聖女の葛藤
『異界より来りしもの。 汝、昏き闇を打ち払う一筋の光となり、眩い未来を拓く一粒の希望とならん──』
リドルスや臣下たちが見守る中、謁見の間に展開された青白く、どこか神々しい光を放つ大きな魔方陣。
その魔方陣の傍に膝立ちし、両手を組んだ状態で詠唱を続ける神官姿の『選ばれし者』──聖女カナタ。
その最中にあっても彼女は勇者召喚の儀に対し、そしてこの国や王に対しての不信感を持ち続けており。
(──……本当に、これでいいのかしら)
脳内で密やかにそう呟きつつも、もう中断など出来る訳もない為、魔力を込める手を止める事はしない。
確かに王の言う様に、この世界は既に魔族によって半分以上を掌握されており、およそ脆弱で惰弱な人族の国々など、いずれはその全てを支配されてしまうというのは誰が見ても間違いないだろうといえる筈だ。
今こうやって生き残っている自分たちでさえも、ほんの気まぐれで生かされているに過ぎないのだから。
……実を言えばカナタ自身、僅かに期待している。
異界より召喚された何某かが、この絶望に満ちた世界を少しでも良い方向に変えてくれるのでは──と。
彼女は十年前、僅か五歳だった筈であり当然の事ながら前回の勇者召喚の儀を伝聞でしか知らないのだから期待してしまうのも無理はないのかもしれないが。
いくら勇者としての資格と素質を持った何某かが喚び出されるとはいえ、この世界の事を碌に知らず、その瞬間まで平和に生きていた可能性もある異界の者に世界の命運を背負わせるなどと考えているのも事実。
とはいえ彼女も結局は宮仕えの身であり、上の判断を真っ向から否定することなど出来はしないのだが。
(私も同罪、よね。 恨んでくれてもいいわ、勇者様)
脳内での呟きでさえ、その十五歳という年齢にそぐわない大人びた口調をしていたカナタは、もう間もなく終わりを迎える詠唱を言い切るべく息を吸い──。
『──数多の悲憤を凌駕する、その目が眩む程の燦然たる希望を、どうか我等に。 汝、救世の勇者也──』
詠唱を完全に終えた後、一呼吸置いてからカナタは覚悟と一抹の罪悪感を胸に──確かな声音で唱える。
『──勇者召喚』
瞬間、魔方陣から放たれていた青白い光が更に強まり謁見の間ごとその場にいた全ての者を包み込んだ。
宰相や臣下、近衛兵などといった周囲に居合わせた者たちの感嘆の声が上がるが、それも一瞬の出来事。
その殆どが、カナタの詠唱通りなのかは分からないが、あまりの眩さに目を閉じ逸らしてしまう中、カナタとリドルスだけは光り輝く魔方陣から決して目を逸らす事なく瞬き一つさえもせずに見つめており──。
取る姿勢は違えど、おおよそ想いは同じ。
かたや、人族に希望を与える存在であれと。
かたや、魔の者に絶望を与える存在であれと。
両者の思想に差異はあれど、願う事は同じ。
──どうか、現状を打ち破る力を。
それから数十秒後、少しずつ光が弱まっていく事で臣下、近衛兵たちも魔方陣の中心に目を凝らしつつ。
どの様な者が喚び出されたのか、と勝手な期待を込め、そこにいる何某かを視認した彼らは少なからず。
……落胆した。
勇者たる者の資格や素質を持って喚び出すのが、この勇者召喚という儀式なのだから何かしらの人並み外れた力を持っているのだろう、とは思うのだが──。
「──……どう思う?」
「何とも言えんな……」
「あれは、耐えうるのか?」
「いや、どう見ても……」
臣下や近衛兵たちも失望や不信感を少しも隠そうとしていなかったが──それも仕方ないかもしれない。
その魔方陣を扉として異界より召喚されたのは、おそらく獣を模しているのであろう三体の人形を抱え。
誰の目から見ても明らかな、年端のいかない──。
『……ぇ?』
──寝間着姿の、いたいけな少女だったのだから。
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