魔王の体内
仲間たちのお陰で、ついに魔王の体内へと侵入した二人。
このまま奥へ奥へと進み、心臓部に相当する何かを破壊して魔王を討つべく、まずは無事に着地しなければならない。
……しかし、ここで一つの問題が発生する。
「──えッ!? け、結界が……!!」
砲弾として二人を撃ち出し、防護膜として二人を覆い、乗り物として二人を運んでいた球状かつ半透明の結界が、どういう訳かボロボロと急激に崩れ始めたのである。
音速にも近い速度に負けた訳でもなさそうだが、どうやらカナタは即座に〝崩壊の原因〟を察する事が出来た様で。
(私の分しか……! 外でレプターに何かが……!?)
今この瞬間も崩れ続けているのは、カナタとレプターが力を合わせて展開した聖なる守護結界であり、そこからレプターの一言之守だけが抜け落ちた事と、レプターの身に何かが起きでもしなければこうはならない事を悟りつつ。
着地の為に結界を再構築しようにも、その時間が残されていない事は眼前に迫る如何にも頑丈そうな壁や床を見れば明らかであり、とにかく望子だけでもと神力を充填せんとした時。
『かなさん! しっかりつかまってて!』
「ッ!? え、えぇ……!」
焦っていたのはカナタだけだったのか、全解放状態で長身美女と化した姿のままカナタをぎゅっと抱き寄せた望子から『ここは任せて』という意思を感じ取ったカナタは望子に全てを託す意味でも結界の再展開は行わず、ただ委ねて。
『よっ──とぉっ!』
「きゃあッ!?」
龍化による雄々しい大翼、悪化による禍々しい羽根を同時に生やして飛行能力を格段に上昇させつつ、着地の安定感を増す為に、そして完全に砕けてしまった結界の破片が万が一にも自分たちを傷つけない様に風化を発動する事で二人は無事に着地に成功し。
『ふぅ、なんとかなった……だいじょうぶ? かなさん』
「え、えぇ、ありがとう……」
辺りに散らばった結果の破片が幸か不幸か灯りの役割を果たしてくれた事で、お互いの顔がよく見える状態で抱き合いながらお互いの無事を確認し合った望子とカナタだったが。
「……それより、ここって……」
『うん、まおうのなかだよね』
灯りの役割を果たすという事は、お互いの顔だけでなく本来なら灯りなど存在しよう筈もない魔王城内、延いては魔王の体内の様子さえ見たくなくともハッキリと二人の視界に映る。
一言で言えば──……〝醜悪〟。
数時間前、過剰なまでの洗脳と改造の末に命令を遂行するだけの肉塊と化してしまった魔王軍幹部との戦闘にハピとポルネが臨んだが、望子たちが見ているものは天井や壁や床が肉塊と城壁で歪に構成されているという、あまりに直視し難く受け入れ難い光景で。
「うぅ、ぶよぶよした場所があったりなかったり……」
『……』
「どうしたの? 何か気になる事でもあった?」
ぶよぶよしているだけならまだしも、ドクンドクンと鼓動に合わせて脈打っているのを見てしまうと、ここが体内であるのだという事実を嫌でも想起させ、気が滅入り切っていたカナタの視界の端で何を思っての事か望子が突っ立っている様子が映り。
年齢は遥かに下でも、この場において頼りになるのは明らかに望子の方である以上、何かを見つけていても不思議ではないと判断したがゆえの問いかけに対し、ゆるりと振り返った望子からの。
『このやわらかいとこ、こうげきしたらどうなるんだろう』
「え? いやそれは──……待って、もしかしたら……?」
城壁部分はともかく、ぶよぶよとした〝肉〟の部分は不壊ではなく、リエナやフィン程の馬鹿げた攻撃力がなくとも痛撃を与えられるのではないか、という気づきをカナタも瞬時に共有する。
ただでさえ、レプターを始めとした外に居る仲間たちに何かが起こったのは間違いない為、心臓部の破壊以外でも何らかのアクションを起こすのは少なくとも悪手ではない筈──。
「……やって、みましょうか」
『うん!』
そう判断したがゆえの、心臓部以外への攻撃の決定。
攻撃するのは崩落した場合のリスクが高い床でも天井でもなく二人が衝突しかけた壁であり、その前に立った二人は顔を見合わせ頷き合ってから同時に魔力と神力を充填し始める。
「……〝生きとし者へは祝福を、死せる者へは追悼を。 聖なる光は平等に、遍く者へと降り注ぐ〟……ッ!!」
『はあぁああああ……すうぅうううう……っ』
カナタは神聖光雨の詠唱を、望子は出来る限り殺傷能力が高くなる様に、そして魔王が邪神の力を取り込んでいる関係上、邪神の力は逆効果に働くかもしれないという危険性まで考慮し、火化と龍化と腐化の三つを組み合わせて全てを焼却し腐敗させる息吹を吐くべく空気と魔力をありったけ吸い込み。
「いくわよ!!」
『っ!!』
機を見計らって叫んだカナタの合図で攻撃せんとした。
──……まさに、その時。
「──待った」
『「!?」』
突然、背後から全解放前の望子にも近い可愛げのある幼い女声が二人の攻撃を制してきた事により、びっくりした両者が本能的に魔力と神力を暴発させぬ様にと引っ込めてから勢いよく振り返ると、そこには──。
「確かに体内、不壊なる体表に比べれば通じようが……」
「あ、貴女は……!!」
『ろ……っ、ろーちゃん!?』
「数刻ぶりであるな、ミコ嬢」
元魔族にして望子の友達でもある、ローアが立っていた。




