小さな魔道具の出自
結論から言ってしまうと──。
──望子は焼却息吹を放つ事が出来た。
あの龍が放ったものと、ほぼ同威力の息吹を。
尤も、その焼却息吹を放出する際に望子が口元を軽く火傷してしまったり、それを治す為にとヒューゴがフライア用に持ってきていた回復薬を与えたりと色々あった様だが──そんな事は些細な問題でしかない。
何しろ、『ぬいぐるみと運命之箱の利用を除けば魔術は扱えないし、そもそも武技に至っては一つたりとも扱えない』、というのが望子や一行の認識であり。
何故、今回は武技を扱う事が出来たのか──と考えたところで望子は何も分からず、それを扱っている本人が分からないのだから魔族たちが分かる訳もなく。
「──……ぅ、うぅ……ひりひりするぅ……」
「だ、大丈夫ですか……?」
今は、どうやら思ったより火傷の衝撃が大きかったらしく涙目になっている望子を、フライアが痩せ細った手で撫でながらあやしているという状況にあった。
「まぁ火傷うんぬんはともかく中々の息吹だったよなぁ、デクストラ程度なら消し飛ばせるんじゃねぇ?」
「は、はは……どう、でしょうか……」
一方、望子の完璧に近い焼却息吹を見て割と上機嫌になっていたイグノールが、その対面に行儀良く座っていたヒューゴに対し、デクストラを『程度』呼ばわりしたうえで共感を求めてくるも、それを肯定する事も否定する事も出来かねた彼は曖昧な反応を見せる。
肯定すれば魔王の側近を侮辱する事になり。
否定すれば生ける災害の機嫌を損ねる事になる。
一見すると完全に詰みにも思える状況を、ヒューゴは人当たりの良さそうな苦笑いで何とか凌いでいた。
「……にしても──」
「は、はい?」
「……?」
翻って、そんなヒューゴの葛藤など知る由もないイグノールは、どうやら何か気になる事があるらしく。
その声に真っ先に反応したヒューゴだけでなく、フライアの痩せ細った身体に抱きついていた望子までもが視線を向ける中、彼はスッと望子を指差して──。
「何で、お前の焼却息吹は──青いんだ?」
「え……あおかったっけ……?」
つい先程の望子が放った焼却息吹が、あの龍の亡骸が放っていた真紅の業炎とは真逆の青い炎だった事を指摘するも、どうやら望子は自分の吐いた炎の色を確認出来る程の余裕はなかった様で首をかしげている。
『完璧に近い』というのは色違いだったからだ。
「そっ、そういえば……ミコ様の焼却息吹は……」
「……蒼炎だったわね。 まるで、あの時の──」
それを聞いていたヒューゴもフライアも、よくよく思い出してみれば望子の焼却息吹が極大の蒼炎だったと回想し、もっと言えばフライアは望子の吐いた蒼炎に見覚えしかなく、かつての他種族との戦いで召喚勇者を除けば最も同胞を斃したであろう亜人族の蒼炎。
「──火光みてぇじゃねぇか。 なぁ?」
「かぎ、ろい……おししょーさま……」
かつての最強の冒険者であると同時に最強の亜人族でもあり、『火光』と呼ばれ敵味方問わず恐れられた狐人──リエナの蒼炎と瓜二つだった事を、フライアの言葉を継いだイグノールが告げる中、望子は一瞬ピンときていなかったが即座に師匠の事だと理解し。
おししょーさま、げんきかなぁ──と感傷に浸っていたものの、そんな望子をよそに魔族たちは各々蒼炎と化した焼却息吹の謎を解かんと頭を悩ませており。
「……確か、ミコ様は火光から火化を教わっているのでしたよね。 それが何らかの影響を及ぼして……?」
「う〜ん……うん?」
ヒューゴは何気なく、ドルーカの街で望子がリエナから超級魔術である火化と、その扱い方を教わった事実を口にしつつ再び思考の海に沈まんとし、それを聞いた望子が『よくわかんない……』と言わんばかりにまたも首をかしげていた──まさに、その時だった。
「……まぞくの、おにいさん……なんで、そんなことしってるの……? わたし、はなしてないよね……?」
「え──あっ! い、いや、それは……!」
望子が覚えている限りでは、フライアは勿論ヒューゴにも火化の事など話していない筈なのに、どうしてリエナから教わったという事まで把握しているのだろうか──と、おそるおそる問いかけた望子に対して。
上級魔族はともかく勇者にバラしてもいいかどうかは聞いていない彼は、『ここで言うべきか、それとも誤魔化すべきか』と思わず挙動不審になってしまう。
そんな中、イグノールが『あぁ?』と声を上げ。
「何言ってんだ、ミコ。 こいつが最初に名乗ってたじゃねぇか──『観測部隊所属』ってよ。 大方、魔王だか側近だかに命じられてお前をずっと見てたんだろ」
「な……っ!?」
「え……?」
ヒューゴの苦悩など何処吹く風といった具合に、この青年魔族が所属する観測部隊の役割や魔王及び側近の性格を考えると、いつからかは分からないが間違いなく望子たち勇者一行を監視していたのだろうと何の気なしにバラしてしまい、それによってヒューゴが面食らう一方、望子はフライアの方へ更に身を寄せた。
「ずっと、って……おふろ、とかも……? や、やだ」
「ち、違います! 私は、その様な──」
それもその筈、『ずっと見ていた』という事はプライバシーも何もあったものではなく、もしや皆で入ったお風呂なんかも見られていたのかも──そう考えてしまったからこそ望子は引いており、そんな望子を見て少女の疑惑を悟った彼は何とか否定しようとする。
「……まぁ、ヒューゴが覗きをしたとかはともかく」
「ふっ、フライア!? 君まで何を──」
一方、真偽の程はともかくとして取り敢えず話を戻そうと判断したフライアが、その細い手で望子の髪を撫でつつ特にヒューゴを擁護する気はないのか視線を逸らしたところ、ヒューゴはより一層慌てていたが。
「……ミコ様。 先程の青い焼却息吹についてですが」
「う、うん……なにか、しってるの……?」
そんな彼の焦燥など知った事かという様に、フライアは視線を自分の胸元にいる望子へと落とし、つい先程の焼却息吹について自分が知っている事を語らんとしているのだろう事を察した望子が先を促すと──。
「そもそも、その魔道具は運命之箱という名ではないのです。 いえ、その名も間違ってはいないのでしょうけど。 正確に言えば、それは完成前の名なのです」
「かんせいまえ……? でも、おししょーさまは──」
大前提として、たった今この瞬間も望子の首元に下がっている小さな箱型の魔道具の正式名称は、どうやら運命之箱ではなく──もう少し正確に言うのであれば運命之箱というのは、この魔道具がまだ完成していない状態を指す名なのだと明かしたのはいいが。
フライアが嘘や冗談を言っているとまでは思わないものの、それ以上にリエナの言葉の方が信憑性が高いと思うのも無理はなく、『おししょーさまは、かんせいしたっていってたけど』と反論を試みようとする。
「それは火光が普通の運命之箱しか知らなかったからかと。 何しろ、ミコ様が持つそれを創ったのは──」
しかし、それについてはフライアも理解したうえで確かな根拠があると述べ、おそらくではあるがリエナ自身が未完成の状態しか見た事がなかったから、もしくは完成時に名が変わる事を知らなかったからではと推測しつつ、この魔道具を創造した者こそが──。
「かの魔王──コアノル=エルテンス様なのです」
「「え……!?」」
「……へぇ」
ここにいる三体の魔族が仕える、かの恐るべき魔王コアノル=エルテンスなのだと明かした瞬間、何も知らない望子だけでなく、その事実を知らされていなかったらしいヒューゴも目を剥く一方、イグノールだけは愉しげな笑みを湛え望子の首元に目をやっていた。
「ま、まおうが、これを……?」
その後、到底信じがたい──というより、いまいち理解が及んでいない望子が再確認するべく尋ねると。
「えぇ……ですので何故それをミコ様が持っていらっしゃるのか甚だ疑問なのですが……それを何処で?」
「もり……って、おおかみさんがいってたような」
「森? 狼さん──……あっ、あの人狼……」
逆に、どうして魔王の所有物を望子が当たり前の様に持っているのかを知りたいフライアが質問に質問で返したところ、これは自分が拾ったのではなく一行の一人である人狼──ウルが拾ったのだと望子は語り。
森──はともかく『おおかみさん』には一瞬ピンときていなかったが、すぐに望子の亜人として傍にいた筈の赤毛の人狼の事を思い出して自己完結していた。
「それよりよぉ、そいつの正式な名前は何てんだ?」
「は、はい。 その、魔道具の名は──」
フライアやヒューゴとしては、それ以外にも幾つか聞きたい事はあったものの、どうやら痺れを切らしたらしいイグノールの低い声音が割って入った事で、フライアは怯えながらも答える為に一呼吸置いて──。
「運命之箱、改め──『禁忌之箱』」
あろう事か完成する事で『運命』から『禁忌』へと名を変えてしまう、その魔道具の真名を口にした。
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