鳥人と海神蛸の密話
二百話到達!
これからも本作品をよろしくお願いします!
──時は、カリマが望子の散髪をする為の準備を始めんとしていた辺りまで遡る。
真っ昼間であるとはいえ五日前の様な襲撃が無いとも限らない以上、ハピやレプターが昼にも見張りをするべきだと提案した事により、ハピと……彼女とペアになっていたポルネの二人は甲板にいたのだが。
「──角度を修正、もう少し右に……そう、そこ」
彼女たちは今、船から遠く離れた位置で泳いでいる何かを視界に映しながら、ハピがその眼で観測手を担い、ポルネが自分の八本の足の一つを狙撃銃の様な形に変化させて、ハピの指示を受けつつ狙いをつける。
……そして。
「撃って」
「えぇ──『海神狙撃』」
ハピが呟いた瞬間、呼吸をする為に海上へ顔を出したらしい茶色の何かに向けてポルネが薄紅色の光線を放ち……獲物が気づく間もなく頭を撃ち抜いた。
ほんの少しの短い断末魔を上げた何かが、腹を上にした状態でプカリと浮かんだのを見たハピは──。
「……直撃、凄いわね。 吹き飛ばすだけじゃなくて、あそこまで的確に撃ち抜く事も出来るなんて」
「まぁね。 といっても、貴女の指示ありきだけれど」
随分と満足そうな表情とともに、獲物へ向けていた視線をポルネにスライドさせて彼女を称賛するも、当のポルネは謙遜しつつ首を横に振ってみせる。
「そんな事……ねぇ、ちなみに貴女は今仕留めたあの『土竜』について何か知ってる?」
一方、苦笑いを浮かべたポルネの謙虚さに同じく苦笑しつつも、遠く離れた海上に浮かぶ……茶色の土竜の姿を視界に映したハピがふと問いかけた。
……水棲ならば当然ではあるのだろうが、その土竜には鰓も水かきもある様に見えていたからだ。
「え? あぁ……あれは、ここ数年で海に出現する様になった魔獣よ。 本来は陸上にだけ棲息してる筈なのだけれど……見たところ完全に適応してるのよね」
するとポルネは『視えてるんじゃないの?』と前置きしてから、その土竜に付けられている地裂土竜という名を口にして、水棲ではなかった筈だと解説する。
尤も、この世界においての生物の生態の変化は非常に目まぐるしく、海から陸へ、陸から海へと生息域を移すのもそこまで珍しい事ではないらしいが──。
(……まさか、あれも魔族の仕業かしら──あら)
純粋に望子の身を案じ、警戒の意を込めて提案したレプターとは異なり、ポルネを伴って昼間の見張りを申し出たハピが持っていた……もう一つの意図も含めて、脳内で邪推にも似た考えを広げていた時。
「──散髪が始まったみたいね」
「え? どうして分かるの?」
ふと、望子たちがいる船室の方は眼を向けたハピが何の気なしにそう呟いたものの、当然ポルネには何故それが分かるのかと理解が及ばない為、きょとんとした表情とともに首をかしげて尋ねてみた。
「あぁ、言ってなかったわね。 私、ローアの薬で風の邪神の力を制御可能になって以来……何て言えばいいのかしら、こう……人とか壁とかの遮蔽物をすり抜けた向こう側を見通せる様になったみたいなの」
「……凄いわね」
するとハピは、さも何でもない事であるかの様に自分が身につけた新たな力……透視について語ってみせたのだが、魔術や武技、恩恵も扱わずにそこまでの事が出来るというのはポルネとしても目から鱗だった。
……とはいえ、彼女が自分に無益な嘘をつく意味も無いと判断したポルネは素直に称賛してみせる。
「そうね……まぁ、見ない方が良かったものまで見えちゃうのは、難点ではあるんだけど」
「……どういう、事?」
一方、ハピは彼女の称賛を受けつつも、何故だか浮かない表情を見せて意味深な事を呟いており、そんな彼女の言動に違和感を覚えたポルネがおそるおそるといった具合に声をかけると、ハピは途端に真剣な面持ちとなり、彼女の薄紅色の瞳を射抜きながら──。
「……貴女には話しておこうかしら。 これはまだ誰にも言わないでほしいの。 約束、出来る?」
「何を……いえ、約束するわ」
先程までとは違う重々しい声音で告げられた、内容を明かさないままの約束に……ポルネは一瞬、逡巡する様子を見せたものの、おそらく有無を言わせるつもりはないのだろうと踏んで大人しく首を縦に振った。
「……そう。 それじゃあ──」
「これは……成る程、防音って事ね」
瞬間、彼女からの了承を得たハピがパチンと指を鳴らすやいなや、二人を覆い隠す様な黄緑色の旋風が吹き荒れた事にポルネは驚いたが、すぐに彼女の行動の意図を読み取り、得心がいったとばかりに頷く。
この風は……かつて、ハピがウルやフィンとともに風の邪神の攻撃を防ごうとした際に行使した旋嵐という風の魔術であり、他でもない邪神の力によって防護性だけでなく遮音性まで高める事に成功していた。
……それこそ、フィンの泡沫レベルにまで。
そして、まるで台風の目の様に静かさの漂う旋風の中で、鳥人と海神蛸の二人きりの密話が始まる。
「五日前の夜……ローアが見張りの当番制を提案したうえで、一人で見張りをするって言い出したわよね」
「? えぇ、結局そのまま一人で担当してたわね」
第一にとばかりにハピが『覚えてる?』と付け加えつつ、五日前の出来事を振り返ってポルネに語りかけると、彼女は『何を今更』と考えはしたものの、取り敢えずハピの言葉に応える為に頷いてみせた。
「あの時、ローアは……密会してたのよ」
「……密会? 誰と──っ、まさか」
するとハピも首を縦に振ってから、極めて神妙な表情を浮かべて……五日前、目が冴えてた彼女がふと寝室の壁を透かした時に視てしまった光景を伝える。
密会……その言葉を聞いたポルネは怪訝そうな面持ちを見せたが、ローア程ではないとはいえ彼女も充分に聡明である為、瞬時にローアの……いや、魔族の密会の相手が何者なのかを察してしまっており──。
「──そう、他の魔族とね」
一方、ハピはそんな彼女の反応を見て、『話が早くて助かるわ』とでも言わんばかりに首を縦に振り、あの夜……ローアが謎の魔族との密会をしていた事実を公にしつつ、極端な程に忌々しげな表情を見せる。
「裏切り──いや、裏切りって表現は違うわね。 元より魔族だもの、心から信用なんて出来る筈が……」
それを聞いたポルネはといえば、『やっぱりそうなのね』と頷きながら、いくら自分やカリマを邪神の呪縛から解いてくれたとはいっても相手は魔族、とても信用に足る存在ではないという事は重々承知していた為か、大して衝撃を受けている様には見えない。
「えぇ、その通りよ。 そういう考えが出来る貴女だから話したの。 そして……この事は望子には話したくないし、話すべきじゃない。 だから、私と貴女で──」
左手の親指の爪を軽く噛みながら思案していたポルネの呟きに、肯定しつつ同意したハピはというと、ここにきて望子の名を挙げ内密にしたいと口にしながらも、物騒な事を言おうとしているのではという様な空気を纏っていた為、ポルネは彼女の言葉を遮り──。
「始末──ではないのよね?」
あらかじめ、その選択肢を潰さんとでもするかの様に食い気味で発言するも、当のハピは一瞬きょとんとしてから、こくんと頷き……思わず苦笑する。
……ハピとしても、あそこまで望子がローアに懐いてしまっている以上、秘密裏であるかどうかに関わらずローアを始末──出来るかはともかく──したが最後、口を聞いてもらえなくなる……どころか、下手をすれば望子を敵に回してしまうとまで考えていた。
無論、望子を敵に回すつもりなどないが……彼女には前科がある為、慎重にならざるを得ないのだ。
……ゆえに。
「そうね、それを行動に移せば絶対に望子に嫌われてしまうでしょうし。 警戒、に留めておきましょう」
「……えぇ、任せて」
「それじゃ、内緒話はここまでね」
結局、警戒……或いはしても監視までと決めた二人は互いに頷き合い、話が一段落ついたところで、ハピは自分たちを覆っていた旋嵐を解除したのだった。
「にしても、一体あの子は何を話してたのかしら」
吹き荒れていた旋風も消失し、散髪が終わったのか多少なり髪が短くなっていた望子の姿をハピの翠緑の瞳が捉えていた時、『結局ローアは何の為に密会なんてしていたのか』と何の気なしにポルネが呟く。
……疑問形で無かったのは、流石のハピでも分からないかもと判断したからこそだったのだが。
「……さぁ、そこまでは。 けれど……一つ、分かってる事もあるのよね」
「?」
ポルネの推測通り密会の詳細自体は不明だったものの、どうやらそれとは別に判明している事があるらしく、あの夜……ローアと魔族が話していた高さの空を見上げながらハピが口を開くも、今回ばかりは全く想像がつかないポルネは首をかしげて二の句を待つ。
……そしてハピは、軽く息を吸ってから。
「ローアは相手方の魔族から受け取ってたの。 随分と禍々しい魔力を秘めた──魔道具か何かを」
あの時、相手の魔族が切迫した表情とともに差し出していた、妙な魔力を宿した何かを脳裏に浮かべながら……彼女はもう一度、召喚勇者と上級魔族の併存する船室へと妖しく光る翠緑の瞳を向けたのだった。
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