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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第七章
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港町の夜宴

 完成した船を披露してもらった後、『今日の夜は進水式も兼ねた宴をするからな!』とオルコに告げられた望子たちは、まだ午前中という事もあって、適当な依頼クエストを受けつつ時間を潰していた。


 ──そして、その日の夜。


「──よぉっし! もいっちょ乾杯だぁ!!」

「「「おぉおおおおおおおお!!!」」」


 すっかり赤らんだ表情と共に、何度目かも分からない乾杯の音頭を取るオルコの喜色に満ちた叫びに、町の住人たちは老若男女問わず揃って声を上げる。


 ──町は今、提灯にも似た照明具の中に込められた様々な種類の光の魔石によって、色鮮やかな光が浮かび上がり、住人たちの笑顔を仄かに照らしていた。


 その一方、望子とフィン、そしてキューの三人は町の少年少女たちとわいわい騒ぎながら飲み食いし、ウルはオルコを始めとした酒豪たちと飲み比べをして、カナタはこの一月ひとつきで随分と仲良くなった二人の神官、イザベラやエシュメと共に治療術や崇めている神々の話などをして盛り上がっている中で──。


「ふふ……皆楽しそうね。 望子なんて、あんなにはしゃいじゃってるし」


 そんな彼女たちを遠目に見ながら葡萄酒ワインを嗜んでいたハピが、微笑ましげな表情でそう呟く。


「あぁ全くだ。 やはり歳が近い方が良いのだろうな。 私たちは、揃ってミコ様より年上なのだし」


 その声に応える様にレプターは、蒸留酒リキュールの入ったグラスを揺らしつつ、少しだけ寂しげな気持ちを纏わせているかの如き視線を望子に向けていた。


 ──彼女の言葉は何も間違っておらず、望子が地球にいた頃はその愛らしい容姿もあってか同年代よりも年上に持て囃される事が多かった為、ああやって歳の近い子供たちと遊ぶのは殆ど初めてだったりする。


「そういえば……私たちって結局、ヴィンシュ大陸? とかいう場所に向かう事になるのかしら」

「……あぁ、それは私も気になっていた。 あの場はウルの誤魔化しに乗ったが、魔王討伐を掲げているのにそんな寄り道をしている場合では無いと思うが……」


 そんな折、レプターの言葉に短い言葉を返したハピが突然真剣な表情を見せたかと思うと、この一月、他の誰かに聞かれる心配の無い宿屋の部屋などで話し合った次の目的地について語り始めた事で、レプターもうんうんと頷きながら、若干ではあるが責任をウルに押し付けつつそう口にしていた時──。


「──それに関してであるが。 ヴィンシュ大陸に向かうというのは、悪くない案だと思うのである」

「何故?」


 彼女たちの会話に割り込む様に、同じくお祭り騒ぎから少し離れた場所で、何処から持ってきたのか酒精強めの火酒ウイスキーを呑んでいたローアが口を挟み、その言葉の理由をハピが怪訝な表情と声音で尋ねる。


「結論から言えば……今のお主たちではどう足掻いても、魔王様はおろかその側近にすら敵わないだろう、と考えているからである」

「……何だと?」


 彼女は何でも無いかの様にハピとレプターを見遣りつつ、一党の戦力を分析した上で勝ち目は薄いと語った為、レプターは声を低くして聞き返してしまう。


 ──実を言えばこの時、彼女は無意識下で龍如威圧ドラガスリートを行使していたのだが、仮にも上級魔族たるローアは何処吹く風と一切の動揺を感じさせなかった。


「純然たる事実であるよ、レプ嬢。 これは冗談でも何でも無く……お主も、ウル嬢も、ハピ嬢も……フィン嬢でさえも、力不足と言わざるを得ないのである」

「……だから、別の大陸で力をつけると?」


 そしてローアはグラスに残っていた酒をグイッと飲み干した後、濡れた唇を指でなぞりながら何処か妖艶さを感じさせる表情で告げると、レプターは悔しげに俯いてしまい、そんな彼女の代わりにハピが問う。


 ──尤も、フィンだけは今の状態でも……側近たるデクストラには匹敵するだろうとローアは考えていたが、ここで言う事でもあるまいと口を噤んでいた。


 その後、ハピの問いかけを受けたローアは、脳内で広げていた考えを首を横に振ってから──。


「そういう事であるな。 差し当たって、お主たちが為さねば成らぬ事は──三つ」

「「三つ?」」


 こくんと頷いてから右手の親指から中指までの三本を立ててそう言うと、二人の疑問の声が揃う。


 再び頷いたローアは人差し指と中指を折り畳んでから、本題に移る為か表情を真面目なものへと変えた。


「一つは……レプ嬢。 お主の限界突破オーバードーズである」

限界オーバー突破ドーズ……確か、魔力限界を乗り越えなければならないのだったか……私に、出来るのか?」


 そしてレプターだけを射抜いてそう告げた事で、当然その言葉は知っており、ウルたち三人が既にそれを乗り越え印が刻まれた事も聞いていた彼女は、自分にも可能なのかと珍しく不安げな様子を見せる。


「先も言ったが、為さねば成らぬのである。 そうでも無ければ、勇者の盾となるなどとてもとても──」


 そんな彼女に対し発破をかける為なのだろうが、ローアが嘲りでもするかの様に挑発的な笑みを湛えた。


「──いいだろう。 やってやろうじゃないか」

「うむ、その意気であるよ」


 くすくすと喉を鳴らしてそう言うやいなや、レプターは露骨にムッとした表情で応えてみせる。


「二つ目は……ミコ嬢の運命之箱アンルーリーダイスについてである」

「あぁ、確か……後四つ込められるのよね」


 その後、話が一段落ついたと判断したローアが、折り畳んでいた人差し指を起こし、フィンの膝……もとい、尾鰭の上で果汁ジュースを飲んでいる望子を見遣ってそう告げると、今も望子の首に下げられた小さな立方体を見ながら、ハピはリエナの説明を思い返していた。


「……出来る事なら、あらゆる局面に対応可能な汎用性のある超級魔術を込めておきたい……と、我輩は考えているのであるが……如何いかがかな?」

「それは……まぁ、そうね」


 ハピの呟きにローアが頷きながらも、あくまでもミコ嬢の身に及ぶ危険を極力減らす為であると告げた事で、それを聞いて断る訳にもいかないハピは若干納得がいっていない様子でそう言いつつ首を縦に振る。


 ──とはいえ現状、運命之箱アンルーリーダイスには、かつて火光かぎろいと呼ばれ恐れられた狐人ワーフォックスの力と、世界を影から支配せんとする邪神の一角の力が込められている為、大抵の事態は何とか出来るとローアは踏んでいたのだが。


 そして、ローアは得意げな表情で中指を起こしながら、三つ目の必須事項を語らんとする。


「最後の一つは他でも無い、ハピ嬢を始めとしたお主たち三人の……進化であるよ」

「進化というと……私やピアンの様な?」

「ピアン? ……あぁ、そうであるそうである」


 ローアがハピを見遣りつつそう言うと、数ヶ月前に望子の力で蜥蜴人リザードマンから龍人ドラゴニュートへ進化していたレプターが、自分と同じく望子の力で進化したらしい、ドルーカで出会った有角兎人アルミラージを例に挙げて問いかけたものの、何故かローアは一度首をかしげてしまう。


 ──どうやら完全にピアンの存在が頭から抜けていたらしく、何の事やらと逡巡した結果、自分が魔族だと告げた事で怯えていた兎を何とか思い出せていた。


 レプターもハピも、自分が挙げた三つ目の必須事項の理由をいまいち理解出来ていない事が分かったローアは一度こほんとわざとらしく咳払いする。


「これまでミコ嬢が人形へ変化させた亜人族デミは、すべからく上位種へと進化を遂げている。 だというのに、最初から付き従っている三人が下位種のままなのは一体何故なのか……残念ながら検討もつかぬのである」

「そういえば……そうね。 何でなのかしら」


 望子たちに初めて出会ってからここまでずっと、勇者の所有物とはいえ何故これ程の強さを持ちながら進化出来ないのか、と考えていたのだという旨を伝えると、ハピも似た様な事を思っていたらしく、揃って酒の席に合わない表情を湛えて思案を始めてしまう。

 

「待ってくれ。 あの二人はどうなんだ? ポルネとカリマも進化してはいないだろう」

「……気づいていなかったのであるか」

「は……? 何がだ」


 そんな二人に水を差す様に、一月ひとつき程前に望子の力で人形パペットと化した海賊団の船長たちをレプターが例に挙げたものの、それを聞いたローアは期待はしていなかったとでも言わんばかりの視線を向けつつ溜息をつき、イラッとしたレプターが強めに尋ね返す。


「あの二人も、おそらく上位種へと進化しているのである。 ハピ嬢は気づいていた様であるが」

「え? そ、そうなのか?」

「えぇ。 多分、だけれど──」


 ローアがチラッとハピへ視線を遣り、レプターにとっては初耳の事実を口にした事で、彼女はきょとんとした表情で同じくハピの方を向き、それを受けた当のハピは若干自身無さげに語り始めた。


 ──牢屋敷で望子があの二人をぬいぐるみに変えた時、ハピの翠緑の瞳は二つのぬいぐるみを射抜き……とある情報データを読み取っていたらしい。


 それは、あの二人が進化を遂げたという情報データであり、蛸の人魚マーメイドであるポルネは海神蛸ダゴンに、烏賊の人魚マーメイドであるカリマは海皇烏賊スキュラに進化していたのだった。


 ──無論、あれ以来ぬいぐるみのままである本人たちはその事を知る由も無いのだが。


「……成る程。 それならば確かに、ハピたちだけ進化していないのはおかしい……のか?」


 そんな二人の説明を受けたレプターは、むぅと唸って首をかしげつつも何とか現状を理解する。


「まぁ、大体理解は出来たわ。 今の話、この町を出るまでには望子たちにも分かる様に説明しておいてね」

「了解である」


 ローアに望子たちへの説明を一任しつつ、町の住人たちとは異なり静かに酒を嗜んでいたグレースやファタリアの方へ挨拶も兼ねて向かっていった。


「……では我輩も年相応に、子供たちと触れ合ってみるとしようか。 レプ嬢、お主は──」


 ハピを見送った後、ローアもゆっくりと立ち上がってから望子たちの元へと向かおうとしたのだが──。


「一つ、聞いてもいいか?」

「……ご随意に」


 レプターが至って真剣な表情と声音で呼び止めてきた為、ローアは足を止めて振り返り……そう答える。


「何故魔族である貴女がここまで勇者ミコ様に肩入れする? 本当に興味だけか? 何か裏があるのでは──」


 ──そして、相手が魔族であっても一切臆する事無く、レプターがローアに問いかけたその瞬間。


「──く、ふふ……くはははは!」

「なっ、何がおかしい!」


 ローアが突然、額に手を当て馬鹿にするかの様に笑い出した事で、レプターは先程よりも更に苛立った様子で叫び放ち、グラスを持つ手に力を込めた。


 くっくっ、と未だ喉を鳴らして笑いを堪えているローアが、今にも飛びかからんとする彼女を手で制す。


「いやいや、すまぬなぁ。 思わず笑いが……要は、我輩が誰の味方かを知りたいのであろう?」


 レプターの疑問に秘められた真意を見抜き、半笑いで確認した事で、彼女は無言で頷き──肯定する。

 

 次の瞬間、ローアはピタッと笑いを止め、されどニヤリと口の端を歪めた表情を浮かべながら──。


「──我輩は、誰の味方でも無い。 強いて一つだけ挙げるとするのであれば……我輩の奥に燻る、病的なまでの知的好奇心。 ただそれだけである」

「な……っ!」


 自らをして病的と言わしめる……目の前に立つローアの……いや、小さな上級魔族の異常性に、レプターは目を見開き呆気に取られるしかなかった。


「だが安心してほしい。 少なくとも今は、ミコ嬢以外に興味を惹かれるものなど有りはしない。 だからこそ我輩は……あの小さな勇者に肩入れするのである」


 するとローアはほんの一瞬……右眼だけを魔族特有の薄紫のそれに戻して輝かせ、昏く妖しい笑みを浮かべてそう告げてから、ではまた後程と口にして、楽しげに食事をとっている望子の元へ向かっていった。


 一人その場に残されたレプターは、いつの間にか手の中でグシャグシャに割れていたグラスも一切気に留めず、龍人ドラゴニュート特有の鋭い眼光でローアの……いや、上級魔族の小さな背を見つめながら──。


 ──たとえミコ様の友人を名乗っていようと。


 ──あの方を害する様な事があれば、私が。


 ──そう、考えていた。

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