魔王コアノル=エルテンス
ここまでが一章です!
所変わって──。
この広い世界に存在する三つの大陸の内、ルニア王国も位置するガナシア大陸から遠く離れた常闇の地。
ここは──魔族領。
誇張表現でも比喩表現でもなく、かの魔王を始めとした魔王軍が地の底より現れて、かつては人族が治めていた大陸一つを支配して以降、日が昇る事がなくなってしまったという永久の暗闇に覆い尽くされた地。
生まれつき闇を見通す目を持つ魔族にとっては何の支障もないが、そうでない種族にとっては僅か一歩を踏み出す事もままならず、そろりそろりと歩いても。
辺り一面、嫌と言う程に蔓延っている魔獣や魔物と呼ばれる魔素を過剰に取り込んだ事で悪性の進化を遂げるばかりか一つの独立した存在として確立してしまった生物に襲われ、そのまま胃袋に収まってしまう。
まさに、この世の地獄なのである──。
そんな魔族領の中心には禍々しい外観の巨大な漆黒の城、魔王城が威風堂々といった具合に建っており。
望子の中から現れた《それ》の力により魔王軍幹部たるラスガルドとの決着がつかんとしていた頃、望子の下へと向かわせる部下を選抜する為、既に魔王城へと帰還して長い長い廊下を歩いていたデクストラは。
(──この時間なら起きていらっしゃる筈……)
ひとまず此度の勇者召喚にて発生した一連の出来事を、デクストラの目を通して魔王も見ていたとはいえ一応自分の口からも報告するべく、デクストラが側近として仕える魔王が大体ここに居ると知っている部屋の前に──寝室の絢爛な扉の前に立って溜息を溢す。
何しろ、この魔族領を治めている魔王は一日の殆どを寝て過ごしており、もし起きていたとしても眠たげな表情を隠そうとしないという怠惰ぶりを誇るのだ。
……自分の前でだけ。
それはそれで、『弱みを晒してもいいくらいには信用されているのだろう』と思う事も出来なくはなく。
ハッキリ言って敬愛以上の感情を魔王に抱いている身としては、この扱いも──まぁ嫌ではないらしい。
「──……コアノル様。 不肖デクストラ、ただいま帰還致しました。 つきましてはルニア王国王都セニルニアにて召喚された勇者様についてのご報告を、と?」
そんな折、魔族の羽を模した蝙蝠の様な意匠が施されたドアノッカーを控えめに、されど中に居る主人に聞こえる様に叩きつつ帰還した事と勇者に関しての報告をするべく参上した旨を伝えようとしたデクストラの言葉を遮り──その漆黒を基調とした扉が開いた。
「……コアノル様? どういう風の吹き回しだというのですか? そちらから開けて下さったのはこの百年で初めての事ではありませんか。 何か良い事でも──」
普段ならば、たとえ目覚めていたとしても自分から扉を開ける事すら面倒臭がる筈の魔王に対して心底意外だと言わんばかりに声をかけつつ入室すると──。
「其方の物言いは、いちいち──そう、棘がある様に感じるのう。 これでも魔王じゃぞ? この世界の支配者となる予定じゃぞ? もそっと敬わんかデクストラ」
「……はぁ……」
絹の様に美しい薄紫の長髪と同じ色の綺麗な双眸。
魔族特有の浅黒くはあるが艶もある褐色の肌。
小さく形の良い唇から見える研がれた様な八重歯。
およそ身の丈程もある蝙蝠の如き大きな漆黒の羽。
山羊の様に捻じ曲がった黒い双角。
腰辺りから生えた二叉の黒く細長い尻尾──など。
望子よりは大きいが、それでも幼く──されど出るべき所は出た如何にも男受けしそうな少女がおり、もう属性過多ともいうべき程の特徴を備えた彼女こそ。
恐るべき魔王、コアノル=エルテンス──。
──この世界を支配せんと目論む存在である。
……のだが。
そんな未来の世界の覇者たる彼女は今、自身の右腕とも呼べるデクストラを前に、お気に入りの赤と黒を基調とした大きく柔らかなベッドで寝転がっている。
「……コアノル様。 もう幾度となく申し上げておりますが私しかいないからと倦怠を露わにするのはおやめ下さい。 その様な姿勢で敬えと申されましても……」
「ここは妾の寝屋じゃぞ? 寛ぎ方くらい自由でよかろう? そんなところまで其方に指摘されとうないわ」
「……しかしですね──」
そんな風に堕落しきった姿勢の魔王に唯一、意見する事が出来る存在であるデクストラが眉間に指を当て苦々しい表情を浮かべつつ苦言を呈さんとするも、コアノルは枕に頭を乗せたまま正論っぽくもある反論をし、それに対してデクストラは『上に立つ者の自覚というものが』と更なる反論をしようと試みたが──。
「……仕方ないじゃろう? この世界に娯楽がなさすぎるのが悪いのじゃ。 そうなれば自然と睡眠だけが楽しみとなってしまうし、それ以外の全てが退屈に思えてしまう。 唯一、妾を癒やしてくれる可愛らしいものも殆ど集めつくしてしもうたしのぅ……あぁ暇じゃ暇」
「……心中お察し──……は、しかねますが……」
コアノルはコアノルで、この世界に娯楽がない事が自らの怠惰の原因であるとしているらしく、さも自分に非はないとばかりに主張するだけでは飽き足らず。
犬や猫といった獣、目にも楽しい草花、食べるのがもったいない菓子──挙句の果てには他種族の雌まで世界中の可愛らしい物を集めに集めたはいいが、それらにも飽きてしまった為に退屈極まりないのだとか。
(……やる時はやるお方なのは分かっているし、そのお力も本物ですが……どうにもムラがあるというか……)
そんな風に暇を持て余す魔王の心中を察して──差し上げたいのは山々であるものの、それはそれとして側近の身である以上はやる気の一つでも出してもらわなければ魔族全体の士気にも差し障るのにと憂う中。
「──で? デクストラ。 其方、何か報告があって訪れたのではなかったか? あの愛らしい勇者についての」
「……あぁ、そういえばそうでしたね。 コアノル様のあまりの堕落ぶりで頭から抜けていましたよ、全く」
つまらなさそうに会話していた先程までの様子から一転、随分と愉しげな笑みを湛えたコアノルが硝子玉の様な薄紫の双眸をデクストラに向けるも、デクストラは窓から魔王へ視線を戻しつつ全く敬う感情の見えない言動を口にして、またも深く大きく溜息をつく。
ここだけ見ると、どちらが魔王かさえ分からない。
「……のぅ、デクストラ。 其方、本当に妾を心から尊敬しておるか? 実は中身が召喚勇者と同じ異世界人に入れ替わっておったりせんか? 妾の知らぬ間に──」
一方、主どころか創造主ですらある自分に対して息をする様に毒を吐く側近に、よもやという若干の疑心暗鬼とともにおずおずと問いかけたが、『何を馬鹿な事を』とでも言いたげにデクストラは首を横に振り。
「何を仰いますか。 私は正真正銘、コアノル様の側近であり貴女様が生み出した魔族です。 敬愛もしていますよ? そうでなければ側近など務められませんから」
「そ、そうか……? なら、良いのじゃが」
先程の態度に関してを全く悪びれる様子もないままに微笑みつつ、この身体は頭の天辺から足の先まで貴女の物だと敬服してみせた事で、コアノルは安心したかの様に幼い身体には不釣り合いな胸を撫で下ろす。
その後、漸く話を聞く姿勢に──それでも、ベッドに胡座を掻いて枕を抱いたままという未だ怠惰な姿勢であるが──なったコアノルに、デクストラは報告の為に必要な情報を纏めてある羊皮紙を手渡してから。
「……では、ルニア王国王都セニルニアにて異世界より召喚された勇者、ミコ様についてのご報告を──」
早速とばかりに報告し始めようとしたものの。
「──ミコはどうじゃった!? 其方の目を通して見とったが実物は更に愛らしかったのではないかの!?」
突如、コアノルが身を乗り出してきたかと思えば尋ねてきたのは望子の愛らしさについてであり、デクストラの目を通して見ただけでは満足出来なかったのか薄紫の瞳を爛々と輝かせて側近の答えを待っている。
「……先に別件のご報告をさせていただきたく──」
「ミコの見目より大事なものなどないのじゃ〜」
「……」
しかし、デクストラとしては先に伝えておきたい事もあった様で、『また後程』と話題を逸らそうとするも魔王の興味は望子の愛らしさにしかなく、その細い足で組んでいた胡座を解いてパタパタと動かす一方。
(……大丈夫、大丈夫です、デクストラ。 気を鎮めて)
コアノルの事は決して嫌いではないし寧ろ大好きだし愛していると言っても過言ではないのだが、それはそれとして職務を全う出来ないのは真面目な彼女としては絶対に許せない事でもあるらしく、どうにか自分を落ち着かせるべく深呼吸してから──口を開いて。
「──……実は、ミコ様の魔力量に関して一つ興味深い事がありまして。 どうか先に、そちらのご報告を」
「……ほぉ、其方程の魔術巧者がか?」
「はい」
デクストラが自分に次ぐ魔術巧者であるというのは間違いないというのに、そんな彼女でさえ興味を惹かれる様な事があったのか、と漸く本格的に話を聞く気になった魔王に、デクストラは安堵の息を溢しつつ。
「……まず大前提として、おそらくミコ様は人形使いであるという仮定についてですが。 これは一部始終ご覧になられていたコアノル様も承知の事と思います」
報告を始める前に、そもそも望子の召喚勇者としての力が人形使い──の様なものであるという仮定を共有出来ているのかどうかの確認を改めてしたところ。
「うむ、あの三体の人形は紛れもなく単なる無機物であった。 にも拘らず、あの三色の光とともに亜人族へと変異した時は其方が幻術でも喰ろうたのではなかろうかと思うてしもうたがの。 まぁ正確には人形使いと似て非なる力なのじゃろうが、どのみち召喚勇者としての素質が抜群じゃという事に変わりはあるまいて」
「……私としましても、そこに異論はございません」
思いの外、彼女の話に食いついてきたコアノルは興が乗ったのか普段の怠惰ぶりから考えられない程すらすらと振り返っており、そんな魔王の変わり身に驚いたのもそうだが、やはり魔王にとっても無機物を意思持つ生物に変えるというのは異常だという事が知れた為、自分の見解は間違いではなかったと一息つく中。
(……ありふれた種族じゃし、その様な既視感など覚えて然るべきなのじゃが……どうにも引っかかるのう)
当のコアノルは、デクストラの目を通して見ていた時も、そして今この瞬間でさえ、どういう訳かあの時の三体の亜人族に強い既視感を覚えてしまっていた。
この世界になら魔族領以外の何処にだって亜人族はいるし、もっと言えば人狼、鳥人、人魚は生息数に差異こそあれ比較的メジャーな亜人族であり、そう考えれば既視感があって当然だと自分を納得させる一方。
「では、コアノル様。 一般的な人形使いが人形を用いて魔術を行使する際の魔力の分配方法をご存知で?」
「……んん? 方法も何も──」
デクストラが、あまり関連性のなさそうであり知識量も問われる話題を振ってきたものの、コアノル正真正銘この世界を支配せんと目論む存在であり、この世界の理の大体は知っている為、首をかしげながらも。
壱──自分の中にある魔力を二分する。
弐──片方の魔力を身体の中に残したまま、もう片方の魔力を使役する人形の数だけ切り分けてしまう。
参──身体の中に残した魔力と人形に分配した魔力は当然ながら同じものである為、魔力の糸で繋いでしまえば、ある程度は術者の自由に動かす事が出来る。
という絡繰である筈じゃが──と丁寧かつ簡潔に語って見せたコアノルに、『その通りです』と返したデクストラは話を纏めにかかるべく咳払いをしてから。
「では続きを──と申しましても後は結論のみなのですが、ミコ様の分配方法は一般的なものと全く異なる様でして。 あの人形を亜人族へと変異させた後もミコ様の魔力には一切の変化が見られなかったのですよ」
「……ん?」
どういう仕組みなのかは全く以て理解出来なかったが、それでも望子の中の勇者らしい膨大な魔力量に一切の変化がなかった事は彼女も看破しており、それを聞いたコアノルは一瞬だけ疑問符を浮かべたものの。
「……あの人形どもを亜人族へと変異させ、ああして顕現させておるのはミコではないという事か……?」
もしや、あの人形を亜人族へ変えたのは望子の勇者としての力が要因ではなかったのか──と即座に側近が伝えたいかもしれない事を先読みして問いかけた。
……が、しかし──デクストラは首を横に振り。
「あの力を行使したのがミコ様だというのは相違ありません。 しかし結果だけを見ると、あの亜人族たちはミコ様と繋がっていながらにして完全に独立した存在でもあると言う他ないのです。 それ以上の事は何も」
「う〜む、何が何やら──」
術者が望子なのは絶対に間違いない、されど望子と人形の間には魔力の糸などなく、その魔力量も変わっていない事から、あの亜人族たちは完全な亜人族として独立してもいると結論づけたが、コアノルとしても何が何だか分からず頭を悩ませてしまっていた──。
──その瞬間。
「──……はっ!?」
「……コアノル様?」
それまで腕組みをして俯いたまま思案していたコアノルが、あまりに唐突に顔を上げ常闇しか映さない窓の方へ目を向けた事で、デクストラが声をかけると。
「──……ラスガルドが死んだ」
「!? そ、そんな馬鹿な──」
魔王の口から溢れ落ちる様にして告げられた、よもやの幹部の死にデクストラは如何にも信じられないといった具合に整った表情を驚愕の色に染め上げるも。
「……妾が、この様な下らん嘘をつくと?」
「っ!も、申し訳ございません……!」
自らが生み出した幹部の一柱──自分の一部と言っても過言ではない存在が死んだなどという洒落にならない嘘をつく筈がないだろう、と人族なら死んでもおかしくない程の威圧をぶつけられた事で、デクストラは失態を自覚して勢いよく片膝をついて謝罪したが。
……それでも、やはり信じ難かった。
それもその筈、ラスガルドという魔族は三幹部の中では最も攻守のバランスに優れており、それでいて知能も魔王の側近の自分に並び立つ程に高く、また魔術や武技に関する造詣も深い頼れる同胞であったのだ。
もし仮に相手が彼を上回る強者だったとしても、ラスガルドは引き際が分からぬ様な愚者ではなかった。
だからこそ信じたくなかったのだが──。
「……正確には消えた、というべきじゃな。 デクストラ、其方と幹部どもには妾の魔力の一部を割いておるから其方らが死ねば妾にその魔力が戻って来る。 じゃが死んだ筈のラスガルドに割いた魔力が戻って来ぬ」
そんな風に心を乱すデクストラをよそに、コアノルは思ったよりも冷静な様子で、ラスガルドに割いていた魔力が戻って来ない事を考えれば、『死んだ』というより『消えた』という表現の方が正しいと判断し。
生きているなら探したいところではあるが、さりとて消えた理由やその手段が不明瞭である以上、取れる策はそう多くない──とまたしても頭を悩ませる中。
「……コアノル様。 ラスガルドが死んだ──かもしれないという事は、セニルニア襲撃は失敗に終わったのでしょう。 ルニア王国の件はいかがなさいますか?」
魔王の側近として、これ以上情けない姿を晒す訳にはいかないと気を取り直したデクストラが、その片膝をついた姿勢のまま、ラスガルドに命じていた王都セニルニアの──延いてはルニア王国の襲撃を別の同胞に命じるか、それとも中断かの選択を迫ったところ。
「……仕方あるまい、あの国は捨て置く。 いずれ必ず亡すがの。 ラスガルドをやったのは、あの亜人族どもじゃろう。 あれらに向けて精兵を送り込み、そして始末せよ。 愛しいミコの回収ついでにの。 良いな?」
「──……了解、我が魔王」
薄紫の双眸に妖しい光を蓄えたコアノルは、その瞳を再び窓の外へと──ガナシア大陸のある方角へと向けつつ、ルニア王国は後回しにしてラスガルドを消したであろう亜人族たちを始末し、そのまま望子を自分の下まで連れて来いと命じた事により、デクストラは主たるコアノルに改めて恭しい態度を取りつつ、コアノルの寝室を後にしようとした──まさに、その時。
「──……あぁ、ちと待て。 デクストラ」
「? まだ何か──」
気持ち低くなった様にも感じる魔王の声に僅かな違和感を抱きながらも、デクストラが振り返ると──。
「──……え?」
何故か、コアノルはベッドに座ったまま薄紫の光を放つ魔方陣が展開された右手をデクストラへ向けており、それを見て思わず疑問の声を上げたのも束の間。
「──ぅ、ぐぅっ!? ぐ、あ"ぁああああっ!?」
彼女の視界は一瞬にして、およそ屋内に落ちる筈のない漆黒の雷で構成された瀑布に覆われ、その勢いは凄まじくデクストラは床に叩きつけられてしまった。
叩きつけられるだけならまだしも、その黒い雷の瀑布の勢いは衰える事を知らず彼女に降り注ぎ続ける。
(な、何故コアノル様が私を──)
文字通り身を引き裂き焦がし尽くす様な激痛が彼女を襲う中、一体どうして魔王様が理由もなく自分を痛めつけるのか──と過剰な程の痛みのせいで逆に冷静になってしまっていたデクストラが思案していると。
「──っ!? ぅ、あ……っ!?」
突然、数瞬前まで漆黒の轟雷に覆われていた筈の彼女の視界が明瞭になるだけでなく、まるで漆黒の轟雷に襲われていた事実など最初からなかったかの様に彼女の全身から痛みという痛みが消え去っており──。
デクストラが、それで今の現象の正体を悟る中。
「……其方も知っておるじゃろうが、この魔術は精神に干渉するものじゃ。 ゆえに実際に闇の雷が落ちた訳ではない──良いかデクストラ、これは警告じゃぞ」
「けい、こく……?」
いつの間にかベッドから降りていただけでは飽き足らず、まだ床に這いつくばったままのデクストラの顎を足先で持ち上げたコアノルは、たった今デクストラが感じたのは全てコアノルが得意とする対象の精神に干渉する魔術によるものだと明かした──つまりは。
デクストラは、コアノルが展開した漆黒の轟雷が只管に降り注ぐ瀑布によって床に叩きつけられていた。
……かの様な錯覚に陥っていただけなのである。
そして先の魔術が『警告』だと告げたコアノルに対し、いまいち要領を得ないデクストラが尋ね返すと。
「召喚勇者はもう妾の物じゃ。 それこそ頭の天辺から足の先に至るまで。 ゆえに、その身に一つでも傷をつける事は許さぬ。 もし、その様な愚行を犯せば──」
今は手元になくとも、もう望子は自分の所有物である──という何とも身勝手な主張とともに、『魔王の所有物』なのだから傷つけるなどという事は絶対に許さず、もし仮にその様な事をした者がいたとすれば。
「誰であろうが殺す。 たとえ同胞であろうと幹部であろうと──それこそ、妾の頼れる右腕であろうとな」
「……っ」
それが、たとえ同胞や幹部──そして何より魔王の側近であるといった身内であろうと関係なく、この魔王コアノルが直々に殺してやるとの警告に、デクストラは恐怖だの畏敬だのの念から身体を震わせつつも。
「……はい。 残りの幹部から、まだ名前すらない末端に至るまで、ほんの僅かな漏れもなく伝達致します」
ここまでされても魔王への敬愛は消えていないのだろう、あくまでも側近としての責務を果たすべく尽力すると誓った事で、コアノルは漸く笑みを浮かべて。
「うむ、うむうむ! そうか、ならば良い! さぁ行って参れ──期待しておるぞ? 我が頼れる右腕よ!」
「……はっ」
てくてくとベッドに戻って腰掛けつつ、さも本当に見た目相応の少女であるかの様な笑顔と声音を以て自らの側近に激励と──そして少しの重圧をかけ、それを受けたデクストラは震える身体を押して片膝をついて、コアノルに深く深く頭を下げてから寝室を出る。
(……私もまだまだですね、この方の側近に相応しい魔族にならねばなりません。 その為にも、まずは──)
やはり、コアノル=エルテンスは可愛らしい見た目にそぐわず恐るべき魔王だと改めて噛み締めながら。
一方、コアノルはコアノルで何処からか取り出した魔族の血の様に濃厚な紫色の葡萄酒を片手に、デクストラの苦悶の表情や悲鳴を脳内で何度も反芻し──。
「──……ふふ。 まだまだ青いの、デクストラ」
……独り、悦に入っていたのだった。
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