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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第一章
18/491

ぬいぐるみへの頼み事

 望子の人形使い(パペットマスター)としての力により上位種たる龍人ドラゴニュートへと進化を遂げたレプターは、あらゆる面において以前までの自分とは一線を画すだろうと自覚している。


(──……っ、だが、あれはあまりにも……!)


 しかし、まだ蜥蜴人リザードマンだった頃──幾度か魔族に遭遇し勝利した経験もある彼女であっても、かの遠方に見ゆるラスガルドと名乗る魔族とは、おそらく勝負にもならないだろうという事も自覚していたらしかった。


 それも無理はないだろう、レプターの視界にはほぼ全壊の状態にある王城が映っており、つい先程の衝撃が一度だけだった事を考えれば、あの幹部がたった一撃の下に破壊したのだと嫌でも分かってしまうから。


「──へ、兵長! どうか、ご指示を……!!」

「!!」


 その一方、ギリッと口惜しげに歯噛みする彼女を見ていた番兵の一人が急かす様に彼女へ詰め寄り、どうすればと心から頼りにしている上司の指示を仰いだ事で、レプターはハッと我に返って首を横に振り──。


「──……っ、速やかに住民たちの避難誘導を! 王城は……王は、もう駄目かもしれないが……これ以上の被害を出す訳にはいかない! 冒険者や傭兵たちと協力し、何としても食い止めろ!! 力無き者の為に!!」

「「「「「……! はっ!!」」」」」


 決意に満ち満ちた表情と声音を以て部下たちに、これから可及的速やかに行わなければならぬ行動の全てを告げた事により、それまで突然の事態に動揺していた彼らは一様に凛とした表情を見せ、その拳を胸に当て敬礼してから誰からともなく迅速に行動を始めた。


「……ふーっ」


 その後、部下たちが詰所から離れていくのを見送ったレプターはといえば、あそこまで部下たちに発破をかけた以上、仮に負け戦となろうとも自分が引き下がる訳にはいかない──と深刻な思考を広げつつあり。


(……私一人の犠牲で、この地に住まう力なき者たち逃げる時間をほんの少しでも稼げるというのならば……)


 族長の孫娘であったという事以前に、そもそも集落の中で一番の実力を誇っていた彼女には『弱者を見捨てる』という選択肢は最初から存在せず、もし自分一人が倒れても千や万の民が助かるならと考えていた。



 ……この騒ぎなら、もう被害者は続出している筈。



 ……犠牲者だって出始めている頃だろう。



 だからこそ、これ以上は──。



「……よし──ぅっ!?」


 そう決意しつつ自分の頬を両手で挟む様に叩き、あの幹部とやらが陣取っているのだろう王城に向けて踏み出したその時──彼女の肩を誰かがぐいっと掴む。


「な、ん──」


 その力は思ったよりも強かった様で、レプターが少しよろけそうになりながらも後ろを振り向くと──。


「待て待て、どこ行くんだお前」

「ウ、ル……」


 そこでは、ウルが彼女の肩を強めに掴んだまま心から不思議そうな表情を浮かべて問いかけてきていた。



 この状況下で、どこへ行こうというのか──と。



「……ラスガルドなる魔族のいる王城へだ。 今の私は龍人ドラゴニュート。 幹部とはいえ私一人でも手傷くらいは──」


 それを受けたレプターは、およそ隠しきれない動揺が表に出ぬ様にと冷静に応えつつ、されど一切の勝ち目が存在しないだろう事も隠し通そうとしたが──。


「えぇ? そんなにドキドキしてるのにぃ? ほんとは勝てないって分かってるんじゃないのぉ? ねぇ、ウル」

「あぁ全くだ。 そういうの無謀ってんだぜ? あいつとお前じゃ、どうやったって勝負にもなんねぇだろ」


 収まる様子のないレプターの速い鼓動を超聴覚で感じ取っていたフィン、レプターとラスガルドとの匂いの間にある絶望的な程の強さの差を超嗅覚で感じ取っていたウルの二人が『やれやれ』とレプターを煽る。



 ……何とも、わざとらしく。



「っ! 仕方がないだろう! 見ての通り先の一撃で王城はほぼ全壊している! おそらく王宮魔導師たちも生きてはいまい! 私がやらねば誰がやるというんだ!」

「「「……」」」


 それを聞いたレプターはカッと目を見開き、ほぼ原形を留めていないボロボロの王城を指差して思わず声を荒げつつも責任感の強さを露わにしたのだが──。


 ──くいっ。


「!? ミコ、様……?」


 息を切らして叫ぶ彼女の軽鎧からはみ出した軍服の端を遠慮がちに摘んだ望子に、レプターが反応して視線を向けると、おそらく意図せず自然に上目遣いとなっていた望子は潤んだ瞳でレプターを見つめながら。


「と、とかげさん、あぶないよ……せっかく、なかよくなれたのに……しんじゃうなんて、いやだよ……」

「……っ、ですが、それでは──い"っ!?」


 自分から死地へ向かわんとしている事を幼いながらに察して、どうにか引き止めようと声をかけてきた。


 しかし、この幼い勇者の言う通りに魔族から逃れたとしても、それは武人としての死を意味するも同じだと判断した為、出来るだけ優しく望子の手を振り払わんとしたが──そんな彼女の手が急に動かなくなる。


「何、だ──」


 それを不思議に思ったレプターが手元を見ると、そこでは透明かつ淡い緑色で蛇の如く流動している様に見える空気が彼女の腕に巻きついているではないか。


「……ハピ! 貴女まで──」


 それを瞬時に風属性の魔術の一つだと見破った彼女は、それまで静観していたハピに鋭い視線を向ける。


 ハピだけは、この冷静な鳥人ハーピィだけは『自己犠牲』という概念も理解してくれる筈だと思っていたからだ。


 だが当のハピは、そんな彼女の視線を何処吹く風といった具合で流しつつ呆れた様に溜息をついてから。


「……もぅ、言い方が悪いのよ貴女たちは」

「……? 何を、言って──」


 どうやら、その呆れの感情の向かう先はレプターではなくウルとフィンであったらしく、よく分からないが何かしらの誤解でもあったのかと目を瞬かせる中。


「貴女の中に、『頼る』って選択肢はないのかしら」

「……! それ、は──」


 どう聞いても、『自分たちも力を貸す』暗に口にしている様にしか思えないハピの言葉に、レプターは何かを言う為に開こうとした口をすぐに閉じてしまう。



 ……レプターにもその考えがなかった訳ではない。



 実際、彼女たちに牙を剥かれた時は全く反応できなかったし上位種たる龍人ドラゴニュートとなった今でも確実に勝てるとは言い切れない、それ程の戦力差が自分と彼女たちの間にあるのだし──と、そう考えていたからだ。



(……私では駄目でも、この三人なら──)



 ──と、そういう考えは今も持ってはいる。



 ……だが、しかし。



「……っ、いや駄目だ。 貴女たちはミコ様の、勇者様の所有物。 その力は魔王を滅する為に振るわれるべきだ。 この様な場所で傷ついていい筈が……失っていい筈がない。 気持ちはありがたいが、ここは私が──」


 この世界を支配せんと目論む『魔王』という存在をこそ討伐する為に喚び出された望子のお友達、三つのぬいぐるみが変異した亜人族デミたちの力は当然ながら魔王を討つ為にある筈で、やはり適任となると──と。



 そんな彼女の主張は最後まで言い切られる事なく。



「──う"っ!? う、ウル……!?」

「……いいか、よく聞けよ」


 大体、同じくらいの身長であるウルに胸倉を掴まれ言葉に詰まり、どうして──と問うより早く、ウルは至って真剣な表情と声音を以て彼女を説得し始める。


「──……あたしらは基本、ミコの意思のままに動くつもりだ。 少なくとも、あたしはそう決めてる。ミコがお前に死んでほしくないってんなら、それを叶えんのがあたしの……あたしらの役目だ。 分かるだろ?」

「……そ、れは……だが、私は──」


 ウルが伝えたいのはきっと話の後半、『望子がお前に死んでほしくないなら』というところにあり、レプターとしても勇者である望子を蔑ろにしたくない気持ちは間違いなくあるが、それはそれとして『まだその時ではない』と召喚されたばかりの望子への気遣いも兼ねて自分の判断を曲げようとはしなかったものの。


「さっきも言ったろ、あたしら──仲間じゃねぇか」

「……仲、間……?」


 スッと胸倉を掴んでいた手に込められていた力が緩んだ瞬間、静かな声音でかけられたウルの『仲間』というただの言葉が、すとんと彼女の心に落ちてきた。



 先程も聞いた筈なのに、すとんと心に落ちてきた。



 あの時は、『ぬいぐるみ仲間』と余計なものがついていたからか、それとも今が緊迫した状況だからか。



 或いは──。



 ──……それは、もう十年以上も前の事。


 

 ルニア王国王都セニルニアに在籍する貴族の大多数は、リドルスと同じく亜人族デミ人族ヒューマンと同等の存在とは扱わない者たちばかりだったが、その中には亜人族デミ人族ヒューマンと平等に扱う者も少数とはいえ確かにおり、それらの貴族が中心となって進めていた──()()()()()

 


 食糧、武具などを輸出入するついでの──()()



 各地に点在する亜人族デミの村や里、集落などに騎士や魔導師を派遣し、その代わりに亜人族デミを王国へと派遣させ、ルニア王国全体の戦力強化を図る政策だった。



 無論、魔族への対抗手段の一つとして──。



 そんな中、蜥蜴人リザードマンの集落から王都へ派遣される事になった者たちの一人にレプターも含まれていたのだ。


 族長の孫娘なのに、と思うかもしれないが──レプターとしては族長の孫娘だからこそ若い内に人族ヒューマンと触れ合う事で見聞を広めたいと考えての自薦であった。


 それから、レプターは王都セニルニアにて即座に頭角を現しはしたものの、やはり亜人族デミを毛嫌いする貴族のせいで近衛や騎士にはなれず、しかれど決して腐らなかった彼女は番兵としても優秀である事を示し。


 こうして今、亜人族デミの身でありながら番兵たちの長という地位まで登り詰めるとともに、セニルニアでは彼女を個人的に支持する権力者も増加傾向にあって。



 ──だからこそ、レプターにはいなかった。



 ……仲間と呼べる様な者は、ただの一人も。



(……だが、彼女たちは──)


 そんなレプターの前に突如として現れた自分を遥かに上回る三人の強者と、それらを従える小さな勇者。


 実際に出会い、そして会話したのはほんの短い時間だが、それでも『ぬいぐるみになった』という、たった一つの共通点を得た自分を仲間だと呼んでくれた。



(私は……わたし、は──)



 ならば、もういっその事──。



「──頼む……助けてくれ!これ以上、誰にも傷ついてほしくないんだ! 頼む! お願い、だから……!」

「「「……!!」」」

「とかげさん……」


 そう決意した彼女は勢いよく亜人族デミたち全員に向けて膝をつきつつ頭を下げて、その流麗な金色の髪を垂らし、ポロポロと涙を流して懇願する様に叫び放つ。


 亜人族デミという種は蜥蜴人リザードマン龍人ドラゴニュートに限らず自尊心プライドが非常に高く、およそ同種にさえ頭を下げる事は稀で。


 そんな龍人ドラゴニュートの彼女が年端のいかない勇者と、その所有物たるぬいぐるみに頭を下げて頼み込んでいる。



 力なき民を救ってほしい──と。



 一方のぬいぐるみたちは『基本的に亜人族デミ自尊心プライドが高い』などという情報は知らずとも、レプターの真剣さは未だに膝をつきつつ頭も下げたままである姿勢を見れば分かるし、この姿勢になる前に一瞬だけ見えた瞳を見たが最後、断る理由など何処にもなく──。


「最初っからそう言やいいんだよ! 任せとけ!」

「ふふ、魔力の扱いも理解出来てきたしね」

「よーし! 頑張っちゃうぞー!」


 三人揃って緊張を微塵も感じさせない、それはそれは自信満々な様子でレプターの願いに応えてみせた。


「すまない、ありがとう……! この恩は必ず──」


 それを聞いた途端、思わず感極まってしまい『自分に出来る事なら何でも』と先程の望子の様な事を言いかけたレプターに、『あぁ』と何かを思いついたらしいウルが隣に立つ望子の背中を優しく押しつつ──。


「──だったら今、返してくれよ。 ほら」

「ぅわぁっ!?」

「っ!? な、何故ミコ様をこちらに……!?」


 優しく押しつつ──とは言っても結局つんのめってしまった望子をそっと受け止め、レプターが要領を得ないと言わんばかりの表情とともに意図を尋ねると。


「お前にミコを預けるってこった。 あたしらは、これから魔族あいつらと戦うんだからよ。 任せたぜ、『レプ』」

「あ……」


 ウルは、レプターを信頼して望子を預けると口にしながら彼女が呼んでほしいと言っていた愛称で呼びかけ、それに気づいたレプターが信頼を悟る一方──。


「仕方ないわよね、まさか戦場に望子を連れて行くわけにもいかないし。 貴女の傍が一番安全そうだもの」

「……ほんとはボクが守りたいんだけどね。 キミの願いに免じて、みこを守る権利をあげるよ。 今日だけ」

「……分かった。 命に代えても護り抜くと誓おう」


 ウルと同意見ではあるものの出来る事なら望子と片時も離れたくない派の二人も、どうにか自分を納得させる目的も兼ねてレプターに頼み込んだ事で、レプターは改めて必ず勇者を護る事を三人に誓ってみせた。


 一方、望子としても本当は大事なお友達が危ない場所へ行く事が心配で心配で仕方ないのだろうが──。


(……わたしにはなにもできないから、せめて)


 幼い自分では、どうやっても役に立たない──それを理解しているからこそ、ぬいぐるみたちに向けて。


「──みんな……っ、ぶじに、かえってきてね!」

「おぉ!」

「えぇ!」

「うん!」


 涙目かつ涙声の望子からの言葉をしっかりと受け止めた三人は、それぞれ望子を不安にさせない為にと晴れやかな笑みを浮かべて応じてみせていたのだった。


(──……羨ましいな、この四人の関係は)


 付き合いの長さが違うのだから仕方ないとはいっても思わずそう考えてしまうレプターをよそに、ぬいぐるみたちは幹部の待ち構える王城へ向けて歩き出す。











「──さぁ、行くぜ野郎ども」

「……野郎じゃないけどね」

「あは、楽しみ」



 そんな三人の表情は既に、この世界に来たばかりの愛らしいぬいぐるみのものなどとはかけ離れた──。



 戦いの中で生じる愉悦に飢えた狂戦士バーサーカーもかくやという、とてもではないが善に思えぬ笑みとなっていた。

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