地中より出でしもの
朝食の後、一行はピアンの案内によって彼女が望子たちに出会う寸前まで追われていたらしい六角猛牛の群れを発見する事自体には成功していたものの──。
「──……ねぇ。 もしかして、あれがそうなの?」
「は、はい! あれが六角猛牛です!」
如何にも怪訝そうな表情で牛の群れを指差しながら呟いたフィンの声に、やたらと気合いの入ったピアンが『その通りです!』と答えてきたのはいいのだが。
「……なんかこわいね、あのうしさんたち……」
ぽつりと口にした望子の言葉通り彼女たちの視界に映る牛たちは、きっと幼体だろう小さめの個体に至るまで筋骨隆々で、その頭からはピアンのお目当てである捻じ曲がった六本の鋭利で強靭な角が生えている。
あの様な凶悪極まりない容貌だが、それこそ冒険者だったり肉食の魔獣や魔蟲だったりの外敵に襲われない限り自発的に暴れる事もない温厚な魔獣との事で。
では何故、一見すると無害にしか思えない筈のピアンが追いかけられる羽目になったのかと言えば──。
六角猛牛は、ある理由から自らの角を命と同列かそれ以上の物だと捉えているという事が知られており。
彼らは、ピアンの『素材として角が欲しい』という意思が込められた視線を過敏に感じ取ったのである。
それを警戒してなのか、この時の一行は結構な距離を離した状態で六角猛牛の動向を見守っていた様だ。
「……ちなみに、あれの肉って美味しいの?」
そんな中、指を差したままのフィンが何気なく『焼肉パーティーだね!』という自分の発言を思い返して尋ねるも、ピアンは『あはは』と苦笑しており──。
「ぇ、えっとですね……食べられなくは、といった感じで……ちょっと、いやかなり筋っぽいですが……」
「……焼肉パーティはなしかなぁ」
「す、すみません……」
どうやら以前に食べた六角猛牛の肉は随分と大味かつ異常な程に固く筋っぽかったらしく、それを聞いたフィンは差していた指をスッと下ろして溜息をつく。
彼女のやる気を支えていた要因の半分が消えてしまったのだから、それも無理はないのかもしれないが。
「拗ねてんなよ、フィン。 元々は案内との交換条件なんだ、あいつの肉は諦めてとっとと終わらせようぜ」
「むぅ──……まぁ、そうだね。 そうしよっか」
幾度も頭を下げて説明不足を謝罪するピアンをよそに、ウルは右腕を伸ばしてフィンの肩を抱き寄せつつ言い諭し、それでも彼女は納得していなさそうだったが、ごねる事は無意味と理解してからはすぐだった。
「……それで、角が欲しいのよね?」
「そ、そうなんですけど……」
「うん?」
そんな折、逸れていた話題を肉から角へと修正したハピが、ピアンに話を振ったはいいものの何やら彼女が『それはそうなんだけど』的な返答をしてきた事により、その返答に違和感を抱き首をかしげていると。
「正確には──六角猛牛の群れの長の角、なんです」
「「「「おさ?」」」」
先程までの申し訳なさを拭い切れていないのか、どうにも控えめな声音のまま、その赤い瞳だけを素材を見定める者の真剣な眼差しへと変えつつ、ただの角では駄目だと告げたものの、いまいちピンときていないらしい望子たちは一様に疑問の声を上げてしまった。
ピアンの言う事には、どうやら六角猛牛の群れの長は定期的に代替わりする様で、その群れを纏めていた先代の長が何らかの理由で死亡すると、これまでの行動や実績を考慮して新たな長を選び出そうとし始め。
そして群れの全員から認められた個体が自らを長だと強く自覚した瞬間に、その個体に生えている六本の角は更に大きく強靭な物へと変異を遂げて、また他の個体のそれとは一線を画す程の魔力を帯びるとの事。
無論、普通の個体の角であっても素材としての価値はあるが、それを魔道具や武具、滋養強壮の効果を発揮する粉末状の薬などに利用するのなら長の角の需要が頭一つ抜きん出ていると語り終えた──その時。
「──……んん?」
ぴくぴくっ──と、フィンの側頭部辺りについている青い鰭が揺れ動くとともに何らかの音を察知する。
ごごごご──と地面から聞こえる、そんな音を。
「どうしたの? いるかさん──……いるかさん?」
「……」
一方、下を向いて動かなくなってしまった彼女を気にした望子が声をかけたが、フィンは返事もしない。
(……この匂い……虫か? いや違ぇな、どっから──)
また、ウルはウルで明らかにウェバリエや森の魔蟲たちよりも大きく、そして強い虫っぽい何かの匂いを感じ取っているらしく地面に顔を近づけており──。
(何だろう、この音……空じゃない、だとしたら──)
更に、フィン程ではないとはいえ優れた聴覚を持つ兎人のピアンも、フィンが感じ取っている何かの音が空からではないと判断したうえで耳を動かしている。
「……貴女たちも、どうしたの? 何かあるなら──」
そんな中、梟なら聴覚も優れていていい筈なのだが特に反応を見せてはいないハピが、フィンと同じく固まってしまっていた二人に対して問いかけたところ。
「昨日、の──やっぱり牛じゃなかったんだ……!」
「きのう? いるかさん、なにいって──」
そんなハピをよそに、たった今この瞬間に聞こえている音と寝る前に聞こえていた音が完全に一致している事に気がつき、フィンはパッと望子の方を向いて。
「「──!!」」
「ぅわぁ!?」
望子を護る為にと動いた瞬間、全く同じタイミングで何かを悟ったウルまでもが望子の方へと飛び出していき、それに驚いた望子が声を上げるのも構わず二人は音のする方や匂いのする方から出来るだけ離れる。
勿論、望子を庇う様に抱いたままの姿勢で──。
「皆さん! 地面です! 地面から何かが来ます!!」
「分かってんだよ! ミコ、しっかり捕まってろ!!」
「う、うん……!」
その時、漸く地面から音がしているのだと確信したピアンが警告の言葉を叫ぶも、そんな事はとっくに分かっているウルは叫び返しつつ更に望子を抱きしめ。
「ちょ、ちょっと何なの──」
翻って、この中では望子と並んで全く状況を理解出来ていない──何かが来ているというのは、ピアンの叫びから分かったものの──ハピが困惑しきった表情と声音からなる、おろおろとした様子を見せる一方。
『──ブモオォオオオオオオオオッ!!!』
「っ!? な、何!? 何が起こって──」
それと同時に六角猛牛の群れも何かを察知したらしく、その群れの長のものであろう一際大きな嘶きが響き渡るとともに、この場を離れようとしたその瞬間。
──……ズン……ッ!!!
「「「「「!?」」」」」
地中を大きな何かが掘り進めんとした事による、まるで地震が発生したかの様な轟音が周囲に響き渡り。
咄嗟に空へ逃げたハピや、ウルが地面からの危険を察知して低空浮遊するフィンに手渡した為に事なきを得ていた望子、轟音とともに揺れ続けている地面にも何とか立てているウルはともかく、そこまで足腰が強い訳でもないピアンは杖で身体を支える事も難しく。
「おい、しっかりしやがれ!!」
「ひぁっ!? は、ひゃい……!」
「……いい加減慣れろよ、あたしに」
と、そんな風に無益な会話をしている間も次第に揺れは大きくなっていき、ウルよりも圧倒的に筋肉質な六角猛牛たちでさえよろめき倒れてしまう中で──。
「あっ、うしさんたちが──」
「来るよ! 備えて!!」
思わず六角猛牛の群れを心配する望子の声を遮りフィンが叫んだ瞬間、彼女たちと群れの間の地面が音を立ててひび割れ、そして盛大に隆起したかと思えば。
『『──ゴアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』
「「「「「……っ!?」」」」」
耳をつんざく様な大きな咆哮を草原に響かせながら大地を割って現れたのは──あまりに巨大で、あまりに凶悪で凶暴な外見の二体の蚯蚓型の魔獣であった。
「──でっ……デカすぎるだろ!! 何だよあれ!?」
しばらく、ぽかんと口を開けて呆けていたウルが驚きを露わにして叫ぶが──それも無理はないだろう。
未だに全身が地上に飛び出しきっていないにも拘らず、あの化け物たちは控えめに言っても地球でいうところの超高層ビルくらいの高さがあったからである。
「──……『暴食蚯蚓』っていうみたいね」
「あ、あれがですか……!?」
そんな折、突然の事態で逆に冷静になっていたハピが翠緑の瞳で視通した魔獣の名を誰に聞かせるでもなく呟いたところ、それを聞き逃さなかったピアンは信じられないといった表情をハピと魔獣の両方に向け。
「わ、私が知ってる暴食蚯蚓はあんなに大きくないですし……それに、あんな禍々しくはなかった筈……」
彼女の言葉通り本来ならば暴食蚯蚓は、せいぜい一般的な人族と同じくらいの大きさの魔蟲であり、その外見自体も地球に存在する蚯蚓と大した違いはない。
だが目の前の魔獣ときたら、その大きさも然る事ながら何ともブヨブヨとした赤黒い肉を引き裂く様に生えた──いや、生やされた様にも見える牙に似た棘の如き器官と、そして頭に当たるのだろう部位には、その名に相応しい大きく横に裂けた禍々しい口があり。
「──……グロいね、あれ」
フィンの呟きが、その外見の全てを物語っていた。
『──……ッ! ゴルルルル……!!』
『──ゴアァアアアアアアアッ!!』
そんなフィンの呟きが聞こえていた訳ではないのだろうが、あちらに見ゆる暴食蚯蚓たちが六角猛牛の群れの方へと勢いよく顔を向けたかと思うと、その口から涎を垂らしつつ大きな咆哮を響かせて六角猛牛の頭上から高さを活かして襲いかかっていくではないか。
「──……あ"ぁっ!? 横取りしようってのかあいつら! そんなのあたしが許すと思ってんのかぁ!!」
「気が早いんだから──ピアン、支援お願い」
「ぇ、ちょ──」
当然ながら、そんな暴挙を黙って見逃してやる訳もないウルが、いの一番に突撃していくのを止めきれないと判断したハピは溜息を溢しながらも、つい昨日にピアンが行使してみせた支援魔術を自分たちに頼み込みつつ飛んでいった事で、ピアンはあたふたとして。
「──もぅっ! め、軽量化っ!!」
「おっ、軽くなった! これなら間に合うなぁ!!」
「……ありがとう。 後は任せて」
何かを言おうとした様だが既に二人は飛び出してしまっていた為、『どうなっても知りませんよ』と言わんばかりに彼女は杖を構えて二人の身体を光で覆う。
「止めなくてよかったんですか!? あんなの、どうしようもないですよ!? ウルさんも、ハピさんも──」
目に見えて速度の上がった二人をよそに、ピアンは同じくこの場に残っていた望子たちに向けて不安と恐怖を拭い切れないのか縋り付かん勢いで叫び放つも。
「だーいじょーぶだってば! あの二人、ああ見えてそこそこ強いからさ! ま、ボクの方が強いけどね!!」
「け、けど……っ」
ばしばし──と、フィンが自分の肩を叩いてきたかと思えば、ほぼ何の根拠もないとはいえ彼女を安堵させる旨の発言をしてきたのだが、それでも納得いかないピアンは何とかせねばと今度は望子の方を向いた。
「……うさぎさん。 だいじょうぶだから、しんぱいしないで? みんな、ほんとにつよくて──……いつもわたしをまもってくれるんだよ。 ほら、ああやってね」
「えっ──」
しかし、どうやら望子もフィンとほぼほぼ同意見であった様で、ピアンの震える手を自分の小さな手で握ってあげつつ、スッとピアンから視線を外した事で彼女も望子に釣られて後ろの方へ視線を向けたところ。
彼女は、またしても驚きで目を見開く事となった。
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望子やフィン、ピアンたちが先述した様なやりとりを交わしていた頃、前線へ駆けていった二人は──。
「新しい力の実験台としちゃあ──」
「──これ以上ない相手よね」
ピアンの支援魔術、軽量化により普段とは比べ物にならない程の圧倒的な速度で走ったり飛んだりする中で、サーカ大森林にて発現した各々の新たな力を自覚したうえで試すのは初であり、そういう意味でもあの暴食蚯蚓はサンドバッグとして最適であると認識し。
「おっと待ったぁ!! こいつらは喰わせねぇぞ!!」
「そういう事、悪いけど諦めてちょうだい」
おそらく普通の状態でもギリギリ間に合いはしたのだろうが、かなり余裕を持って暴食蚯蚓と六角猛牛の群れとの間に割って入る事が出来た二人は、まるで宣戦布告かの様な叫びや呟きを暴食蚯蚓にぶつけるも。
『『……ッ、ゴォオオオオアァアアアアッ!!!』』
二体の暴食蚯蚓は一瞬だけ目の前の亜人族二人に怯む様子を見せはしたが、すぐに何事もなかったかの様に、おどろおどろしい咆哮を上げつつ六角猛牛の群れごと丸呑みにするべく大口を開けて突っ込んでくる。
「退かねぇか……だったら──」
「──えぇ、やりましょう」
それを見た二人は、『その意気や良し』と言わんばかりに笑みを浮かべながら魔力を充填しており、かたや赤熱する巨大な爪を両手に展開し、かたや飛び上がったまま両脚の鋭い爪を中心に冷気を纏い始め──。
──そして。
「ぶっ飛べぇえぇえええええええええええっ!!!」
「砕ける、凍る、霧散する──どうなるかしらね」
それぞれの叫びや呟きとともにウルが重ね合わせた両爪からは極大の放射状の業炎が、ハピの両脚の爪からは風の魔力で高速回転する巨大な氷柱が放たれた。
『『──ゴオォ……ッ!?』』
一方の暴食蚯蚓たちは、ある程度の力を目の前に立つ亜人族たちが持っているとは分かっていたが、あまりにも強大すぎるその一撃を直に受けるのは悪手だと踏んで回避せんと試みるも、もう止まる事は出来なかった暴食蚯蚓たちは勢いのまま魔術に突っ込み──。
『『──……ッ!!』』
声にならない叫びを上げながら片方は地面に埋まっている部分も含めて見るも無残な炭と化し、もう片方は地上に出ていた部分全てを氷柱に貫かれた結果、地面に埋まっている部分も含めて凍りついてしまった。
時間にしてみれば、およそ数分──。
──あっという間の出来事であった。
「──ね? 大丈夫って言ったでしょ?」
「……っ」
そんな中、言った通りだろうと笑ってみせたフィンの言葉は残念ながら、ピアンに届いてはおらず──。
(……触媒どころか詠唱もなしに、あんな大規模の魔術を……!? どっちが化け物か分かんないよ……っ!)
見習いとはいえ魔具士である為、多少なり魔術の知識を蓄えているピアンは、これまでの常識を遥かに超える彼女たちの力が恐ろしく思えて仕方ないらしい。
魔術の余波や暴食蚯蚓の咆哮によりちらほらと倒れ伏している六角猛牛たちの近くで手を振るあの二人にも、やっと慣れ始めてきたところだったのだが──。
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