船内で昼食待ち
一方その頃、幹部の一人であるイグノールがヴィンシュ大陸に配置されたのは自身が魔族領にいなかったここ十年の間であるにも関わらず、ローアは魔王やその側近の思考をしっかりと読み切っており──。
「──と、まぁそんなところであるな」
コアノルやデクストラが語っていた様なイグノールの二つ名やその情報を仔細に伝えたローアがそう締めくくると、船内にて彼女の話を聞いていたウルたちは一様に重々しく唸り、各々が思考を巡らせる。
「……下級魔族とはいえ、魔王直々に幹部に指名される程の力を持つのなら……やはり、強いのだろうか」
「無論である。 何せあれの……イグノールの身体の半分以上は我輩が手を加えたものであるからな」
「は? どういうこった」
そんな中、真っ先に口を開いたのは冒険者としてもこの世界の住人としても先達のレプターであり、溜息混じりに呟いたその声にローアが何処か誇らしげに薄い胸を張ってそう告げるやいなや、それに引っかかったウルがきょとんとした表情で問いかけた。
するとローアは、どういうも何もそのままの意味であるがと前置きしつつ語り出す。
──千年以上も前に魔王によって生み出され、間違い無く単なる下級の筈であったその魔族は本能的に眼前のコアノルを強者と認め、襲いかかったらしい。
本来、魔族たちはすべからくコアノルには決して逆らえぬ様に出来ているそうで、理を無視して特攻してきたその魔族にコアノルはとても興味を持った為、下級でありながらにして幹部に指名したとの事だった。
その後、イグノールと名付けられたその魔族は、自分が魔術を碌に扱えない事実を知ると、ただ純粋な強さだけを求める様になり、人族や亜人族といった他種族をひたすらに殺戮し、時には同族である筈の魔族でさえもその歯牙にかける事もあった。
そんな彼の暴挙を知り、コアノル以上に彼に興味を抱いたのが……他でも無いローガンであり、当時は充分で無かった同族の研究も兼ねて、イグノールの身体や魔力、脳の構造をも組み換え、知能を低くする代わりに完全に戦闘に特化した魔族へと改良したとの事。
「何と言うか……本当、碌な事しないわね」
「……まぁ、否定は出来ぬのである」
特に抑揚の無い声で語ってみせたローアに対し、船の操舵をフィンと交代していたハピが溜息をつき、どいつもこいつもと付け加えつつ呆れ返っていると、ローアは苦笑いを浮かべて褐色の頬を掻く。
「──はぁ、やっと船が波を掴んでくれたよ……この船大き過ぎて逆に面倒なとこあるよね」
そんな中、船室の扉がガチャッと音を立てて開いたかと思うと、折角ショストの海運ギルドの職員や、各所から派遣された職人たちが造ってくれた船に対してぐちぐちとぼやきながらフィンが入ってきた。
「お疲れ様。 気持ちは分かるわよ」
「ねー……あれ、みこは?」
同じ操舵担当としては良く分かるハピが共感したのも束の間、フィンはきょろきょろと船内を見回し、望子の姿が無い事に気がついて疑問を投げかける。
「あぁ、ミコ様ならカナタやキューと共に昼食を作っておられる。 一応言うが、邪魔はしない様にな」
「むっ……」
それを受けたレプターは、チラッともう一つの扉に視線を向けつつ口を開き、つまみ食いも厳禁だぞと忠告するかの様に告げた事で、当のフィンは心外だとばかりに顔をしかめてしまう。
「……言われなくても邪魔なんてしないよ。 それよりローア、さっきキミたちがしてた話に出てきた幹部ってさぁ、前に戦った何とかってより強いの?」
何処か拗ねた様に呟いた後、どうやら操舵中にもローアたちの話が聞こえていたらしいフィンがローアの方を向いて何の気無しに尋ねてきた。
「前? 何とか? ……あぁ、ラスガルドの事であるか」
前とは、と一瞬首をかしげたローアだったが、以前に聞いた王都襲撃の件だと思い出してそう口にしてから、腕を組んで何やら思案し始めて──。
「……非常に難しい質問であるが……魔術や魔道具といった搦手を使用しない純粋な戦闘であれば、イグノールは上級にも劣らぬ筈である」
ローアの言う事には、どうやらラスガルドは幹部筆頭であったらしく、魔王コアノルやその側近たるデクストラを除けば最も優れた魔族の一人だったと語る。
「……あん時はあたしら、誰もあいつに勝てなかったんだよな。 結局ミコの中にいる奴が倒しちまって」
「そういえばそうよね……でも私たちだってあの時より強くなってるんだし、何とかなるわよきっと」
「そうそう! 仲間も増えたし、ね?」
そんな折、数ヶ月前のラスガルドとの戦闘を思い返して再びダウナー気味になっていたウルに対し、ここ最近の出来事もあってか比較的前向きなハピと、元より楽天家なフィンが彼女の背や肩を叩き、この場では唯一の追加要員たるレプターに目を向けた。
「あぁ、私も全力でミコ様のお役に立つつもりだ。 貴女たちからすれば頼りないかもしれないが」
「んな事ねぇけど──あ」
「「「「?」」」」
すると彼女は自身の胸当てにトンと拳を当てて、自分が亜人たちよりも遥かに劣る事を自覚した上でそう言うと、ウルは机に顎だけを乗せた状態で何やらぶつぶつと呟いていたものの、唐突にハッと表情を変えて声を上げた事により、その場にいた全員が彼女に視線を向けつつ首をかしげて二の句を待つ。
「──なぁレプ、腕相撲って知ってるか?」
「ウデズモウ……いや、知らないな」
次の瞬間、ウルは少しだけ身体を起こしてレプターの方を向き、地球では全世界規模で知られている筈の遊技──或いは競技の名を口にしたが、どうやら彼女はそれを知らないらしく首を横に振ってみせた。
「異世界にゃねぇのか? じゃあ……おいハピ」
するとウルは、うーんと唸ってハピとフィンに視線を移し、どっちでもいいかと考えつつ取り敢えずハピに声をかけ、何かを提案しようとしたのだが──。
「嫌よ」
「……んだよ、まだ何も言ってねぇだろ」
彼女の言葉を遮るかの様にハピが短くそう口にした為、ウルはジトッとした目つきでハピを睨み、声色を低くして呟き、再び身体を寝かせて顎を机に乗せる。
「どうせ『あたしとお前で試しに腕相撲やってみせようぜ』とか言い出すんでしょう? 何で私が貴女と力比べなんてしなきゃいけないのよ」
一方、完全にウルの思考を読んでいたハピが、馬鹿じゃないのと付け加えてそう言うと、どうやら図星だったらしい当のウルは若干気圧されてしまう。
「わ、分かった分かった。 じゃあ形だけでいいから」
実際にやんなくていいからよ、と声をかけつつ右腕を構えると、ハピは呆れた様に溜息をつきはしたものの、同じく右手でウルの手を取り、構えてみせた。
「……あぁ、何かと思えば上肢闘技か。 貴女たちの世界ではこれをウデズモウと呼ぶのだな」
「あ、あむ……まぁいいや。 で、やるの?」
そんな二人を見ていたレプターは、この世界における腕相撲にあたる競技の名を挙げ、一方のフィンはそれを反復しようとしたが、残念ながらそこはフィン。
反復を諦めたフィンがレプターに声をかけると、レプターは頷きながらすくっと立ち上がり──。
「要は私の力を確認したいんだろう? 依頼で見せた武技では無く――純粋な膂力を」
「……そういうこった。 じゃ、早速やろうぜ」
「あぁ、いいだろう」
ハピと同じくウルの思考を読んだ上で彼女の主張をそのまま口にした事により、ハピはスッとウルの手を離してその場を離れ、二人は互いに手を握る。
「ねぇねぇ、どっちが勝つと思う?」
「さぁ……まぁでも、ウルじゃないかしら。 一応私たち、勇者の所有物なんでしょう?」
「じゃあボクはレプに賭けようかな。 当てた方が今日一日みこに好きなだけ甘えていい権利ゲットね!」
「えっ、ちょ、ちょっと待って──」
本人がここにいないにも関わらず突然そんな事を言い出したフィンの提案に、ハピは思わずあたふたとして彼女を止めんとするも──時既に遅し。
「そうだ、ローアはどうする?」
そんな折、何故か沈黙を貫いていたローアに対してフィンが二人の勝敗について尋ねたところ。
「我輩は──引き分け、としておこうか」
「「え?」」
ふむ、と唸って顎に手を当てた彼女がそう答えた事で、フィンとハピの疑問の声が重なると同時に──。
人狼と龍人の全力の腕相撲──もとい、上肢闘技が船内にて幕を開ける。
──扉一枚隔てた先で、勇者や聖女、樹人がせっせと昼食を作っているにも関わらず。
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