サーカ大森林
ここから二章です!
ルニア王国王都、セニルニアにて行使された禁断の秘術、勇者召喚により三体のぬいぐるみとともに異世界に召喚されてしまった齢八歳の少女──舞園望子。
暫定的に人形使いという事にしている望子の力によって三種類の亜人族への変異を遂げたぬいぐるみたちは、セニルニアで出会い仲良くなった龍人の願いを叶える為に、そして何より望子を守る為、魔王の命令で王都に襲来した魔王軍の半数以上を三人で討滅し。
御大将であるところの魔王軍幹部が一柱、ラスガルドなる魔族に惜しくも敗北してしまったものの──。
望子の中から現れた《それ》の力によってかの者は討伐され、およそ一週間程身体を休めた彼女たちは目立たぬ様に王都を発って次の目的地を目指していた。
ちなみに彼女たちは徒歩での出立を試みている。
八歳児を連れて徒歩の旅など無謀だろう、せめて馬車にでも乗っていくべきだとレプターは提案していたのだが、ぬいぐるみたちが御者など出来る筈もなく。
加えて言えば決して目立ってしまう訳にはいかない以上、専門の御者を雇ったり乗り合いの馬車を利用したりする事も不味いだろうと結論づけたからこその選択であった為、望子たちは特に不満を抱いていない。
結局、王都を出立して二日──レプターから簡単に教わった野営をしたり、セニルニアと次なる目的地を繋ぐ街道に紛れ込んでしまった食用として有用な獣や魔獣を相手取ったりしながら、やたら鬱蒼として薄暗い不気味という他ない森林に辿り着いていた一行は。
おそらく何十年、いや何百年と植生しているのだろう随分と背の高い広葉樹の木々を見上げながら──。
「──森かぁ……綺麗な川とかあるといいけどなぁ」
「……水の匂いはするし流石に川くらいはあんだろ」
四人の内の一人、人魚のフィンが自分たちが飲んでも問題ないくらい綺麗な水場があったらいいなと思いを馳せる中、超人的な嗅覚によって森の中にある水の匂いを感じ取っていた人狼のウルが鼻を鳴らす中で。
(それ以外の匂いの方が気になるが……まぁいいか)
ウルの過敏な嗅覚にとっては、どうにも水の匂いよりも強く感じて仕方ない、つい一週間前に王都で感じ取ったものと似た様な匂いを嗅いだ気がしてならなかったが、わざわざ言う事でもないかとこれをスルー。
「……ここはサーカ大森林。 ルニア王国領土内に古くからある森だそうよ。 どうも新米の冒険者や兵士たちが力を試すのにうってつけの自然由来な修練場だったらしいわ。 足を休める為の小屋なんかも、あるらしいし……その近くなら川は、あるんじゃなぁい……?」
「……?」
そんな二人の会話を又聞きしていた鳥人のハピは水場うんぬんの話題に対し、あらかじめレプターから聞いていたらしい目の前に広がる森林の情報をそのまま伝えつつも、まだ昼前だというのに眠たげに欠伸をしており、それを隠す様に右の栗色の翼で口元を覆い隠していた彼女を見た望子は疑問符を浮かべてしまう。
「……とりさん……もしかして、ねむいの?」
「……えぇ、ちょっとね」
そして、その疑問符を放っておくのもと子供ながらに踏んだ望子が、ハピを意図せぬ上目遣いで覗き込みながら先程の彼女が溢した欠伸から推測して問いかけると、それを受けたハピは望子の濡羽色の髪を優しく撫でつつ微笑み『夜行性だからかしら』と肯定する。
現に、この二日という短い旅の中でも日中より夜間の方が調子が良いと彼女も充分に自覚していたのだ。
「うーん──……あっ。 そうだとりさん、いっかいぬいぐるみにもどる? ねむかったら、ねてていいよ?」
「……いいの?」
「うん!」
しばらく唸っていた望子だったが、ぴこんと豆電球を浮かべる様に何かを思いつき、その『何か』というのが『ぬいぐるみに戻して寝ててもらう』事にあり。
おいで──と小さな腕を伸ばす望子に、さも花の香りに誘われる虫の如くハピは吸い寄せられてしまう。
これは、ぬいぐるみたちも自覚していた事だが。
望子の人形使いの力によってぬいぐるみに戻っている間は、まるで薬か何かを盛られて眠らされてしまうかの様に半強制的に意識を手放してしまうのである。
尤も、その眠りは決して不快なものではなく揺り籠の中の様な気持ちよさであるらしく、そういう意味でも異論など全く以てなかったハピが『お願いしようかしら』と自分だけ眠る事に申し訳なさそうにする中。
「いいんじゃねぇの? 心配しなくても、ミコはあたしらが護るからよ。 ついでにお前も寝といていいぜ?」
「余計なお世話ですー! はい、キミはおやすみ!」
「……」
そんな風に言われなくても受け入れるつもりだったのに、そう言われてしまうと思わず拒否したくなってしまう様な口を叩く二人に対し、ハピは溜息を溢す。
(……望子を一人──二人占めするつもりみたいね)
明らかに望子を二人占め──もっと言えば、お互いさえも寝かせて一人占めしようとしているのだと察していたが、それはそれとして眠気が限界なのも事実。
「……望子に変な事するんじゃないわよ」
「へ、変な事って何だよ! しねぇよ馬鹿!」
「そーだそーだ! しないよ──多分ね!」
とにかく釘だけは刺しておくべきだと判断したハピの、さも親が子に注意する時の様な厳しめの声音での忠告に、かたや若干の図星であったのか露骨な動揺を見せ、かたや心外だとばかりに苦言を呈しつつも全く以て信用するに足らない一言を付け加えてきており。
ウルはまだしも、フィンは微塵も信用出来ないハピだったが、それでも落ちてくる目蓋には勝てず──。
「……何かあったら、すぐに起こしてちょうだいね」
「うん、それじゃあ──『もどって、とりさん』」
すらっとした長い鳥類特有の脚を曲げて望子に目線を合わせてから、『望子の安全以上に大事なものはない』と暗に告げてきたハピに、その意図を察した望子は頷きつつ彼女の手を握って、やはりエコーの様に響くだけでなく重なって聞こえる声を発すると同時に。
──ぽんっ。
「おっとっと……おやすみ、とりさん」
お決まりの間の抜けた音とともに、ハピの身体が梟のぬいぐるみに戻り、そのまま望子の腕に収まった。
「……レプん時も思ったけど、シュールだよなこれ」
その光景を傍から見ていたウルはといえば自分もぬいぐるみである事を棚に上げたうえで、『どういう原理なんだよ』と腕組みしながら難しい顔をしており。
「さっきまで喋ってたのにいきなりぬいぐるみだもんね。 でもさぁ、これやんなかったら──あの時、信じてもらえなかったと思わない? ほら冒険者登録の時」
「まぁ……そうかもしれねぇが──」
そんな彼女の呟きに同意する旨の発言をしたフィンは、とはいえ理屈はともかく会得していなければ冒険者登録は出来なかった筈だと口にし、それも尤もだと頷きつつ薄い服の懐に手を入れて何かを取り出した。
それは冒険者登録の証であり、この世界の国や街などへ入る際の身分証明にもなる冒険者の免許だった。
彼女たちはレプター経由で各地の冒険者の活動を統括する──ギルドと呼ばれる組織の存在を知るとともに、セニルニアの冒険者ギルドのマスターであるノーチスという名の人族の男性を紹介してもらっており。
秘密裏に、登録の為の試験や審査を受けていた。
魔王軍による王都襲撃から僅か五日後の事だったという事もあり、とんでもない量の事後処理に追われていたノーチスだったが、『レプさんの紹介なら大丈夫ですよね』という彼女への信頼もあって望子を含めた四人全員の試験を優先的に行っていたのだった。
……無論、望子の力を見せたうえで。
実を言うと、ノーチスは望子の力の奇妙さとその容姿──特に黒い髪と瞳を見て何かに気づきかけていたらしかったが、『ゴゴゴゴ』という音が聞こえてきそうな程に威圧するぬいぐるみたちに気圧された結果。
『だ、大丈夫ですから! すぐに済みますから!』
もう早いところ終わらせてしまおうと考えて、いつもならば最長で三日程かかる事もある登録を、あろう事か半日足らずで完了させてしまっていたのだった。
……手は抜いていない為、許してやってほしいが。
つい数日前の出来事を、ウルとフィンが『短い間に色々あったなぁ』と大して昔という訳でもないのに懐かしむかの様に振り返っていた──まさに、その時。
「……ふたりとも? はやくしないと、よるになっちゃうよ。 よるはあぶないって、とかげさんいってたよ」
「お、おぉ、そうだな」
「みこはボクたち二人の間を歩こうね。 手、繋ぐ?」
「うん!」
望子が梟のぬいぐるみを抱きしめながら、ウルとフィンを上目遣いで交互に見遣ったうえで、『移動は出来るだけ日中に済ませてくださいね』とのレプターからの忠告を思い返して進言した事によって、ウルが望子の言葉を即座に受け入れ森林の方を向き、フィンが一緒に歩こうかと手を伸ばしてきた為、望子は頷き。
──サーカ大森林。
かつて王都の冒険者や傭兵、騎士や魔導師たちが最初にぶつかっていた大きな試練の場であり、そこには魔物や魔獣、果ては魔蟲に至るまで所狭しと跋扈する不倶戴天の見本市──だった場所へ足を踏み入れる。
『──……』
そんな彼女たちを見ていた何者かは──。
──僅かな音も立てずに森の奥へ姿を消した。
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