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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第一章
25/492

龍人との約束

 王都を襲撃した魔族の軍勢が全滅し、その頭目であるところの魔王軍幹部が何者かによって討伐された。


 そんな吉報が、レプターの部下たる番兵によって速やかに避難していた者たちと王都周辺の街や村などに伝えられた事で、せめて一時的にでもと郊外に出ていた王都の民は一人、また一人と王都への帰途につく。



 その間、噂話にも花が咲くというもので──。



「──いやぁ、一時はどうなる事かと……」

「聞いたか? 魔王軍幹部が死んだって話」

「一体、誰が倒してくれたの?」

「さぁ、それは知らないが……」

「英雄である事は間違いないな」

「そういや聞いた話じゃ王も身罷られたとか」

「えっ、それ本当……?」

「……どうなるんだろうな、王都は──この国は」



 ……などなど。



 王城の崩壊以外、大きな被害が出る前に王都を後にした者を中心に、おそらく現実味がないのだろう何とも他人事の様にざわざわ、がやがやと囃し立てるも。



 王都に戻ってきてからは、そんな余裕もなかった。



 ある者は形すら残っておらず持ち出せなかった財産ごと倒壊した我が家を見て絶望し、またある者は避難したと思っていた筈の親しい者の無惨な遺体を見つけて悲哀に暮れながらも魔族への怨みを募らせている。



 ……だが、それでも哀しんでばかりいられない。



 たとえ幹部の一柱が討たれたといっても魔族の脅威が完全に消えた訳ではないし、この荒れ果てた王都に住まう者たちは命を落とした者たちの分まで、これから先の人生を歩んでいかなければならないから──。



 ゆえに彼ら、もしくは彼女らは立ち上がる。



 失ったものを数えるより、ここに残された尊いものを今度こそ皆で力を合わせて護り抜く──その為に。


────────────────────────


 ……あれから、およそ一週間が経過した。



 いくら何でも、そんな短期間で復興が満足に進む事はなく、まして仮にも王国の主であるところの国王陛下を喪っている為、周辺諸国との関係も瓦解とはいかないまでもガタついてしまっているのは間違いない。


 されど、ここ数年の賢王リドルスの精神の腐敗は諸国の王や貴族の共通認識であり、それを踏まえると不幸中の幸いだったのではと捉える者たちもいたとか。


 セニルニアに籍を置いていて何とか生き残った貴族たちが、これからのルニア王国についてを語り合い。


 魔族の軍勢を牽制、及び討伐してくれた冒険者や傭兵、騎士や魔導師、番兵たちなどに──そして何より魔王軍幹部を倒してくれたという何某かに王都の民が揃って感謝しつつも王都の復興に尽力する中にあり。


「──……はー……何つーか、あいつら切り替え早ぇなぁ。 日本じゃあこうはいかねぇだろうぜ。 なぁ?」


 比較的損傷が少なかったという事も相まって、スムーズに修繕が終わったとある宿屋の窓から目まぐるしく動く王都の民を見下ろしていたのは他でもないウルで、その切り替えの早さに素直に感心している様だ。


 復興を手伝った方が良いんじゃないか──と当初は思っていたものの、レプターからの『貴女たちの存在は秘匿されるべきだ』という忠告に従った結果、ある組織と提携しているらしい宿屋で身体を休める事に。


「かもねぇ。 でもさ……いつまでも、うじうじしてるより良くない? ボク、こっちの方が合ってるのかも」

「はっ、じゃあ帰れる様になっても残るか? お前」

「むっ、そんな訳ないでしょ! ねぇ、ハピ!」

「……そうね」

「「?」」


 切り替えの早さは決して確実な安寧などない異世界だからこそ──と何となく理解していたフィンも彼女に同意し、されど明けても暮れても気落ちしているより良いんじゃないと王都の民に好印象を覚えていた。


 翻って、そんな彼女を揶揄う様に『異世界が合ってると思うなら残ってもいいぞ』と笑いながら口にしたウルに、フィンは思わず頬を膨らませつつもハピに話を振ったが、そのハピは何故か浮かない表情を浮かべており、それに気づいた二人が首をかしげていると。


「いえね……よくよく考えてみれば、あの魔族たちが攻めて来たのって勇者が召喚されたからなのよねって思ったら、ちょっと申し訳なさもあるというか──」


 窓に寄りかかったりベッドに転がったりする二人とは違い、その柔らかそうな膝に望子を乗せたまま椅子に腰掛けていたハピは、この騒動の発端が勇者召喚サモンブレイヴにあり、その当事者である限り若干の罪悪感が──と。


 本来、彼女たち四人の非など全く以て存在しないと言えるというのに、それでも気落ちしてしまい──。


「……そう、だよね……わたしが、わるいんだよね」

「えっ──……あっ!?」


 そして、そんなハピの沈痛な面持ちは彼女の膝に座る望子にも伝播し、まるで自分が──勇者が召喚された事が全ての原因だと言わんばかりの呟きを聞いた為か望子が涙目になってしまった事により、ここで自分の失言に気づいたハピが口を覆うも、もう遅かった。


「ち……っ、違うのよ望子! 貴女を悪く言うつもりは全然なくて……! ほ、本当にごめんなさい……!」

「……うぅん、いいの。 ほんとのことだもん……」

「「あーぁ……」」

「み、望子……!」


 何なら戦いの最中よりも、あたふたとした様子で弁解しようと試みるハピだったが、すっかり落ち込んでしまった望子を慰めるのは母親の柚乃でもなければ容易ではなく、その一連の下りを見ていたウルとフィンが呆れた様な声を出す一方、ハピは誤解を解き続け。



 ……結局、望子はハピの謝罪を受け入れたのだが。



 それでも下がってしまった気分は中々戻らず、当然の事ながら望子が気落ちすればウルたちにもその気落ちが伝播してしまう訳で、すっかり部屋が暗くなる。



 無論、光がどうのこうのとかではなく雰囲気が。



 それから数分後、ダウナー四人衆が休む暗い雰囲気の部屋の扉が控えめにノックされたかと思うと──。


「──……はーい、()けさせまーす」

『……』


 未だベッドに寝転がったまま魔術を行使したフィンが、ふよふよと浮かんだ水の分身に扉を開けさせる。



 ……もう完全に使いこなしている様だ。



「あ……あれ、ひんやりしてきもちいいんだよね」


 そんな分身を見た望子が、あの戦いが終わった後で目を覚ました自分を抱きしめてくれていた時の感触を思い出して、ほんの少し機嫌を良くしていた一方で。


「そ、そうなの……ねぇウル、あの──」

「あぁ、あいつ馴染んでんな異世界ここに」


 あの時の、《それ》が何かを施した影響もあるにはあるのだろうが、その事実を差し引いても異世界に馴染みすぎている様な──と小声で囁いていたものの。


 そんな小声での会話も超人的な聴力を持つフィンには聞こえてしまっており、『言いたい事があるならハッキリ言って』とウルとハピに向けて告げた時──。


「失礼し──ぅわっ」

『……』

「っあ、あぁ、フィンの……」


 扉を開けてもらったはいいが、いきなり宙に浮かぶ水の分身が視界に入った事でレプターは驚きつつも。


 よくよく見れば、それがフィンの魔術による分身だという事に気がついた事で安堵からの息を漏らした。


 その後、扉を閉めて部屋に入った彼女は、ハピの膝から降りてベッドに腰掛けていた望子に対して──。


「……ミコ様。 お悩み事などはございませんか? もし何かありましたら速やかに私が対応を致しますので」

「う、うん? だいじょうぶ、だよ?」


 最早、望子専属の従者と言っても過言ではない程の低姿勢で、おまけに敬愛の感情極まる視線をも向けつつ世話を焼こうとしてきており、そんな彼女からの過剰なくらいの対応に望子は困惑しながらも返答する。



 ゆうしゃ、だからなのかなぁ──なんて思いつつ。



「……何か用があって来たんじゃねぇのか? それとも何だ、お前は望子に畏まる為に来たってのか……?」

「えっ、あっ、いや……そういう訳では──」


 すっかり子煩悩──()()()()となってしまった彼女に対し、ウルは先程から気落ちも持ち越しているのか若干の苛立ちとともに語気を強めて声をかけると、レプターは図星を突かれたかの様に慌てていたが。


「ん"っ、んん……すまない。 今回の事の礼を言うのが遅れてしまっていたからな、こうして来た次第だ」

「じゃあ最初からそうすればいいじゃん」

「す、すまない。 つい、な……」


 気を取り直すべく咳払いした後、自らも王都復興の指揮に携わっていた事もあって礼を述べるのが随分と遅くなってしまったと答えるも、だったらそれを済ませてから望子に構えばいいのにとフィンに正論を叩きつけられた事により、レプターは気まずげにしつつ。


「……今回は本当に助かった。 貴女たちがいなければセニルニアは今頃、壊滅していただろう。 諸々の事情もあるし公表は出来ないが──本当に感謝している」


 直立姿勢から深く頭を下げて、セニルニアを救ってくれた事や、ラスガルドを始めとした魔王軍を討滅してくれた事に対する感謝の意を、この四人の存在さえも知らない者たちに代わって深く深く告げてみせた。


「……とかげさんも、おつかれさま。 その、よくおぼえてないんだけど、いっぱいがんばったんだよね?」

「はっ……はい! ありがとうございます! もったいないお言葉を! 私の様な者などに! 本当に……!」


 そんな中、望子が腰掛けていたベッドから離れたかと思うと、そのまま望子の目線の高さまで下がってきていたレプターの頭を優しく撫でつつ労った──労うと言っても魔合獣との戦いを望子は知らないが──事により、レプターは半ばショートした様に紅潮する。



 嬉しさやら気恥ずかしさやら──愛しさやらで。



(──……やべぇなあいつ、あんなんで大丈夫か?)

(もう駄目なんじゃない? めろめろだよ、あれは)

(……貴女たちも似た様なものよ。 まぁ私もだけど)


 一方、自分たちの事を完全に棚に上げた発言をする二人に対し、ハピも同じ穴の狢である事を自覚したうえで呆れ返った様な溜息を溢してしまっていた──。


 その後、望子たちのやりとりが一段落ついたと判断したウルが、『なぁ』と素っ気ない感じで口を挟み。


「あたしら、そろそろ王都ここつつもりなんだが」

「あ、あぁそうか──……っ、な、何!? もう行ってしまうのか!? まだ何も礼が出来ていないぞ!?」


 ふわふわとした満足げな表情を浮かべるレプターに対し、もう間もなく王都を後にする旨を伝えたその瞬間、彼女の発言を流しかけた彼女は途端に愕然とした表情を見せて引き締まったウルの肩を掴んで揺らす。



 本当に、もう本当に何も礼が出来ていないのだ。



 せめて、もう何日かは滞在してほしいのだが──。



「おっ、おち、落ち着けって! ったく、礼なら今お前が言っただろ? あたしは、それで満足したっての!」

「それに貴女、諸々の事情がって言ったでしょ? それって他でもない私たちが原因なんじゃないの……?」

「そうそう。 ここに長居する理由も特にないし、そもそも魔族が来なきゃすぐに出るつもりだったしねぇ」

「そ、それは……」

 

 がくがくと揺らされ続けているウルがレプターの腕を半ば無理やり引き離してから、ウルとしては珍しく言い諭す様な口調で『もう充分だ』と告げたのを皮切りに、それを見た残り二人も同意する旨を口にした。



 ……実のところ。



 ぬいぐるみたちの──特に、ハピが口にした『私たちが原因』というのは強ち間違いという訳でもない。


(……二百近い魔王軍の半数以上を討伐し、幹部を倒してみせたのは彼女たちだ。 それは間違いないが──)


 そう、勇者召喚サモンブレイヴの件は全面的にこちらに非があったとはいえ彼女たちは事実この国の王を殺害してしまっており、およそ召喚勇者である事を隠すという事情を抜きにしてもその存在を公にする事は出来なかった。


「──……分かった、それなら仕方あるまい。 それよりも……ミコ様。 私が幼い頃に身に着けていた服や靴は他にもいくつかありますので全てお待ち下さい。 ()()も含めて私には既に必要のない物ばかりですから」

「う、うん。 ありがとうね」


 その後、彼女たちの出立について納得したレプターは望子に視線を移しつつ、『それ』と指す望子が着ている服も含めた自分のお下がりで良ければ全て差し上げますと告げてきた事により望子は素直に感謝する。


 ちなみに今、望子が着ているのは女中メイドが着る様な黒と白を基調とした服の一部に切れ込み(スリット)が入っている事でラフな着こなしが可能となる何とも可愛らしい服。


 レプターの趣味ではない様にも思えるが、この服は冒険者としても登録しているらしい彼女が貴族令嬢を護衛する際に、『せっかく可愛いんだから』と渡されたものである様で、この服も望子に着られるなら本望だろうとレプターは満足そうに独り頷いていた──。


「はい! それと──こちらも、お持ち下さい」

「「「「?」」」」


 更に、レプターは対照的に快活な返事をしつつ懐から何か布の様なものを取り出して望子に差し出し、その何かに望子たちが一斉に彼女の手元に注目すると。


「──……何これ、ハンカチ?」

「いや、スカーフじゃない?」


 そこには、これといって何かが仕込まれている様にも見えない真っ白な布があり、ハンカチにしては大きい為にスカーフではと断じたハピの問いに、レプターは『その通りだ』と口にし懐かしむ様に目を細めて。


「──……これは十年前、生まれ故郷である蜥蜴人リザードマンの集落を離れる時に両親が持たせてくれたスカーフだ」

「えぇ!? そんなたいせつなもの、もらえないよ!」


 一切の染みも汚れもほつれもない思い出の白いスカーフについて懐かしむ様な口振りをする一方、片親の家庭だったとはいえ母の柚乃からの愛情をしっかり受けて育った望子としては、そんな大切な物を受け取るわけにはいかず手も首もブンブンと横に振って拒否。


「いえ、ミコ様。 確かにこれは、とても大切な私の宝物なのは間違いありません。 だから貴女に持っていていただきたいのです──いずれ返していただく為に」

「え……?」


 しかし、どうやらレプターにはレプターなりの理由があるらしく、このスカーフが宝物なのは相違ないものの、いつか返してもらう為に持っていてほしいと告げて手渡そうとしてくるが、いまいち要領を得ない望子が助けを求め、ぬいぐるみたちの方を向くと──。


「こいつは、あたしらの仲間になるっつってんだよ」

「! ほんと!? とかげさん!」


 既にレプターの真意を理解していたウルが三人を代表し、いずれ仲間になる為の約束の証として持っていてほしいのだと看破した事で望子が確認したところ。


「はい。 とはいえ王都ここや部下たちの事もありますし全てが終わった後に、ですが。 そのスカーフは私からの約束の証です。 お伴する事を許していただけますか」

「……!」


 まるで騎士が主君への忠誠を誓う際の儀であるかの様に、またしても片膝をついたレプターがスカーフを差し出しつつ、いつか仲間に加わる事を許可してもらえるかと問いかけると、それを受けた望子は彼女からスカーフを受け取り、かつて母に教わった通り長い黒髪を一つ結びに──いわゆる、ポニーテールにして。


「──……うん! まってるよ、とかげさん!」

「はっ、はい! ありがとうございます!」


 レプターの手をぎゅっと握りながら歓迎の意を示した事で、とても晴れやかな笑みを浮かべたレプターも望子の手を優しく握り返し、この話は終わった──。


 それから、この一週間で冒険者登録を終えていた望子たちは荷造りをして宿を出つつ一度レプターの住まいに寄って服や靴を譲り受けた後、『お元気で!』と手を振るレプターに見送られながら王都を出立する。











「──さっさと魔王倒して、元の世界に帰るぞ!!」

「「「おー!」」」



 ──何とも意気揚々に、『魔王討伐の旅』へと。

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