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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
最終章
370/491

牙と顎、凶器と狂気

 ここから本気出す──とは言ったが。


 実のところ、ウルは既に半透明な暴君竜ティラノサウルスの化石を鎧として纏う恐化きょうかを発動済みであり。


 この姿こそが、ウルたち三体のぬいぐるみの最終到達点である事を考えると、とっくに本気を出している──……という事になる。


 この部屋に入るまでは、そして心臓を喰われたイグノールと遭遇するまでは『ちっと遊んでやるか』と今より更に遊び心が優っていたウルだったが、この瞬間もウルに牙を剥く彼を見た瞬間、遊び心(それ)は僅かに鳴りを潜め。


 最初から本気の姿で、時間が許す限り戦いを愉しむ──という結論を導き出していた。


 つまり、ここから更に本気を出すとなると最早、火之迦具土ヒノカグツチを発動してしまう他なく。


(後でミコに怒られちまうかもしれねぇし、もしかしたら泣かせちまうかもしれねぇが──)


 少しの間とはいえ行動を共にした者を、あくまで同盟ありきとはいえ目的を同じくした者を、この手にかける事で望子の機嫌を著しく損ねてしまうかもしれぬと解した上での。


『──赦してくれよ』

『ギヒャ?』

「ウル……?」


 ここには居ない最愛の少女に対する小さな小さな呟きに、イグノールとキューがほぼ同時に反応を見せたのも束の間、ウルはその整った顔を自信ありげに勢いよく上げて──。


『改めて脳裏に刻め、イグノール! これがあたしの本気だ! 灼き潰せ! 火之迦具土ヒノカグツチ!!』

『グ、ギィッ!?』

「うあっ!」


 牙を打ち鳴らし、床を踏み締めて、真紅の瞳を煌々と輝かせたウルが纏う化石の鎧が巨大化していくのと同時に、イグノールとキューを途轍もない熱量の風圧が遅い、どうにかそれに耐え切った二人の視界に映ったのは。

 

『ルゥウウウウ……ッ!! ルアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


 あまりにも、あまりにも巨大かつ半透明な真紅の暴君竜ティラノサウルスと化したウルが、この部屋どころか城ごと揺らしかねない程の轟音と熱波を伴う咆哮をこれでもかと響かせる姿であり。


「あ、熱いのと暑いのが一緒に……っ!」


 それだけで人族や亜人族はおろか魔族さえ殺せてしまえそうな咆哮を直に受けても、その絶対的な耐性ゆえ『五月蝿いし熱いし』程度の被害で済んでいたキューも居れば──。


『……ッ、ギヒヒヒ!! ギャハ、ギャハハハハッ!! ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!!』


 いくら頑丈でも元が下級魔族ゆえか、およそ熱への耐性など備わってはおらず、されど持ち前の狂気と魔王の力が合わさって、その全身に火傷を負いながらも圧倒的な再生力により風圧の中を突き進むイグノールも居て。


(完全に壊れてる……まぁ元の状態でも臆しはしなかっただろうなってのは置いといて──)


 心臓を喰われる前であれば、せめて自分も咆哮で対抗したり、もしくは先程の様に魔力を吐き出したりしていた筈──……と、やはり今の彼は間違いなく己を失っているのだろうなと改めて多少なり哀れに感じていた時。


「──……え? 何、あれ……」


 そんなイグノールの手の辺りから魔力で出来た細い物が伸び、まるで繭の如く彼を覆う様に段々と規模を増している事に気がつき。


「魔力の、糸──……っ! まさか!?」


 それが『糸』である事を理解した瞬間。


 ……否、正確には『糸』ではなく──。


『ギ、イ"ィィ……ッ!! ギイィイイイイヤアァアアアアッハアァアアアアアアッ!!!』

龍如傀儡ドラグリオネット……!! まだ使えるの……!?」


 イグノールが得意としていた、あらゆる物体に魔力の糸を通す事で龍の形に変化させて自由自在に操る武技アーツ龍如傀儡ドラグリオネットである事を理解した瞬間、彼を覆っていた繭の様な糸が形を変え、それは次第に凶暴な龍のあぎととなり。


 そのあぎとの中にうっすらと見えるイグノールの姿が希薄になっている事を考えると、おそらく彼は彼自身の肉体を龍のあぎとに変化させ。


 真っ向から、ウルを喰らわんとしている。


「ウル、今だよ! 完成しきる前に──」


 それを感じ取ったキューは、あの龍の顎が完全な状態となる前に潰してしまえと、キューでなくとも誰だって似た様な事を言っていただろうという当然の指示を出したのだが。


『黙ってろ!!』

「へっ!?」


 そんな彼女の正論は、とっくに暴君竜ティラノサウルスとして完成されていたウルの怒号にかき消され。


『結局あたしは、こいつの本気をまともに見ちゃいねぇ! このまま殺しちまったら寝覚めが悪ぃんだよ! 存分にやれ、イグノール!』


 こんな状況下でさえ、しかも一度は決意を固めた筈なのに、やはり戦いを愉しむ心を捨てきれていなかったウルの笑い声に対して。


「……っ、馬鹿! ばーか!!」

『はっ! 何とでも言え!』


 最早、神樹人ドライアドとしての知性すらかなぐり捨てた幼子の様な暴言しか出てこなくなっていたキューをよそにまた笑うウルの眼前には。


『オ、オ"ォォォ……ッ!!』


 数値で表すならば九割弱まで完成に近づいていたイグノールの、もう肉眼では殆ど確認出来ぬ程に薄くなり、どこがどの部位かすら不明瞭となっている筈の口から漏れ出る呻き声を上げる姿が見え──そして、次の瞬間。


『グギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

「……!? で、デカすぎるでしょ……!!」


 結局、首から下は顕現させないあぎとだけの龍とはいえ、とても一つの生命体が発しているとは思えない程の、それこそ巨龍だった頃より悍ましく腹の底に響く咆哮を轟かせ、ウルと同じ高さで目線を合わせるイグノールに。


『それがお前の本気か、イグノール! 出来りゃあ素面しらふの時に見たかったもんだが、もう遅ぇんだろ!? だからこれでいい! 今のあたしとお前の全力! ぶつけようぜぇええ!!』

『……ギャハハァ♡ ゲラゲラゲラゲラ!!』


 あまりの巨大さに目を剥くキューの事など構わず、かたや多少なり残っていた後悔の念を吹き飛ばす様に牙を剥き、かたや魔王の力に元よりの狂気を乗せて牙を剥く、とてもではないが理解の及ばぬふざけた両名を見て。


(何かもう怖いよこいつら……)


 何であれば、もう呆れや諦めの感情を恐怖が僅かに上回り始めていたキューを尻目に。


 互いの鋭い牙とあぎと、凶器と狂気が今──。


 ──……衝突した。

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