勇者の盾として
一言之守──。
それは、これまでレプターが行使してきた絶衛城塞や隻腕要塞といった防御用の武技の中でも一線を画す性能を誇る、それはそれは巨大な黄金色の結界。
先述した通り、ここまでの道中で行使しなかったのは彼女の武器である二振りの細剣を破壊する必要があったからだが──そこにはもう一つの理由があった。
それは彼女に一言之守の行使経験がないという事。
それもその筈、『身体の一部だとまで言える武器を破壊する事』で初めて行使出来る武技だと聞かされており、それ程までに大切に思える武器は今この瞬間に破壊した二振りの細剣を除いて存在しなかったのだ。
生まれ持った類い稀なる才能と、その才能を開花させる為の計り知れない努力が実を結び、ルニア王国の騎士としての任命時に賜与された細剣を破壊するのは出来ればしたくなかったというのも大きいだろう。
ゆえに、これは彼女にとっても一種の賭けだった。
一度も行使した事のない、『最大最強であるらしい武技』を行使しなければならない程の危機的状況にあって、レプターはその賭けに──辛くも勝利する。
四つの災害と二人の亜人族を、そしてそれらが発生させた超巨大規模の爆発を丸ごと包み込む黄金色の結界は、レプターが龍人に進化していた事もあって通常の一言之守より更に強固なものとなっていた。
望子やカナタたちを爆発から護る事もそうだが、その爆発を中に閉じ込めて大陸をも護るつもりで行使された結界による、その効果の程を確認する前に──。
時を、ほんの少しだけ遡らせてもらいたい。
具体的には、レプターが細剣を破壊した辺りまで。
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望子は、ただ見ている事しか出来なかった。
望子とカナタの攻撃の影響によって朽ち果てた龍の中からイグノールの本体が姿を現し、そんなイグノールの反撃で望子とカナタが倒れてしまってからも。
望子が傷ついた事により怒りで我を忘れたフィンが海竜の化石へと変異し、つい先程までイグノールだった龍が放つ息吹と自らの魔術をぶつけていた時も。
二つの災害に同調する様にウルとハピまでもが姿を変え、そこにカリマとポルネが参戦した時も──。
──ただ、見ている事しか出来なかったのだ。
望子は、そんな自分が嫌だった。
狐人のリエナや翼人のスピナ、そして風の邪神のストラから力を貰い受け、あれだけの威力を誇る攻撃を放てる様になった今も結局、自分は護られている。
そんな自分が、とても嫌だった。
それでも、ほんの少しでも皆の力になりたい。
勇者の力で皆を助けられるのなら──。
八歳という幼い身でありながら、そんな考えに至った望子はカナタの腕の中からスルリと抜け出した。
「え……?」
突然の望子の行動に目を丸くしたカナタは整った表情を呆けさせ、口をポカンと開ける事しか出来ない。
そんなカナタをよそに、よろよろと疲れた身体を押して立ち上がった望子はローアの下へと歩き出し。
「ろー、ちゃん……」
「っ、ミコ嬢!?」
およそ普段の可愛らしい声を発する少女のものとは思えない、いかにも疲弊しきって掠れた声を掛けてきた顔色の悪い望子に、ローアは驚いて振り返った。
「あの……ものをいれる、まじゅつを……」
「物を入れる魔術……? 一体、何を──」
すると、ほぼほぼ背格好の同じローアに縋りついた望子が、かつてローアが行使していた『空間に穴を開けて物を収納する魔術』を思い浮かべて何かを頼み込もうとするも、この状況では冷静な思考をする事も難しいのだろう、ローアは首をかしげてしまっている。
しかし、そんな風に悩むローアの問いかけに答える余裕もない望子は、ローア越しに爆発に──正確には爆発に巻き込まれる寸前の亜人族たちに手を伸ばし。
「──『ぬいぐるみに、なって』……っ!」
掠れた涙声で、そう叫んだ瞬間──。
ぽぽぽぽんっ。
久方ぶりの間の抜けた音が四つ、この爆音の中で確かに聞こえると同時にローアの視界に映ったのは。
「っ、人形に……!? 何故──」
狼、梟、烏賊、蛸──露骨な程に可愛らしくデフォルメされた四つのぬいぐるみであり、それが召喚勇者である望子の人形使いとしての力によるものだとは分かっていても、その理由が分からなかったのだが。
それも、ほんの一瞬だった。
(……いや、そういう事であるか!)
ローアは直感で望子の考えを察し、いつの間にか気を失っていた望子を優しく抱えながら手を伸ばして。
「我が声に応じ、その口を開け! 虚数倉庫!」
ぬいぐるみが爆風に流されて飛ばされる方向を計算し、ローアの生み出す亜空間へと続く穴の中に四つのぬいぐるみを収納した事で二人の思惑は成就する。
そして、いよいよレプターが一言之守を行使する為に充填した膨大な魔力を解放せんとする一方で。
そんな状況だからか望子が背負う鞄、無限収納という名の魔道具がカタカタと震えていた事に──。
──誰一人、気がつく事はなかった。
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まるで超新星の如き閃光を放つ爆発は、レプターの一言之守による超広範囲の結界の一瞬で迫り──。
──爆発と結界が、接触する。
瞬間、真剣による鍔迫り合いの如き金属音を異常な程に大きく不快にした様な音が響き渡り、それは結界の外にいる筈の望子たちの耳にすら届いてしまう。
「耳が……! 鼓膜が、割れる……っ!!」
『きゅ〜!?』
レプターとローアに対して持続治癒と呼ばれる治療術を行使しながら、その音によるダメージを軽減する為に感覚治癒を行使していたカナタでさえも防ぎきる事は叶わず、キューとともに耳を塞ぎ膝をつく。
「く……お、おぉぉ……!!」
一方で、その爆発の影響を誰よりも直に受けているレプターは、カナタたちとは比べものにならないダメージを受けており、カナタの治療術があっても回復が間に合わない程の負傷が身体を襲い続けていた。
だが、それでも彼女は決して倒れない。
自分が倒れれば、どうなってしまうのかを誰より自覚していたからこそ彼女は決して膝をつく事はない。
(……ミコ嬢が気を失っているのが我々にとって唯一の救いではあるが……このままでは下降の一途であるな)
翻って、この結界に関しては魔族の力を混ぜない方がいいだろうと判断したローアは、ただただ気を失っていた望子を優しく抱えているだけだったのだが、それと同時に一つの不可解な疑問をも抱えていた。
(……何故、出てこない?)
そう、あの時──風の邪神との戦闘時に望子の中から現れた《それ》が、どうしてこの危機的状況にあって顔を出さないのかと強い疑問を抱いていたのだ。
おそらくだが、《それ》は望子が意識を手放している時にしか出てこれないのだと推察していたから。
その一方で、レプターは一言之守による黄金色の結界を維持するべく魔力を注ぎ込み続けていたものの。
(不味い……! このままでは直に……!!)
レプターもローアと同じく──いや、ローアよりも更に強い危機感を覚えており、その罅割れた結界から僅かに漏れ出ている力に冷や汗を流さざるを得ない。
この武技が最大最強の防御用の武技だという事についても、レプターがこの武技を充分に扱える技量を有しているという事にも疑う余地などないのだが、それでも災害と称して差し支えない力には及ばない様で。
黄金色の結界は次第に罅を増やしながら、その爆発の勢いに負けているのか誰の目から見ても分かる程に膨張していき、まさに秒読みという状況にあった。
「ぐ、う……! 駄目、か……っ!!」
そして、カナタの治療術を上回る勢いで負傷した彼女が血を流しつつ悔しげに顔を歪めた──その時。
「っ、な、何であるか!? これは……!!」
突如、誰も気づかない程に小さくカタカタと震えていた望子の鞄、無限収納の震えが大きくなっただけでは飽き足らず、その中から飛び出してきた何かにローアは目を奪われ、この状況でも興味で瞳を光らせる。
それは、かつてルニア王国王城の宝物庫にてハピが無限収納を見つけた際に、その性質を示す為にと適当に手に取って収めたままだった宝飾つきの絢爛な盾。
その盾を視界に映したカナタは、どうやらその正体を知っていたらしく目を剥いて驚きを露わにし──。
「え、あ、あれは……!! 『君主守盾』……!? ルニア王国の国宝の一つだった筈よね……!?」
その正体が、ルニア王国に数あった国宝の一つであると明かすとともに、どうして望子の鞄から国宝が飛び出してくるのかという疑問を覚えていたのだが。
(……いえ、そもそも無限収納だって国宝の一つなんだから、その他に二つや三つ出てきてもおかしくは……)
よくよく考えてみれば無限収納そのものが既に国宝である以上は、そこから他の国宝が出てくる事自体に疑問を抱くのは適切ではないとカナタは思い返す。
そんなカナタの脳内での独り言をよそに、その盾は今も死力を尽くすレプターの方へと飛んでいき──。
「なっ、ん!? 君主守盾か!? 何故ここに──」
カナタと同じくルニア王国に深く関わっていたからか、どうやら彼女もその盾の名と存在を知っていた様だが、そんなレプターの驚きなど知る由もないと言わんばかりに君主守盾が彼女の周囲を一回りした後。
パキン──という小気味良い音とともに真っ二つに割れたかと思えば、それは次第に黄金色の粒子となっていき、レプターが広げていた龍の翼に吸収された。
「まさか、これは……! 私を、選ん──ぐあっ!!」
「れ、レプター!? 大丈夫!?」
その瞬間、尋常ではない程の激痛がレプターの身体を襲い、それを察したカナタが治療術を行使しようとするも──どういう訳かレプターはその施しを拒む。
「大丈夫、だ……これこそが、君主守盾の力なんだ」
「え……? そ、そうなの……?」
それもその筈、君主守盾という魔道具に純粋な盾としての利用価値はなく、その本当の価値を知らない者からすれば鑑賞用にしか使えない盾だと言える。
その事をカナタが知らず、レプターだけが知っていたのは単なる職業の違いによるものだが、それでも彼女は他の騎士より君主守盾に詳しいと自負していた。
何を隠そう、ルニア王国に属していた全ての騎士にとって目指すべき理想こそが、この君主守盾に──。
──選ばれる事だったから。
ルニア王国に属していた一部の騎士の間では、この君主守盾は意思を持つ魔道具だと噂されており、その噂も強ち嘘ではないと言える特殊な性質を持つ。
その性質とは、この盾自身が宿主を選ぶという事。
ただ強いというだけでなく、その騎士が心から忠誠を誓う何某かがいる事や、その何某かと真に互いが心を通わせていると認めなければ力を貸す事はない。
だが逆に、ひとたび認められれば君主守盾は騎士の身体に宿り、その騎士が持つ潜在能力を限界まで引き出す為に過剰な程の魔力を与えて覚醒を促すのだ。
レプターの身体を襲う激痛も、それが理由である。
その後、本来の役割である結界を緩める事なく激痛とも戦い、それこそ決して小さくない悲鳴を上げていたレプターだったが、いきなり翼を大きく広げ──。
「これが君主守盾の──いや、限界突破の力か!!」
完全に君主守盾が宿りきったのか、レプターの表情は新たな力を試したくてウズウズする三人の亜人と似た様なものとなっており、そんな彼女の両翼の翼膜には──ウルたちと同じ限界突破の印が刻まれていた。
明らかに許容量を超える魔力を注ぎ込まれた事による激痛を乗り越えた、レプターへの贈り物と言える。
この瞬間、彼女は召喚勇者一行の中でもフィンに並ぶ圧倒的な力を手にしたと言っても過言ではなく、これならあの爆発をも防ぎきれると半ば確信していた。
現に、まるで龍の鱗が刻まれているかの様な先程よりも明らかに強度の増した黄金色の結界は、その爆発による罅割れもなく衝撃を完全に抑え込んでいる。
金切り声の様な音も、どんどん小さくなっていく。
(国宝と限界突破の相乗効果……凄まじいのであるな)
魔王やその側近でさえ一目置く存在である上級魔族のローアも、レプターの新たな力に興味津々な様子。
「す、凄い、レプター……! これなら、きっと……」
『きゅー! きゅー!』
だからこそ、カナタとキューは自分たちの勝利を予見して、されどレプターを回復したり魔力を注ぎ込む事はやめる事をしないまま、その表情を明るくする。
朽ち果てた龍の頭上に立っていた下級魔族が、その牙を研いで雌伏の時を待っている事も知らずに──。
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