思わぬ増援、その正体
魔王討伐の旅、最後の地──魔大陸。
かつては人族や亜人族も住まう平穏な地であったとは思えぬ漆黒の闇に覆われし大地も、この世界に存在する残り二つの大陸との安全性や秘匿性にこそ大きな違いはあれど、〝距離〟自体はさほど離れすぎているという事もない。
実際、性能の良い帆船なら辿り着けなくもないのだ。
魔大陸の周辺海域に差し掛かった時点で昼間であろうと関係なく〝夜〟に呑み込まれてしまう為、辿り着けたところで引き返してしまうだろうという事実を度外視したとしても。
だから、と言うのも少々おかしい気はするが。
ここに、あの三人が居てもおかしくはないのだ。
辿り着けていたとしても、おかしくはないのだ。
しかし、それでも驚かずにはいられなかった。
何しろ、その三人は〝魔王を討伐した後、即座に元の世界へ帰還させられる可能性〟を考慮すると、もう二度と会う事はないかもしれないとさえ思っていた者たちなのだから。
そんな三人は──いや、正確に言えば三人と一匹は空高く浮遊していた状態からふわりと漆黒の大地に舞い降り。
「また逢えたね。 愛らしくも勇ましい、異界の勇者様」
「無事……とは言えなそうね、間に合って良かったわ」
「あどさん! くものおねえさん……!」
その内の二人、見知った森人と蜘蛛人の言葉を耳にした望子が潤んだ瞳を湛えた笑顔で彼女たちを出迎える一方で。
「……あれ、俺は? まさか忘れられてんのか……?」
『グルル?』
「! もしかして……!」
「おっ!」
こちらも見知った顔ではあるものの、おそらく性別の違いからなのか、もしくは記憶にないだけなのか自分の存在だけ望子が言及してくれない事に割としっかりしたショックを受けていたもう一人に、やっと気づいてくれたかと思えば。
「しおちゃん!? きてくれたの!?」
『グルルアァ♪』
「……おぉ、そっちが先かよ……」
望子が気づいたのはもう一人ではなくもう一匹、〝エスプロシオ〟と名付けられた雄の鷲獅子であり、体格的に仕方ない部分もあるとはいえ未だに気づかれていない事に、いよいよ以て愕然としてしまっていた時。
『お前、確か翼人の……何つったか……』
「おぉっ!?」
『いやボクは覚えてないけど』
「お、おぉ、そうか……」
そのもう一人が鳥人の近縁種、翼人である事だけは覚えていたウルの言葉に思わぬところからの希望を見出しかけたばかりだというのに、じゃあフィンならと更なる希望を求めた結果、希望を秒で打ち砕かれた彼を見るに見かねたのか。
「……ルド、だったわよね。 助力、感謝するわ」
「お、おぉっ! 貴女は……!」
それまでは何処にも居なかった筈であり、エスプロシオと同じ栗色の翼を有していながらにして全くと言っていい程に無音で舞い降りたその美女が謝意と共に己の名を呼んでくれた事に、ルドという名の翼人は心より歓喜する。
……まぁ歓喜している一番の理由は、ただ単にルドがその美女に心を奪われてしまっているからというだけなのだが。
そしてルドが長を務める翼人の集落を、カナタたちと合流する前の望子たち一行が訪れた時、彼が惚れた相手とは?
「と……っ、とりさん! よかった……!」
「ごめんなさいね望子、心配かけて」
「うぅん、いいの……!」
そう、ぬいぐるみの一人──ハピである。
リエナによって保護された際、ウィザウトとの戦いで肉体的にも精神的にも重傷を負っていた筈の彼女は、どうやらカナタ以外の回復役によって治療を施されたらしく、全快とは言えないまでも最後の戦いに参戦出来るくらいには調子を取り戻している様だ。
そんなハピに向かって望子が涙を流しながら抱きつく、ともすれば感動的な映画の一場面にもなり得るその光景は──。
『森人、蜘蛛人、翼人……ッ! 有象無象が図に乗るでないわ! 誰の許可を得てミコと触れ合うておるのじゃ!!』
「魔王の許可が必要とも思えないけどね」
『喧しい!! その軽口ごと押し潰してくれるわ!!』
『ッ、来るぞ! 備えろ!!』
当然、未だ望子への執着心が燃え滾ったままのコアノルの視点から見れば〝NTR〟にも近い光景に思えていたらしく、そんな魔王の思考のぶっ飛び具合にある種の感心を抱いていたアドライトの呟きさえ苛立ちの要因となったのか、またも振り下ろされた巨掌を前に全員が攻撃を放たんとした、その瞬間。
「──〝一言之守〟!!」
『何ッ!?』
「今だ!」
突如、一行にとっては振り下ろされた巨掌から自分たちを覆い隠すかの様に上空へ、そして魔王にとっては振り下ろした巨掌を完全に防ぐドームの様な形で大地へ展開された巨大かつ強固な結界に驚愕したのも束の間。
「〝海皇豪剣〟!!」
「〝海神弾頭〟!!」
『ぐ、おぉッ!?』
その結界の主なのだろう何某かの合図と共に、それぞれ異なる方向から強力無比な青白い斬撃と正確無比な桃色の砲撃が王城と化したコアノルを襲い、ダメージこそ浅くとも衝撃は中々のものであったのか倒れるまではいかずとも思わず仰け反ってしまう一方、望子は魔王の方など見てさえおらず。
「いかさん! たこさん! とかげさん……っ!」
「遅くなりました、ミコ様」
ただ純粋に、仲間たちの無事を心から慶んでいた──。




