと──」


 それはそれとして、その間望子は何処で何をするのかと──もし可能ならついてくるかと問いかけるも。


 そんな事を言われても、リエナの言う素材の確保とやらが一体どれくらい過酷なのかも分からない望子としては判断に困っており、さも助けを求める様にリエナへと視線を移したところ、リエナは煙を吐きつつ。


「……いいや、そのミコって子は留守番さ。 その子に作ってやる触媒は──……もう当てがあるからねぇ」

「「「当て?」」」


 一緒に行く──というフィンの案を否定するとともに、どうやら望子専用の触媒に当てがあるのだと口にして、ぴんときていない三人がきょとんとする一方。


「──……あんた、その袋に何を入れてる?」

「袋……? 何言って──」


 リエナは咥えていた煙管を口から放して、そのままウルの腰にある革袋を煙管で指し示し、その中に何を入れているのかと問うてきたものの、ウルとしては彼女が何を言いたいのかが分からず首をかしげるだけ。



 ──かと思いきや。



「──……あ"っ」

「「「?」」」


 何やら思い当たる節でもあったのか、ウルは石の様に硬直すると同時に革袋を背中側に隠してしまい、そんな彼女の行為に望子たちが違和感を覚える中──。


「……禍々しい力を感じたって言ったのは、この魔石の事じゃない──……いやまぁ魔石もだけど、その袋の中の物の方が強く感じたんだよ。 ほら、寄越しな」


 そもそも、リエナが店の外から感じていた禍々しい力というのは魔石ではなく、ウルの革袋に今も入っている筈の『何か』であり、その『何か』こそが望子の触媒作成に繋がると踏んだ彼女は更なる催促をして。


(やっべぇ完全に忘れてた……! 何かやばいもんなのか、これ……!? あの二人は何だったんだよ……!)


 その一方、硬直してしまったウルに対し極めて低めの声とともにウルに手を向けてくるリエナの様子に言葉もないままあたふたしていたが、そうこうしている間にも段々とリエナからの圧が増した為、仕方なく。


「──……こっ、これか……?」

「……あぁ、やっぱりか」


 革袋から紫色の小さな立方体を取り出した瞬間、リエナは自分の憶測が見当違いではなかった事を悟る。


「何それ、何処で拾ったの?」

「……も、森」

「森? サーカ大森林で?」

「あ、あぁ」

「おねえさんのところ? いつのまに……」

「ぃ、いやぁ、ははは……」


 そんなリエナをよそに、まさか遺体を漁り手に入れたとは口が裂けても言えず──少なくとも望子の前では──気まずげにするウルに対し、これでもかと三人が質問するも、ふわっとした答えしか返ってこない。



 ……返せないのだから仕方ないのだが。



「……『運命之箱アンルーリーダイス』。 自慢じゃないけど、あたしは魔道具アーティファクトの事に関しちゃ一家言あってね。 そんなあたしの店でさえ取り扱えない国宝級の魔道具アーティファクトなのさ」


 翻って、リエナはウルから手渡された小さな立方体を指で摘んで覗き込みつつ、それが運命之箱アンルーリーダイスという名の魔道具アーティファクトだと口にし、リエナ自身がどれだけ優れた魔具士であっても簡単に手に入る物ではないと語る。


 そもそも運命之箱なる魔道具アーティファクトは、『術者が持つ魔術の威力や精度を高める』──触媒という存在の本来の用途は持たない極めて稀有な魔道具アーティファクトである様で。



 別に術者の魔術を強めてくれる効果はないという。



 では何故、運命之箱アンルーリーダイスが国宝級と云われているのか?



 何を隠そう、この中には最大で六つの魔術を込める事が可能であり、これを触媒として所持する者が込められた魔術を元々扱えたかどうかに拘らず行使する事が出来るという、ぶっ飛んだ魔道具アーティファクトだからである。


 一見、魔石を用いれば似た様な事が出来るのではと思われがちだが、『下級』から『上級』まで存在する魔術の更に上位──『超級』なる魔術までも扱えてしまうのだから、ぶっ飛んだというのも分かるだろう。


 尤も、それに一切のリスクがないかと言われればそんな事もなく、そこに二つ以上の魔術を込めた以降は行使される魔術が完全なる無作為ランダムで選ばれてしまい。


 その圧倒的な性能とは裏腹に、どうにも癖と運要素が強い魔道具アーティファクトである──というのがリエナの見解。



 無論、森で拾える様な代物である筈もなく──。



「──……これを森で拾ったってのかい?」

「……ま、まぁな」

「ふぅん……」


 森で──という発言の真偽を問うも、やはりウルから返ってくるのは何とも曖昧な答えだけであり、それを分かっていたリエナが自分なりに想像する一方で。


「へ〜……ねぇみこ、これにする? 面白そうだし」

「ちょっと貴女、面白さで決めないでちょうだい」


 運要素が強いと聞いて面白味を感じていたフィンが決して悪気なしに勧める中、望子の安全こそが最優先だと思っているハピは『簡単に言うな』と諌めたが。


「んー……うん。 それじゃあ、これにしようかな」

「自分で言っといてあれだけど、いいんだね?」

「うん、だいじょうぶ」


 どうやら望子は、その立方体を触媒にすると決めたらしく、リエナからの一応とばかりの確認にも真剣な表情で首を縦に振って肯定の意を示してみせた──。


「……まぁいいや、あんたら三人は冒険者ギルドに行きな。 免許証ライセンスはあるんだろう? 依頼クエストをこなすついでに、これらの素材を集めてきてくれればいいからね」

「了解、じゃあ行くか」


 望子の留守番が決まった後、素材確保の為に冒険者ギルドへ向かう事になった三人に対し、リエナは魔獣や植物の名が記されている羊皮紙を手渡しつつ、『別に急がなくてもいいから』と告げて、それを受けた三人が扉の方へと踵を返して店を後にしようとすると。


「──みんな、がんばってね!」


 そんな三人へ心からの明るい笑顔で手を振る望子に見送られた事で上機嫌なまま、この店から離れた位置にあるドルーカの冒険者ギルドへ歩を進めていった。

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