ようこそドルーカへ
「──そうか、リエナの……まさか彼女に弟子が出来たとは思わなかったよ。 少しは丸くなったのかな?」
「い、いえいえ、弟子というより見習いですし……」
ドルーカの領主、クルト=シュターナが暴食蚯蚓たちの魔石の解析を依頼しようとしているらしい人物の名前に対し、ふと反応したピアンからその理由を聞いたクルトが昔を懐かしむ様な目で彼女を見遣る一方。
自分が住んでいる街を治めている領主が相手という事もあり萎縮と謙遜を同時にしていたが、それはそれとして魔具士としても一人の亜人族としても尊敬する店主と彼との関係性も気になってしまっていた為に。
「……店主とは、いつからのお知り合いで?」
「あぁ、リエナとは──」
聞いていいかさえ分からないからか、おそるおそるといった風に二人の出会いについてを尋ねてきた彼女に、クルトは特に言いにくそうな表情や声音を表に出さぬまま、リエナという亜人族との過去を語り出す。
彼が言う事には、リエナとの付き合いは大まかに数えて二十年程前からであるらしく、クルトの年齢を考えると本当に彼が幼い頃からの旧知の仲である様で。
当時、未だ存命だった先代当主である父から『本日より貴族令息としての教育を受けてもらう』と言われて紹介されたのが、そのリエナという亜人族であり。
先代、更に先々代からの付き合いであるらしい彼女は、そこらの貴族や魔導師などでは比較にもならない圧倒的な魔術の腕や知識を以て、いずれは当主を継ぐ彼に最低限必要な教育を施してくれたのだとか──。
……厳しさ八割、優しさ二割くらいの感じで。
「──こうして思い返せば随分と厳しかった気もするが、お陰で今の私があると言っても過言ではないよ」
「……結構、面倒見が良いですからね。 あの人」
「あぁ、全くだ」
正直、『最低限必要な』とは言っても途中で投げ出したくなる程の過酷な教育もあったらしいが、それでも彼女が真剣なのは伝わっていたし、その教育を受ける事で自分が高まっているのも幼いなりに自覚していた為、今となっては良い思い出だと締め括っていた。
そんな領主の思い出話を聞いたピアンもまた、リエナに拾われた時の厳しくも優しい紺碧の眼差しを脳裏に浮かべており、『面倒見が良い』という何とも的確な評価にクルトが首を縦に振り共感を露わにする中。
「──ねぇ、あの人は? あの人もそうなの?」
「ん? あぁいや……カシュアは違うんだ」
下半身が海豚の為、望子たちと同じ様には座れず横乗りする形になっていたフィンが、やはり敬語など使わぬままに『カシュアもリエナの教育を受けていたのか』と問うも、クルトは否定しつつ表情に暗くして。
「……カシュアは分家の者でね。 それこそ私が幼い頃から従者として育てられ、こうして仕えてくれてはいるんだが──……彼女は昔、両親を亜人族の襲撃によって亡くしたらしくてね……そのせいかな、どうにも亜人族という種族そのものへの偏見がある様なんだ」
「……それなら、あの態度も無理はないわね」
カシュアは、ドルーカとは違う街に存在する分家の娘であるとともに、クルトがリエナの教育を受けている間に分家にて彼の将来の従者としての教育を受けていたそうで、その頃に発生した『とある事件』により両親が亜人族に殺害された事で、もう亜人族であるなら誰であろうと嫌悪する様になってしまったと語り。
そういう悲惨な過去があったなら、あの慇懃無礼な態度も仕方ない様に思えるし、そもそも不遜な対応をしてしまったのはこちらの方なのだから、ウルやフィンから謝らせるが吉か──とハピが思案していた時。
どうしたものか、とカシュアのこれからを考ええて額に手を当てていたクルトに私兵の一人が近づいて。
「──歓談中、失礼します。 もう間もなく到着しますので全体の速度を下げますが、よろしいでしょうか」
「あぁ頼むよ──……っと、その前に」
彼らの話を遮ってしまう事を承知のうえで、ドルーカの街が見えてきた為、全体の速度を落として到着に備えて良いかと確認を取ったところ、クルトは勿論だと頷いたかと思えば何かを思い出して振り返り──。
「貴女たちの身分証明が可能な物──……ドルーカ住まいてまはないのだろうから住民票は無理でも……そうだな、もし貴女たちが冒険者で免許証を持っているのなら提示の準備を。 なければ仮の住民票を発行するという名目の入街料、銀貨三枚が必要になるんだが」
ドルーカへ入る際、領主たる自分が一緒であっても身分証明は必須だと告げたうえで、もし冒険者であれば──と、ある種の確信を以て免許証を例に出すとともに、ないならないで入街料が必要だと口にすると。
「……わ、私は住民票も店名と名前が記された名札もあるので大丈夫ですけど……どうですか? 皆さんは」
まず、そもそもドルーカ住まいのピアンが率先して住民票を見せる事で身分証明の例を挙げてみせ、それから望子たちが冒険者であるとは聞いていたものの確認はしていない免許証についてを問うたところ──。
「……大丈夫、免許証はあるから。 ね?」
「う、うん! ほら!」
「……? そ、そうか……それなら、いいんだ」
街に入る以上、身分証明が必要な筈だと前もって予測していたハピと望子は、お互いに免許証をパッと取り出しつつクルトに見える様に軽く掲げ、それを見た彼は免許証の一部分に注視しながらも首を縦に振る。
(……冒険者だったか。 あの少女の免許証は身分証明目的なのだろうが──しかし、あれはどういう……)
どうやら、あれ程の魔獣を少人数で討伐出来る様な亜人族たちが、わざわざ冒険者登録などするのだろうか──と考えていた様で、ウルたちはともかく望子は身分証明目的での発行だろうと予想は出来たものの。
それはそれとして、ハピの免許証に見られた『とある箇所』を見た彼は強い違和感を覚えていたのだが。
──それは、また別のお話。
────────────────────────
その後、望子たちが乗っていた馬も騎馬隊が乗っていた馬も全てが速度を落とし、ゆったりとした歩行速度で大きな壁に囲まれた街へと歩み寄っていき──。
「さぁ到着だ──ようこそ、ドルーカの街へ」
「うわあぁああ……!」
「ほー……」
「へー……」
「あら、中々……」
クルトの合図で全体が歩みを止めるとともに、この短時間では見られなかった何とも誇らしげな表情を浮かべた彼の声に釣られて視線を向けた一行は、セニルニアより何であれば魅力的にも感じる大きな門の向こうに見える街並みに割と好印象な反応を見せていた。
尤も、セニルニアより魅力的に感じるのは望子たちが出立する寸前まで、あの王都が魔王軍の襲撃によって受けていた被害が全く癒えていなかったからだが。
とはいえ、そんな彼女たちの視界に映る番兵たちの慌てようだけを見れば、セニルニアと変わらないどころか魔獣騒ぎが直近という事もあってか上回っている様にも感じ、クルトの帰還に気づく余裕さえもなく。
もう目と鼻の先というところまで騎馬隊が接近してきた事で漸く気づいた番兵たちは、いの一番に領主であるクルトが無事に帰還した事実を喜ぶとともに、この瞬間も街全体を騒がせる要因となった地震の原因は見つかったのかと矢継ぎ早に問いかけてきた為──。
「……あの地鳴りの原因は魔獣だった。 そして、その魔獣は既に討伐済みだ。 こちらの一行が先んじて討伐してくれた、それを街の者たちに伝える為にも騒ぎを落ち着かせる必要がある──手を貸してくれるな?」
「「「……っ、はっ!!」」」
先程、ドルーカを文字通り揺るがせたものの正体が巨大な魔獣であり、その証拠として回収した二つの魔石を見せながら、この瞬間も安寧と程遠い状態にある街を元に戻す手伝いをして欲しいと要請した事によって、それを受けた番兵たちは一斉に敬礼してみせる。
これだけでも彼らの番兵としての練度や、クルトの領主としての能力や人望が窺えるというものである。
それから、クルトやカシュアが番兵たちとともに先んじて街へと入っていく中で、そこに残った数人の番兵たちへ身分証明として免許証を提示した後、望子たちも門を通過して漸くドルーカへと足を踏み入れた。
そんな一行の視界に真っ先に映ったのは──。
「──りょ、領主様! 先程の揺れは一体!?」
「お怪我はありませんか!?」
「は、早く避難を……! あぁでも何処に……!」
「領主様、私たちはどうすれば……!?」
「お、落ち着いてください!」
「当主より説明がありますから──」
「「「oh……」」」
「あぁ、まぁこうなりますよね……」
「だ、だいじょうぶかな……?」
魔王軍の襲撃を受ける前の王都セニルニア程の絢爛さはないものの、その御伽噺の世界に飛び込んだかの様な街並みに似つかわしくない、ドルーカの人々がぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら領主を囲む光景であり。
「──……! 聞いてくれ、ドルーカの民よ!!」
「「「「「!!」」」」」
番兵や私兵たち、そしてカシュアがクルトの盾となって民衆の鎮静化を図る中、望子たちの接近に気がついたクルトは馬上から声を張り上げ注目を集めつつ。
「あの二つの塔の様な影は魔獣であり、つい先程までの地鳴りの原因もその二体の魔獣──暴食蚯蚓によるものだった! しかし、もう心配はいらない! あちらにいる冒険者たちが我々に先んじて暴食蚯蚓を見事に討ち倒してくれた! これが、その証である魔石だ!」
「「「「「お、おぉおお……!!」」」」」
若くとも何処か威厳を感じさせる一声で民衆を鎮静化させたうえで、ドルーカを騒がせた原因が二体の魔獣にあったのだと告げ、そしてその魔獣は既に冒険者によって討伐されたと説明するとともに私兵へ指示を出して魔石を披露すると、それを見た民衆は驚きと安堵と称賛の入り混じった声を上げていたのだが──。
「──……おい待て、あれ亜人族じゃないか……?」
「えっ? あっ、そういえば……」
「あの兎人、リエナさんのとこの……?」
「人族の女の子もいるけど……」
「……あっちの亜人族たちは大丈夫なのか……?」
そんな民衆たちの中には、クルトの言う冒険者の姿を見て少なからず不安を覚えている者もおり、そもそも街一つ揺るがす様な強さと大きさを誇る魔獣を討ち倒した亜人族を街に入れていいのか──という事を言いたいらしく、どよどよとざわついてしまっている。
(みんなは、こわくなんてないのに……)
一方、望子は後者の声に少しだけ不満そうにしていたが、クルトは戸惑いを見せる住民たちに対し──。
「心配はいらない! 彼女たちは私たちと同じ人族の少女と旅をし、そして共に生きている! つまり私たちと何も変わりはしない! 凝り固まった偏見など捨てて、この街の恩人たちを歓迎しようじゃないか!!」
「「「お、おぉ──……っ、おぉおおおお!!」」」
片手を望子たち四人の方へ向けて高らかに叫ぶと同時に一瞬の静けさの後、民衆が笑顔とともに沸き立った事で望子が安堵した様に息をつく中、ハピだけは唯一クルトの好感度稼ぎに利用されたかもしれないと邪推してもいた様だが、せっかくの歓迎ムードを壊す意味も理由もない為、実際に口にする事はしなかった。
「ふぅ──……さて、このままリエナの店まで向かい魔石の解析を依頼しようと思うんだが……いいかな」
その後、住民たちの騒ぎも落ち着いて少しずつではあるものの元の生活へと戻っていくのを見たクルトが望子たち四人とピアンに顔を向け、おそらく魔道具店があるのだろう方向を指し示しつつ提案してみせる。
「あたしは構わねぇが──ミコもそれでいいか?」
「いいよ。 みんな、たのしみにしてたもんね」
それを受けたウルが全員を代表して賛同しながらも望子に確認すると、つい先日の三人とピアンのやりとりを覚えていた望子は笑みを浮かべて許可を出した。
「──……では、これより私は彼女たちとともに魔道具店に向かう。 カシュアは……ついてくるのだな?」
「無論です、クルト様」
そして、クルトは私兵たちから魔石を受け取った後で彼らに帰還の指示を出し、そこにはカシュアも含まれてはいる筈なのだが、どうせ帰還せよと命じても同伴しますと言って聞かないのだろうと踏んでいた彼の諦めにも似た声に、カシュアは当然だと頷いており。
それから七人で街を歩いていると、およそ中世の如き街並みにあっても少し目を惹く、その煉瓦の屋根に取り付けられた煙突からもくもくと青と灰色が混ざった様な煙を吐く、こじんまりとした家屋に辿り着く。
「──……ここが、お前の勤め先か?」
「は、はい! そうです!」
一見すると工房の様にも思える──魔道具を作成する店なのだから、それでも間違ってはいないのだろうが──家屋を指差し尋ねてきたウルに、ピアンは何故か誇らしげな表情と声音を以て肯定の意を示した。
「……『九重の御伽噺』──おそらく、この世で最も優れた魔具士が居を構える魔道具作成の専門店だ」
「……嫌でも期待しちゃうわね、その言い方だと」
また、ピアンの答えに補足する様に店名を口にするとともに、この店の主人が世界一の魔具士であると告げたクルトの言葉を聞いて、『そんなにハードル上げていいの?』と怪訝な表情を浮かべるハピをよそに。
「同じ街に住んでいるのに、こうして顔を合わせる事になるのは随分と久しぶりでね。 ピアンの話だと少しは丸くなったらしいが……リエナ? 私だ、クル──」
もう五年近く、まともに顔を合わせてもいなかったらしい──不仲という訳ではないそうだが──恩師を前に、ほんの少し緊張した面持ちで扉に手をかけた。
──その時。
『灰は灰に、塵は塵に。 常世に変わらぬ火光放ち、あまねく物を灰塵と化す蒼く揺らめく牙とならん──』
「……何だ?」
その扉の向こうから、それとなく妖艶さを感じさせる低めの女声が聞こえてきた事で彼の手が止まる中。
(今の、『詠唱』ってやつなんじゃ──)
「どうした!? 何があっ──」
おそらく、こちらを警戒しているからか小声になっていた扉の向こうの何某かの呟きを、この場にいる誰よりもハッキリ聞き取っていたフィンは、もしや魔術の威力や精度を高める為の文言である詠唱なのではないかと予想していたが、そんな彼女をよそにクルトはリエナを心配するあまり扉を勢いよく開いてしまい。
──そして。
「あたしを狙ってくるなんて良い度胸を──はっ?」
扉の向こうの部屋には魔道具の素材らしき様々な魔獣や魔蟲などの部位が転がっていたり吊り下がっていたりしており、その部屋の中央で艶やかな紺碧の毛並みの九本の尻尾を生やし、ウルたちより更に背が高く尻尾と同じ色の色打掛を着こなした雌の亜人族が。
狐人──と呼ばれる混血の亜人族が青白く輝く炎で形成された大きな狐の口の様な物を顕現させ、そこから極大の熱光線を放出せんとしているではないか。
「く、クルト!? それにピアンも!? 何で──」
「リエナ!? 一体、何を──」
「て、店主!? それ洒落にならな──」
しかし扉を開けたのが、かつての教え子と今の教え子だと視認した瞬間、狐人は──リエナはその整っているにも程がある美しい顔を驚愕の色に染め、クルトとピアンもまた蒼炎に照らされた顔を混乱で彩り。
もう止められない──と誰もが悟る中。
「──よっと」
「「「っ!?」」」
ちゃぽん──と水音を立てて、リエナとクルトたちの間に割って入ったのは他でもないフィンであり、そんな彼女に全員が驚くのも束の間、両手でOKサインを作ってから、それを口元で重ね合わせたかと思えば。
「ふーっ」
「な──!?』
そこへ強めに息を吹きかけ、ぷくーっと彼女の顔と同じくらいの大きさのシャボン玉を作るとともに、それをリエナの方へと射出するやいなや、そのシャボン玉は何故か蒼炎をすり抜けてリエナを包み込める程の大きさに膨らみ、そして完全に閉じ込めてしまった。
今朝の望子と同じく、やはり声も聞こえなくなる。
……そして、シャボン玉の内側に熱光線が触れた。
──瞬間。
『──……っ!?』
水の膜一枚である筈のシャボン玉は何故か割れる事なく中で拡散する様に炸裂し、おそらく悲鳴に似た叫びを上げながらリエナは自らの青白い炎に包まれて。
「り……っ!? リエナあぁああああっ!?」
「てんしゅうぅううううっ!!」
……何事も起こっていないかの様な昼下がり。
そんな中で、リエナを店主とする魔道具作成の専門店──九重の御伽噺に二人の悲痛な叫びが木霊した。
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!