彼女でなければならない理由
かつて……数十年程前にアドライトが初めてドルーカを訪れた際、既に彼女は銅等級になっており、最初に赴いた冒険者ギルドにて『この街で一番の冒険者は誰かな?』と当時の受付嬢に確認を取ろうとした。
無論、張り合うつもりなど毛頭なかったが、『舐められない事』も冒険者の責務である以上、彼女としては是非とも一目見ておきたかったのである。
……風の精霊たちの噂に聞いた、白金等級を。
そんな中、集まって話し合いをしていた受付嬢のうちの一人にギルドの奥へと通されたかと思えば、まだ今よりは若かった元金等級の冒険者であるギルドマスターのバーナードがいる部屋へと案内された。
アドライトは『何か問題を起こしてしまったのだろうか』と表情には出さない様に緊張していたが、そんな彼女の様子を見て揶揄うかの如く高笑いしたバーナードが『お主に会わせたい者がおる』と口にしてきた事で、彼女は全てを察して無言で首を縦に振る。
しばらく出された茶を呑んで待っていた時、突然ザワッとアドライトの肌が粟立ち、それが意味するところを一瞬で把握した彼女は、その時に使っていた今よりは性能で劣る弩弓を瞬時に構えたのだが──。
『──やめときな。 こう言うのもなんだけど……今のあんた程度じゃあ遊び相手にもなりゃしないよ』
静かな……されど確かな力のこもった女声が耳に届くと同時に、彼女の視界に鮮やかな紺の色打掛を着こなし、青い火の着いた煙管を咥えた狐人が映る。
……種族上、聡明な個体の多い森人の中でも頭一つ抜けて知恵者だったアドライトは、わざわざ彼女に言われずとも一目で理解する事が出来ていた。
──生涯を捧げても勝てぬ相手がいるという事を。
「──あんたは覚えてるかい? あの子が……ミコが首に下げてた小さな箱みたいな形の魔道具の事を」
「っ、あ、あぁ……」
そんな風に、リエナと初めて邂逅した時の事を思い返していたアドライトに対してかけられた低くも優しめの声音に彼女はビクッと身体を震わせつつ、それを決して表には出さない様に軽く頷いてみせた。
この街に滞在していたのは僅か一ヶ月と少しというところではあったが、それでもアドライトの脳裏に深く刻まれている黒髪黒瞳の少女が首から下げた、澄んだ青色が鮮やかな立方体を思い浮かべている。
「確か……運命之箱、だったかな。 ピアンが随分と誇らしげに話していたのを記憶しているよ」
その魔道具の名前や効果までは彼女の知るところではなかったが、師たるリエナが手を加え、望子が使いこなしていた物であるにも関わらず、何故か見習いの有角兎人が自分の事の様に得意げに語ってくれていた為にアドライトも充分に把握する事が出来ていた。
「あの時は修練やらクルトからの依頼やらで聞きそびれたけど……あたしの経験から言わせてもらえば、あれは絶対に森に転がってていい様な代物じゃない」
そんな彼女の言葉に出てきた見習い兎の名前に苦笑しつつ、リエナは艶かしい白い足を組み替えてから一ヶ月前の目紛しい出来事を脳裏に浮かべながら、最初は薄紫色だった立方体を思い返す様に少し上を向く。
……それこそ、あの黒髪黒瞳の少女が背負っていた鞄の形をした、かつては王城の宝物庫に保管されていた国宝級の魔道具と比べても遜色ない程の価値と性能を誇っているとリエナは踏んでいたのだった。
「……そんな物を、あの子に?」
一方、決してリエナの物言いを疑っている訳ではないが、出自すら分からない物だと知ったうえで、あの可憐な少女に手渡したのかと半ば問い詰めるかの様な形で身を乗り出すも、リエナは煙を吐きつつ『勘違いしないでほしいんだけどね』と前置きして語り出す。
「勿論、限界まで危険は取り除いたつもりだよ。 とはいえ……気になるんだよねぇ。 一体あの森の何処に落ちてたのか……そして何より、あの人狼は『本当に落ちてるのを拾っただけなのか』ってのも含めて」
リエナにとっても、あの少女は有角兎人に次ぐ二番弟子であり──尤も魔具士ではなく魔術の弟子なのだが──彼女の持てる技術全てで改良を施してはいた。
だが、それでも……あの時の人狼の動揺具合に違和感しか抱けなかった身としては、既に彼女たちが旅立った後だとしても気になって仕方がなかったとの事。
「……だから調べてこい、と。 では私にしか頼めないというのは、そしてギルドすらも介そうとしないのは……私がピアンを除けば唯一、彼女たちの事情を把握している冒険者だからという解釈でいいのかな」
それを聞いたアドライトが、『成る程ね』と得心がいったかの様に首を縦に振りつつ、わざわざギルドを介さずに自分に依頼してきた理由を殆ど確信を持って尋ねると、リエナは我が意を得たりと頷いて──。
「そういう事さね。 あぁ、今回ピアンは別に課題を与えてるから……もし他の誰かを同行させるつもりがあるなら、あの盗賊たちでも連れてったらどうだい?」
「元、だけれど。 まぁ、それもいいかもしれないね」
少し前にドルーカを訪れていた龍人と樹人、そして聖女とともに盗賊の討伐依頼を受けたアドライトが同行を許可していた見習い兎に関して、今回は同行させられないという旨を伝えつつ、同行者として盗賊たちの生き残りたる三人の亜人族を挙げるも、アドライトは元とつけてから参考までにと受け入れる。
……一人でも問題なく依頼をこなせるだろう銀等級の彼女が、わざわざ三人の元盗賊たちを依頼に同行させた理由はリエナの一言にあったのだった。
「──そうだ、最後に一つ確認してもいいかな」
「……?」
その後、話も一段落ついた為に店を後にしようとしたアドライトがふと足を止め、座ったまま見送ろうとしていた彼女に顔だけを向けて何かを尋ねようとした事で、リエナは机の平たい器に煙管を置き、『何か気になる事でも?』とでも言いたげな視線を向けた。
「私なんかより圧倒的に強く、有能な貴女が出向かないのは何故かな。 その方が確実だと思うのだけど」
彼女が既に冒険者稼業を引退した身であるといっても、冒険者ギルドを介さない……しかも専門である筈の魔道具に関する依頼ならば、彼女が自分で済ませてしまった方が効率が良いに決まっている。
「そりゃあ簡単さね。 あたしは──」
そう考えたアドライトが何の気なしに尋ねると、当のリエナが『そんな事かい』と多少なり呆れた様な口調とともに、その白く細い手に真っ青な炎を出現させた事で、それを見たアドライトは若干だが緊張を露わにしつつ彼女の二の句を待っていたものの──。
「──森って場所が苦手なんだ。 昔から火加減は得意だけど……どれだけ火力を抑えても結局は大火事。 面倒だから近寄らない様にしてるってだけの話だよ」
「……何とも貴女らしい理由だね」
いざリエナの口から飛び出したのは、どうやら遙か昔……それこそ、この世界に生まれ落ちてから三百年余り程も経っているアドライトが生まれるよりも更に前、かつて一時的に行動をともにしていた一行を敵ごと巻き込む程の森林火災を起こしてしまった過去があるらしく、その時より技術的に上回っている筈の今でも森にだけは近づかない様にしているとの事だった。
昔を懐かしむ様な……それでいて過去を恥じる様な遠い目をして自分の疑問に答えてくれたリエナに対して、アドライトは苦笑いを浮かべながらも軽く手を振り店を後にし、快晴の空を見上げつつ──。
強者にも強者なりの悩みがあるんだね、と……諦念にも似た感情とともに脳内でのみそんな事を呟いた。
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