知的好奇心の権化
邪神の、邪神による、邪神の為の世界である幻夢境だからこそ可能な存在の入れ替え。
それは空や海といった、そもそも四柱の邪神たちが創り上げた物に限らず、この世界に無断で侵入した不届き者さえも対象となり。
ヒドラに向けて放った筈の一撃は、それを放ったウルとイグノールの方へと向かう様に存在の位置情報を入れ替えられてしまった。
もう一度眷属にする為に殺す訳にはいかない海皇烏賊と海神蛸、その二人を尻尾で抱える白衣の魔族を除き、その一撃は世界を歪ませる程の威力にて二人を貫くかと思われた。
──……が、しかし。
『……その二匹に無理なら貴女が対処するとは思っていたけど──……そう来るとはね』
「予想を覆せた様で何よりである」
そこには、カリマとポルネを尻尾で抱えたままで得意げな表情を湛えたローアがおり。
『あ、あっぶねぇ……何だよ今のは……っ』
「……気に入らねぇな」
『あぁ!? 何か言ったか!?』
「何でもねぇよ」
その傍らには表情を焦燥の色に染めたウルと、どうにも不満そうな表情を浮かべたイグノールが、ヒドラを忌々しげに睨んでいる。
(余計な事しやがって──……と言いてぇとこだが、あれを俺とあいつで受け止められたかどうかは確信が持てねぇ以上……っ、畜生が)
何せ彼は魔王軍幹部、級位としては二つ上だとしても、いち部隊の主任風情に助けられたとあっては恥以外の何物でもないからだ。
……しかしながら、もし彼女の助けが入らなかった場合、自分とウルだけであの一撃を防ぐか躱すか受け止めるか、もしくは更なる反撃を試みるかといった抵抗が出来たかどうかと言われると──……正直、確証はない。
何であれば、ホッとしてる自分もいる。
それが、たまらなく屈辱だったのだ──。
(……今のは絶対に──……でも、どうして)
そんな中、如何にしてローアがウルたちを逃したのかは見抜いていても、どうしてその方法を実際に行使する事が出来たのかが分からなかったヒドラは、ローアを睨めつけて。
『……この世界の全ては私たちの物。 海も空も重力も、その何もかもが私たちの許可なしに脅かす事なんて出来はしない──……筈』
「で、あろうな」
『っ! じゃあ、どうして──』
そもそも、この幻夢境は先述した通り邪神の、邪神による、邪神の為の世界であり、それこそ風の邪神の力を得た望子の様な異端者でもなければ干渉する事自体が不可能な筈。
だというのに──。
「──存在の入れ替えが出来たのか、と?』
『……っ、そうよ……!』
何故、魔族風情が自分と同じ事を──『存在の位置情報の入れ替え』を可能としているのかというヒドラからすれば抱いて当然の疑問を、ローアは何でもないかの様に先読み。
そんな風にたった二回の出し抜きであっても腹に据えかねているらしいヒドラが、またしても語気を荒げてしまう中にあって──。
「何が気に食わぬのかは知る由もないが、そも我輩に時間を与えたのが原因であろうよ」
『時間、ですって……?』
当のローアは、さも自分に一切の非がないとばかりに──戦いの中の駆け引きなのだから非も何もないのだが──肩を竦めつつ、ウルとイグノールの相手をしている間、自分を自由にさせていたのが悪いと指摘してきた。
しかし、ローアの言う通り力押しな二人の相手をしている間、ローアが何をしていたかなど知る由もないヒドラとしては、『時間を与えた』と言われてもいまいち要領を得ず。
その美貌に困惑の意を浮かべていると。
「邪神ヒドラ、お主が勇者の所有物と魔王軍幹部が一角を相手取っていた最中、我輩は充分に……それはもう充分に、この世界を解析させてもらったのであるよ。 それこそ──」
『っ!?』
ヒドラの知覚領域から外れていた間、ローアが行っていたのは幻夢境、延いては邪神の力の観察と解析であり、それを骨の髄まで完遂させた彼女だからこそ──それが成せた。
パチン、と褐色の細く指を打ち鳴らす事を引鉄とする、ヒドラと同等の神がかった力。
──存在の入れ替え。
「──こんな事が出来てしまう程に」
『ぅおぁ!?』
『なっ!?』
その瞬間、ヒドラの視界から人狼が消えたかと思えば、その人狼が放つ驚いた声が背後から聞こえてきた為、勢いよく振り向いた先には──……やはり驚いた顔のウルがいて。
一瞬、ほんの一瞬だけ二人の強者は驚きのあまり互いに顔を見合わせるのみの時間があったものの、それはローアの叫びで終わる。
「──ウル嬢! 好機である!」
『っ! わぁったよ!!』
『い"……っ!?』
この機を逃すな──そういう意図で放たれた叫びに対し、『指図すんな』とばかりに聞き終わる前から勇爪を行使したウルの極大かつ赤熱した暴君竜の爪の一撃は、これまでにない程の痛痒と火傷を与えたかに見えた。
『ふっ──……ざけんじゃないわよ!!』
『ぐっ、この……!!』
しかし、その破壊的な一撃をカリマと同じ様に、それでいてカリマよりも明らかに強く青黒い光を放つ触手で何とか受け止めていたヒドラは、まるで悪鬼羅刹であるかの様な貌を浮かべ、その大きく横に裂けた口から怒号とともに魔力の圧を放ち、ウルを突き離す。
普通の人狼なら突き離されるどころか消し飛んでいたかもしれないが──そこはウル。
どうにかこうにか真下にある空に堕ちていく前に、『次から次へと好き勝手に飛ばしやがって』と悪態をつきながらも靴底から噴出する業炎で改めて滞空し始めた──その時。
『解析、ですって……!? 私たちが創り上げたこの世界の何を、この短時間で知ったっていうのよ! ふざけるのも大概になさい!!』
「ふざけてなどいないのであるがなぁ」
今までにない程の憤怒の形相を湛えたヒドラの口からは、かつて四柱で試行錯誤を繰り返し、そして創造した幻夢境をたった数十分で全てを知ったなどと言われて怒りを覚えたがゆえの怒声しか出てこず、されど当のローアにはほんの少しの反省も見られはしない。
『っ、そういうところが──っ!?』
「もう、迷わないんだから……!!」
「あァ、アタシらはアタシらだ!!」
『貴女たち……っ!!』
当然、彼女は更なる苛立ちを覚えるも、そんな事を気にかけている間もなく、ヒドラの視界の端──何もなかった筈の真横から、いきなりカリマとポルネが魔力を溜め終えた状態で姿を現し、かつての恩人に力を振るう。
勿論、ウルやイグノール程の馬鹿げた威力でこそないが、これまで散々嘲り嗤ってきた元眷属たちからの攻撃という事もあり、まともに食らってしまったものの──それでも。
彼女の意識は、ローアから外れていない。
──……こいつだったのだ、と。
やたらと熱く、やたらと喧しい人狼でも。
技もへったくれもない馬鹿力の魔族でも。
絶好の玩具であるかつての眷属でもない。
真っ先に始末しなければならないのは。
この得体の知れない魔族だったのだ、と。
そうと決まれば話は早いと言わんばかりに彼女が次にとった行動は──眷属への指示。
『目標を集中!! 他は捨て置いて、あの白衣の魔族だけを狙いなさい!! いいわね!!』
「「!?」」
「ほぉ、そうくるのであるか」
これまでは、ヒドラ自身を補助しつつ隙あらば一行の命を奪れ──としていた指示を。
ここからは、ローアのみを全力で始末しにかかれとの指示に変更した事で、ローアの尻尾に絡め取られた状態に戻っていたカリマとポルネが驚く一方、当のローアは愉しげだ。
何なら、わくわくしている様にも見えた。
『『『ヴュオ"ォオオオオアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』』
『『『オ"ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!!』』』
そして、ヒドラの指示を受けた水棲主義の群れや、その漆黒の津波の中で蠢く無数の魔獣が世界を震わせる程の咆哮を轟かせる中。
『……あいつに感謝するつもりはねぇが、この展開自体は割りかし好都合じゃねぇか?』
「……かもな」
何とも鬱陶しかった眷属たちの横槍がなくなり、おまけに邪神自体もローアを狙ってくれるなら、ローアへの感謝こそせずとも展開としては悪くない筈──と隣にいるイグノールへと話を振るも、その表情は明るくない。
彼の脳裏には、ある魔族が浮かんでいた。
(──……お前は、これを警戒してたのか?)
かつて、ローアの──もといローガンの存在そのものを疎ましく思い、かの魔族領から遠く離れた大陸へと左遷させた魔王の側近。
もしかしたら、ただ単に疎ましく思っただけではなく、ローガンの異常な知的好奇心による過剰な成長を警戒したのではないかと。
今更ながらに、そう気づいてしまうも。
それを正解なのだと教えてくれる者が。
この場にいないのが、誠に残念である。
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