昼食後の異変
その後、ウルたち五人が速やかに机の残骸の片付けをしている間、望子やカリマたちは他の机に海鮮風パスタと色取り鮮やかなサラダ、そしてそれぞれが好きな飲み物を並べ、流石にご飯抜きとまではするつもりも無いらしくキチンと人数分の配膳を済ませていた。
「──み、ミコ?」
「……なに」
そんな折、机の片付けを終わらせた五人を代表してウルが声をかけるも、ここで甘やかしては駄目だと何となく理解していた望子は冷ややかな声音で返す。
──既に、火化は解けていた。
「そ、その……ごめん、な?」
「ミコ様……この度は、本当に申し訳ありませんでした。 如何様な罰でも私は……」
かたやウルは頭をガリガリと掻きながらバツが悪そうにぺこりと謝意を示し、かたやレプターは片膝をついて心から忠誠を誓った少女に対して頭を下げる。
特に言葉は発していなかったが、ハピ、フィン、そしてローアの三人も彼女たちに続いて謝罪し、上級魔族が本気で人族に頭を下げている事にカリマやポルネが驚きを露わにしている中で──。
「……はぁ、もういいっていったでしょ。 おこってないから、いっしょにごはんたべよう?」
「お、おう!」
「ありがとうございます!」
充分に反省しただろうと判断した望子は溜息をつきながらも苦笑いを浮かべて手招きし、それを見た五人はパァッと表情を明るくして食事の席に着く。
「それじゃあ、いただきます」
そして全員が食卓に揃ったのを確認した望子が合掌して食前の挨拶をするとウルたちもそれに続き、カナタやレプターたちが対応する中で、完全に初見だったカリマとポルネは首をかしげて困惑していた。
「──うん! 今日のご飯も美味しいよ、みこ!」
「ほんと? よかった」
そうして食事を始めた彼女たちの中で真っ先に感想を伝えたフィンに対し、望子は先程までとは異なる温和な笑みを浮かべており、そこで漸く本当に望子はもう怒っていないのだと理解した亜人たちが安堵する。
「カナタとキューも手伝ったのだろう? パスタもサラダも……うん、中々の仕上がりじゃないか」
「わ、私たちは指示に従っただけだもの。 ね?」
『きゅ? きゅ〜♪』
一方、バランス良く食べ進めていたレプターがカナタやキューの事も称賛しようと声をかけるも、カナタはキューの頭を指で撫でつつ謙遜し、当のキューは首をかしげた後、褒められた事にか撫でられた事にかは分からないが、心から嬉しそうに目を細めていた。
「……なぁ。 ミコのそれ、何でそんなに黒いんだ?」
「むぐ? ……んぐ、これはー……ね、いかさん」
そんな中、望子が食べているパスタだけが黒い事に気がついたウルが尋ねると、丁度パスタを口に含んだタイミングだった望子はしっかり噛んでから呑み込み黒くなった歯を隠そうともせずカリマに話を振る。
「あ、あァ、そりゃあアタシの墨だからな」
「……え、貴女の墨? 食用なのそれ」
突然話を振られたカリマは、自分たちが望子に感じた衝撃を思い返して少し慌ててしまい、取り敢えずパスタが黒い理由を説明する事は出来たものの、それを聞いていたハピはフィンの水と同じ様なものだとは分かっていながらも怪訝そうな表情を浮かべてしまう。
「雌の牛人が出す牛乳が嗜好品として親しまれている以上、海皇烏賊や海神蛸の墨も──ふむ、興味をかき立てられるな。 ミコ嬢、少し分けてもらっても?」
そんなハピの何気無い疑問に対し、ローアは亜人族の一種である牛人の乳が他種族にも人気があるのだと語りつつも、どうやら目の前の二種の亜人族が出す墨を口にした事は無いらしく、黒いパスタの盛られた望子の皿にフォークを伸ばそうとした。
「いいよ──はい、あーん」
「え? あ、あぁ……あーん」
すると望子がくるくると木製のフォークを回し、烏賊墨パスタを巻きつけローアの口元に持っていった事で、当のローアはらしくも無く一瞬呆けてしまっていたものの、我に返って遠慮がちに小さな口を開ける。
「……う、うむ、美味であるな」
「ぇへへ、そうでしょ?」
もぐもぐと可愛らしくパスタを食んだローアは若干照れ臭そうに褐色の頬を染め、そんな彼女の反応を見た望子が嬉しそうにはにかんでいる一方で──。
「「「……」」」
(見てない、私は何も見てない)
望子を溺愛して止まない三人の亜人たちはそれぞれ真紅、翠緑、そして紺碧の……完全に光が失われた瞳でローアを睨みつけており、それに気がついてしまったカナタは冷や汗を流しながら食事に専念する。
「ポルネ、貴女の墨も同じ様なものなのだろうか」
「……ど、どうかしら。 あの子は美味しいって言ってくれたけど、私には良く分からないもの」
一方、ウルたちと似た様な感情を抱きつつも何とか平静を保っていたレプターがポルネにそう尋ねたものの、彼女は望子の舌が自分の手に触れた時の衝撃を再び思い返してしまっており、それを誤魔化す為か適当にレプターの話を流していたのだった。
勇者をこの世界に召喚した聖女や、海路を荒らしていた海の犯罪者たちが同席しているとは思えない程に一行は極めて和やかに昼食を済ませ、各々が広々とした船内にてゆったりしていたそんな中──。
──異変は、起きた。
『……きゅ、きゅぅ〜……』
「……キュー? どうしたの? 喉渇いた──訳じゃ無いわよね。 今さっき飲んだばっかりだし……うーん」
先程までは普通に用意された水を美味しそうに飲んでいたキューが、机の上にぺたんと寝込みながら苦しげに唸っているのに気がついて、カナタは心配そうに覗き込みつつ念の為に治療術を行使しようとした。
「う……な、何だこれ……気持ち悪ぃ……」
「私も、ちょっと……あの時程じゃ、無いけど……」
「早速、船酔いか……?いや、しかしこれは……」
しかしその時、何故かは分からないが、ウル、ハピ、そしてレプターまでもが机に突っ伏したり、額に手を当てた状態で自らの不調を訴えてしまう。
「え、み、みんなどうしたの? もしかして、ごはんおいしくなかった……?」
「うぅん。 とっても美味しかったし、そもそもボクはなんとも無いんだけど……何、具合悪いの?」
そんな彼女たちを見た望子は何が何やらといった様子で困惑しつつも、原因は自分が作ったご飯なのではと若干涙目になっていたが、それはすぐさま反応を見せて望子に非は無いと告げたフィンの声に遮られた。
「ふむ、これはもしや……カリマ嬢、それとポルネ嬢も……お主らはどうであるか?」
「あ、あァ、アタシらは別に……」
「えぇ、調子が悪いとかは──あっ」
その時、フィンが普段通りの状態である事を把握したローアが、同じく様子の変わらないカリマやポルネに声をかけると、カリマはともかくポルネはこの状況を見て何かに思い当たったらしくハッと目を見開く。
「うむ、あれの仕業であろうな。 ミコ嬢、ウル嬢とハピ嬢を人形に戻す事を勧めるのである」
「わ、悪ぃなミコ……」
「ごめんなさいね……」
どうやらローアは既に何が原因でこの現象が発生しているのかをハッキリ理解している様で、ウルとハピを苦痛から解放すると共に、望子の攻撃手段を増やす意味合いも込めてそんな提案をした。
──少し前に滞在していた港町ショストにてレプターから魔術の教えを受けた望子は、人形使いの力でぬいぐるみにした亜人族たちが行使出来る魔術を自分も扱う事が出来る様になっていたからだ。
それを受けた望子はこくんと頷き、てててと小走りでウルとハピに近寄ってスッと手をかざし──。
「『ふたりとも、もどって』!」
──ぽぽんっ。
重なって聞こえるいつもの声と、最早お馴染みとなった間の抜けた音と共に二人はぬいぐるみになり、彼女たちが座っていた椅子の上にころんと転がったそれを望子は優しい手つきで抱きかかえていた。
「聖女カナタ、お主はレプ嬢とキューの介抱を──」
「ま、待ってくれ! 私も──うっ」
「れ、レプター! 大丈夫!?」
次にローアは戦力とはならないカナタに残り二人の介抱を頼もうとしたのだが、勇者の盾を名乗るレプターは戦闘になるのならと立ち上がらんとする。
しかし彼女はその瞬間にぐらついてしまい、そんな彼女にカナタは慌てて寄り添いつつ、精神的なダメージを治療する魔術──感覚治癒を行使した。
しかしそれでもレプターの調子は全快するに至らないらしく、この事態を引き起こしている原因をどうにかしない限りは──という事を嫌でも分からせる。
「……そもそもお主は魔術を扱えぬ身。 人形になったところでミコ嬢の力にはなれぬであろう?」
「くっ……分かった。 ミコ様を、頼むぞ……」
そう語るローアの言葉通り、残念ながら望子は武技を扱う事は出来ない為、武技しか扱えないレプターをぬいぐるみにしても扱える力が増える訳では無い。
それを重々理解しているからこそ、口惜しげに歯噛みしながらも彼女は大人しく引き下がったのだろう。
「……さてミコ嬢、我輩たちは外に。 ウル嬢たちを苦しめた原因を対処せねばな」
その後、二つのぬいぐるみを一時的に無限収納へとしまっていた望子に対し、ローアが至って平静な様子で外へ繋がる扉の方を見遣って声をかける。
「うん! かなさん、ふたりをおねがいね!」
「え、えぇ任せて」
すると望子は勇者らしい真剣な表情で頷き、カナタが回復役だという事は港町に滞在している間に充分理解出来ていた為、よく通るその声でレプターとキューの介抱を改めて頼み、カナタはそれを受け入れた。
「ボクも行く! ほら、キミたちも行くよ!」
「お、おゥ……行くぜポルネ」
「……えぇ」
三人の亜人の中にあり、何故か唯一いつも通りの快活さを見せるフィンが二人に声をかけると、カリマは若干気圧されながらも恋人たるポルネを見遣る。
……ポルネはローアと同じく、彼女たちを苦しめている原因とやらが何なのか、完全に把握出来ていた。
それはとてもじゃないが、少し前の自分では絶対に歯向かおうなどとは考えもしなかった相手。
しかし彼女自身、それを脅威に感じた事は無い。
何故ならそれは、自分の様な水棲の亜人族には決して手を出さない──陸棲喰らいの魔物なのだから。
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