魔道具店主の狐人
「──ふぃっ、フィンさん!? なんて事を……!!」
自分が散々お世話になっている店主が目の前で爆発した──というよりも自爆したのを見て、フィンに対し語気を強めて問い詰めてしまったピアンだったが。
「えー? でも仕掛けてきたのはあっちだよ?」
「っ、それは……! そうですけど──」
「リエナ!! 無事か!?」
当のフィンは、『褒められるならまだしもさぁ』と言わんばかりに不満げな表情で肩を竦めており、そんな彼女の言葉に納得いかないといった風なピアンをよそに、クルトは床に倒れたままのリエナに駆け寄り。
「──……っ、ぅ……く、クル、ト……?」
「そ、そうだ、私だ! リエナ、怪我は──」
先程の爆発の衝撃で色打掛がはだけているのもあって、やたらと扇情的な姿となっている彼女が目を覚ました事に安堵しつつ、『見えている部分だけでも』とクルトは彼女の状態を確認しようとしたものの──。
「……ない、のか……? あれ程の爆発で……い、いやまぁ無事であるに越した事はないんだろうがな──」
シャボン玉が持つ高い遮音性の影響で無音だったとはいえ、この店の外にまで漏れ出てしまう程の強い光を伴う爆発だったにも拘らず、どういう訳か彼女の白い柔肌には火傷跡はおろか一切の傷もついていない。
「──あぁ、ボクのお陰だよ。 それ」
「そ、そうなのか……?」
「うん、見てて」
勿論それが喜ばしい事であるというのは間違いないが、それはそれとして一体どういう事なのかと疑問を抱いていた時、二人の方へふよふよと宙を泳いできたフィンが『自分がやった』と告げた事で、クルトは半信半疑ではありつつも目の前の人魚の二の句を待つ。
そして、フィンが自分の両手を先程と同じ形にして口元で重ね合わせてから、『ふーっ』と息を吐くと。
「ほら、こんな感じで──……あー、分かるよね?」
「ん、んん……?」
そこには、つい数瞬前と同じく一つの大きな泡の中に小さな泡が入っている感じの二重のシャボン玉が浮いており、それについての説明をしようとしたフィンは、おそらく説明そのもの面倒臭くなってしまったのだろう、『理解しろ』とばかりに無理を強いてきた。
当然ながら、そんな事を言われても理解が及ぶべくもないクルトが眉を顰めて首をかしげていたその時。
「──成る程、ねぇ……あたしの魔術をさっきの泡で包むと同時に、あたし自身もあの泡に包まれてたって事かい……あんた、随分と器用な事するじゃないか」
「あぁそうそう、そんな感じだよ」
「そ、そうか……まぁ無事でよかった……」
どうやら、これといって痛みが残っている訳でもなく、さりとて爆発音の影響は凄まじかったらしく頭の上の紺碧の狐耳を握ったり離したりしていたリエナは彼女なりに自分の身に起こった現象を分析しており。
要は自分が放った極大の蒼炎が一行に届かない様に外側のシャボン玉で遮断するとともに、その蒼炎がリエナ自体にも被害を出さない様にと内側のシャボン玉で保護したのだろう──というのが彼女の見解で、それを聞いたフィンはOKサインを今度は片手で出した。
……ほぼ模範解答だったからに他ならない。
「それより、いきなり攻撃してきたのは何で? ボクたちはともかく、ピアンとか領主サマとかもいたのに」
「……あぁ、それは──」
そんな可愛らしくも思える動作を、クルトの手を軽く払い除けつつ繰り返していたリエナに対し、フィンが特に悪びれる事もなく数瞬前の不意打ちの意図についてを尋ねると、リエナは彼女から視線を逸らして。
「──……店の外に随分と禍々しい力を感じたからなんだけど……ほら、そこの人狼が放ってるみたいな」
「……あたしが?」
仕出かした事への自覚はあるのか若干だが声のトーンを落とし、それまで完全に蚊帳の外だったウルを群青色の瞳で射抜きつつ、この店に一行が入ってくる前から妙に禍々しい気配を感じた為、先手を打ったのだと説明したはいいものの、ウルは要領を得ていない。
魔族の力を宿した人魚や、サーカ大森林で出会った蜘蛛人ならともかく、ウルは別に魔族の力を取り込んでもいないし魔族の支配を受けてもいないのに──。
──と、そんな感じで首をかしげていた時。
「──……あ、もしかしてこれか?」
「いやそっちじゃ──……んん?」
もしや──と何らかの答えに辿り着いたらしいウルが彼女に見せたのは、クルト一人では持てそうになかったからと預かっていた暴食蚯蚓の魔石の片割れであり、それを包んでいた布を外して差し出してみせる。
しかし、リエナの疑念はそちらに向いてはいなかった様で、すぐウルの腰辺りに視線を移さんとしたものの、どういう訳か彼女の視線は魔石に釘付けとなり。
「そいつは暴食蚯蚓の……? にしては随分と大きいけど……それに、この禍々しい魔力……明らかに──」
まだ説明してもいないのに、あっさりと件の魔獣の名を口走るだけでは飽き足らず、その魔石に嫌という程込められているらしい悪しき魔力さえ看破した彼女は目の前の一行の存在も忘れて解析を始めてしまう。
「……自己紹介だけでも済ませたいのだけど」
「──……え? あ、あぁそりゃそうだね」
そんな彼女に対し、『かつっ』と鋭い脚の爪で床を鳴らしたハピの痺れを切らした催促に、ハッと我に返ったリエナは『気になる事があると、のめり込んじゃう癖が抜けなくてね』とバツが悪そうにしながらも。
「まぁ名前くらいは聞いてると思うけど……あたしが魔道具の作成及び販売の専門店──九重の御伽噺の店主、狐人のリエナだよ。 あんたらより遥かに長く生きてはいるだろうけど敬語なんていらないからね」
その後、望子たち全員が──クルトの従者たるカシュアだけは立ったままだが──店に置いてあった椅子に着席したのを見届けたリエナは、その髪や色打掛と同じ濃い紺色の九本の尻尾と、ウルたちよりも更に豊かな胸を揺らし、やっと爆発音による耳鳴りが消えたのか耳から手を離したうえで簡単な自己紹介をした。
(きつねの、おねえさん……すっごく、きれい──)
それを受けた一行が各々リエナの自己紹介に返答するべく名乗っていく中、望子は幼いながらにリエナの妖艶な美貌に思わず目を奪われてしまっており──。
「──……で? ピアンが一緒って事は、うちの客かと思ったけど。 クルトも一緒って事は違うんだろう?」
「へっ!? あ、え、えっと──」
自己紹介は出来ていないが、どうやらぬいぐるみたちの誰かがしてくれていた様で、おそらく代表者的な紹介をした事が原因なのだろう、リエナから来店の目的を問われた望子は我に返りつつも返答に困り、どう答えるべきなのかと八歳児なりに考えていたその時。
「そ、それより店主、体調が悪いとかは……?」
「え? あー、んー……」
大きな怪我はないと分かっていても、もしかしたら見えないところに傷を負っている可能性もあると未だ彼女を心配していたピアンが割って入り、そんな見習いの言葉を受けたリエナは身体を弄ったうえで──。
「……特にはないね。 さっきまでより軽いくらいさ」
「そ、そうなんですか? なら、いいですけど──」
見習いからの心配をよそに片方の腕をくるくると回して快調である事をアピールして、ピアンが店主の様子を見てホッと安堵の息をついていた──その一方。
(──……お前、何かやったろ)
そんな二人のやりとりを見ていたウルが、『どうせ原因はこいつだろう』と判断して、こそっとフィンに耳打ちすると当のフィンは『失敬だなぁ』と呟いて。
(あの狐の人を包んだシャボン玉にボクが作った回復薬を混ぜただけだよ──……後療法? って言うのかな)
(……知らねぇけど……まぁいいや)
さも何でもないかの様に右手の人差し指の先に球状の蜂蜜を浮かべながら答えてみせた事で、ウルは心から呆れた様子で深い溜息をつくしかなかったらしい。
「──……談笑中すまないが、こちらの用事を先に済ませたい。 その二つの魔石の詳細を知りたいんだ、リエナ。 解析を頼めないか? 出来れば可及的速やかに」
「……ふーっ」
そんな折、魔具士たちの会話に割って入ったクルトは無粋だという事を理解しつつも、まず何よりも街を揺るがせた二体の魔獣の出現の原因を究明するべく魔石の解析をリエナに依頼する一方、当のリエナは懐からシンプルな形状の煙管を取り出して、ほぼ予備動作もなく着火させたそれを咥えて紫煙を燻らせながら。
「──……報酬は?」
「なっ──」
報酬は如何程か──と打算的な科白を口にしたのを聞いたカシュアは苛立ちとともに剣の柄に手をかけたが、クルトが睨みを利かせた事で即座に身を引いた。
「無論、言い値で構わない」
「……へぇ」
「くっ、クルト様……!?」
そして、あらかじめ決めていた『そちらが先に決めていい』という言葉をクルトがリエナに告げた瞬間。
それを聞いたリエナとカシュアが全く違う反応を見せるも、クルトにとっては双方ともに予想通りであったらしく、これといって表情を変化させる事はない。
自分が仕えている主人が亜人族と会話をしている事自体にさえ並々ならぬ嫌悪感を抱く彼女が、『亜人族相手に大金を払う事になるかもしれない』などと考えたくもない──というのは分かりきっていたからだ。
「先程の揺れは、その魔石を有していた二体の巨大な暴食蚯蚓の仕業だった。 ただ巨大なだけならまだしも、あの様な邪悪な姿は知らない。 おそらく──」
「──魔族の手が加えられてる、と考えるべきだね」
「っ、やはり……!!」
そんなカシュアを尻目にクルトが苦虫を噛み潰した様な表情で話を続けようとした時、彼とは極めて対照的に殆ど確信を持っていたのだろうリエナが言葉を継いだ事で、ある程度の予想はしていたもののクルトが驚愕の表情を隠しきれず握る拳に力を込めていた中。
「もう少し詳しく見る必要はあるけど、ほぼ間違いなく混じってる──……はぁ、この街も潮時かねぇ?」
「っ!!」
その細く白い指で薄紫の魔石をなぞりながら、リエナが完全に皮肉の感情を込めた声音で、さも嘲笑であるかの様な笑みを浮かべていたのを見たカシュアは。
「貴様ぁ! 一介の亜人族如きが、ドルーカの現領主であらせられるクルト様の前でその様な物言いを──」
「ふーっ」
「!? ぷ、あっ!? けほっ、き、貴様──」
いよいよ我慢の限界だとばかりに、シュインと音を立てて腰の長剣を抜いたカシュアが鋒を彼女に向けるが、リエナは全く焦った様子もなく口から吐いた輪状の煙をカシュアの顔に吹きかけ、それを受けた彼女は驚いて咳き込みつつもリエナに斬りかかろうとする。
だが、そんな彼女に対し主人であるクルトが立ち上がり、『カシュア!』と彼女の名を呼んでから──。
「彼女は私の師でもあるのだ! 剣を収めろ!!」
「……っ、はい……申し訳ありません……」
自分を諫める様に威厳のある声音で怒鳴りつけてきた主人の言葉に、カシュアは全く納得がいっていない様子だったが、それでも嫌々ながら剣を収めていた。
(……何回やんだよ、この下り)
と、ウルが貴族たちのやりとりに呆れる中にあり。
「……変わらないねぇ、あんたらも。 まぁ解析が終わり次第、報告を上げる。 報酬は、その後で決めるよ」
「あぁ、よろしく頼む。 では私たちはこれで──」
「何だ? もう帰んのかよ」
まるで昔を懐かしむかの様に目を細めながら煙を吐いたリエナが手をひらひらと振って、どうやら厄介払いをしようとしているのを感じたクルトは、そのままカシュアを連れて扉の方へと踵を返さんとするも、それを見たウルは意外そうな表情と声音で引き止める。
(……これ以上は耐えられそうにないからね。 すまないが、ここは頼む。 あの暴食蚯蚓の説明も任せるよ)
(……苦労してんな。 まぁ任せとけ)
そんなウルに対して、クルトは暗に『このままだとカシュアが暴走しかねないから』と告げたうえで、この場を任せると頼み込んできた為、彼の気苦労を何となく理解したウルが彼の肩に手を置きつつ頼み事を引き受けた後、彼はカシュアを引き連れ店を後にした。
「……で、あんたらの用件を聞く前に──ピアン」
「はっ、はいっ!」
それから、すぐに望子たちの用件を聞くターンに移るのかと思いきや、リエナが話を振ったのは望子たちではなくピアンであり、おそらく自分に話を振られるとは思ってなかった彼女が上擦った声で返事すると。
「──……その鞄の中の物を出しな」
「ぇ、あ、こ、これは、その──」
「いいから出しな」
「……はぃ」
リエナは先程までとは違う底冷えする様な低い声で持ち物を検めると言い出し、ピアンとしても何処かのタイミングで披露する予定だったのだが、まさかここまで機嫌が悪げな店主に見せる事になるとは思わずブルブルと震えつつ、どうやっても抗えないと悟って鞄の中から例の物を取り出し──リエナに差し出した。
「……六角猛牛の角──……しかも長 のか。 ちゃんと一から十まで全部説明してくれるんだろうねぇ?」
「……も、勿論、です……はぃ」
「「「「……っ」」」」
……ピリッと張り詰めた空気が店内を占拠する。
正直、逃げ出したいくらいの重圧が彼女を襲っていたが、ピアンが見習いの身である以上リエナに逆らえる筈もなく、この場面では迂闊に声も挟めず沈黙を貫く望子たちの前で全てを詳らかにする事と相なった。
蛇に睨まれた蛙ならぬ──。
──狐に睨まれた兎と化したまま。
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