黄とも青とも緑ともつかない
──ここは、ボイラー室。
流石に地球で造られた蒸気船の如き複雑な設備はないものの、ガナシア大陸でも有数の港町ショストの海運ギルドが改良し、ショストの冒険者ギルドのマスターである妖人が魔術で仕組みを完成させた、その部屋は──。
「──……いつ見ても凄いよね、ここ」
『う、うん……』
一応、人狼の放出する炎や人魚の現出する水がなくとも最低限の加速は出来る様にと造られた大きなボイラーと、そのボイラーを稼働させる為に必要な大量の水と石炭があり。
凄い──というのは決して褒め言葉ではなく、『狭いし暑いし』という非難にも近い。
だが今は、そんな場合ではなかった。
「……で、ボクはどうすればいいの?」
『え、えっと──』
こうしている間にも、あの巨大な津波と化した水棲主義たちは船ごと自分たちを呑み込まんと接近しているのだから──そう気を取り直したフィンが望子に話を振ったところ。
望子は拙いながらも、キューのお墨付きを貰った──多分、貰った筈の策を説明した。
「……成る程ね。 『温めるなら火じゃなくても』っていうのはそういう事だったんだ?」
『……いるかさんは、どうおもう?』
数十秒後、説明を聞き終えたフィンが理解を示すべく頷きつつ、『あっためるなら、ひじゃなくても』との望子の言葉をなぞり、それを受けた望子は不安げにフィンを見やる。
ハッキリ言って自信はなかったが、それでも現状これ以外の策など思いつかなかったからなのだが、そんな望子に対してフィンは。
「もう、さっきも言ったでしょ? もし上手くいかなくても、ボクが上手くいかせるって」
『……うん! そうだよね!』
つい先程も告げたばかりである、『みこの策が上手くいかないなんて事があってはならない』という言葉を、この瞬間だけ僅かに高い位置にある望子の顔を見上げつつ復唱し。
どこから湧いているのかも分からない自信を持ったぬいぐるみの笑顔に、こくりと頷いてみせた望子は先述した『策』を遂行する。
『えっと、たしか──……あっ、ここ! ここだよ、いるかさん! ここに、みずいれて!』
「はーい、任せて!」
望子たちの前にあるのは、この部屋の名が示す通りの大きなボイラーであり、そこへ大量の水を投入して沸騰させる事で発生する蒸気を、この船の船尾に設置された機関室へと送る事によって爆発的な加速を可能とする。
まずは望子が示した特定の場所へと、フィンが現出させた水を投入するのが第一段階。
……最初から沸騰した水──超高温のお湯でも出せばいいじゃないかと思うかもしれないが、フィンが出せるのは冷水のみである。
「……よしっと! こんなもんでいいかな?」
『ありがとう! それじゃあ、あとは──」
およそ十秒も経たずして満タンになるところまで投入し終えたフィンに対して望子は礼を述べつつ、さっそく第二段階へ移行する。
ここからが望子の『策』の肝──。
『ん〜……! あったかいかぜ、あったかいかぜ……みずがぶくぶくするくらいの……!』
──……そう。
本来、水を沸騰させる為には水の沸点を超える温度の火が必要不可欠であるが、その役割を『熱風』で代用する事が出来ないかと。
──望子は、そう考えたのである。
ハッキリ言って、まだ風化を使っていなかったとしたら火化を使って沸騰させられただけに、かなりの苦肉の策と言えなくもない。
そもそも『火』による加熱と『熱風』による加熱では効率が全く異なり、よくよく考えずとも分かる事だが前者の方が遥かに勝る。
実際に熱風だけを用いてボイラーを加熱させようと思えば、おそらく数時間は必要で。
どう考えても、あの巨大な津波から逃げるには時間がかかりすぎるというのが現実だ。
同じく風を操るハピと協力すれば効率が少しでも良くなるのでは──と思うかもしれないが、ハピはハピで熱風の放出など不可能。
真逆たる猛吹雪なら起こせるというのに。
幻夢境に向かわなかった者たちの中で、たった今この瞬間も頑張って熱風を起こそうとしている望子の代わりは誰にも務まらない。
それが分かっているからこそ、『ん〜』と可愛らしく唸りながらも風を起こしているのだが、どうにも上手くいく気配がない──。
「……みこ、大丈夫? 無理そうなら──」
もの凄い圧の黄緑色の暴風は巻き起こっているものの、その温度は至って平温としか言えず、もし無理そうなら津波の対処にでも行ってくるよと代案を出そうとした、その時。
『──……あっ!』
「えっ?」
ハッと顔を上げた望子の表情は、まるで先程まで思い至らなかった何かを思い出したかの様に晴れやかで、そんな望子の唐突な変化にびっくりしたフィンが疑問の声を出す中。
望子の脳裏に浮かんだのは、フライアが教えてくれた運命之箱──延いてはその完成形である禁忌之箱の性質である、『全解放』。
六つの面全てに魔術を込めた場合にのみ使用可能となるという、そこに込められた魔術全てを同時に発動する正真正銘の奥の手だ。
しかし今の運命之箱には四つの魔術しか込められておらず、それを使うには足らない。
ゆえに今、望子が思い浮かべているのは。
龍化を行使し、その力の一端たる焼却息吹を放った際、中途半端に混ざった──火化。
あの時は完全に無意識だったが、それでも望子が行使したという事実は変わらない為。
『すとらさんの、かぜと……おししょーさまの、ひを──……こう、いっしょに……っ』
「み、みこ? 無理は──」
どうにかこうにか、あの時の感覚を思い出そうとしながら、その小さな右手に風の邪神と翼人の力が混合した黄緑色の魔力を、その小さな左手に火光の青白い魔力を展開する。
両手に充填されていく魔力が順調に風と火に変化していく一方、元より半透明だった望子の身体が若干ながらも更に薄れていき、それを見たフィンは不安げに止めようとした。
──その、瞬間。
『──っ! できた!! えいっ!!』
「えっ!?」
突如、溌剌な声を上げつつ両手を合わせたかと思えば、そこには黄とも青とも緑ともつかない膨大な魔力と圧力と──そして何より熱量を秘めた球状の竜巻が渦を巻いており。
それをすぐさまボイラーへと投入した望子の思い切りの良さに、フィンはびっくりしながらもその一連の動作を何とか目で追って。
大量に投入された水が貯められているボイラーの、その下にあるバーナーに投入された膨大な熱量の竜巻がボイラーの底に触れる。
──……すると。
「『!!』」
ぼこぼこっ──という音ともに、もう普通の方法でもありえない程の短時間で水が沸騰し、それを確認した二人は顔を見合わせて。
『や……っ、やったぁ!! やったよ!!』
「凄いよ! よく頑張ったねぇ、みこ!!」
どっちが年上なのかも分からない──そもそも片方はぬいぐるみなのだが──そんな殆ど身長の変わらない美女が互いに抱きしめ合うという、こんな事態でなければ途轍もなく絵になる光景がボイラー室で広がっていた。
────────────────────
一方その頃、船檣の天辺では──。
(……上手くいったみたいね)
そんな二人の一挙手一投足を、その翠緑の瞳で視通していたハピが風向きを操作しながら望子の策が成功した事実に安堵していた。
事実、機関室では船に取り付けられた加速用の部品──推進器を十全に動かす為の魔導系統が充分に稼働出来ており、そうこうしているうちに船はみるみる速度を上げていく。
「ハピ! これはもしかせずとも──」
「えぇ、あの子がやってくれたわ」
「そうか、よかった……!」
それを彼女と同じタイミングで感じ取っていたレプターは、その護りの力で発現させていた結界を解かぬまま確認し、ハピからの同意を得られた事で『流石はミコ様』と──。
称賛の言葉を口にしようとしたのだが。
「──……ん?」
「「?」」
船檣から、ひとまず甲板まで降りてきていた二人の耳に、キューの疑問の声が届いた。
「……どうした? キュー」
「ん〜……」
その瑞々しい果実の表面の様な瞳は明らかに津波の方を向いており、そこに込められた意図を察しかねたレプターが問いかけると。
「さっきより速くなってるよ──津波」
「「!?」」
数秒の逡巡の後、彼女はあっさりと『津波の加速』という衝撃的な事実を口にし、それを受けた二人はすぐさまそちらへ目を遣る。
……間違いない。
つい先程まで一定の速度を保っていた筈の津波は、どう見ても速度を増していた──。
「な、何故だ……!? いくら邪神の力を受けた水棲主義と海棲魔獣の集合体とはいえ、あれ程の速度が出せるものなのか……っ!?」
「こ、これじゃあ結局、追いつかれる……」
まるで、こちらの加速を分かっていたかの様な加速に驚きを隠せないレプターの焦燥感満載の叫びに、カナタは更なる不安を抱く。
こうなっては、ヒューゴやフライアの力も借りて津波の対処をした方がいいのかもしれない──……と、一行がそう考えていた時。
「──……え?」
その翠緑の瞳を、ふと津波の方へ──もう少し正確に言えば、あの津波の奥の奥へ向けたハピの視界に奇妙な光を放つ何かが映る。
(津波の中に、何か──)
一体、何だ──と思って目を凝らした時。
「──っ!? い"っ、あ"……っ!?」
「「「!?」」」
「ハピ!? どうした!?」
ハピの悲痛な叫びとともに鮮血が舞い、それが左肩を貫かれた事による悲鳴だと分かった時には彼女は既に倒れており、いの一番に反応したレプターはすぐに駆け寄っていく。
「これは……っ、水か!? カナタ!!」
「う、うん! すぐに治し──」
そして、ハピを傷つけたのが魔術でもなく武器でもなく『水』だと見抜いたレプターだったが、それがどうしたとばかりに首を振りつつカナタを呼び、カナタはすぐに治療をしようとしたのだが──……その手が止まる。
『よく見抜いたわね、鳥人。 褒めてあげる』
「こっ、この声は──」
何故なら、この船に乗る者たち全ての脳内に、どうにも過剰な程の妖艶さを思わせる声が這い寄る様に響き渡ってきたからであり。
誰もがその声に聞き覚えなどなかった筈だが、それでも誰もがその声の正体を察した。
その声の主は如何にも思惑通りと言わんばかりの得意げな声音で──……こう告げる。
『えぇ、そうよ。 私が、私こそが──』
『水の邪神──ヒドラよ、よろしくね?』
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