あの時の屋台で
その後、八人で宿屋を後にして船長たちが収容されている牢屋敷へ向かわんとしたものの、何故かフィンが『夕方……いや、夜になってからにしない?』と理由も言わずに提案し、気にはなったものの特に断る理由も見つからなかった望子たちは、時間を潰す為に町をブラブラと歩き回ってみる事にした。
町の住人だけで無く、海賊により仲間を殺されてしまっていた冒険者たちからも感謝を告げられながら、然程広くも無い町中を練り歩いていた時──。
「ねぇねぇいるかさん。 その……せんちょう? のふたりって、どんなひとたちなの?」
よくよく考えると船長たちについて何一つ知らない事に気がついた望子が、当事者であるフィンに上目遣いで尋ねると、うん? と彼女が反応を見せた。
「んーとねぇ、片方が蛸で……もう片方が烏賊だよ」
「た、たこ? いか……?」
そして、フィンが記憶に新しい二人の人魚の元になった海洋生物の名を挙げたのだが、当の望子はきょとんとした表情を浮かべている。
「あら? もしかして望子、蛸と烏賊は分からない?」
料理の得意な望子なら知ってると思ったけれど、と彼女たちの会話が聞こえていたハピが首をかしげて問いかけたものの、望子は首を横に振って否定した。
「うぅん、わかるよ。 でも……どんなかんじなのかなぁって。 いるかさんみたいに、おなかからしたがたこといかになってるの?」
実のところ、蛸と烏賊がどういう生物なのかは分かっていても、亜人族としてはどうなるのか分からないがゆえに望子は疑問を抱いていたのだ。
「あー、そうだな。 ニョロニョロ足が生えてんぜ。 蛸が八本で、烏賊が十本だ」
そんな望子の疑問を解消するべく、フィンやハピと同様にあの二人を見知っているウルが、両手を触手の様にわきわきさせながら彼女たちの容姿を語る。
「へー、そうなんだぁ……あ、おんなのひと?」
「うむ。 どちらも雌……あぁ、女性であるよ」
「……そっか」
ウルの仕草には大して意を介してはいなかった望子が、本題だとばかりに隣にいるローアへ問うと、雌という生物学的な表現では伝わらない可能性もと考えた彼女はそう言い直して頷き、それを聞いた望子は少しだけ安堵した様にホッと息をついた。
──現状、一党メンバー八人全員が女性であるがゆえに、幼いなりに心配していたのかもしれない。
「……しかしミコ様。 先程ああは言いましたが、本当によろしいのですか? もし件の二人が貴女に害を為す様な事があれば、その時は私が──」
そんな折、宿屋での話し合いの際に望子の決定に従うと口にした筈のレプターが、歩みは止めぬままになるだけ低姿勢で望子に目線を合わせて進言した。
「だいじょうぶだよ。 もしそうなってもじぶんでなんとかするから、ね?」
「は、はいっ! 出過ぎた真似を致しました!」
やたらと過保護な言葉を漏らす彼女の唇に自分の人差し指を当て、何処か妖艶さを感じさせる笑みを見せてそう告げた望子に、レプターは一瞬で目も心も奪われてしまい──最初に奪われてから随分経ってはいるが──赤らんだ表情でバッと頭を下げて謝意を示す。
そのやりとりを見ていたカナタが苦笑し、何の気無しに肩に乗るキューへと目を向けた時──。
『きゅ〜……』
「……キュー、どうしたの? もしかして喉渇いた?」
『きゅぅ』
何故かキューは彼女の肩の上で俯せにへたって小さな唸り声を上げており、もしやと思ってカナタが確認すると、キューは力無く一鳴きしてから頷いた。
「え、きゅーちゃんだいじょうぶ? そろそろどこかできゅうけい……うぅん、ごはんにしよっか」
それを聞いて二人の方へ振り返った望子は、すぐに全員を見遣ってから頭目然として提案する。
「あぁ、そーする? その方が時間もいい感じに潰せるかもね。 あの三人が来るまでまだ結構あるし」
「「あの三人?」」
真っ先に反応したフィンが歩いてきた道の方……冒険者ギルドがある方向へ目を遣り、再び視線を前に戻して少し進んだ先にある海運ギルドの方へと向けてそう言うと、何の事だとウルとハピの声が重なった。
「うん。 ファタリアちゃんとオルコさんと……あの、何だっけ……町長の……えーと」
するとフィンは右手の指を、親指、人差し指と折り畳みながら両ギルドマスターたちの名前を挙げていくが、どうやら町長の名前が思い出せないらしい。
「……グレースか?」
「あぁそうそう。 さっき飛声でこの事伝えといたんだよね。 そしたら目立たない夜にしてくれって」
珍しく覚えていたウルが告げた町長の名前に、それそれ、とフィンは中指を折り畳んでそう口にした。
──彼女が言うには、話し合いが終わってから宿屋を出るまでの短時間で独創的の通信魔術、飛声を行使して船長たちを仲間に加えるかもという事を三人へと連絡していた様で、彼女たちは一斉に止めようとはしたが止めても聞かないのだろう事は短い付き合いでも理解出来ていた為、せめて人目の少ない夜に立ち合わせてくれと提案してきたとの事。
「飛声? フィンの魔術の名か?」
その一方、聞き慣れないフィンの魔術の方が気になってしまっていたレプターが首をかしげる。
「えぇ。 確か、離れた人に自分の声を届けて……向こうの声を自分に届く様にする魔術、だったかしらね」
「ほぅ、通信の魔術か。 それは便利──ん?」
かつて、ドルーカの街にいる魔具士、狐人のリエナと通信する際にフィンが行使していたのを覚えていたハピが代わりに解説し、レプターは成る程と納得した様に頷いていたのだが──。
「お、何か美味そうな匂いすんな」
「いってみる?」
そんなレプターと同時に、どうやらウルも自慢の鼻をすんすんと鳴らして何かを察知した様で、その匂いの方を向きながらそう言うと、望子はこの町に来たばかりの時に訪れた屋台を思い返して改めて提案し、全員がそれを受け入れてそちらへ向かう。
「らっしゃい──おぉ! 嬢ちゃんたちか!」
「あら、あの時の……繁盛、してるみたいね?」
どうやら匂いの発生源は今まさに望子が脳裏に浮かべていた屋台だった様で、あの時と同じ店主が同じ姿勢で魚介の網焼きを振る舞っており、あの時とは違って住人や冒険者も含めて様々な客が机に座って、或いは立ったまま食べているのを見たハピが笑いかける。
「おぅよ! これも全部、海賊どもを蹴散らしてくれた嬢ちゃんたちのお陰だ! ありがとうな!」
「まぁボクたちにかかればね!」
彼は網の上の魚介が焦げない様にひっくり返す作業を怠らぬままに肩にかけた手拭いで汗を拭いつつ、それなりの苦労はしてきたのだろう、いくつか皺の刻まれた顔でニカッと笑って感謝を告げると、ふふん! とフィンが豊かな胸を張って得意げにしていた。
「ん? そっちの嬢ちゃんたちは……あぁ! 確か今日の積荷の回収の時に、とんでもない量の海霊を一斉に祓った神官がいるって聞いてたが……合ってるか?」
そんな中、店主は望子たちの後ろに控えていたレプターたち……正確には、神官姿のカナタを視界に捉えつつ噂に聞いた神官と照らし合わせて問いかける。
「え、えぇまぁ……そうなりますね」
当のカナタが控えめにそれを肯定すると、そうかそうかと彼は笑い、飯がまだなら食っていってくれ、勿論無料でな! と望子たち一行に告げてきた。
ジュウジュウと音を立てている網の上には、前回訪れた時とは異なり多種多様な魚介が所狭しと並んでおり、いかに海賊たちの影響が大きかったかが窺える。
前回は、母を想って涙を流した望子への同情や憐憫から、お代はいらないと口にした彼だったが、今回は純粋に自分たちへの感謝の気持ちからなのだと望子も理解出来ていた為、それを素直に受け入れていた。
私は何もしていないんだが、いいんじゃない別に、とそんなレプターとフィンの会話や、その子本当に水だけでいいの? えぇ大丈夫、といったハピとカナタの会話が食事中の彼女たちの間で交わされる中で──。
「そうだお嬢ちゃん。 忘れないうちに……ほら、これを受け取ってくれ。 前に欲しがってただろ?」
「? ……あ! これ、もしかして……!」
他の客がある程度捌けたタイミングで店主が望子に声をかけつつ、いくつかの陶器が入った大きな木製の箱を机に置くと、彼の言葉もあって何かを察した望子は味わっていた魚介を飲み込んでから彼を見上げる。
「魚醤だ。 嬢ちゃんたちが海賊を討伐してくれたお陰で早速漁に出て、見ての通り魚も沢山獲れたからな」
「ありがとう、おじさん!」
すると店主が腕組みをしたままの姿勢で、あぁそうさと頷いてからこれで足りるか? と尋ねてきた為、だいじょうぶだよ! と前置きした望子は心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべてお礼を述べていた。
「……ふふ、望子が楽しそうで何よりだわ」
「あぁ、前来た時は大変だったからな」
「ご、ごめんなさい……」
そんな中、前回とは違って明るい望子を見ていたハピとウルが微笑ましげに望子を見つつ話していると、その時の話も聞いていたカナタが謝罪したが──。
「……もういいっつの。 お前、今日随分活躍したんだろ? その調子で望子の力になれよ」
「え、えぇ。 頑張るわ」
望子が仲間だと決めた以上反論する気も無い為、片手をヒラヒラと振りながらウルがそう告げた事で、勿論、とそれに対してカナタが決意を示したのだった。
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