虚偽と宣戦布告
それから、およそ一週間くらい──。
召喚勇者一行は、これでもかと村で休息した。
ウルが中々目を覚まさなかった事もそうだが、それ以上に自覚していないところで望子が疲労を溜めていたらしく、しばらく休みが必要だと判断されたのだ。
ハピでもフィンでもカナタでも、ましてやファルマでもなく──本来ならば敵勢力である筈のローアに。
とはいえ、この事について『休み過ぎだ』とか『魔王軍幹部を放ったらかしにするのは危ない』とか、そういった意見が一行の中から出てくる事はなかった。
望子の休息を妨げる訳にはいかない──というのもあろうが、それ以上に突如として飛来した超巨大な隕石についての説明責任を果たさねばならかったから。
勇者一行は、あの隕石が落ちる経緯を出来るだけ簡潔に、メイドリアの民やウォルクの持つ交信珠玉を通して話を聞く、かつてのヴィンシュ大陸に存在した街や村、国などを統治していた権力者たちに説明する。
比較的、一行の中でも頭が回って丁寧な言葉遣いも可能なハピ、レプター、ポルネ──そして何よりも自らを聖女だと明かす事に決めたカナタが前に立って。
そうする事で正直言って信じてもらえるとは思えない自分たちの荒唐無稽な話の信憑性が、ほんの少しでも高くなるのなら──と考えたうえでの決断だった。
……最も大事な部分に虚偽を交えた話の信憑性を。
そう、ヴィンシュ大陸と同じくらいの規模にも思えた隕石を落としかけたのが、まさか幼い少女がやったのだとは──ましてや、その少女が異界よりの召喚勇者だとは口が裂けても言えない為、『あの隕石を落としたのは生ける災害だ』という全くの嘘をつく事に。
最初は、カナタが本当に聖女なのかという猜疑心から始まり、そして今まで生ける災害が隕石を落とした事はなかった筈だという点も含めて、メイドリアの民も大陸中の権力者たちも信じていない様子だったが。
結果的には、その話を全員が信じる事になった。
聖女が嘘をつく筈はないという思い込みもあるし。
あの化け物ならやりかねないというのもそうだし。
最期の一撃だというのなら納得いかなくもないし。
何より、その話をしていたカナタたちの隣に真偽の恩恵を授かるクァーロが居たというのが大きかった。
基本的に、こういった重要な合議の場では真偽持ちを傍に控えさせるのが、この世界の権力者たち共通の常識だったりするのだが、かの生ける災害の影響で相当の犠牲を出した今のヴィンシュ大陸には真偽持ちはおろか恩恵を授かっている者自体が非常に稀であり。
逆に言うと、それだけ恩恵持ちは重宝されるとともに信用もされている為、『真偽持ちが言うなら』と気味が悪いくらいに殆ど全員が納得してしまっていた。
──物事の虚実を見抜く俺が嘘に加担する事になるとは思わなかったが、まぁ今回は仕方ねぇやな──
とは、その話が終わった後のクァーロの言である。
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その一方、流石にメイドリアへ足を踏み入れる訳にはいかないローア以外の魔族は──ヒューゴ、フライア、そして生ける災害イグノールの三体はといえば。
『──……本気で言っているのですか? イグノール』
「「……」」
ウォルクの持つ物とは形も色も違う、されど性能自体は同じ宙に浮かぶ菱形で薄紫の水晶、交信珠玉から聞こえてくる底冷えする様な低い女声に、フライアとヒューゴは水晶の前に跪いたまま震えるしか出来ず。
「嘘や冗談を言える程、器用じゃねぇよ俺ぁ」
『……でしょうね』
「「……」」
ただ一人、跪くどころか姿勢も正さず胡座を掻いていたイグノールは、おそらく水晶の向こうで静かな怒りを覚えている筈の相手にも全く怯む事なく、あまつさえ長い付き合いだというのに自分の性格を理解していないのかと鼻で笑っており、その危ういにも程があるやりとりに、フライアたちは冷や汗が止まらない。
何しろ、この水晶の向こうにいる相手は──。
「……そんでもって、お前如きの命令に今の俺が従う訳もねぇってのも──……分かるよな? 側近様よぉ」
『……面倒な』
そう、かの恐るべき魔王コアノル=エルテンスの側近、実質的な魔王軍の統率者でもある上級魔族のデクストラであり、ローガンを除けば三幹部以外で逆らう事は出来ないとはいえ、イグノールの横柄な態度は彼女の神経を逆撫でし、ただただ苛立ちが増すばかり。
尤も三幹部の内の一角である魔王の予備は彼女の部下に近い立場の為、彼女の指示に従わないという選択肢を取れるのは魔族の中でも僅か三体だけなのだが。
『……本気でコアノル様に楯突くつもりなのですね』
「俺ぁいつでも本気だ。 それ以外知らねぇからな」
『……』
その後、水晶の向こうで忌々しげに眉間を押さえたまま『本当に反旗を翻すのか』と最終確認をしたところ、そんなデクストラの問いかけにイグノールは心から愉しげかつ邪悪な笑みを湛えつつ肯定の意を示し。
『……いいでしょう。 あの幼い召喚勇者との結託、結構な事ではないですか。 コアノル様は欲する物を手中に収め、かたや私は厄介払いが出来る。 よくよく考えれば良い事づくめです。 魔族領でお待ちしてますよ』
「「なっ!?」」
数秒程の沈黙の後、『ここで舌戦を繰り広げる事に意味はない』と結論づけた彼女の、どう考えても挑発しているとしか思えない旨の彼の反逆を認めるかの様な発言を聞き、それまで沈黙を貫いていたフライアとヒューゴは『まさか』と薄紫の双眸を見開いて──。
「で、デクストラ様!? よろしいのですか!?」
「これは紛れもない反乱、いえ反逆では──」
よもや魔王の側近が魔王への反逆を看過するとは思いもよらず、どういうおつもりかと尋ねんとするも。
『──……まるで他人事の様に喚くではないですか』
「「っ!?」」
水晶の向こうから返ってきたのは、フライアたちへの──もっと言えば、フライア個人への明確な怒気と失望の感情の込められたデクストラの低い声であり。
『そもそも貴女がミコ様をお連れ出来てさえいれば全て済んでいたというのに──違いますか? フライア』
「ぁ、そ、それは……っ」
大前提として、あの時──奇々洞穴にて部下を大勢引き連れたフライアが任務を達成出来てさえいれば。
今頃、望子はコアノルの愛玩具になっていた筈だろうし、その望子を取り返す為に海を渡るだろう一行の中に望子がいない以上、生ける災害と意気投合する事もなく撃滅し、そこで全てが終わっていた筈だと正論を投げかけられた事で、フライアが言葉に詰まる中。
「……そんなん抜きでも俺ぁ、ミコを気に入ってたと思うが──……あぁ、そういや一個聞いていいか?」
『……聞くだけなら』
今、デクストラが並べた様な『もしも』が現実であろうとなかろうと、おそらく自分は望子と意気が合っていた筈だと確信する一方、望子の名を口にしたからか『とある疑問』を思い出しデクストラに問わんとし始め、デクストラが心底面倒臭そうに溜息をつくと。
「お前は──ミコを何歳だと思ってる?」
『……は?』
イグノールの口から飛び出したのは、あまりにも先程までの話と関係ない望子の年齢についての問いかけであり、デクストラは敬語も忘れて一音で問い返す。
『……八歳だという報告が上がっていますが』
「それぁ俺も知ってる。 そうじゃなくてな」
とはいえ知っているのに答えないというのも彼女の流儀に反するゆえ、それが彼の求める答えかどうかはともかく、ヒューゴからの報告にもあった八歳という年齢を口にするも、やはりそうではなかったらしい。
「あいつ、あの小せぇ外見通りの年齢に思えねぇんだよな。 いくら勇者っつったって、あんな餓鬼の時分から俺と立ち並ぶくれぇに強ぇなんて信じられるか?」
『……』
翻って、イグノールは望子との手合わせの時から抱いていた、『本当に見た目通りの年齢なのか』という拭いきれない違和感を、あの戦いで見た自分にも劣らない望子の力を考慮したうえでぶつけてみるも、デクストラからの返答はなく唸る様な声だけが耳に届く。
召喚勇者としての、あの少女の力が優れているのは人形を亜人族に変異させるという最初も最初の時点で何となく分かってはいた──分かってはいたのだが。
──だからといって、生ける災害に立ち並ぶ程か?
……というのが、デクストラの本音である。
その粗雑で野蛮な性格や言動こそ彼女が最も嫌うタイプではあるが、それでも彼の力自体は認めており。
いくら勇者の素質有りとして異界より召喚されたとはいっても齢八歳の少女が──というのは、デクストラとしても確かに疑問を感じるところではあった為。
『……ヒューゴ、貴方から見てどうですか?』
「えっ、あっ、私から見て、ですか……」
魔王直々の命により望子専門の観測部隊として動いていた格下の同胞に、コアノルが認めた観察眼を通して見た望子の実力は如何程のものかと問うと、いきなり話を振られた彼は驚きこそすれ即座に襟を正して。
「……イグノール様の仰っておられる事も強ち間違いではないと愚考します、あの少女は──異常です。 まるで、『異世界召喚』を知っていたかの様な順応性を感じる節がありまして。 あくまで私見ではありますが」
『ふむ……』
イグノールの見解自体は別に間違っているとも思えず、ヒューゴの眼から見ても望子の強さは──正確に言えば『順応性』はあまりにも異常であり、あらかじめ異界に喚び出される事を知っていたのではと邪推してしまう程だと真剣な声音で述べてきた事によって。
『まぁ、いいでしょう。 それも、コアノル様とミコ様が対面すれば分かる事ですし。 とにかく魔族領を目指しなさい、コアノル様は待ち侘びておられるのです』
「「……はっ」」
納得したのかしていないのかは定かでないが、おそらく魔王が持つ何らかの手段があればその疑問も解決するのだろう、デクストラは話を終わらせにかかりつつ部下たちと此処にはいない勇者一行を急かし、それを受けたフライアたちは今一度その頭を深く下げた。
これで漸く現状報告、及び生ける災害による魔王への宣戦布告が終わるのか──と思っていたその瞬間。
『──……あぁ、それと最後に一つ』
「あ?」
どうやら一つ伝え忘れていた事があると思い出したらしいデクストラの声に、イグノールが反応すると。
『もし海路を往くのであれば、せいぜい気をつける事ですね。 何やら海の方から強い怒りを感じますので』
「「……?」」
一体、何に気をつければいいのか──そもそも何が怒りを覚えているのかという事を何一つ明言せぬままに、とにかく海を往くなら万全の注意を払えという旨の忠告をしてきたのだが、やはり率直に言っていないという事もあってフライアたちは首をかしげていた。
無論それは、イグノールとしても同じ事ではあったものの、そもそもデクストラの一挙手一投足にも言動の端々にも全く以て興味が湧いていなかった為──。
「ご忠告どうも。 じゃあな、デクストラ」
『……えぇ、次に見える時は──』
「あぁ、そん時は──」
緩慢とした動きで立ち上がりつつ低空浮遊する水晶に一歩、また一歩と近寄り水晶の向こうにいる魔王の側近に一時の別れを告げ、その挑発的な声に応じる様にデクストラも生ける災害へ何かを宣告するべく口を開き、それを先読みした彼もまた水晶を覗き込んで。
「──敵同士だぜ?」
『──敵同士ですね』
言葉遣いを除けば全く同じ旨の宣告をした後、水晶を片手で掴んだイグノールは『お前も粉々にしてやるぜ』とばかりにただ一つの交信珠玉を砕いてみせた。
たった今この瞬間を以て、コアノル=エルテンス率いる魔王軍きっての戦力、生ける災害は完全に同胞たちと袂を分かつ事と相なってしまったのである──。
(──……砕く必要あったかな)
(しっ、聞こえるわよ──)
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