望子の料理と闖入者
サーカ大森林で出会い、そして仲良くなった蜘蛛人のウェバリエと別れて、ドルーカの街を目指す四人。
その道中、間もなく日が暮れる事もあり街へ到着する前に野営を敢行する事となった四人は、なるだけ快適に過ごせる様にそれぞれが役割を持って行動する。
望子は母から教わった簡単な料理を、フィンとウルは魔術を行使して料理に必要な水と火を、ハピは風を利用して草原の一部を刈り取り、キャンプ地となる場所の確保、更には視力を活かした見張りを担当した。
「──ねぇみこ、それなぁに?」
「おむれつだよ。 とかげさんがね? たまごとか、おさとうとか……ふらいぱんも、もってきてくれたんだ」
「ふーん、レプがねぇ……」
そんな中、八歳にしては随分と手際良く調理を進める望子に興味津々の様子でフィンが尋ねると、その問いかけに対して望子は小さめのフライパンで焼いた卵の形を綺麗に整えつつ、オムレツを作っているんだと答えたうえで、これらの食材や調味料、食器や調理器具などを揃えてくれた龍人の番兵に思いを馳せる。
正直、魔王軍の襲撃を受けた王都セニルニアは殆ど全壊した王城を除いても被害は甚大だったが、それでもレプターは『ミコ様の為なら』と王都中の比較的無事な店という店を駆け回ってかき集めてくれたのだ。
「……そういや、この小せぇ鞄に肉だの卵だの野菜だのって入れてたんだよな? 腐ったりしてねぇのか?」
「えっ? あぁ、えっとね──」
その時、火を着け終えた事で手持ち無沙汰となっていたウルが、つい一週間程前に王城の宝物庫から拝借した鞄型の魔道具、無限収納に手を突っ込んで漁りつつ、そこから取り出した生物の匂いを嗅ぎ腐ってないのかと確認する中、望子は調理の手を止めぬまま。
「──……なんだっけ……あっ、そうだ。 とかげさんが、こっそりおしえてくれたの。 そのかばんは、どれだけでもものがはいるようになってて……あとは、このなかにいれたものは……じかんが、とまる? って」
「時間が……? 凄ぇな、よく分かんねぇけど」
どうやら望子たちが持ち出した鞄を魔道具と看破していたレプターが口にしたらしい、この無限収納が持つ二つの性質──『許容量無限』と『時間停止』を覚えていた為に拙い口調で説明するも、ウルは理解したのかしていないのか微妙な反応を返すだけだった。
収納可能なのが非生物だけであるとは言っても、この魔道具が国宝級だというのは紛れもない事実で。
本来、小国の国家予算の半分は下らない価値を持つのだが、まさか異界よりの召喚勇者とはいえ幼い少女が背負う事になるとは製作者も思わなかっただろう。
「異常なし──……って言うまでもないわよね」
そんな取り留めのないの話をしていた時、街が見えるのではという程に高く飛び上がって見張りをしていたハピが着地しつつ『大丈夫そうだわ』と報告する。
「まぁそうだな。 魔獣か何かがいるわけでも、レプやウェバリエが言ってた──……盗賊? みたいなのが襲ってくるわけでもねぇし。 割かし平和だよな異世界」
「蜂」
「ん"っ」
元より気を張っていた訳ではないが、ハピの報告を受けて更に脱力したウルは革袋から干し肉を取り出してブチッと噛みちぎりながら『拍子抜けだ』と言わんばかりに肩を竦めるも、あの森の中での逃走劇を未だに根に持っているフィンが彼女を睥睨しつつ呟いて。
「そ、それに関しちゃ本当に悪かったって──ほ、ほら! そろそろ完成なんじゃねぇか!? なぁミコ!」
「うん、もうちょっとだよ」
「……まぁいいや。 みこ、手伝うよ」
「それじゃあ私は飲み物を用意するわね」
「ありがとう。 いるかさん、とりさん」
無論、鋭刃蜜蜂との追いかけっこに関して言い訳のしようがないウルは、どうにか気まずさを誤魔化す為に『フィンが最も興味を惹かれる』対象であるところの望子に話を振り、そんな会話を聞いていなかった望子が木製の皿にオムレツを載せつつ笑みを向けてきた事によって、フィンは一旦話を終わらせる事にした。
そうこうしている内に準備も終わり、すっかり日の暮れた草原の真ん中にて焚き火を囲みつつ、ウルが何処からか持ってきた良い感じの大きさの岩を爪で削って平らにした椅子に座った四人は一様に手を合わせ。
「それじゃあ──いただきます」
「「「いただきます!」」」
望子の号令とともにぬいぐるみたちも合掌し、お皿と同じ木製のスプーンを持って、ふんわりと焼き上がって焦げ一つない望子特製のオムレツに手をつける。
「──……美味ぇ! 美味ぇぜミコ!」
「ほんと? よかったぁ……」
いの一番に称賛の声を上げたのはウルであり、オムレツを咀嚼しながら褒めてくれた彼女に、ホッと安堵の息を漏らした望子は八歳児とは思えない丁寧さでスプーンを持ち、ほんの少しの音も立てず食べ始めた。
これも柚乃の優しい教育の賜物である──。
「甘めの味付けなのね。 具沢山で美味しいわ」
「うん。 わたし、あまいほうがすきだから」
また、オムレツの中身は黄一色という訳でもなかったらしく、ハピの視界と口の中にはしっかりと火の通った肉や野菜も入っており、それらが砂糖や卵の甘みとマッチしている素晴らしい味わいに舌鼓を打つ中。
「うーん、美味しい! ますますお嫁に欲しいね!」
「お、およめさん……? あ、ありがとう……?」
「えっ!? 本当にボクと結婚──」
「おいこら」
「ちょっと」
「……ちぇー」
あまりに唐突なフィンからのプロポーズに似た褒め言葉に困惑しつつも、きっと褒められているのだろう事は理解出来た望子が礼を述べたが為に、それをプロポーズの成就と捉えてしまったフィンは望子の胸に飛び込みかけたが、それを察した他二人に諌められたことで渋々座り直し、そのやりとりを見ていた望子は。
「……ぇへへ、なかよしさんだね。 みんな」
ほんの一週間程前まではただ単にぬいぐるみだった三人が、こうして仲良く話だったり喧嘩だったりをしている光景が嬉しいのか、にこにこと微笑んでいた。
それから、しばらく料理と会話を楽しんでいた望子たちは殆ど同時に食事を終え、その料理を作った本人である望子と、その料理を載せたりした食器を洗う為に必要な水を発現出来るフィンが後片付けを担当し。
ウルとハピは、それぞれの卓越した超嗅覚と超視覚を以てして、また見張りを開始する事になっていた。
後片付けをしている二人が『明日の朝ご飯も楽しみだなぁ』、『ぇへへ、がんばるね』と呑気な会話をする中、翠緑の瞳を光らせて見張りをしていたハピは。
(──……うん? あれは……こっちに来てる……?)
少し高い位置から見張っていたという事もあり、この野営地にふらふらとした足取りで向かっている何かの姿を視認していた様で、もう一度よく視てみると。
やはり、ハピの瞳にはその何かとやらの名前や種族が映っており、おそらく敵ではないのだろう事は分かっても念の為に情報共有はすべきかと考えつつ──。
「──……ねぇ」
「ぅおっ!?」
梟ゆえの完全無音飛行で同じく見張りをしていたウルの背後に忍び寄ったハピの声に、ウルは耳と尻尾をピーンと立てて驚きを露わにしながらも振り向いた。
「いきなり後ろに立つんじゃねぇ! 何だよ!!」
「……貴女の鼻は何も感じないの? あれに」
「あれ? お前、何を──……んっ?」
ご飯の後で気が抜けているとはいえ、ウルの嗅覚さえも欺く程の無音飛行で近寄ってきたハピを怒鳴りつけつつ『何事か』と問うと、とある方向を指差したハピが『あれ』とやらの匂いを感じないのかと質問返しをしてきた事で、ウルは戸惑いながらも鼻を鳴らし。
そして、やっと『あれ』の匂いに気がついた。
「……人? いや獣か? んで草食っぽい匂い……こういう人と何かの匂いが混ざってる時は大抵の場合──」
人族であるかと思えば獣である感じもするし、おまけに獣と言っても草食特有の青臭い匂いもする気がして、こういった類の匂いが何を指すかはサーカ大森林で学べていた為、確認する様に顔をハピへ向けると。
「──……亜人族」
「……なのか?」
「多分ね」
種族名は分かっても、それが亜人族かどうかまでは実際に確認してみない事には分からないハピは、おそらく──と補足したうえで、ウルの推測に賛同する。
「なになに、どうしたの──……って、あれ女の子っぽくない? ふらふらだし、お腹空いてんのかな?」
「知らねぇけど──……声かけてみるか?」
「……じゃあ、お願い」
「あたしかよ……ったく──」
そんな中、後片付けを既に終えていたフィンは二人の背後から顔を出すとともに、もう普通に見える程まで『あれ』とやらは近づいてきており、ちょっと大きめの緑色の外套を羽織りつつ、ほんの少し身の丈より短い程度の長さの杖を頼りに歩く少女がそこにいた。
尤も、すっかり辺りは暗くなっており姿がハッキリと見えていたのは梟の夜目を持つハピだけなのだが。
それから、ウルもハピも明らかに様子のおかしい少女を不審がってはいたものの、こちらに望子がいる以上は何かされる先手を取った方がマシだと踏み──。
言い出しっぺとはいえ、ハッキリ言って面倒だから他二人にやってほしかったウルは嫌々息を吸いつつ。
「おい、そこの! こんな遅くに何してやが──」
「──っ!?」
威圧とまではいかずとも、そこそこ強めの語気を以てして『こんな時間に、こんなところで何を』と問おうとした──その時、少女は勢いよく姿勢を低くし。
「──うわあぁああああっ! すみませんでした! 私みたいな弱虫が調子に乗ってすみませんでしたぁ! 何でもするので殺すのだけはどうかあぁああああ!!」
「「「は、はぁ……?」」」
間髪入れずに弱音を吐き捨ててきた事により、それを一から十まで聞いていたぬいぐるみたちでさえも何がなんだか分からず困惑の感情に支配されてしまう。
「な、なに? いまのこえ──……え?」
そこへ片付けを終えた望子が合流し、この世界に存在するかどうかも分からない土下座の姿勢で固まった少女を見遣りつつ、きょとんとした表情で一言──。
「──……うさぎの、みみ?」
「え──あっ!?」
あまりに勢いよく土下座した為に被っていた外套のフードが外れてしまい、そこから露わになったのは。
幼くも端正な顔と、およそ真紅と表現するのが相応しいウルの双眸とはまた異なる硝子玉の様に綺麗な赤い双眸──そして何より、その絹の如く流麗な銀色の長髪の天辺から『ぴょこん』と生えていたのは──。
「ひえぇええええ……そうですぅ、私は哀れな兎ですうぅうううう……どうかお許しをおぉおおおお……」
「「「「えぇ……」」」」
長く白く、そして綺麗な二本の兎の耳だった。
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