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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第一章
22/491

人魚の賭け

 時は、また遡り──。



「──……さて……こちらから手を出したのでは、すぐに終わってしまう。 それでは何の面白みもないのでな。 まずは、お前たちから好きに攻めてくるといい」


 レプターと魔合獣キメラが詰所にて対峙していた頃、漸く玉座から腰を上げたラスガルドは三人に対し、あくまでも余裕そうな態度で挑発するかの如き発言をする。


 余裕そう──というより余裕なのは間違いないのだが、それでもラスガルドが油断する事は絶対にない。


 いざ、こうして自分の前に敵として立ちはだかったのなら、たとえ人族ヒューマンの子供であっても容赦はしない。


 全魔族の中で最も武人肌であり、それを貫くに足る圧倒的な能力と才覚センスを持ち合わせた魔族こそが──。



 三体しかいない魔王軍幹部が一体──ラスガルド。



「……だったら遠慮なく──やってやらぁっ!!」

「あっ!? もう、あのは──」


 そんな彼からの見え透いた挑発を受けて真っ先にカチンときていたウルが助走もなしに最高速度で駆け出していく一方、彼女を止めきれなかったハピは仕方なく栗色の翼を広げつつ参戦しようとしたのだが──。


「──……ねぇ、ハピ。 ちょっといい?」

「何よ! 今それどころじゃ──っ!?」


 その時、何故か唯一その場から動こうとしていないフィンが静かな──されど確かにハピの耳に届く鈴の様な声音で話しかけてきた事により『何を悠長な』とでも言わんばかりに、ハピは叫ぼうとしたのだろう。


 ……しかし、その為に勢いよくフィンの方へ振り返った彼女は思わぬ驚きと困惑で目を見開いてしまう。


「──……ふぃ、フィン? 何よ、()()……っ」


 何故なら、おそるおそるといった具合で呟きつつフィンの手元にある何かを指差したハピの視界には、これまでフィンが扱っていたものとは全く異なる──あまりにも黒く澱んだ球状の水が浮かんでいたからだ。


 フィンが低空浮遊する為に一番最初から無意識の内に身につけている綺麗な水玉と比べれば、その黒と紫が混じった水玉の異質さも理解出来ようというもの。


 自ら声をかけ、そして今ハピに尋ねられているにも拘らず、フィンはドス黒い水玉から目を離さぬまま。


「……ボクたちさ、ここに来るまでそこそこ魔族を倒したじゃん? ボクがどうやって倒してたか見てた?」

「は、はぁ……?」


 何故か王都中に羽虫の如く湧いていた下級や中級の魔族たちを相手取った時の事を振り返らんとし、その質問の意図が全く掴めないハピがとことん訝しむも。


「どうやって、って……確か魔族たちの身体中の水分を奪って干からび、させ──……それ、もしかして」


 取り敢えず言われた通りに思い返そうとして、フィンが通り過ぎざまに魔族たちをミイラの如く干からびさせていた残忍な光景を脳裏に浮かべた瞬間、彼女は一つの可能性に辿り着いた──辿り着いてしまった。



 魔族たちの瞳は皆、薄紫色だった。



 自分が風の刃で斬り裂いた時、溢れた血も同じ色。



 フィンが浮かべる水玉は、それらに黒を混ぜた色。



 そして、どうやらハピが察したらしいと気づいたフィンは、こくりと首を縦に振ってから口を開き──。


「うん。 魔族の血とか色々、集めてたんだ」

「……っ」


 最早、考えたくもなかったその事実をさも何でもないかの様に言ってのけるフィンに、ハピは鈍い頭痛に苛まれた様な錯覚を覚え、ふらついてしまっている。


 王城に到着するまで彼女たちが斃した魔族は、ラスガルドやマルキア、シルキアたちとともにやってきた中級下級部隊クロウラーのほんの一部──程度では収まらない。


 先程、謁見の間に転がり込んだ挙句にウルの斬撃で殺された魔族が言っていた二百余名の内の──半数。



 実に百体以上の魔族を屠っていたのである。



 ……勿論、三人合わせて約百体という事ではあるのだが、ウルやハピが屠った魔族の死体からもフィンは丁寧に一滴残らず体液という体液を搾り取っていた。


 奇しくも十年前、聖女が勇者召喚サモンブレイヴを行使する為に贄とした数と近い命が、その水玉に詰まっているのだ。



 ……ハピが頭痛を覚えるのも無理はないだろう。



(……このは一体、何を──いや、それより)


 一方で首を横に振って気を取り直し、フィンがせっせと回収した百体近くの体液で構成されているのだろう水玉を心からの嫌悪感を示しつつ見遣ったハピは。


「……で? 貴女それ、どうするの? あの幹部とやらにぶつけでもするつもり? そんなの通用する訳──」


 こんな無益な会話をしている間にも、ウルはラスガルドと戦闘しているのだから無駄な問答はやめて自分たちも参戦しなければ──という旨の嫌味にも聞こえかねない正論をフィンに告げようとしたのだろうが。



 ……フィンは、ゆっくりと首を横に振って。











「──これ、呑んでみようと思って」

「のっ──……はぁっ!?」


 何の気なしに口にした理解の及びようがない、そんな意味不明な一言に──ハピは信じられないといった表情で彼女を見つめて、その細い肩をガシッと掴み。


「……いや、いやいやいや! 気は確かなの貴女!? 魔族の血とかその他諸々よ!? そんなの呑んだら──」


 細く白い肩をガクガクと揺らし、それでもフィンが手から離そうとしない黒い水玉を睨みつけて、『頭おかしいんじゃないの』とばかりに説得しようとした。



 それでも、フィンは力ない笑みを浮かべて──。



「うん、きっと普通じゃなくなるよね。 でもさ、普通じゃ()()には勝てないよ。 キミもそう思うでしょ?」

「っ、それ、はっ」


 全く揺らぐ事のない真っ直ぐな青い瞳でハピを射抜き、『そんな事、言われなくても分かってる』と言いたげな彼女の科白に、ハピは思わず吃ってしまった。



 フィンの言葉通り、ハピも()()思っていたからだ。



「そりゃあ、ボクたちが倒したのはあんまり強くなかったけどさ? あれでも魔族なんだし、これ呑んだら強くなれそうじゃない? 少なくとも──今よりは、さ」

「……」


 二の句を継げなくなってしまったハピに対して何かを悟っているのか眉根を寄せたフィンは、やたらとあっさり倒せてしまった下級や中級の魔族たちを振り返りながらも黒い水玉を浮かべた片手を顔の辺りまで上げて、グルグルと渦巻くそれをただ覗き込んでいる。



 ……確かに、その可能性はあるかもしれないし。



 本当に強くなれるのなら、やる価値はあるだろう。



 だが、しかし──。



「……それで、もし仮に倒せたとしても貴女は──」

「どうなるかは分からないよね……だから──」


 そこに何のリスクもないとは思えない──とハピが最も懸念している事をフィンに確認せんとするも、その言葉は他でもないフィン自身に遮られてしまった。



 そして、フィンは今までになく淋しげに笑って。



「おかしくなったら──ボクを殺してくれる?」

「──!」


 ボクの犠牲で、みこを守れるのなら──そんな声が聞こえてきそうな程の覚悟を秘めた彼女の声に、ここまでの話が全て冗談でも何でもない事を悟らされた。


「──おい、お前らぁ! そろそろ手伝えって!!」

「……っ!」


 そんな折、玉座の方でラスガルドとの戦闘の真っ最中なウルの切羽詰まった声が二人の耳に届いてくる。


(ウル一人にこれ以上は……でも、ここで止めないとフィンは自分を犠牲に……っ! どうしたらいいの──)


 あろう事かハピは、この局面で全く予期していなかった苦渋の選択を強いられてしまっており、ウルの助力に向かうのは決定事項として『フィンの無茶を止めるか否か』と悩みに悩み抜いた末に──口を開いて。


「……っ、あぁもぅ! 分かったわよ! 好きになさいな! 貴女がおかしくなっても私が止めてあげるわ!」


 ハピは、『殺すかどうかは、その時になったら決めるから』と、そこだけは決して譲るつもりはないと言わんばかりに、フィンに向けて強く宣言してみせた。


「──……うん、ありがとね。 じゃあ少しだけ二人でお願い。 ちょっとだけ時間かかるかもだから……っ」

「……っ、えぇ」


 すると、ハピの言葉を嬉しく思いニコッと笑ったフィンは、いつの間にかビー玉程のサイズまで圧縮していたその黒い水を口に含んで──呑み込んでしまう。


 それを見届けたハピは即座に踵を返しつつ栗色の翼を広げてから、ほぼ無音でウルの下へと飛んでいき。


「っ遅ぇぞハピ! 何やって──っておい!! フィンは!? あいつ、あんなとこで何やってんだ……!?」


 漸く参戦したハピにウルは苦言を呈そうとしたのだが、どういう訳か元いた場所から動いていないフィンに疑問を抱いて離れた位置にいる彼女の方を向くも。


「……あのは、あれでいいのよ。 今、大技を撃つ準備をしてるみたいだから。 それまで時間を稼ぐわよ」


 それを栗色の翼が生えた腕で制したハピが、どうにも気落ちした様な──されど、それでいて強い使命感に駆られてもいる様な表情で、あの場にフィンが留まっている理由についてを簡潔に語ったはいいものの。


「──……()()()?」

「……えぇ」


 ウルは、ハピの奇妙な感情が入り混じったその表情と──そして何より、ウル自身の嗅覚がフィンの方から嫌な匂いがすると危険信号を発している事から念押しする様に尋ねたが、それでもハピは頑なに首肯し。


「……分かった。 なるだけ、あたしに合わせろ」

「……」

「ここからは二対一か──……甘くはないな」


 多少の違和感を覚えてはいたが、それどころではないというのも事実であった為に、ウルは改めて真紅の爪を構えつつ共闘する姿勢を見せて、ハピはそんな彼女の提案に無言で頷いてから、ラスガルドとの二対一の戦闘に身を投じていった──……そんな中にあり。


「──……っ、ぐぅぅ……っ、ぅ、あぁぁ……!!」


 他の生物にとっては劇毒以外の何物でもない魔族の体液なる物をその身に取り込んだフィンは、もうまともに言葉も発せなくなる程の苦痛に悶えていた──。


(い、いたい、くる、しい……まえが、みえない……)


 自棄、苦悶、後悔──負の感情ばかりが頭に浮かんでは消えて、また浮かんでと繰り返すだけでなく、フィンの視界までもが暗澹たる深淵に覆われてしまう。


(はきだせば、きっと、らくになる……でも──)


 つい先程、呑み込んだものを無理やりにでも吐き出せば楽になるだろう──と本能的に理解してはいた様だが、それでもフィンはせり上がってくる吐き気を自分の首を絞めてでも抑えて、この危険な状態を保つ。



 魔族の討伐、二人への助力──そして、何よりも。



「──……み、こ……っ!」



 あの少女を、これから先も護り続けたいという欲。



 その為の力を、フィンは本能的に欲していたのだ。



「……っあ──……は、あぁああ……』


 瞬間、経口にて取り込んだ魔族の体液とフィンの魔力が彼女の中で完全に融合し──ゆっくりと起き上がったフィンの双眸には、鈍く、昏い光が宿っていた。



 ……魔族のそれにも近い、青紫色の光が。


────────────────────────


 一方、ウルたちは時間稼ぎと言いつつも可能ならば倒すという意気込みを以てラスガルドに挑んでおり。


「──うっらぁああああっ!!」

「……ふっ!!」


 ハピは右上段、ウルは左下段から──それぞれ脚と腕の強靭な爪に赤と緑の魔力を纏わせて攻めかかる。


 この連携は何も付け焼き刃ではなく、ここまでの道のりで出くわした魔族たちを屠る際に、せっかくだからと編み出した二方向から強大な斬撃を見舞う攻撃。


 下級や中級は、これだけでもあっさりと撫で斬りにしてしまえたが今の相手は取りも直さず魔王軍幹部。


 そんな二人の連携攻撃に興味ありげな視線を向けた後、腕を掲げるでも手をかざすでもなく目を閉じて。


「──……『闇爆反応ダクリアクト』」

「「!?」」


 小さく何らかの魔術名を呟くと同時に彼の足下に薄紫の魔方陣が出現し、その筋肉質な身体を薄皮一枚の距離で覆う様な魔方陣と同じ色の結界が張られ──。



 それに彼女たちの爪が触れた──まさに、その時。



「──っぐ!? あ"ぁああああああああっ!?」

「──いっ……!? きゃああああ……っ!!」


 それぞれの真紅や翠緑の爪が触れた部分が強く輝いたかと思えば、そこから途方もなく強大な魔力の爆発が発生した事により、ウルとハピは大怪我を負いつつ謁見の間の床を転がる様にして吹き飛んでしまった。


「──……っが、はぁっ……! な、にが……!!」


 息も絶え絶えといった様子で何が起こったのかを把握する為、爆発の影響で焦げてしまった赤毛を気にする余裕もないまま爆発を引き起こした張本人へ目を向けると、ラスガルドは無表情で彼女を見下ろしつつ。


闇爆反応ダクリアクト──自らの身体を覆う薄い結界を張り、およそ生物非生物を問わず結界に触れたが最後、結界の外側にのみ魔力の奔流を発生させる闇の上級魔術だ」

「は……!? 何だ、そりゃ……! おい、ハピ──」


 超至近距離に爆発性の結界を展開する兼ね合いで扱いを間違えれば術者も重傷を負いかねない──そんな危険かつ強力な魔術だったと解説してやるも、まだ異世界に来て間もないウルに理解しきれる筈もなく、とにかく今はハピの安否を確認せねばと声をかけたが。



 ……反応がない。



「……おい? ハピ──……なっ……!?」


 それもその筈、瞳に宿る不思議な力のお陰でハピにはラスガルドが纏った結界の効果が視えており、これをまともに喰らえば不味い事に──というのは分かりきっていたものの、もう回避行動は間に合わないと悟り、せめてもの抵抗として彼女は爆風を可能な限り自分の方へ寄せて、ウルだけでも助けようとしていた。


 その結果、ウルに直撃する筈の爆風にも曝された彼女の身体は焼け爛れ、もう四肢は千切れかけている。



 ……どう見ても戦える状態ではなかった。



「──……もういいだろう? ()()は。 そろそろ見せてもらおうではないか、人魚マーメイドよ。 お前の足掻きをな」

「っ! そうだ! フィン、まだお前が──……あ?」


 そんな中、既に興味をなくしたかの様にウルとハピから視線を外しつつ、まるでフィンの台頭を待っていたかの様なラスガルドの言葉に反応し、そちらへ視線を向けたウルは思わず自分の目を疑ってしまったが。



 ……それも無理はないだろう。



 何故なら、そこにいたのは──。











「──……お、お前……フィン、か……?」

『……』


 浮遊する為の水玉を黒く澱ませ、あの透き通る様な白だった肌を褐色に染めるばかりか空色の髪を掻き分ける様にして一対の角まで生やし、とてもではないが頼りがいがあるとは言えない細い背中から飛魚の鰭の如きボロボロな羽を生やす人魚マーメイドがいたのだから──。


 そんなフィンの禍々しいまでの変化の一切を、ウルやハピとの戦いの最中でさえ見逃していなかったラスガルドは、『くくく』と愉しげに喉を鳴らしてから。


「──ふ、くくっ、ふはははは! 素晴らしい! 魔族われらの力を()()()()取り込み未だその形を保っていられるなど……一体どれ程に素体が優秀だったのか! 人魚マーメイドよ! 最早お前は……魔族と呼んで差し支えない!!」


 次第に、その笑みを高笑いへ変えつつ極めて上機嫌な様子ですっかり変わってしまった彼女を見遣りながらも、フィンを同胞としてさえ扱う腹積りを見せる。


 それは決して世辞でも過大評価でもなく、ラスガルドからすれば同じ魔族そんざいだとしか思えなかったからだ。



 その内に潜む、あまりに強大で暗澹たる力も含め。



「フィンが魔族だ……!? 訳分かんねえ事言ってんじゃねぇぞ! おいフィン!! 聞こえてねぇのか!?」

『……』


 そんなラスガルドの言葉を受け入れる事など出来る筈もないウルが必死に彼女の名を叫ぶも、フィンは一切の反応を示さず──ただ一点だけを見つめていた。



 倒すべき敵である──ラスガルドだけを。



『──────』



 そして、フィンは小さく小さく何かを呟きながらすっかり褐色となった両手を、ゆっくりと前にかざす。


「意識もまともにない状態でさえ、あくまで私を倒さんとするか! その気概、認めよう! さぁ来い!!」


 そんな彼女の一挙手一投足を見逃すまいとしていたラスガルドは虚ろな瞳を湛えるフィンに対して、どこまでも余裕を崩さず──されど最大限の警戒はしているのか、ここにきて初めて臨戦態勢を取ってみせた。


 その時、フィンがかざした両手の前に黒い水流が出現したかと思えば、それは次第に何かの形を為していき、ラスガルドは『ほぉ』と興味深そうに唸って、それの発動に備えつつも食い入る様に見つめていた中。


『──……ゴ、オォオオオオ……ッ!!』


 フィンの姿は次第に希薄となり、そんな彼女を大きく覆う様に刃物以上に鋭い牙を生やした大きな口を有し、かの太古の地球の海を悠然と泳いでいたのだろう巨大な海棲生物──海竜モササウルスを形取る何かが姿を現した。


(何、あれ──……あんなの、私にも……っ!!)


 その一方、目の前の壮絶な光景を引き起こしているフィンの異常さを感じ取ったシルキアが、『どっからどう見てもおかしいよ……!』と脳内で叫びつつ、ラスガルドの盾になろうと前に出んとしたのだが──。


「──邪魔をするな、シルキア。 控えていろ」

「……っ、はっ」


 そんな彼女の利他的な行動は他でもないラスガルドによって遮られてしまい、およそ同じ上級魔族ではあっても幹部とそれ以外では大きな力の差があり、そもそも数百年単位で彼に仕えていた彼女としては彼のめいに従わぬ訳にもいかず──すごすごと引き下がった。


 その様なやりとりをする魔族たちを尻目に、フィンを取り込む様にして巨大化していく海竜モササウルスの口に大きく邪な魔力が充填されるとともに、ウルやラスガルドたちの耳に小さな小さな人魚マーメイドの呟きが届き始める──。



『まぞくを、たおす……うる、はぴ、たすける──みこを、まもる……っ!! おまえは、じゃまだ!!』



 ──そして。



『──『闇禍水流ダク・リュウ』!!』



 胡乱な瞳を湛えて叫んだ瞬間、魔合獣キメラの光線など比較にならない程の絶大な威力を誇る青と黒、僅かながらに薄紫までもが混じった極大の水流が放出される。



 ……それは、もう完全に魔族の誇る闇の魔術。



 その魔術名を彼女が知っている筈もないのに──。



「素晴らしい……! 素晴らしいぞ人魚マーメイド! いや、フィンよ! 私も全力で迎え撃とう──『闇如翼劔ダクウィンガル』!!」


 一方、心の底から愉しげなその叫びとともにラスガルドの荘厳な両翼が強靭な右腕に這う様に巻きついたかと思えば、それは次第に巨大な諸刃の剣と化して。



 ──二つの闇の力が今、激突した。



「──ぐっ!? おぉおおおおおおおお……っ!!!」

『────────!!』


 ラスガルドは放出された水流を真っ二つにするべく袈裟斬りに漆黒の斬撃を放つものの、どちらの勢いも凄まじく押しも押されもせぬ鍔迫り合いが発生する。


「ラスガルド様の闇如翼劔ダクウィンガルと同等の力を……!?」

「や、やっぱりおかしいよ、あの人魚マーメイド……!」


 それを玉座の左右に控えたまま見ていた魔族姉妹はといえば、いくら自分たちの力を取り込んだとはいえ魔王軍幹部の魔術と張り合う程とは思いも寄らなかった様で、あわあわとしてしまっていた──その一方。


(フィン……! 頼む、頑張ってくれ……!)


 最早、完全に蚊帳の外となっていたウルがフィンの勝利を願うも──残念ながら、その願いは届かない。


「──っ!! ぜぇええええええええいっ!!!」

『──────……!!』


 苦悶の表情で叫んだラスガルドの渾身の斬撃によって水流は消し飛ばされ、おそらく全ての力を使い切ったフィンはプツンと糸が切れたかの様に倒れ伏した。


「──……お、おい? フィン! フィン!! 生きてるよな!? 死んでねぇよな!? くそ、返事してくれ!」

「……」


 悲痛に叫ぶウルの声にも全く反応しない事からも分かる通り、フィンもハピと同じく意識を手放しているらしく、褐色に染まった肌はそのままに頭の角や背中の羽は、さも死期が間近であるかの様に崩れていく。


 とはいえ何も、フィンの一方的な敗北という訳ではなかったらしく、ラスガルドは一瞬よろめいて──。


「……っ、ここまで、だな。 まさか、この私が……これ程の手傷を負う事になろうとは──見事だ、人魚マーメイド

「ら、ラスガルド様……!? シルキア、処置を!」

「う、うん! ラスガルド様、傷を──」


 フィンを心から称賛する旨の呟きを口にした彼の右腕は、そこに巻きつけていた筈の荘厳な両翼ごと完全に消滅しており、それ以外の部位も満身創痍な状態。


 フィンが辛うじて生きている事を考えるなら、この撃ち合いは痛み分けと言える──かもしれなかった。


「必要ない、これは名誉の負傷だ。 あの人魚マーメイドの──いや、フィンの手柄だ。 このまま残しておく事とする」

「そ、それは……っ、ですが──」

「片腕や翼を失った程度で堕ちる様な信頼を築いてはいない。 魔王様も、きっと分かって下さるだろうよ」

「……っ、では、せめて応急の──」


 そんな上司に対して、それまで控えていたマルキアはすぐにでも治療をと魔術に特化した妹に指示を飛ばそうとするも、この状況でさえも一貫して武人肌な彼は至って真剣な表情と声音でそれを拒否してしまう。


 無論、自分の上司が片腕や翼を失った程度で幹部の座を下ろされるとはマルキアも思っていないが、それでも敬愛する彼が傷ついているところなど見たくはなかった為、何とか説得しようと試みていた中にあり。


「──……っ、おい……まだ、あたしがいるぞ……勝手に、終わった気で……いるんじゃねぇよ……!!」


 唯一、意識を保っていたウルが『ぜーはー』と今にも倒れそうな程に息を切らしつつ、ダメージで震える身体に鞭打って力なく睨みつける一方、最早ラスガルドは彼女に対して何の興味もなさそうに溜息をつく。


「……そう急くな。 どのみち勇者以外は鏖殺せよとのめいだ。 せめて苦しまぬ様に終わらせてやるとしよう」

「ぐ、ぅ……っ!!」


 そして静かな声音で呟いた後、彼自身も決して万全とは言えないまでも満身創痍のウル一人を消すには充分すぎる一撃を見舞う為、残った左腕を振り上げて。


(……ごめんな、ミコ。 あたしらは、ここまでだ──)


 そんなウルの脳裏には走馬灯の様に、どこまでも愛らしく、そして優しい笑顔の望子の姿が浮かび──。











《──はい、そこまで》

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