龍人VS魔合獣
「──……みんな、だいじょうぶかなぁ……」
ぬいぐるみたちが魔王軍幹部との戦いに身を投じようとしていた時、望子は詰所にて彼女たちの身を案じる旨の呟きをしながら、その愛らしい顔を曇らせる。
そんな望子はといえば、つい先程までレプターや他の番兵たちとともに避難誘導に協力しており、それを見た冒険者や傭兵たち、そして挙げ句の果てには避難を促された住民や商人たちまでもが『君も早く逃げた方がいい』と気遣いの声をかけてきてくれたのだが。
──みんなを、おいていけないから。
当の望子は至って真剣な表情を浮かべて首を横に振り、結果的に最後の最後まで王都に残って避難誘導を済ませた後、最初に望子たち四人とレプターが出会った詰所にて、ウルたちを待つ事にしていたのだった。
一方、冒険者や傭兵たちとの協力体制がスムーズに整えられた事もあって、『後は部下たちだけでも大丈夫だろう』と判断したレプターは、ウルたちから任された『望子の護り』に専念する事を選んでいた様で。
「──大丈夫ですよ、ミコ様。 彼女たちは強い、あのラスガルドなる魔族にも負けません。 あっさり勝利して戻ってきてくれる筈です、ゆっくり待ちましょう」
「……うん、そうだよね」
望子の不安を取り除く為に、まずは自分が手本をと言わんばかりの笑顔を見せたレプターは、あの三人ならラスガルドにだって勝てると言い聞かせつつ、その綺麗な濡羽色の髪を優しい手つきで撫でた事により。
世辞にも満面の笑みとは言えないものの、どうにか望子は僅かばかりの笑顔を取り戻す事が出来ていた。
……無論、彼女自身がそう思いたいだけであって実際のところ、あの三人の力を以てしてもラスガルドに勝利し得るのかどうかは──正直、分からなかった。
つい先程、龍の眼で見たラスガルドの圧倒的なまでの存在感は今も鮮明に彼女の脳裏に焼きついている。
(……今の私では、どうやっても勝てないだろう。 あの三人でも──っ、駄目だ! 不安を表情に出すな!)
こうして上位種への進化を遂げた今の自分でさえ太刀打ち出来ないだろう敵に、やっと身体が異世界に馴染んできた様な亜人族たち三人が敵うとは──と思わず嫌な想像をしてしまった事で、レプターが自分の頬を両手で挟んで叩きつつ気を取り直そうとしていた。
──その時。
──どんっ。
「「!?」」
突如、質量を持った何かが扉にぶつかった様な音が聞こえ、その音に素早く反応したレプターが望子を庇う様に前へ出る一方、望子は『みんながもどってきたのかな』と考えて、レプターの軍服の裾を摘みつつ。
「……ね、ねぇ、とかげさん。 もしかしたら──」
おっかなびっくりといった具合で声をかけるも、レプターは扉から視線を離さぬままに首を横に振って。
「……いいえ、ミコ様。 今のは彼女たちではありません。 もしそうなら、ノックと共に貴女を呼ぶ声があってもいい筈。 何より扉の向こうから感じる力は──」
半日足らずの短い付き合いではあれど、あの三人の性格をおおよそ理解する事が出来ていた彼女は、『どうか、そのまま私の後ろに』と望子を手で制し──。
──……どんっ。
そこから数秒程、一つの何かがその扉を開けたくて開けたくて仕方ないといった音が続いていたのだが。
──どんどんっ。
「えっ──」
ノックの頻度が高くなった──というよりは、ノックする何かの数が増えたというべき音に望子が疑念を抱いて思わず声を出してしまった、まさにその瞬間。
──……バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンッ!!
「ひゃあっ!?」
「!!」
一瞬の内に数も勢いも加速度的に増していく衝突音に望子は怯えてしゃがみ込んでしまい、その様子を見ていたレプターは苦々しい表情を浮かべつつも──。
(……間違いない、この向こうにいるのは魔族。 隠れているのはもう無理だ、何とかミコ様だけでも──)
当初の決意通り、『弱者を見捨てない』為には自らを犠牲にしてでも扉の向こうに大勢いるのだろう魔族たちに立ち向かい、この未来の救世の勇者を救わなければと結論づけてから彼女は望子に目線を合わせて。
「……ミコ様。 どうか、あちらの衣装棚に身を隠していてください。 この音の出処は私が対処しますから」
「ぇ、だ、だめだよ、あぶないよ……!」
必要以上に不安がらせない為にと、さも親が子に言い聞かせる時の優しい声音を以て笑顔を向けるレプターだったが、どうやら望子は音の正体がお友達ではなく魔族とやらなのだろうと既に理解していた様で、ふるふると首を横に振って何とか彼女を止めんとした。
されど、レプターはレプターで同じ様に首を振る。
「貴女は約束通りに戻ってくる彼女たちを笑顔で迎えるのでしょう? ならば、その貴女の笑顔を私に守らせて下さい──どうか聞き入れてはもらえませんか?」
「……っ」
決して不安や恐怖を表に出さぬ為に笑みを崩さないレプターを真っ直ぐに見つめていた望子は、きっと何を言っても譲らないのだろう事を幼いながらに察し。
「……わかった。 でも……っ、とかげさんも、きをつけてね。 ぜったい、しんじゃったりしちゃだめだよ」
「……っ、はい! お任せを!」
結局、望子は涙目になりながらもレプターの手をぎゅっと握り、そんな約束をした事で彼女はこれまでになく強く、そして尊い使命感に駆られて自身の豊かとは言えない胸に拳を当てて決意を確かなものにした。
その後、望子が言われた通りに衣装棚へと隠れる一方、右と左の両方の腰に差していた二振りの細剣を抜き放ち、その片方を扉の──より正確に言えば扉の向こうにいるのであろう魔族たちに向けつつ息を吸い。
「──……魔の者どもよ! この地での鏖殺が魔王の望みだというのなら私が相手となろう! 姿を見せよ!」
龍人として進化を果たした際に新たな器官として身体に現れた一対の翼を大きく広げつつ、およそ一番兵とは思えぬ程の見事な口上を威風堂々と叫び放つ。
瞬間、先程まで増え続け強くなり続けていた音がピタッと止まったかと思えば、『ずずっ……ぎぃぃ』とそんな鈍い音を立てて、ゆっくりと扉が開いていく。
(っ、来るか──)
そして、やってくるであろう何かに備えるべく臨戦態勢を整えるレプターだったが──そこにいたのは。
『──クゥーン』
「……はっ?」
一匹の──……そう、たった一匹の黒い犬だった。
雪崩れ込んでくると思っていた魔族がいない事もおかしいし、まぁ百歩譲って音の正体がこの犬だったとしても、どうして一匹だけなのかという疑問もある。
先程までの音は、どう聞いたとしても複数の何かが扉にぶつかり続けている音にしか思えなかったから。
(……な、何故、犬が……? 魔族は、どこに──)
今のレプターは、まさしく混乱状態にあった。
そう、こうして混乱してしまった事で──それこそ普通の犬でも分かる程の、あまりに明確な隙が出来てしまっていた為に、それを見逃さなかった犬たちは。
『『『──ウ"ァオ"ォオオオオオオオオッ!!』』』
「なっ!?」
今の今まで間違いなく一匹だった筈なのに、ずるりと音を立てるやいなや犬の身体が一瞬で膨張して、そこから三十匹程の同じ大きさの犬が溢れ出してきた。
そして、つい先程までの飼い主に甘える様な鳴き声など何処へやら、およそ大型犬のそれと言っても不思議ではない低い遠吠えを上げるとともに襲いかかる。
もし、この場に居合わせたのが普通の番兵であれば戦う間もなく黒い津波に呑み込まれ、そのまま衣装棚に身を潜める幼い勇者を連れ去られていた事だろう。
しかし、レプターはこれまで異郷の地にて腕を磨き続けてきた歴戦の猛者であり、おまけに今となっては望子の力で上位種たる龍人へ進化した身でもある。
「っ! この程度でっ!!」
無論、驚きはしたし焦りもしたが、それでもなるだけ冷静に突撃してきた犬たちを細剣で殲滅していく。
突くかと思えば斬り払い、裂くかと思えば薙ぎ払うといった変幻自在の大立ち回りに犬たちは翻弄され。
次第に、その数を減らしていく中にあり──。
(……これ程の動き、これまでの私では不可能だった)
──蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。
その流麗な動きに最も驚いていたのは他でもないレプター自身であり、これが龍人へと進化を果たした事によるものなのか、それとも勇者の力の一端に触れた事によるものなのかは彼女にも分からないが──。
これなら、いける──そう思った瞬間。
次から次へと滅されていく自分たちの姿に、その脚を止めて小さな口をぱっくりと開けた犬たちは──。
『──コノチカクニ、イル』
『ユウシャガ、イル』
『クロイ、カミ』
『ミコッテ、ナマエ』
『チイサナオンナノコノ、ユウシャ』
「は……っ!? しゃ、喋っ──……いや、そうか!」
口々に、シルキアから教えられた召喚勇者の名前と特徴を挙げていき、それを聞いたレプターは犬が喋るという事自体にも驚いていたものの、どう考えても斬ったり刺したりした感覚が普通の生物のそれではない以上、別に喋ってもおかしくないし──それよりも。
(……此奴は、此奴らの狙いは王都の民ではなく──)
ここで漸く、レプターはこの犬たちが魔族の手のものであり、その狙いが王都の民である自分ではなく。
……かの召喚勇者にあると嫌でも悟らされていた。
(とにかく殲滅を! 一匹も残す訳には──)
一見、物騒にも思えるそんな思考を広げつつ改めて二振り細剣を構えながら、それでも漸く残りは数匹というところまで犬たちを追い詰めていたのだが──。
──ぞるっ。
「──……はっ!?」
突如そんな音を立て、もう力尽きた筈の犬たちまでもが原型をとどめぬままに起き上がり、また一匹の犬になろうとしている──レプターには、そう見えた。
「な、何だ、それは……っ!!」
だが彼女の予想に反して犬たちは狼や山羊、猪といった様々な獣の集合体の如き異形の姿へと変異していき、その大きな身体の顔にあたる部分に現れた凶悪極まる獅子面の口をバックリと開いたかと思えば──。
『──もう御託はいい、勇者を出せ。 ここにいるのは知っている。 お前の様な雑魚に構っている暇はない』
「は、あ……っ!?」
先程までの犬だった時よりも底冷えしてしまう程に低く、それでいて明瞭な命令口調でレプターに告げてきた事で、あまりに歪な目の前の存在に正直に言えば彼女は恐怖心を抱いていると言わざるを得なかった。
……しかし、レプターにも託された使命がある。
(──……落ち着け。 確かに異様で異形だが……あの幹部程ではない! ミコ様は私がお護りする……っ!!)
すーはーと自身を落ち着かせる意味でも、そして鼓舞する意図も含めて大きく深呼吸をしたレプターは。
「──……嫌だと言ったら?」
緊張や恐怖などおくびにも出さず、目の前のそれに鋭い視線を向けつつ同じ様に低い声で返してみせた。
すると異形の存在──俗に魔合獣などと呼ばれる漆黒の魔導生物は、『ぐぁははは!』と高らかに嗤い。
『構わんさ。 それならそれで、お前を喰らい我が力の一片とするだけだ。 愛らしくはあっても力のない矮小な勇者は──その後、回収すれば良いだけだからな』
「何、だと……っ!!」
如何にも望子を嘲る様に告げられた魔合獣の言葉を聞いたレプターの心中に湧いたのは、およそ恐怖や戦慄ではなく、これまで抱いた事のない確かな怒気と。
──劇毒の様な殺意だった。
「──あのお方は……ミコ様は! 矮小な存在などでは決してない! いずれ、この世界を救う勇者となられるお方だ! 何も知らない貴様がミコ様を語るなぁ!!」
『……!』
レプターは最早、後ろの棚に望子がいる事も忘れて今や金色と化した瞳を輝かせて叫び放ち、そんな彼女の咆哮に魔合獣はほんの少しだけ怯む様子を見せる。
(亜人族風情が、ここまでの威圧を……? まさか今のは龍人の武技か? 確か『龍如威圧』とかいう──)
小さく唸って黙り込む魔合獣の想像通りに、レプターは無意識の内に対象の魔力の根源、魔素を揺らす事で身体の奥底まで威圧して呼吸すらも満足に出来なくさせる龍人固有の武技、龍如威圧を行使していた。
とはいえ、この魔合獣は魔王軍幹部ラスガルド直属の配下である上級魔族のシルキアが生み出した個体である為、この程度の威圧で戦意を喪失する事はなく。
『──ならば言葉ではなく力で語れ、龍人よ!!』
「っ、望むところだ!!」
ゆえにこそ、あたかも正々堂々という風に宣戦布告をしてきた魔合獣に対し、レプターは怒りつつも精神を研ぎ澄まし二振りの細剣を構え臨戦態勢を整える。
『グルル──ッ、グルァアアアアアアアアッ!!!』
そんなレプターに対抗するかの様に、バキバキと音を立てた魔合獣の身体の一部、強靭な前脚が漆黒の大剣と化し、レプターを叩き斬らんと振り下ろされた。
一方のレプターはといえば、この切迫した状況下にあって何故か『だらん』と脱力したかと思うと──。
「いくぞ──……っ、『双剣大牙』!!」
龍人のものとは違う騎士固有の武技の名を叫ぶと同時に、その両手に持つ細剣が大きな牙の如き金色の魔力を纏い、それらを交差させつつ今まさに振り下ろされようとしていた魔合獣の前脚に向けて斬り込み。
──激突させる。
「……ぅ、ぐぅぅ──っ、がぁああああ……っ!!」
魔合獣の大剣と化した前脚とレプターの魔力が衝突したその瞬間、細剣を持つレプターの腕は一瞬でミシミシと悲鳴を上げてしまうも、ここで退く事など出来よう筈もなく、ギリギリの鍔迫り合いを繰り広げる。
『──……ほぅ、この一撃を凌ぐとは。 どうやら口だけの雑魚ではないらしいな、褒めてやろう龍人よ』
「っ、黙れ……貴様に褒められても嬉しくはない!」
現時点で両者の実力はほぼ互角ではあったが結果だけを見るのであれば、ほんの僅か半歩程度だけレプターが後ろへ押されており、それを誰よりも自覚しているからこそレプター自身も渋面を浮かべており──。
すると魔合獣は愉しげに『ぐはは!』と笑いつつも、レプターに大剣から戻した前脚を向けながら。
『だがな、こちらはしがない魔導生物。 活動時間にも限界があり、お前にばかり構ってはおられんのだよ』
「っ、な、何を言って──……っ!?」
いくつもの獣の顔面でニヤニヤとした昏い笑みを見せた魔合獣が何やら意味深な言葉を低い声音で呟くと同時に、その身体は更に禍々しく変異を遂げていく。
ブチブチと痛々しい音を立てて黒い肉を裂き、そこから牙や爪、角を生やしていくそれは最早、獣の集合体と呼ぶ事すらを躊躇させる──極めて醜悪な怪物。
『こノ姿は残念ナがラ短イ時間しカ持たンが、オ前の強サに敬意ヲ表し、コの一撃ノ元ニ沈めテくレよウ』
「な、あ──」
図らずも言葉を失ってしまう程に驚愕するレプターを尻目に、魔合獣は犬の時とも先程までの姿の時とも違う──何とも非常に聞き取りづらい口調で告げる。
『コォオオ──オ"、オ"ォオオオオオオオオ……ッ』
そして魔合獣は数えるのが馬鹿馬鹿しくなる程の邪悪な牙が生えた口を大きく開き、その口の前に現れた邪なる魔力による複雑な構造の魔方陣へ少しずつ、しかれど確実に薄紫色の妖しい光が集束していく──。
(物理じゃ、ない──光線か!? 不味い、ミコ様が)
目の前の閃光を見て瞬時に判断したレプターは剣技ではどうにもならないと考えて細剣を二本とも腰に収めつつ頑強な腕甲を装備した腕を交差させると、その腕甲に刻まれた一対の剣と盾の紋章が光を放ち、彼女の身体を覆う程に大きく半透明な魔力が充填される。
「……っ、騎士の本分は! この身を賭して主君を守る事! ミコ様には……傷一つさえ負わせはしない!!」
「いイ度胸だ、デは受ケてミよ──『闇光染影』」
何があっても、あの幼い勇者だけは──と一瞬だけ衣装棚の方を振り返ったレプターは、かねてより騎士として抱いていた誇りを以てして決意と覚悟を叫び放ち、それを受けた魔合獣が口の上にある巨大な血走った目を細めながらも魔術名を呟いた瞬間、魔方陣の中心から黒と紫の入り混じった極大の光線が放たれた。
(──何という力……っ! だが!!)
眼前にまで迫る、そのドス黒い光線に目を見開き驚くレプターだったが、彼女にも譲れないものがある。
彼女は短く息を吐いて──しなやかで、それでいて強靭な両脚で詰所の床をしっかりと踏みしめてから。
「──……っ、『絶衛城塞』ぉ!!」
声を大にして武技の名を叫ぶと同時に、レプターと光線との間に見るからに巨大かつ強固な城塞を模したのだろう半透明で黄金色の魔力の大盾が出現し──。
「……っく、おぉおおおお……っ!!」
この魔合獣自身が口にしていた活動時間とやらの限界まで望子に近づけない為にと、つい先程の龍人固有の武技──双剣大牙を遥かに超える魔力が込められた盾は魔合獣の放つ光線を見事に受け止めてみせた。
……だが。
──ピシッ。
今、最も彼女が耳にしたくない──そんな音を立てて少しずつレプターの魔力の盾がひび割れてしまい。
「……っ!! ぐっ……こ、のっ……──」
あの衣装棚の方にだけは絶対に被害を出す訳にはいかない為、防ぎきれないなら他の方向へと受け流すしかないと考えて、そんな余裕すらもないというのに何とか絶衛城塞の向きを逸らす事だけに専念して──。
「ここ、までか……っ! ぐ──あぁああああっ!!」
そんな苦悶に満ちた言葉を最後に城塞は崩壊し、まぁ多少なり威力は軽減されたとはいえ、その光線の余波を受けて彼女は部屋の端まで吹き飛んでしまった。
……とはいえ、レプターたちが戦闘を繰り広げたこの詰所と何より望子の隠れる衣装棚は無事であり、その事実だけでもレプターの武技、絶衛城塞の性能が如何に優れていたかが、ありありと見て取れるだろう。
それ自体は魔合獣も充分に理解していた様で──。
『──……ふむ、見事だ。 まさか命を絶てんとは。これ以上の大技は撃てんし、もう間もなく活動限界だ』
「ぅ、ぐ……っ」
光線の余波で半壊状態にあり、それでいて奇妙な程の静寂に包まれた詰所の中で魔合獣の姿は既に先程までの禍々しい怪物ではなく、つい数分前までの犬の姿を大きくした様な形を取り、やたらと満足そうに呟いていたその口調も聞き取りやすいものになっている。
『……しかし、どうやらお前は立つ事すら出来ない様だな。 悪いが勇者はもらっていく──これも運命だ』
「や"、めろ……っ、ミコ、様は──」
そして魔合獣はゆっくりとした足取りで、すっかり荒れてしまった詰所内において不自然な程に無事なままの衣装棚へ狙いをつけて近寄り始めたではないか。
口ではやめろと言っていても、もう彼女は魔合獣の言葉通り立つどころかまともに動くことすら叶わず。
『さて、勇者ミコよ。 俺と共に来てもらうぞ──』
衣装棚の目の前に辿り着いた魔合獣が犬の姿の口で器用に扉を開けて、いよいよだとばかりに召喚勇者である筈の少女と対面しようとした──その時だった。
《──断る。 魔族は……嫌いなんだ》
『は──』
間違いなく望子の声色で言い放たれたその言葉を最後に、シルキアが生み出した消耗品の魔導生物でしかない魔合獣は暖かく白い光に包まれて──消滅した。
「──……え、あ……?」
その光景を垣間見たレプターはというと、たった今この瞬間に何が起きたのか、あの魔合獣は何処へ行ったのか──そして、あそこにいるのは本当に望子なのかと半ば混乱した様子で目を瞬かせてしまっている。
その時、困惑の極みに陥っていたレプターに近寄ってきた望子──の様な何かが彼女に笑みを向けつつ。
《やぁ、龍人。 望子を守ってくれてありがとう》
「ぁ、は、はい──あの、どちら様でしょうか……」
さも当然の様に自分が望子ではない事を明らかにしたうえで軽く頭を下げて礼を述べた事に、レプターが心の底から怪訝そうな表情で返事をすると同時にその正体を問いかけると、望子の姿をした《それ》は愛らしい望子の笑顔をそのままに小さな口を開いて──。
《んー……まだ話せないなぁ。 少なくとも今は、ね》
──そう、答えてみせた。
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!




