養父と執事を交えて
一瞬、森人であると見抜かれた事実に対して面食らっていたアドライトだったが、そんな男性の傍らに控えていた若輩の執事が視界に映った事により──。
「何故それを──と、言いたいところだけど……貴方がいるなら話は別だ。 カーターさん、だったかな」
年齢、経験、実力……果ては身長に至るまで、その全てが自分に劣っている筈のカーターに、アドライトは何故か若干の恭しい態度を持って『あの時、恩恵を行使したね?』と言いたげな視線を向ける。
尤も、カーターがどうのというよりは、リュミアと同じ色の髪を後ろに撫で上げた強面の男性が、とても客人に向けるそれではない様な視線を向けてきていたからこそ控えめな態度になっていたのだろうが──。
「えぇ、その通りです。 お嬢様から既に聞き及んでらっしゃるかもしれませんが、ドルーカの領主であるクルト様に仕えるカーティスは私の父に当たります」
「……今、それについて言及するという事は──」
そんな彼女の思考から来る態度の変化を尻目に、カーターがアドライトとは比較にならない丁寧さを持って彼女の言葉に潜む真意を汲み取った事によって、アドライトも即座に彼の返答の意図を理解した。
「はい。 私の授かった恩恵も真偽、物事の虚構と事実を見抜く力です。 貴女が亜人族……森人である事実も、それによって看破させていただきました」
たとえ答えが分かっていても、『念の為に』と声をかけたアドライトに対し、カーターは首を縦に振りつつ自身が授かった恩恵の名と効果を口にして、『この者は人族か?』という自問自答を行い、アドライトが亜人族である事を見破ったのだと答えてみせる。
「その事を貴方は、そちらの……あぁ、えーと」
それを聞いたアドライトは、『成る程ね』と自分の推察が間違っていなかった事を満足そうに噛み締めた後、先程の森人認定から沈黙を貫いていた男性に自分の正体を話したのかと問おうとしたものの、よくよく考えると彼の名前を知らない事に気がついた。
「……セヴィア=シュターナだ」
すると、アドライトの言いたい事を察したらしい男性は、至って無表情のまま底冷えする様な低い声音で自らの名と貴族の証たるシュターナ家の姓を名乗る。
「セヴィア……さんに伝えた、のかな?」
彼の名乗りを受けたアドライトは、こちらも年下だろうとは分かっていても一応とばかりに敬称をつけたうえでカーターに視線を戻して問いかけた。
「いいえ、そうではありません」
「……?」
しかし、そんな彼女の予想に反してカーターは首を横に振って否定の意を示し、それを見たアドライトが彼の言葉に要領を得ず首をかしげていた時──。
「俺の恩恵は──鑑定だ」
「え」
瞬間、唐突にセヴィアから告げられた彼自身の恩恵の名を聞いたアドライトの脳内には、ほぼ同時に二つの疑問が浮かんできてしまっていた。
一つは、セヴィアの恩恵が本当に鑑定──授かった者の目に対象の名や職業、扱える魔術や武技、そして種族などを映し出す力──なのだとしたら、リュミアが口にしようとしていたカシュアの正体を看破しながらにして放置していた事になるのではという事。
……そして、もう一つは。
彼が授かった恩恵が鑑定なら、遠縁とはいえ若干の血の繋がりがある筈のリュミアと……そして何より、クルトの恩恵も鑑定であるかもしれないという事。
ドルーカの最上位の冒険者であり、何度か領主からの指名依頼も受けている彼女だったが、それでもリエナ程クルトとの親交がある訳ではなく彼の恩恵の名も、そもそも恩恵を授かっているのかどうかすらアドライトは知らないし、正直に言えば興味がなかった。
「クルトの恩恵は鑑定ではない。 威圧だ」
「っ」
「重ねて言えば……リュミアもそうなる」
そんな彼女の思考を恩恵とは関係なく商人としての経験則から読み切ったらしいセヴィアは、クルトが授かった恩恵と、リュミアが三年前に授かった恩恵は同じものだという事実をあっさりと明かす。
ちなみに威圧とは、蜥蜴人の上位種たる龍人が得意とする固有の武技である龍如威圧とも、召喚勇者の所有物たる人狼の魔術である王吠とも異なり、ただ覇気や大声で威すだけでなく、授かった者に思わず従ってしまいそうになる圧を纏う事が可能となる恩恵。
「そうね。 今はまだ使い道が殆どないけど、いずれ私がサーキラを統治する時が来るんでしょうし」
ゆえに……と言えるかどうかはともかく、この恩恵は人の上に立つ者に賜与される事が殆どであり、将来的には養父の跡を継ぐ事になる筈のリュミアには最適の恩恵だったと言っても過言ではないだろう。
先程、サーキラの街の入口にて一悶着あった時、リュミアは自分の地位をひけらかして門兵たちを脅している様に見えたが、あれは恩恵の片鱗だった様だ。
「……そういえば、貴方たちも私を……亜人族を嫌っていないのかな。 それとも今も、無理をして……?」
その時、不意に街の名を耳にしたアドライトの脳裏を掠めたのは、かねてより気になっていたサーキラの住民たちの亜人族に対する差別や偏見であり、もしかすると彼らもリュミアと同じく自分に嫌悪感を抱いていないのか、もしくは抱いているのを隠しているのかと若干ではあるが抑え目な声音で確認しようとした。
「アドライト、それが……さっき私が言いかけたカシュア=シュターナの正体に繋がってくるの」
「……どう、いう」
そんな中、彼女の問いかけに反応したのはセヴィアでもカーターでもなくリュミアであり、そんな彼女が口にした……いや、口にしかけた事を再び話そうとしているのを察したアドライトが言葉を詰まらせる。
「森人よ……いや、銀等級の冒険者よ。 俺は回りくどいのは好かん、ゆえに単刀直入に聞かせてもらう。 貴様は魔王が如何にして今の魔族領を……かつての『フュプル大陸』を支配したか知っているか?」
「え……?」
その一方で、セヴィアがアドライトを銀等級だと見抜いたうえで、『三百年も生きているのなら』とでも言わんばかりに魔族領の成り立ちについて問うてきたが、残念ながら彼女も具体的な事は知らない。
事実、アドライトは百年前に勃発した魔族との戦に参加してはいたものの、ただの一度も魔王コアノルの姿を直に拝んだ事はなく、コアノルから全世界に向けての宣戦布告の際、宙に浮かぶ超巨大な水晶玉に映った一見すると幼女の如きその姿を見ただけであった。
しかし、それでも魔王が放った魔術の衝撃は海を挟んで遠く離れたガナシア大陸やヴィンシュ大陸にまで轟いており、当時はそれらの大陸に住む生物でさえ影響を受けてしまっていた程だったという。
「俺も後で知った事だが、その際に魔王が行使した魔術の名は──『闇黒死配』。 人族には決して扱う事の出来ない干渉系統の闇の超級魔術だそうだ」
「超級……まぁ、魔王ならそれくらいは……」
その後、セヴィアは自分の商人としての伝手を最大限に利用して、かつての商売相手や商売敵が存在したフュプル大陸と、そこを主戦場として行われた大戦について調べ上げた結果、魔王コアノルが行使した魔術の正体に辿り着く事に成功していたのだった。
「そして、ここからが本題となる訳だが──昔、鑑定でカシュアを鑑た時……あれが行使可能な魔術の一覧に、闇黒死配の名が映し出されていた」
「な……!?」
更に、セヴィアは覚悟を決めるかの様に深呼吸をしてから……リュミアたちの両親の後釜となる際、鑑たくなくても鑑てしまう、鑑定という恩恵の最も致命的な欠陥のせいで……いや、お陰でカシュアが扱える魔術の中に魔王と同じ闇の魔術の名を見つけた事を明かし、それを受けたアドライトは思わず目を見開く。
──『魔王に並ぶ程の実力者だというのか』。
おそらくは、そんな事を考えてしまっていた。
しかし、たとえ同じ魔術であっても魔族たちの級位によって威力も範囲も……そして効果も随分と違う。
支配と一言に言っても……対象の生殺与奪の権利を握ってしまうものから、ただ単純にその場から動けない様に命令するだけのものまで実に多種多様だという事は、アドライトとしても充分に理解しており──。
当然、支配した者の思考回路を完全に掌握し、まるごと作り変えてしまう事もまた、支配と呼べる筈。
──亜人族だけを嫌悪する様にだって、きっと。
「それじゃあ、やっぱり……彼女の正体は」
「あぁ、あれは……カシュア=シュターナは──」
そして、いかにも神妙な表情と声音で確信に迫らんとするアドライトの問いかけに対し、セヴィアは首をゆっくりと縦に振りつつ、一拍置いてから──。
「魔族だ」
「魔族よ」
「魔族です」
セヴィアだけでなくリュミアも、そしてカーターまでもが決してそのつもりはないのだろうが、図らずも声を揃えて彼女の望む答えを口にしてみせた。
「……そう、なんだね……」
リュミアの話を聞いた時から予想していた事だとはいえ、ほんの少しの関わりしかなかったとはいえ、見知った者が自らの正体を隠しており、ましてや魔族だったと知った彼女の心中は穏やかではないだろう。
自分も『より素敵な女性に出逢いたい』という理由で性別を偽っている事は……まぁ、ともかくとして。
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