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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第一章
23/491

《それ》の力

 ……それは、あまりにも突然だった。



 何の前触れもなく、ウルとラスガルドの間に──より正確に言えば今まさに振り下ろされんとしていたラスガルドの左腕とウルの間に姿を現した少女の姿に。



「「──……は?」」



 ウルとラスガルドの疑問の声が重なってしまう。



 ……無理もないだろう。



 もし姿を現しただけなら、『小さいから気がつかなかった』とか『体重が軽いから足音がしなかった』とか、そんな苦しい言い訳も通用した可能性はあるが。


 あろう事か、およそ魔術などの強化が一切かかってなかったとはいえ魔王軍幹部の一閃を、その少女は何とも華奢極まりない右腕一本だけで止めていたのだ。



 ……いや、違う。



 ラスガルドは気づいていた。



 止めるどころか、この少女の小さな右手に掴まれた自分の手首が、もう骨まで砕けてしまっている事を。


(……これが勇者か……確かに魔王様がお気に召しそうな見目だ。 おまけに私の一撃を止めるだけでは飽き足らず、それと同時に握力一つで反撃してくるとは……)


 そして、これらの一連の行動の全てが──いや、いきなり姿を現したのは魔術か何かだろうが、それ以外の行動の全てが単純な身体能力によるものだと見抜いていたラスガルドは、もう満身創痍もいいところである筈なのに興味深そうな視線を向ける事をやめない。


 他の魔族なら、『こんな年端もいかない子供が勇者なんて』となっていたかもしれないし、その光景を目の当たりにしていたマルキアやシルキアはといえば。


「な……て、転移の魔術……? こんな子供が……?」

「って、っていうか! この子だよ! 召喚勇者!」

「え──あっ!? そ、そういえば髪も瞳も……!」

「そうそう! 勇者なら、これくらいはするよ多分!」


 ラスガルドの背後から覗き込む様に、その少女が転移してきた事にもラスガルドの一撃を止めた事にも驚く一方で、魔王の側近からの報告を受けていた妹が勇者だと気づいて叫ぶとともに姉も気づかされていた。


「──……ミ、コ……? お前、ミコだよな……?」


 そんな中、命が繋がった事への安堵で身体から力が抜けてしまい、されど何とか膝立ちの状態で意地を見せたウルが息も絶え絶えといった具合に、どこからどう見ても望子である筈の何かに向けて尋ねかけると。


《やぁ人狼ワーウルフ。 元気そう──……ではないか。 まぁ生きててよかったよ。 死なれでもしたら寝覚めが悪い》

「な……っ!?」


 すると《それ》はラスガルドの屈強な腕を掴んだままクルッと半身を翻し、この壮絶な状況に全く似つかわしくなく、そして何より微塵も望子らしさを感じさせない極めて爽やかな笑みを浮かべて答えてみせた。



 それを見たウルは一瞬で悟る──。



 ──望子じゃない、と。



「──……お、お前……!! ミコじゃねぇな!? 誰だ! ミコをどこへやった!? おい答えろぉ!!!」


 今も《それ》が浮かべている大人びた表情もそうだが、それ以上に望子とは全く異なる──されど、どこか懐かしい様な匂いを《それ》が漂わせている事により、その向こうにラスガルドがいる事も忘れて叫ぶ。


 ミコの精神だけが、《それ》に乗っ取られたのではないか──と何の根拠もない邪推をしていたからだ。



 ……強ち、その邪推も間違ってはいないのだが。



《その物言いは酷いな、せっかく助けてあげたのに》

「っ!! あたしはっ! 助けろなんて言って──」


 翻って、《それ》はウルの威圧など何処吹く風といった様に表情を崩さぬまま淡々と恩着せがましい言葉を紡ぎながら、およそ緊張感とは無縁の様子でけらけらと笑い、さも煽る様な《それ》の態度に苛立ったウルが痛みを押して立ち上がりつつ睨みつけんとした。



 ──その瞬間。



《──確かにね。 でも、そうもいかないんだ。 君たちが一人でも欠ければ、この子は哀しむ。 君たちにとって、この子が大切な存在である様に……この子にとっても君たちはなくてはならないものなんだからね》

「……!!」


 先程までとは全く異なる、まるで親が子を言い諭すかの様な口ぶりと声音での説得に、ウルは感銘を受けた──という訳でもないが、その口を閉じてしまう。



 ……正論だと、そう思えてしまったから。



 例えば、もし自分が死んでしまったら──。



 望子は、きっと泣いてくれるだろう。



 そして、そんな望子を残った二人が慰めようとするだろうが、それでも望子が泣き止む事はないだろう。



 他の二人が死んでも、きっと同じ事になる筈だ。



 そうなったら、ウルは望子を慰めきれる自信は。



 ……ない。



 だから、《それ》の説得を聞き入れるしかなく。



 口を噤むしか、なかったのだ──。



「──……ふむ。 お前たちの事情など私にはよく分からんが……お前は結局、勇者ミコではないのだな?」

《……ん? あぁまぁ……そうなる、かな?》

「……要領を得んな。 何者なのだ、お前は」


 その一方、粉砕された後も手首を掴まれ続けているラスガルドが、なるだけ平静な様子で二人の話に割って入り、《それ》の正体を解き明かすべく問いかけるも返ってくるのは何とも不明瞭な返答だけに留まる。


 この時──というか先程のウルと《それ》との会話の時から、ラスガルドは《それ》から距離を取る為に今の自分に出せる力を込めに込めて腕を動かそうと試みていたのだが、その頑張りは無駄に終わっていた。



 ……満身創痍だから、などでは決してない。



 たとえ彼が無傷かつ快調だったとしても全く同じ状況下で、《それ》から逃れられるとは思えなかった。



 それ程に、ラスガルドは力の差を感じていたのだ。



《……うん、そうだね。 望子ではないよ。 ただ、じゃあ何なのかっていうのは──君には言えないかな》

「……っ」


 その後、先程の返答では不充分だったと理解したのか、《それ》は途中までニコニコとした笑顔を浮かべていたが、そう言い終わる頃には表情が抜け落ちるばかりか愛らしかった声のトーンも低くなった様に感じ掴まれた腕からはギシギシと鈍い音が聞こえ始める。


(……間違いなく、こいつは勇者である筈──そうでなければ、この溢れ出さんばかりの魔力に説明がつかん)


 掴まれた部分から感じる力は最早、異世界人でなくとも八歳の少女が出せるものだとは思えなかったが。


 目の前の少女についての見識を脳内で語るラスガルドの薄紫の双眸には、《それ》を中心に立ち昇る炎の様な、あまりに神々しい純白の魔力が映ってもいた。


(そうだ、勇者でなければありえない……だが、この少女の中には勇者ミコ以外の『何か』がいる……っ、先程から感じる、この違和感は何だ? 何故、私は──)


 その魔力は、この世界の人族ヒューマンが有する筈もない程の神々しさを誇り、『選ばれし者』──聖女ならば或いはとも考えたが、かの存在が優れているのは魔術方面にだけである為、仮に少女の中にいるのが聖女だったとしたら自分の一撃を止められる筈はないのだから。



 そして、何よりも──。











(──こいつを見た瞬間、()()()()()?)


 どうして、この少女が現れた瞬間──自分が『久しいな』などと思ってしまったのかも分からなかった。



 間違いなく、この少女を見るのは初めての筈だが。



(……魔王様に報告すべきか? それとも今ここで──)


 この奇妙な事実も含めて一旦魔王様へと報告をする為に城へ帰還するべきか、それとも自分の中で発され続けている危険信号に従って早急に始末するべきか。


 魔王の側近、延いては魔王直々のめいであるからこそ安易な選択は身を滅ぼす、そう頭を悩ませていた時。


《この辺で手打ちにしないかい? 君も随分と深手を負っているし、あの子たちも放っておくと不味い。 大人しく帰ってくれるなら、こっちからは何もしないよ》

「……ふむ……」


 唐突に、ラスガルドの左腕を掴んでいた右手をパッと放した《それ》が、つい先程までの一見爽やかな笑顔を取り戻してから、もう死に体のぬいぐるみたちを見遣って停戦要求してきた事で、ラスガルドは唸る。


(──……この得体の知れぬ『何か』と一戦交える事に意義があるかどうか分からぬ以上、戦闘の継続は得策とは言えん。 マルキアたちを除く同胞も全滅、朗報でないとはいえ報告もせねばなるまい……退くべきか)


 魔王──或いは、その側近から何らかの処罰は下るだろうが、それでも目の前でクスクスと笑みを浮かべる《それ》の不釣り合い(アンバランス)さに、ハッキリ言って恐怖に近い感情を抱いていた彼は、『ふーっ』と息をつき。


「──……いいだろう。 ここは退かせてもらう」

「「なっ!?」」


 他に取るべき手段も選りすぐるべき選択肢もない以上、仕方ないと判断して停戦と撤退を宣言するやいなや、その傍らに控える魔族姉妹が驚きの声を上げる。


「ら、ラスガルド様!? 何を仰いますか! まさか魔王様からのめいを放棄されるおつもりですか……!?」

「そっ、そうですよ! 怒られちゃいますよ!?」


 マルキアやシルキアにとって魔王とは、ラスガルド以上の強者であると同時に自分たち魔族という存在そのものを生み出した創造者でもある為、逆らうなどありえないし不興を買う訳にもいかないと思っており。



 ゆえに、ラスガルドの選択が信じられなかった。



 ……信じたく、なかったのだ。



「マルキア、シルキア。 これは魔王軍幹部が一柱ひとりである私の決定だ。 お前たちが意見していい事では──」


 そんな風に詰め寄ってくる彼女たちに対し、ラスガルドは先程とは違う呆れと疲労の感情とともに溜息をついたのだが、どうしても譲るつもりはないらしく。


「いいえ……いいえ! 確かに、その勇者は不気味ですし……これを魔王様に伝える必要もあるでしょう! ですが、それは全てが終わってからで良い筈です! 貴方程のお方が、この様な少女相手に撤退するなど──」


 迫真の表情で自分の言葉の正当性を主張してきたマルキアは、ウルたちと対峙していた時と同じくバキバキと腕や翼を鳴らしながら闇鋼鉄化ダクロマイズを行使して──。


「──あってはならないのですっ!!」

「!? お姉ちゃん!? 待っ──」


 声を大にして叫びつつ、ラスガルドやシルキアが止める間もなく翼を広げて《それ》に突撃していった。


「──っ!! ミコ! 危ねぇっ!!」

《……》


 突然の凶行に驚いたウルは思わず望子の名を呼んで警告したが──……《それ》は、くるりと振り返り。











《──────》

「え──」


 その小さな口をパクパクと動かし、おそらく不安がらせない為にかニコッと笑ってマルキアへ向き直る。


(──……だい、じょうぶ?)


 ウルが《それ》の口の動きを読み取って脳内で独り言ちる頃には既に、その眼前までマルキアが迫って。


「貴女さえ……! いなくなればっ!!」


 余裕そうな表情を崩さない《それ》に苛立ちを覚えたマルキアが、ラスガルドに代わって始末するべく硬質化した両腕と両翼を交差させて振り下ろす一撃を見舞わんとするも、《それ》はゆっくり手を前に出し。


 《それ》の──というより望子の右手の小さな中指が、マルキアの腕と翼の合流地点に触れた瞬間、『カツッ』という爪が金属に当たった時の様な音が響き。



 《それ》が中指を、くいっと下へ向けた瞬間──。



「──っが!? はぁ……っ!?」

「「「!?」」」


 マルキアは加速の勢いもそのままに謁見の間の床へと思い切り叩きつけられてしまい、その衝撃による驚愕と困惑と──そして何より苦痛の入り混じったマルキアの鈍い悲鳴に、この場にいた者たちが驚く一方。


「……ごっ、ぐふぁ──……っ!? な"、何、を"」


 吸った空気を全て吐き出さんばかりの悲鳴を漏らすマルキアに対して、《それ》が近寄りつつ彼女の流麗な青色の髪に優しく手を置いたのを感じたマルキアが痛みを押して、ボロボロになった顔を上げると──。


《仕掛けてきたのはそっち──悪く思わないでね》

「ぇ──」


 ほんの一瞬だけ申し訳なさそうな表情をした後、少しずつその小さな手に神々しい白い光が集まり始め。


《──邪悪、罪咎ざいきゅう、不道徳。 有象無象の塵芥ちりあくた──》

「っ!? まさか──……っ、マルキア!!」


 それが詠唱だと気づいたラスガルドは残った片腕を伸ばし《それ》を止めんとしたが──……もう遅い。


 詠唱が終わるとともに白い閃光がマルキアを包み込み、《それ》がニコッと爽やかな笑みを向けた瞬間。











《全ては我が手の思うがままに。 さらえ──『掃除スイープ』》

「ぁ──」


 マルキアの身体は純白の光に照らされたまま呑み込まれていき、そして言葉一つも遺す事を赦されずに彼女は光の粒子となって、この世界から──消失した。


「──……マル、キア……」


 長年、直属の部下として付き従ってくれたマルキアの消失に、ラスガルドが呆然と彼女の名を呟く中で。


「──……お、ねえちゃん……? お姉ちゃん!! どこ!? どこに行ったの!? ねぇ、出てきてよ!!」


 マルキアと同じく控えていたシルキアは、つい先程までそこにいた姉が光の中に姿を消してしまった事に混乱してしまい、その事実を認められず叫び散らす。


《どこに行ったも何も、あの魔族は消滅したよ。 いやぁ、上手くいってよかった。 ま、二度目なんだけど》

「……っ!! こ、の……っ!! ふざけないで! お姉ちゃんを返して! 返してよ! 返しなさいよぉ!!」

「っ、待てシルキア!! お前では──」


 翻って、さも日常会話の様に語る《それ》を涙目で睨みつけながら癇癪を起こして叫ぶシルキアの手には既に膨大な質量の闇の魔力が充填されつつあり、それを見ていたラスガルドが『無謀だ』と言わんばかりにシルキアを制止せんとするも──その声は、もう最愛の姉を失った怒りに打ち震える彼女に届く事はなく。


闇光染影ダク・レイ!! 死ね! 死んじゃえぇええええ!!」


 あまりにも強い怨嗟の感情を込めつつ魔術名を叫ぶと同時に、シルキアがかざした両手からは魔合獣キメラが行使したものと同じ薄紫色の極大の光線が放出される。


 当然ながら魔合獣キメラのものより遥かに強大で、ましてや年端のいかない少女に撃つ様な魔術ではない──。



 ……《それ》が本当に少女であるならば、だが。



《……忠告はしたからね? ()()()──『返品リターン』》

「死──……ぇ、あ……?」


 眼前に迫る光線にも動揺する事なく何なら呆れ返る様な溜息すらついていた《それ》が何かを呟いて小さな手を光線にかざした瞬間、間違いなく《それ》に向けて放たれた筈の闇光染影ダク・レイが、どういう理屈か強大な威力を保ったままにシルキアの元へ跳ね返ってきた。



 ……奇しくも、《それ》の言葉通りに。



 目の前まで迫る自身が放った筈の光線に、シルキアは最早まともに言葉を発する事も出来ておらず──。


「……っ、シルキア──……ぐ……っ!!」


 強い危機感を覚えたラスガルドは、その一撃を自らの身体で受けようとしたものの、ここにきてフィンからのダメージが身体を蝕み彼の動きを妨げてしまう。


「──……おねえ、ちゃん、らすがるど、さま……」


 そして最期の瞬間、シルキアは最愛の姉と敬愛する上司の名を呼びつつ自らの魔術を受け──消滅した。


「──……っ、シルキアァアアアア……!!」


 ラスガルドは、これまで見せていた冷静さとは程遠い悲痛な叫びを放つとともに、その残った左腕で大きな音を立てて謁見の間の床を叩き割りつつ膝をつく。


 彼にとって、マルキアとシルキアは他種族との戦の時から自分に仕えてくれていた掛け替えのない配下であり、また娘の様な妹の様な存在でもあったからだ。


《ん〜……詠唱なしだとそのまま返すだけ、かぁ。 倍くらいの威力になると思ったんだけどなぁ……失敗》

「──……すっ、げぇ……」


 そんな悲痛な様子のラスガルドを尻目に、どうも呑気に自分の力の分析を始める《それ》を見遣ったウルは思わず感嘆の声を上げてしまっていたものの──。


(凄ぇ、凄ぇけど──こいつは一体、誰なんだ……?)


 次の瞬間にはもう怪訝極まりない表情を浮かべており、《それ》に声をかけていいのかどうか分からず混乱していたウルの視界の端で──ラスガルドが動き。


「──……強き者よ。 どうか私の願いを聞いてくれ」

《……ん? あぁ、何かな?》


 再び底冷えする様な低い声で話しかけてきた事により、《それ》は我に返りながらも大して興味はなさそうに無表情で返事して、ラスガルドの二の句を待つ。


「──……お前は、きっと私より強いのだろう。 そんな事は戦わずとも分かる。 だが、もういい。 私と死合ってくれ。 マルキアとシルキアに今の私がしてやれるのは、それしかないのだから。 私の最期の願いだ」

《……へぇ……?》


 すると、この短時間で抱く事を強いられてしまった様々な悪感情──後悔、悲憤、失意といったものを全て覚悟と決意に変えたラスガルドが、その薄紫の双眸に確かに光を宿したのを見た《それ》は、ここで漸く彼に若干の興味を抱き悪意のない笑みを浮かべつつ。


《……素直に君の言う事を聞いておけばよかったのにね、あの二人──まぁ、いいや。 相手してあげるよ》

「……感謝する。 名も知らぬ強き者よ』


 上司に比べて部下は愚かだ──とでも言わんばかりの口振りをした《それ》は軽く溜息をつきつつ、ラスガルドの無謀極まりない挑戦を受け入れるのだった。



「──魔王軍幹部が一柱ひとり、ラスガルド! 参るっ!!」



 そして、その口上を皮切りに彼は特攻する──。



 マルキアとシルキアへの手向けとばかりに残った腕を闇鋼鉄化ダクロマイズで硬質化させ、そして本来は攻撃に用いられる筈の闇光染影ダク・レイを身に纏う事により身体が壊れる事も覚悟のうえで限界まで肉体を強化し、およそ満身創痍とは思えない程の速度で《それ》へ突撃していく。



 きっと、ほんの少しの手傷さえ与えられない。



 そんな事は彼も分かっていたが──それでも消えていっマルキアたちの為に戦わざるを得なかったのだ。



 だが、《それ》は彼の予想に反し──手を下ろす。



《ふふっ、消すには惜しいなぁ……そうだ、せっかくだし君だけは取っておこうかな──……『収納ストレージ』》

「なっ!?」


 何やら随分と愉しげにくすくすと笑っていたかと思えば、《それ》と彼の間に白く発光する巨大な渦潮の如き引力が発生し、ラスガルドを吸い込まんとする。


「っぐ、おぉ……!? 何だ、この、魔術は……!?」

《……魔術? あぁ、そんなものもあったね》

「な、何を言って──」


 彼は目の前の白い引力を魔術だと判断するも、この様な魔術を見た事などなく一体どこの誰が──などと焦りつつも分析する中で、《それ》は何故か彼目の前の引力を『魔術』だと断じた事に疑問を抱いており。


 そんな《それ》の言葉の意図が掴めない──掴む余裕もないラスガルドが、その薄紫の双眸を向けると。

 


《これは魔術じゃないよ。 敢えて言うなら──》











《──『魔法』、かな?》



 さも、それが常識であるかの様に口にした。



「ま、魔法……っ!? まさか、()──」


 一方、《それ》が自身の力を()()ではなく()()だと語った瞬間、《それ》を見た時に感じていた懐かしさに漸く合点がいったラスガルドは何かを口にせんと。



 ──したのだが。



「──ぐ!? おぉ……!? い、偉大なる魔王コアノル様に栄光あれ……っ!! ぐ、ぁああああ……!!」


 その瞬間、()()()()()が働いたかの様に引力が急激に強まり、フィンによる肉体的ダメージと配下の二人を失った事による精神的ダメージを強く受けていたラスガルドは、ほんの少しの抵抗を見せたものの最終的に、その引力に呑み込まれる様にして──消滅した。


「──……勝った、のか……?」

《うん、終わったよ。 君たちの勝利だ》


 そんな中、一瞬の──されど壮絶な二人の攻防を見ていたウルが、ふらつく身体で何とか立ち上がってから声をかけると、《それ》が至ってあっけらかんとした具合に答えてきたという事も相まって、ウルは気が抜けてしまうと同時に腰を抜かして座り込みつつも。


「そ、そうか──なぁ、結局お前は誰なんだ……?」

《……んー、そうだなぁ──》


 おずおずと《それ》に対してもう一度とばかりに正体を尋ねると、『ん?』と首をかしげた《それ》は。











《望子が地球に帰れる様になったら教えてあげるよ》



 ……望子と同じ愛らしい笑顔で、そう言った。

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