その頃の魔王城
一方その頃──。
ガナシア大陸とヴィンシュ大陸とは付かず離れずの位置に存在する、かつては人族や亜人族が普通に暮らしていたものの今は見る影も無い極夜の地、魔族領。
そんな魔族たちの住処の中心部に位置する、悍しくも何処か荘厳な佇まいの城……魔王城の長く広い廊下を、一人の青年魔族が足音もそこそこに歩いていた。
(魔王様、本日は起きていらっしゃるだろうか……)
いくつかの書類を手に脳内でそう呟いて溜息をついたのは、魔王コアノルによって望子たちの監視及びその報告を命じられていた中級魔族ヒューゴ。
──尤も、彼が所属する観測部隊とは本来この世界の情勢を把握する為のものであり、勇者とはいえ少女一人の動向を見守る部隊では無い筈なのだが。
たかだか中級の身でありながら直にコアノルに命じられ、所属していた懲罰部隊を離れてたった一人でこの任に就いていた彼は今、魔王の私室の絢爛な扉を控えめにノックしようと。
──した、その時。
『──すみませんがコアノル様はご就寝中……出直してきてもらえますか?』
「っ、デクストラ様?」
扉の向こうから聞こえてきた透き通る様な女声に心当たりのあったヒューゴが、ノックしようとしていた手をピタッと止めつつ、中にいるのだろう上司……もとい、魔王コアノルの側近の名を口にする。
『えぇそうですが……あぁその声は……確か観測部隊のヒューゴでしたか? 貴方が此処へ来たという事は』
「はい。 魔王様にご報告をと」
当のデクストラは声の主たるヒューゴを思い返しながら、彼が魔王の私室を訪れた目的を見抜き、それを受けたヒューゴは頷いてそう答えてみせた。
するとデクストラは、ふむと唸ってしばらく何かを思案しているらしかったが。
『……では、私が聞きましょう。 コアノル様は……先程寝ついたばかりなので、当分目覚めませんし』
「はっ、かしこまりました」
カッカッ、とヒールを鳴らして扉の方へと近づきつつ溜息混じりにそう告げた事で、ヒューゴは短い返事と共に、床に就く魔王に配慮したのか控えめに開いた扉の向こうから現れた赤髪の美女に頭を下げた。
「──さて、それでは聞かせてもらいましょうか」
その後、デクストラはヒューゴを連れ立って自身の執務室へと向かい、いかにも質の良さそうな椅子に座ってから机の上にあった羽根ペンを手に取る。
「はい、まずは……あっ、いやこれは」
「? どうしました?」
ヒューゴの報告を後でコアノルへと伝えるべく覚え書きしようとしたのだが、彼が手元の書類に目を通した瞬間、何故かハッとした表情で言い淀んでしまった為、要領を得ない彼女が首をかしげて問いかけた。
そしてヒューゴは、余程言い憚られる事なのか冷や汗を流しつつもその口を開いて。
「い、いえ……その、勇者招集部隊については」
かつてデクストラが直々に選抜し、勇者である望子を魔王城へと迎える為の部隊についての報告をすべきだろうかと考えていた彼がおそるおそるそう言った。
「……あぁ、それは結構。 私自身、コアノル様からお叱りを受けましたし……逃げ帰ってきたフライアについても、その身柄は研究部隊に引き渡しましたから」
「え? り、研究部隊に? それは、何と言いますか」
しかし、どうやら彼女は既にその事を把握していた様で、首をゆっくりと横に振りつつ、お叱り……というより愚痴を受けた事と、唯一あの場で生き残った上級魔族、フライアのその後についてを語ってみせた。
そんな風にさも何でも無いかの如くデクストラが語った事で、ヒューゴは思わず聞き返してしまう。
──それもその筈、研究部隊とは最高主任者を筆頭に魔族の中でも特に珍妙な者たちが集う部隊であり、そこへ引き渡されたとあっては無事では済まないのではないか、と考えてしまっていたからだ。
だが当のデクストラはというと、特に表情を崩す事も無く手元の書類……おそらく、フライアについての記述があるのだろう一枚に目を通す。
「彼女の身体には二つの力の痕跡があったそうです。 一つは勇者様の、そしてもう一つは……猟奇的な程の好奇心に塗れたあの狂人のものでした」
「ローガン様……ですね」
右手の人差し指と中指を立て、研究部隊たちがフライアの身体を調べた結果を伝えると、ヒューゴは嫌な思い出でもあるのか身を震わせてその名を挙げた。
──ちなみに勇者の力の痕跡とは、フライアの去り際に傷ついた彼女を慮った望子が手渡したフィン謹製の回復薬、蜂蜜水玉の事である。
「監視役などとのたまっていながら、一切の情報をこちらへ寄越そうともしない……残念、かどうかはともかく、貴方には今しばらく働いてもらいますよ」
「は、はい! お任せを!」
その一方、ヒューゴの小さな呟きを聞いたデクストラは、机に両肘をつき組んだ手を口元に当てながら極めて不機嫌そうな表情と声音で、ローア……いやローガンを非難する旨の発言をしつつ、深い息を吐いてからそう告げた事で、ヒューゴはカッと踵を合わせて書類を持っていない方の手で敬礼してみせた。
「で、ドルーカを出立した一行はどちらへ? 私の予想ではリフィユ山を越え、港町で船を手にし……魔族領へ向かわんと海を渡るというところですが」
「はい、概ねデクストラ様の想像通りでした……しかしながら、二つ……いえ、三つ程不測的事態が」
「……不測的事態? それは?」
その後、デクストラがドルーカを出た後の勇者一行の動向と次なる目的地についての予測を口にすると、
ヒューゴが彼女の言葉を肯定しながらも、すぐに首を横に振ってからパラパラと書類を捲り始めた事によりデクストラは随分と怪訝そうな表情を浮かべ、彼の整った顔をジッと見つめて問いかける。
「一つ目は……ミコ様の──」
こほん、とヒューゴが一度先払いしてから、書類に目を通しつつ報告を開始しようとしたその時。
「──今、ミコの名を?」
「「!?」」
突然部屋に響いたその声の主の方を向いた二人が、思わず目を見開いて驚くのも無理はない。
「全く……いくら寝ておるからといって除け者にするでない。 ミコに関連する報告なら妾も聞くのじゃ」
そこには、つい先程私室で寝ついたばかりである筈の……魔王コアノルがいたのだから。
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