ドルーカ住まいの見習いうさぎ
いつまで経っても震えたまま平伏し続けるうさ耳少女に痺れを切らしたぬいぐるみたちが、なるだけ怯えさせない様に声をかけながら起き上がらせた後、五人は望子の提案で互いに自己紹介し合う事となり──。
「──……えっと、私の名前は……ピアン、といいます。 ご覧の通り兎人です。 どうぞ、よろしく……」
ピアン──と名乗った少女は兎人という種族が紛れもなく亜人族の一種だと告げて、やはり挙動不審な様子は消し切れていないが、それでも小さく細身な身体には似合わない大きめの緑色の外套と、これまた背丈に合わない長めの杖を握りしめつつ名乗ってみせた。
そんな彼女の一番の特徴であるところの長く細く白い兎の耳は、たった今のピアンの心情を正確に表しているかの様に、へにゃりとしなだれてしまっている。
その後、異世界から来たという事だけは絶対に明かさない様にしつつ望子たち四人も自己紹介を終えて。
取り敢えず敵意はないと分かったからか、ほんの少しとはいえ警戒心や緊張感が解れたらしいピアンは。
「……そ、そういえば亜人族が三人に人族の女の子が一人……随分と変わった組み合わせ、ですね……?」
「「「「……」」」」
よくよく見てみると、この一行の組み合わせに全く以て整合性を感じないという事に気づき、おずおずと控えめに尋ねてみるも望子たちの表情は明るくない。
組み合わせについての話をする事で『望子=召喚勇者』という事実に繋がるとは思えないが、だからといって繋がらないという保証など存在しない為である。
「まぁ……そう、かもね。 こちらにも色々と事情があるのよ。 あまり聞かないでくれると嬉しいのだけど」
「ぁ、ご、ごめんなさい……っ!」
それゆえ、ハピが翠緑の瞳でピアンを射抜きながらも暗に『察しろ』と言い聞かせた事で、やっと治まりかけていた恐怖がピアンの中に再び湧き出てしまう。
すっかり日も暮れてしまい、ウルが着火した焚き火を除けば月明かりのみが頼りなこの空間のせいで、ぬいぐるみたちの整った顔に必要以上に影が差している様に感じた事で、ピアンは萎縮しきっているらしく。
「……だいじょうぶだよ。 わたしたち、なにもしたりしないから……とりさん、こわがらせちゃだめだよ」
「あっ、そ、そうね、そうよね……悪かったわ」
そんな二人のやりとりを見ていた望子が怯えるピアンに近寄って、その綺麗な銀髪を優しい手つきで撫でながらもハピを諫めた事により、あわあわとしたハピはすぐさま眼光を緩めて望子とピアンに謝意を示す。
……下手に我を通して望子に嫌われでもしたら。
彼女たちは存在意義を失うも同然なのだから──。
一方のピアンは望子に優しく撫でられつつも、その赤い瞳の僅かとはいえ涙を浮かべてしまっていたが。
……それは恐怖からの涙ではない。
(……こんな小さな子が、こんな私を守って……もしかしたら、この子は女神様の生まれ変わりとか……?)
自らを庇い、そして慰めてくれている望子の姿に感謝したがゆえの感涙であり、それには理由があった。
望子たちに出会うまでの間、彼女は草原にて『とある魔獣』の群れに追いかけられ続けて心身ともに疲弊しきっており、そのうえ明らかに自分よりも強者である三人の亜人族との邂逅は精神的に追い詰められている今の彼女にとって畏怖の対象でしかなかったのだ。
その内の一人である、ハピの威圧にも似た視線から自分を守ってくれた望子に対して神々に対する信仰心にも近い何かが彼女の中に芽生えた事が原因だった。
……『女神』ではなく、『勇者』なのだが。
「……なぁピアン。 最初の質問に戻るんだがよ、こんな時間にこんなところで──お前、何してたんだ?」
それから、ピアンが落ち着きを取り戻すのを見計らっていたウルが髪を掻きつつ、その姿を朧げにでも視認した時に投げかけた質問をし直さんとしたところ。
「ぁ、えっと……私、ドルーカって街で──」
「「「ドルーカ!?」」」
「ひあっ!?」
ピアンは、これでもかと身体を縮こませながらも勇気を振り絞ってウルの問いに答えんとしたのだが、そんな彼女の話を遮ってきた変なところばかり息の合うぬいぐるみたちの声に、またも怯えて身体を震わせるだけでなく、あからさまに小さな望子の背に隠れて。
「──……ねぇ! こわがらせたりしないでっていったでしょ!? みんな、わたしのはなしきいてたの!?」
「い、いや今のは……その、ごめんな……?」
その一連のやりとりを見ていた望子は珍しく声を荒げながら、ふるふると震えるピアンの頭を自分の薄い胸に抱き寄せつつ彼女の為に怒りを発露し、そんな望子の気迫に圧されたぬいぐるみたちを代表──した訳でもないだろうが、ウルは望子に対して謝罪するも。
「……おおかみさん! いいかげんにして! わたしにあやまってどうするの!? あいてがちがうでしょ!」
「ぁ、そ、そりゃあ、そうだが……」
「……っ」
何故だか自分に謝ろうとしたウルの言葉に望子は余計にムッとしてしまい、そんな望子を見たウルが他の二人とともにあたふたしている中で、ピアンはまたも自分を庇ってくれた事に関しては嬉しく思っていた。
が──それはそれとして。
(……ミコさんが私を庇ってくれればくれる程、段々とあの三人からの圧が強くなっていってる気がする……)
そう、ピアンにとっては間違いなく理不尽極まりない事態ではあるが、それでもぬいぐるみたちにとっては一大事とも言える──自分たちを差し置いて望子に庇われ、あまつさえ抱きしめられている彼女に対しての嫉妬の感情が圧になっている事に気づいてしまい。
「い、いいんですよ、ミコさん! 私が勝手に驚いちゃっただけで……! 皆さんは悪くないんです……っ!」
だからこそ、ピアンはぬいぐるみたち以上に率先して望子を宥め、その厄介な感情の矛先から外れてしまう他なく、こうして縋りついてまで鎮めるしかない。
「そう、なの? それならいいけど……みんな、つぎおんなじことしたら、もとにもどっててもらうからね」
「「「は、はい……」」」
その甲斐あって、どうにか気持ちが落ち着いたらしい望子は親が子に諭すかの様に三人に『次はないからね』と忠告し、ぬいぐるみたちは思わず敬語で返答。
元に戻る──という言葉の意味はピアンには分からなかったが、そんな彼女に対して望子が振り向いて。
「それじゃあ、はなしをつづけてくれる?」
「あ……は、はいっ! 私、頑張ります!」
「う、うん?」
まるで天使の様な笑みを浮かべる望子にピアンは僅かに見惚れてしまっていたものの、すぐに我に返って紅潮した頬を『ぺちん』と両手で挟む様に叩いて返事をした彼女に、『何を頑張るんだろう』と望子は疑問を抱きはしたが気を取り直して彼女の二の句を待つ。
その後、ピアンは望子たちが向かおうとしていたドルーカの街で魔道具を作成し、そして売り出す店で見習いをしているのだというところから語り出した。
そもそも兎人は人狼などの肉食の亜人族だけでなく、それ以外の亜人族と比べても遥かに脆弱で、ほぼほぼ人族と変わらない力しか持ち合わせてはおらず。
明確に勝ると言いきれるのは逃げ足の速さくらいのものであり、ハッキリ言って嫌々ながらではあったものの成人した事で故郷を旅立たなければならなくなった彼女に、とても独りで生きていける様な力はなく。
レプターやウェバリエが望子たちに忠告していた様な魔獣や野盗に襲われたり、そんな脅威から救ってもらったかと思えば兎人が裏で高く売れるからという打算を持った悪徳商人だったりと道中色々あって──。
そんな中、歩き続けて偶然に辿り着いたドルーカの街で、ピアンの唯一の自慢であった『兎人にしては魔力量が異常に多い』というのを一目で看破したのが。
今も彼女が勤めている店の主だった様で、ピアンを魔道具の作り手──『魔具士』の見習いとして雇ってくれる事になったのだと語り、そこで話は終わる。
「店主は『触媒』を作り出す事に長けてまして──」
「しょくばい? 何それ」
しかし、ピアンは相当その店主とやらを尊敬しているのか店主を称えるとなると早口になり、そこに出てきた『触媒』なる言葉に引っかかったフィンに対し。
「あれ? ご存知ないですか──……っあ! ご、ごめんなさい! 私、偉そうな事を言ってしまって……っ!」
「え? いや別に──」
わざわざ陸に上がっている人魚なのだから、てっきり触媒くらいは知っているのだろうと思い込んで首をかしげんとするも、つい先程までのやりとりを思い出して、またもぺこぺこと頭を下げてしまっていたが。
「だいじょうぶだよ、おこったりしないから。 ね?」
「「「……っ」」」
「あ、ありがとうございます……」
しかし、そんなピアンの怯えを鎮める様に望子が首を横に振りながら、チラッと横目でぬいぐるみたちを見遣った事で、その気迫に圧された三人はこくこくと首を縦に振る事しか選択肢が用意されていなかった。
「……えっと、触媒というのはですね? 魔術の行使が可能な方が所有する武具や道具、素材などの事を指して言うんです。 その人の魔力を制御し、より強く精密に行使出来る様になります。 これも、その一つです」
「……魔道具とは違うのかしら」
それから、ピアンは出来るだけ簡潔に触媒という物質についての解説をしてみせたが、そこへ割り込んできたのは魔道具と何が違うのかというハピの疑問。
「いえ、ほぼ同義ですよ。 もう少し正確に言うのであれば『魔道具』という大きな括りの中に『触媒』として分類される物もある──といったところですね」
「……成る程」
何も知らないなら抱いて当然とも言える、そんな疑問にもピアンは懇切丁寧に、『この杖もその一つなんです』と紅い宝玉が先についた杖を手に魔力を込め。
「見てもらった方が早いですね──『軽量化』」
「? 何だ──」
おそらく魔術名なのだろう何かを呟いた瞬間、望子を除く三人の亜人族たちの身体が淡い光に包まれて。
その光は次第に弱まりこそすれ完全に消える事はなく、さも光の粒子となって纏わせる様に三人を覆い。
何事か──と三人が警戒を露わにしたのも束の間。
「──……おっ? これは……?」
「もしかして、身体が……?」
「うわぁ! 軽くなってる!」
三人が一様に感じたのは、まるで身体そのものが一枚の羽根になったかの様な身軽さであり、ほんの少しの踏み込みで長距離を音もなく移動する事も、そこまでの力を入れずとも高く、そして素早く跳躍や飛行が出来る程の圧倒的な、まさに軽量化が施されていた。
「魔術にはいくつかの系統が存在するのですが、この軽量化は如何なる系統にも属さない──支援魔術と呼ばれる物にあたります。 本来、皆さんが体感している程の身軽さを付与する為には詠唱が必須なのですが」
「……触媒のお陰で簡略化出来た、という事ね?」
そんな風に身軽な身体を堪能していたり、ぬいぐるみたちが飛んだり跳ねたりするのを楽しそうに見ていたりする望子を視界に収めつつ、ここまでの効果を発揮する為には本来なら詠唱が必要になるとピアンが告げるとともに、ハピが触媒のお陰で詠唱を破棄する事が出来たのだと先読みし、ピアンはそれを肯定する。
「興味がおありなら、ご案内しましょうか? 実を言うと店主も私や皆さんと同じ亜人族なんです。 なので皆さんに適した触媒を見繕ってもらえると思いますよ」
「「「欲しい!」」」
そして、ピアンが勤める店の主が自分やウルたちと同じく亜人族である事を明かしたうえで、もし興味があるならと来店を勧めた瞬間──三人の声が揃った。
ここまで何となしに行使してきた魔術を自分の物に出来る様になれば、もっと望子の役に立てる筈だと全員が考えていたのは最早、言うまでもない事である。
話も一段落つき、いい加減ウルたちにも慣れてきたピアンは望子たちの誘いに乗って残った食材を使っての簡単な食事をいただき、その後は元々所持していた小さめの寝袋を取り出して一夜を明かしたのだった。
……そんな中で。
──……ずずずっ、ごごごごっ。
(──……ん、何の音……?)
空からか、それとも地面からか──いまいち分からないが確実に小さくはない何かが這って移動する様な音がフィンの超人的な聴覚を鈍く叩きはしたものの。
(……まぁいいや、眠いし。 明日でいいよね──)
正体不明の音に構っていられない程、今のフィンは眠気に抗えなかったらしく、そのまま眠りについた。
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