魔王の中に眠るもの
「こっ、コアノル様!? どうされたのですか!? つい先程寝つかれたばかりだというのに……!」
執務室のソファーに偉そうな姿勢で──実際偉いのだから仕方が無いが──座るコアノルを見て、一度寝ついたが最後、下手をすれば数日は起きてこない魔王が此処にいる事にデクストラが心の底から驚愕しているその一方で、当のコアノルは極めて不機嫌そうな表情を浮かべ、形の良い唇を動かす。
「……そんなにおかしいか? 妾が早起きするのは」
「あ、あぁいやそういう訳では……」
その可愛らしい容姿もあってか子供が拗ねている様にしか見えない我が魔王に対し、デクストラがあたふたしながら彼女を宥めている中で──。
(……それはもう早起きでは無いのでは)
つい先程眠りにつき、つい先程目覚めたというなら既に早起きでは無い、と冷静に考えていたヒューゴはすっかり呆れた様な視線を主たる魔王に向けていた。
「それよりお主、報告を続けよ。 あぁ、ローガンについては……今は放っておいて問題無いのじゃ」
そんな事を脳内で呟いていたヒューゴに向けて、自分を宥めていたデクストラを軽く手で払ったコアノルが、どうせ彼奴は好奇心だけで動いておるのじゃろうし、と極めて面倒臭そうに付け加える。
「は、はぁ……よろしいのですか?」
それを聞いたヒューゴが、おそるおそるといった具合に確認を取ろうとしたその時、魔王の表情が真剣なものへと変わり、薄紫の双眸からスッと光が消えた。
「……こう言ってはあれじゃがの。 あれを確実に処理出来るのは、妾かデクストラくらいのものじゃ。 幹部どもでさえ手こずるじゃろう彼奴の相手……中級であるお主がするか? あまり思い上がるでないぞ」
コアノルは彼が考えている以上にローア……もといローガンを高く買っているらしく、消失したラスガルドを除く二人の幹部でも苦戦するだろうと告げる。
「も、申し訳ございません……」
一方、ローガンの異常性は知っていても、その強さまでは知らない彼としては、完全に目が据わっている魔王に対し頭を下げて謝意を示す事しか出来ない。
その後、さぁ報告に移るのじゃと告げられた事でヒューゴは頭を上げ、ではと前置きしてから──。
「一つは、勇者様が仲間を増やした事についてです」
「仲間? 内訳は?」
港町ショストにて三人が新たに仲間になったのだと報告し、ほう、と唸るだけに留まったコアノルに代わってデクストラが彼に詳細を話す様にと促した。
「龍人が一匹、樹人が一匹……人族が一人ですね」
「ふむ。 亜人族はともかく、その人族の人相は?」
それを受けたヒューゴが返事をしてから書類を捲って、自らが得た情報を改めて二人に告げると、デクストラは顎に手を当てつつ、望子と同じ人族の存在が気にかかった様で、どんな者なのかと問いかける。
「こちらに」
おそらくそうくるだろうと考えていた彼は、懐から菱形の水晶の形をした記録用の魔道具を取り出し、それに自身の薄紫色の魔力を流し込む事で港町に滞在していた勇者一行の姿を映し出した。
ヒューゴは数いる観測部隊の中でも特に魔力の操作と魔道具の扱いに長けており……それを見抜いていたからこそ、コアノルは他の上級魔族たちを差し置いて、中級である彼に勇者の観測を一任していたのだ。
その後、ヒューゴの差し出した水晶を興味深そうに覗き込んだコアノルとデクストラはというと──。
「この、方は……」
「ほう、これはこれは」
「ご、ご存知で?」
そこに映っていた神官姿の金髪少女を視認し、かたや目を見開いて驚愕して、かたや一層興味を増した様にニヤニヤと笑みを浮かべており、随分と対照的な反応を見せる二人にヒューゴはおずおずと問いかける。
「……えぇ。 まぁ、これについては気にしなくても良いでしょう。 ミコ様を安全に此処まで運ぶ仲間が増えるというのは、私たちにとっても喜ばしい事です」
「な、成る程」
するとデクストラはヒューゴの声でハッと我に返って若干の驚愕に染まっていた表情を戻し、こほんとわざとらしく咳払いしてから、ソファーに座る魔王よりも支配者然とした昏い笑みを浮かべてそう告げた事で彼は頷く事しか出来なくなる。
そして一段落ついたと判断したデクストラが先を促した事により、ヒューゴが書類をパラリと捲る。
「では二つ目に……勇者様の魔術についてです」
「魔術ですか? 確か……魔道具に込めた超級魔術を扱ってのけるのだとか。 流石は勇者様ですよね」
「はい。 ですが──」
現状、望子が扱う事の出来る魔術についての報告をしようとし、ローガン程では無くとも元々研究肌なデクストラが望子の勇者性を称賛して、ヒューゴがそれを肯定しつつも報告を続けようとしたその時──。
「──ミコが『邪神』の力を手に入れた……或いは、既に使いこなしていた、というところかの」
「「!?」」
ソファーの肘掛けの部分に頬杖をつきながらも、ニヤリと笑ってそう口にした事で、ヒューゴは先読みされた事に、デクストラは邪神という言葉が出てきた事自体に驚いてそれぞれが目を見開いている。
「ま、魔王様? 何故その事を……」
「ふむ、やはりそうじゃったか」
「一体どういう事です? 説明を……」
ヒューゴがおそるおそる問いかけるとコアノルはやたら満足そうに頷き、それを見ていたデクストラが自分も話に入ろうとばかりに身を乗り出した。
「あぁ、何というかのぅ……お主らも知っておると思うが実に千年以上も前、妾は土を司る邪神であるナイラを斃し、その力を根こそぎ奪っておる」
「え、あぁ……そう、でしたね」
そんな彼女に対してコアノルは背丈に釣り合わない豊満な胸に手を当てながら、望子と同じく自分の中に眠る邪神の力を改めて感じ、一方のデクストラは千年前の千日千夜の戦いを思い返して頷く。
「での? ある時ふと、妾の中に眠るナイラの力が反応を見せたのじゃ。 まるで、そう……何かの死を悼むかの様な、静かな怒りと深い哀しみを」
「それで、ミコ様が邪神をと?」
その反応を見たコアノルはまたも満足そうにうむと唸ってから、丁度望子の中にいる何かがストラを討ち倒し、ストラが望子に力を渡した瞬間に感じたものを語った事で、ある程度理解出来たデクストラが確認する様にそう問うと、コアノルはこくんと頷いた。
「ま、風か火か水か……詳しい事は分からんかったがの。 尤も、リフィユ山は風の女神のお膝元。 おそらくは風の邪神、ストラだったのではないか?」
「ご明察です、魔王様」
そんなコアノルは細い腕を組みつつ、少しだけ蚊帳の外となっていたヒューゴに向き直ってから確信めいた問いかけをし、それを肯定されたコアノルは、負けず嫌いな彼奴の考えそうな事じゃ、とかつて相対した邪神を思い返して肩を竦める。
「それにしても……ふふ、火光に続いて邪神の力まで手にするとは。 ますます欲しくなったのじゃ」
そんな中、コアノルはいずれ自分の物になると信じて疑っていないのだろう八歳の勇者に思いを馳せており、それを聞いた二人は……かたや大袈裟に、かたやこっそりと溜息をついていたのだった。
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