領民想いと亜人族嫌い
「──ふたりとも、すごかったよ! なんかよくわかんなかったけど……うん! とにかく、すごかったよ!」
六角猛牛を発見してからすぐくらいのタイミングで地面から現れた二体の暴食蚯蚓の大きさに最初こそ圧倒されていたものの、ピアンの支援魔術もあって無事に一撃で仕留めたウルとハピを望子は笑顔で迎えた。
よくわかんなかった──というのは紛れもない事実であり、いきなり蚯蚓が燃えたり凍ったりしたのがウルやハピの仕業という事くらいしか分かっていない。
「へへ、まぁな! これくらい朝飯前だぜ!」
「朝ご飯の後だけれどね」
「……うるせぇな」
「けんかしちゃだめだよ?」
「あ、あぁ勿論だ! 喧嘩なんてしねぇよ! な!」
「え、えぇそうね。 私たち仲良しだもの」
「ぇへへ、ならよかった」
そんな望子の屈託のない笑みと称賛の言葉に対してウルが胸を張って応える一方で、ハピは随分と皮肉じみた返しをしながらも望子の黒髪を梳く様に撫でる。
(……ああしてると、とても強そうには──え?)
目の前で起きた壮絶な──それでいて、やにわに戦闘を終えたウルたちの強さと美麗さ、もっと言えば望子の前でのみ垣間見せる外見相応のあどけなさなどの釣り合わなさに違和感を覚えていたピアンだったが。
「あ、う、後ろに……っ!」
「ぇ──ぅわっ!?」
「「「!」」」
そんな望子たちの背後には他より大きく荘厳な佇まいの六角猛牛が歩み寄ってきており、ピアンの指差す方を向いた望子が驚くと同時に、ぬいぐるみたち三人は望子を護る為に六角猛牛と望子との間に躍り出る。
「……いやまぁ近寄ってきてたのは匂いで分かってたんだがよ、わざわざやられに来たってのか──ん?」
『……ブモォオオ……』
無論、後ろを向いた状態でも自慢の嗅覚で接近を察知していたウルが、おそらく長なのだろうその個体を真紅の瞳でギラリと睨むやいなや、どういう訳か長は重厚な筋肉が軋む鈍い音を立てつつ頭を垂れ始めた。
「……んん? 何やってんの、この牛」
「頭を下げてる、のかしら……?」
「……っ!」
その行為の意図が掴めず困惑から首をかしげているフィンやハピをよそに、ピアンは何かに気がついて。
「あ、あの……もしかしたら降伏してるのかもしれません……群れごと犠牲になるくらいなら、って……」
「……成る程。 潔いわね」
「こ、殺しちゃうんですか……?」
もしかすると、『自分が犠牲になる代わりに、あの群れを見逃してくれないか』と頼み込んでいるのかもしれない──と推測を口にすると、ハピは彼女の推測に得心がいったらしく長の清い精神に感心していた。
……実のところ、ピアンの推測は間違っていない。
自分たちより遥かに強い人狼や鳥人が自分たちを護る為に力を振るった──などと楽観視はしておらず。
あの蚯蚓たちと、この亜人族たちの狙いが偶然にも同じだったがゆえに勃発した奪い合いであったと本能で理解し、まず間違いなく抵抗も逃亡も無意味だと悟って自らを犠牲にすべく前に出てきていたのである。
……人柱ならぬ、牛柱というところか。
「いや、命まではとらねぇよ──……だが、その角は貰うぜ。 六角じゃあなくなっちまうが勘弁な、っと」
『……ッ』
「あっ」
その後、やたら緊迫した空気に耐えきれなかったピアンの疑問に、ウルは首を横に振りつつ屠殺については否定するも、その屈強な右手の人差し指の爪だけを赤く輝かせて小さな短刀の様にしたかと思うと──。
すたすたと何の遠慮もなく近づいていき、その長たる個体の頭に生えた六本の強靭かつ鋭利な角の内、一本だけをスパッと根元から焼き切る様に断ち切った。
(……五角に……これで、あの長はもう──)
それを間近で見ていたピアンは、ほんの一日前に自分も似た様な事をしようとしていたにも拘らず、その長に対して同情にも近い感情を抱いてしまっていた。
何せ、この六角猛牛という魔獣は名前にもなっている六本の角を命と同じかそれ以上に大切にしており。
ゆえに一本でも角を失ってしまった個体は、それが仮に群れの長であったとしても、その群れに属する全ての個体から見放され追い出されてしまうのである。
勿論、彼女も六角猛牛の生態はしっかり把握していた為、群れから見放されてしまうくらいなら角だけでなく命をも奪い、その肉や皮といった六角猛牛の長を構成する全てを素材として活用するつもりではいた。
……それを実行出来るかどうかは、また別だが。
かくして、その長は群れから追放される──。
──かと思っていた彼女の予想に反し。
「──……あ、あれ? 受け入れ、られてる……?」
どういう訳か、『六角』から『五角』になった事で六角猛牛ではなくなってしまった筈の長を、その群れは追い出すどころか以前と変わらず受け入れており。
どうやら長にとっても予想外だったのか、きょろきょろと群れに属する全ての個体に視線を向けるも自分を排斥する様な素振りを感じられなかった為に──。
『──……ブルルゥ』
一度こちらを振り返って短く鳴いたかと思えば、その群れを先導しながら草原の向こうへと歩いていく。
「──……長の証っつってなかったか? この角」
「それだけ慕われてたって事じゃない?」
「……そうね、あの群れの為に自分の命を差し出そうとまでしたんだもの──これが将器ってものかしら」
翻って、ウルは自分の手にある一本の角を見下ろしつつ、『強い魔力がこもった角ありきの長なんじゃねぇのか』と独り言つも、これといって誰かに聞かせるつもりもなかったその声に、フィンとハピは憶測込みとはいえ長たる個体を称賛する旨の発言をしていた。
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その後、息絶えた二体の暴食蚯蚓もそのままに。
「よし! 無事に目当ての角も手に入ったし、さっさとドルーカの街に行こうぜ! ピアン、案内を──あ?」
「……ん?」
「「「えっ?」」」
いざ、ドルーカの街へ──と気持ちを新たにしようとしたウルの嗅覚に『大勢の人と獣の匂い』が届き。
また、ウルに同調して『おー!』と声を上げようとしていたフィンの聴覚を『沢山の力強い足音や何かの獣の嘶き、おそらく金属がぶつかり合う音』が叩き。
そんな二人の唐突な疑問符つきの反応に違和感を覚えた残りの三人が、ウルたちが見遣った方を向くと。
(……騎馬隊っていうのかしら、ああいうの)
望子やピアンの目にはまだ小さくしか見えていないものの、ハピの超人的な視覚には体格も血色も良い駿馬に乗った歳若くも見える青と黒が基調の絢爛な服を召した男性と、その後ろを同じく騎乗にて走る鎧姿の兵士が数十人くらい追走する光景が映っており──。
「え、この声は──」
そんな折、フィン程ではないにしろ聴覚に自信のあるピアンは白く細長い耳をぴくっと動かし、ドルーカの街に住まう者なら誰しもが知っている、その集団の先頭を馬で駆る絢爛な服装の男性の声を捉えており。
「おうまさん、いっぱい……あのひとたち、だれ?」
望子が、ピアン以外の三人を代表するかの様に疑問を声に出すのと殆ど同時に、その集団を率いていた男性と一人の女性を除いた騎馬兵たちは望子たちにではなく暴食蚯蚓の死骸へと近寄っていき、それぞれ馬から降りて剣だの槍だの杖だのを持ち出し、どうやら魔術と技術を以て暴食蚯蚓を解体せんとしている様で。
そして騎馬兵たちとは異なり、あちらの暴食蚯蚓の死骸ではなく望子たちの方へ乗馬したまま歩み寄ってきていた一組の男女に対して、ウルは睨みを利かし。
「──……何だお前ら」
「「!?」」
明らかな警戒心を見せつつ『何者だ』と問うたところ、その発言に驚いたのは──ピアンと金髪の女性。
「りょ、領主様……ドルーカの領主様ですよぉ……」
「……りょーしゅって何? 『様』って事は偉い人?」
わなわなと露骨に怒りに震えている女性に気づいたピアンは、あわあわとしながらも男性の方はドルーカの街を治めている領主──要は貴族なのだと身分の差に怯えていたのだが、そもそも『領主』という言葉自体が初耳のフィンは不遜にも男性を指差してしまい。
「……っ、貴様ら! たかだか亜人族の分際で──」
長身、金髪、軽鎧──しかし騎士と呼ぶには華奢にも思える女性が、まるで亜人族という種族そのものを下に見るかの如き発言とともに抜剣しようとするも。
「──……口を慎め、カシュア」
「っ、申し訳ありません……」
カシュア──そう呼ばれた女性は、ピアンの話だと領主であるらしい男性の静かな一声で、フィンたちにではなく男性に対して深く頭を下げて引き下がった。
その後、慣れた様子で馬から降りた男性は如何にも礼節を重んじているのだと思わせる所作にて礼をし。
「……従者がとんだ失礼をしてしまったな。 私は、クルト=シュターナ。 そちらの兎人のお嬢さんが言った通り、ドルーカの街を領主として治めている者だ」
「……随分、若く見えるけれど」
「……あぁ、それは──」
ピアンの言葉通り領主であったらしい、クルト=シュターナと名乗る男性の自己紹介を兼ねた挨拶に一行が名乗り返す中、翠緑の瞳を細めたハピが『人の上に立つ者としては若すぎないか』との疑問を込め声をかけたところ、クルトは少し表情に影を落としてから。
「……我がシュターナ家は、どういう訳か代々短命でね。 かくいう私の父も四十という若さで逝ってしまった。 ゆえに若輩者の私が領主の座に就いているんだ」
「へぇ……そういう事もあるのね」
二十五という若さで領主なんて大任を務めている彼だが、どうやら彼が生を受けたシュターナ家は呪いか何かでも受けているのかと疑いたくなる程に代々短命であるらしく、『私もいずれは』と言いたげに自らの宿命を語る彼の表情は寂しげにも哀しげにも見えた。
「……で? その領主様が、こんなとこに何の用だ?」
そんな中、彼の独白に対して興味なさそうなウルは頭を掻きつつ、『偉いんなら引っ込んどいた方が良いんじゃねぇか』とばかりに兵士たちが解体しつつ何やら調査してもいた暴食蚯蚓の死骸を指差して忠告し。
「ドルーカを大きな揺れが襲っただけではなく街の外に二つの巨大な塔の様な物が見えたんだよ、まさか魔獣だったとは思わなかったが──あれは君たちが?」
そんなウルからの忠告を受けたクルトは一転、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながら、おそらく混乱状態にあるのだろう街の状況も合わせて説明したうえで本題だとばかりにウルたちを、およそ体格が良い訳でもないのに威圧感を思わせる視線で射抜き、問う。
「……まぁな。 で? 褒美でもくれんのかよ」
「っ!! ふざけ──」
勿論、領主が相手でも口調を変えてやるつもりはなく粗野な口調を以て、あろう事か暴食蚯蚓討伐の功績による報酬まで求め始めたウルに、いよいよ腹に据えかねたカシュアが抜剣して魔力を充填し始めた瞬間。
「カシュア! いい加減にしないか! お前はあの死骸を見て何も思わないのか!? あの巨大かつ邪悪な魔獣たちは、いずれ我がドルーカにも牙を剥いた筈だ! そうなった時、我々だけで対処出来たと思うのか!?」
「そ、それは……っ、しかし、この街にはあれが!」
(……あれって何かしら)
腹に据えかねていたのは彼女だけではなかったらしく、あちらで兵士たちが──というより彼に仕える私兵たちが解体に苦戦している暴食蚯蚓を指差して、もしあの二体がドルーカを襲撃していたらと語り出し。
そうなった時に対処出来たかと詰問するも、カシュアは当然と言えば当然ながら首を横に振るしかない。
あんな化け物は冒険者や傭兵、騎士や魔導師の中でも最上位の者たちが命を賭して戦う相手であり、それこそドルーカにはうってつけの者がいる──と口にしかけたカシュアをクルトは鋭い視線を以て咎めつつ。
「あれ、だと……? お前は、お前にとって都合の良い時だけ彼女を頼るつもりか!? いい加減にしろ!!」
「……っ」
どうやらカシュアの言う『あれ』とやらと彼は知り合いなのか、その物言いから察するに女性なのだろう強者を気遣う様な発言とともに彼女を強く叱りつけ。
「……ここ最近、草原に生息している筈の魔獣や魔蟲が大幅に数を減らしているという報告が上がっていたにも拘らず、どういう訳か調査に出た冒険者の未帰還が続出していた。 おそらく、あの暴食蚯蚓が原因だったんだろう。 つまり彼女たちは一度の活躍で二度もドルーカを救ってくれたんだ。 もう言わずともいいな」
「……はい、申し訳ありませんでした……っ」
しばらく望子たちの存在をも忘れてしまう程に怒りで昂っていた様だが、どうにか気持ちを落ち着かせつつ領主として冒険者ギルドから定例の報告を受ける際に、この草原で起きている様々な異変について聞いていたらしく、まず間違いなくあの魔獣たちが全ての原因であり、それを考えれば望子たち一行は知らず知らずの内に二度もドルーカを救ってくれたのだと語り。
私が何を言いたいか分かるな──と諭す様に告げた事によって、カシュアは今度こそ一行に頭を下げた。
謝罪も済んで、ゆっくりと上げたその顔は──とても本心から悪いと思っている者の顔ではなかったが。
「……すまないな、彼女は──カシュアは君たちの様な亜人族との交流にあまり肯定的ではなくてね……」
「……構やしねぇよ。 で? 結局、何がしてぇんだ」
それ自体には気づかなかったクルトが、そのまま彼女から一行へ視線を移しつつ従者の非礼を詫びたはいいものの、そもそもウルとしては『構わない』というより『眼中にない』といった方が正しく、ゆえに彼女の言動一つで心が揺らぐ事もなく先程の問いに戻る。
「……私は領主として民の平穏を守り、そして有事の際には彼らを護らねばならない立場にある。 情報は時に身を護る盾にも道を切り拓く剣にもなる──だからこそ、まずは詳しく話を聞かせてもらいたいんだよ」
すると彼は望子たちを見据えた後、不意に街のある方角へ顔を向けながら若輩者ではあれど自らが領主であり、これまでもこれからも何を置いても民を守らなければという決意を口にしつつ望子たちの方へ向き直った彼の顔は既に上に立つ者の面持ちとなっていた。
「……まぁ何でもいいけどよ、あたしらは早いとこ街に行きてぇんだわ。 あたしは別に気にしねぇけど、ミコを──……あぁ、こいつを野宿させ続けんのもな」
「わたしも、そんなにきにしないよ……?」
「ボクたちが気になっちゃうって話だよ」
「そ、そうなんだ……」
そんな彼の決意を理解したのかしていないのかはともかく、それはそれとして早いところ街に行きたいし望子をベッドで寝かせてやりたいしで、さっきからやきもきしていたウルの言葉の意図を察したクルトは。
「……ドルーカに帰還次第、宿を手配しよう。 なるだけ人通りの少ない区域の方が──いいのかな……?」
「……えぇ、そうね。 そうしてもらえると嬉しいわ」
ドルーカと一言に言っても賑やかな場所もあれば落ち着ける場所もある為、人族の少女が一人に亜人族が三人という変わった組み合わせの一行に特別な事情がない筈がないと踏まえたうえで提案すると、ハピは彼の気遣いを察して『ありがとうね』と謝意を告げた。
「諸君! 作業が済み次第、帰途へ着く! 解体、及び魔石の回収と不要な部位の埋葬を速やかに行え!!」
「「「はっ!!」」」
そして、クルトは男も女も老いも若いも入り混じった私兵たちに『可及的速やかに』と暴食蚯蚓の解体などの作業の能率化を指示し、それを受けた私兵たちは声を揃えて返答しつつ更に素早く精密に作業を続け。
やがて私兵たちによる解体が終了し、とっくにボロボロだった死骸を風属性の魔術で細かく刻んで、また土属性の魔術により掘られた深い穴に死骸を埋めた彼らは一人、また一人と乗馬し帰途に着く準備を終え。
その後、騎馬隊の何人かがクルトの命令──或いは自発的に一頭の馬に相乗りし、そうして空いた馬を望子たちに貸し出す事で図らずも乗馬する事になった。
既に問題の大部分が解決したとはいえ街では未だに多くの住民たちが怯えているだろうし、いち早く安心させたいとの事で、そこそこの速度で帰路を進む中。
「──……そういや、さっきの……魔石? ってのはどうすんだ? それを報酬としてくれたりはしねぇのか」
「当然そのつもりだ──……が、しかし」
「しかし?」
ふと、この集団の最後尾で荷車に載せられている二つの薄紫色の魔石に目を遣ったウルが『あれは褒美に入らねぇのか』と尋ね、その不遜な物言いを耳にしたカシュアの睨みなど何処吹く風といった具合の彼女に対し、クルトは何やら言いにくそうにしており──。
「……あの暴食蚯蚓は明らかに異常な個体だった。 これは私の憶測に過ぎないが、もしかすると魔族が関与しているかもしれない。 『リエナ』に詳しく調べて貰う必要がありそうだし、こちらで一旦預かって──」
「ん? リエナってのは一体──」
あの魔石の禍々しい色から連想せざるを得ない、この世界を支配せんとしている者たち──つまりは魔族の手がドルーカに伸びてきているのやもしれないと考えたうえで、おそらく女性かつ知識人なのだろう『リエナ』とやらの名を挙げるも、その名を知っている筈もないウルが『誰だ?』と尋ねようとした、その時。
「──……え? 店主に?」
「「店主?」」
「あ、いや、あの──」
ここまで身分差もあり割と沈黙を貫いていたピアンが、ふと顔を上げて呟いた『店主』という言葉に反応したクルトとウルの声が重なった事で、ピアンは思わずビクッとなりながらも反応した理由を語り始める。
ここで言う『リエナ』とは──ピアンが見習い魔具士として働く店の店主である亜人族の名だったのだ。
(──……不思議な縁もあるものね)
漸く天辺に昇りつつある日の光を眩しそうに見つめつつ、ハピはしみじみとそんな事を考えていた──。
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