ぬいぐるみの名は
この世界における元の姿に戻った三人に手厚く慰められて、やっと落ち着きを取り戻した望子だったが。
「──よしよし、もう大丈夫よ。 力の使い方も分かったんでしょう? いなくなったりしないから……ね?」
「ぅん……」
それでも先程の出来事の衝撃は思った以上に大きかったらしく、ぎゅっと鳥人に抱きついたままだった。
一方、人狼や人魚と机を挟んで対面していた蜥蜴人は、異世界からの来訪者である彼女たちに自分が知り得る限りのこの世界における情勢を伝えており──。
「──じゃあ、お前は異世界から勇者が喚び出されるってのを知ってたから、ミコを勇者っつったのか?」
「……あぁ、そうなる」
あの様な神々しい魔力が他にあろう筈もない、そう付け加えた彼女に、『んなこたぁ聞いてねぇよ』と言わんばかりに人狼は大袈裟なくらいの舌打ちをする。
蜥蜴人の話のいくつかは聖女カナタから聞いた話とも一致していたが、中には初耳となるものもあった。
「……そんで? あたしら三人も、お前みたいなのと同じ……その亜人族ってのに分類される事になんのか」
「そうだな、より正確に言えば──」
一応、自分たちが喚び出された謁見の間でも、リドルスから『亜人族』と呼ばれた事は覚えているが、あの時はリドルスに対する怒りで我を忘れていた為、同じく亜人族に分類されるのだという彼女に確認する。
すると蜥蜴人は、『あぁその事か』と声を出しつつも首を縦に振り、ぴんと立てたその人差し指を──。
「──……人狼、人魚、鳥人となる」
いかにも行儀悪げに椅子に座る人狼、豊満な胸が潰れるのも構わず机に突っ伏して『ぐでーん』としている人魚、二人とは対照的に望子を抱えて行儀良く座る鳥人に向けて、それぞれが属する種族を告げていく。
無論、聞いたところで分からない亜人族たちは『ふーん』と微妙な反応を返すにとどまっていたのだが。
「……それよりさ、さっき言ってた──人形使い? ってのが、みこの勇者としての能力って事でいいの?」
「……その事なのだが──」
その後、自分たちの存在に関する確かな情報を得たぬいぐるみたちを代表し、あくまでも望子や召喚勇者についての情報を得るのが最優先と考えていた人魚が人形使いとやらの事について問おうとすると、それを受けた蜥蜴人は一瞬だけ思案する様に眉を顰めたが。
それからすぐに、『これは私の知識が間違っていない事を前提とした話だと思ってくれ』と前置きして。
「──人形使いとは作成、或いは用意された人形を触媒として魔力を込め、そして自らが行使する事の可能な魔術を人形と己を繋いだ糸を経由して人形から撃ち出す、といった事に適性を持つ者が就く職業を指す」
「「……へー……」」
冒険者や傭兵、宮仕えの魔導師といった戦闘の機会がある者に限るがと補足しつつ、それ以外の場合であれば家事や土木作業にも活用可能な、ある程度の万能さを持つ職業だと解説を受けた人狼や人魚は分かっているのかいないのか判断に困る反応を返したものの。
「──……ん? 待てよ、だったらミコは違うんじゃねえのか? あたしらは別に、ミコが使える……その、魔術とやらを撃ち出してるって訳じゃねぇ……よな?」
「そーだね」
「多分、だけれど」
その解説と今の望子や自分たちの状況は、『人形である』という一点を除き共通点も何もあったものではないだろうと思い至った人狼は、されど自信はないのか他二人にも同意を求め、それに対して二人も頷く。
……確証など、ほんの少しもないのだが。
その一方、彼女の疑問に何と答えるべきかと顎に手を当て思案していた蜥蜴人がスッと顔を上げて──。
「……そうだな。 正確には違うのだろうが広義的に言えば人形使いでも間違いはない筈だ。 貴女たちの本質がミコ様の人形である限りはという前提ありきだが」
ちゃんと定義すれば、おそらく人形使いとは違う何かなのだろうというのは間違いないが、それを議論する事に意味はないだろうとも踏んでいた為に、この三人が本当に異世界で望子によって作られた人形であるのなら広い意味では合っている筈だと答えてみせた。
そんな風に語り合っている蜥蜴人と三人の亜人族たちとの間に、つい先程の様な険悪さは感じられない。
実のところ蜥蜴人は望子や亜人族たちとの話し合いを進める過程で、この国の王であるリドルスが身罷られた──というより『望子を始末せよ』と言われて激怒した三人が殺めたという事実も確かに聞いていた。
しかし、この蜥蜴人が忠誠を誓っていたのは誰からも愛され誰よりも信頼されていたかつての『賢王』であり、それは決して自らの復讐心の為だけに民の命を犠牲にしてしまう様な『愚者』ではなく、だからこそ声を荒げる事も彼女たちを責め立てる様な事もせず。
粛々と言葉を紡ぎつつも、この王都や王国の未来についてを一番兵の身分ながらに考えていたのだった。
その後、話題が途切れ少しの静寂が部屋を包む頃。
「……そういえば、まだ貴女の名前を聞いてないわよね。 私は視えてるけれど、改めて聞かせてくれる?」
「視え……? あぁまぁ、そうだな──」
ふと、よくよく考えたら蜥蜴人の名前を聞いていない事を鳥人が思い出し──それもこれも彼女の翠緑の瞳に蜥蜴人の名前が既に映し出されている事が原因なのだが──改めて彼女の口からの自己紹介を促した。
「……申し遅れたが、私はレプター=カンタレス。 馴染みの者たちからは『レプ』と呼ばれている。 貴女たちも、気軽にそう呼んでくれると嬉し──……あっ」
「「「「?」」」」
一方の蜥蜴人は、『視えてる』という言葉に引っかかりを覚えて首をかしげはしたものの、そのまま自己紹介に加えて自らの愛称と、それを口にする許可まで出した彼女はその時、何かに気がついたらしく──。
「──……そういえば……貴女たち三人に正式な名前はないのだったか? 異世界で亜人族として生きていくには名前が必要だ、今のうちに考えてはどうだろう」
「「「……あー……」」」
彼女たちとの話し合いの最中──『お前』とか『貴女』とか『キミ』とか、そういった代名詞で呼び合う事はあっても名前らしい名前が出てこない事に言及した時、『あたしらの間にはな』とはぐらかされた事を思い出した彼女の意見に三人は互いに顔を見合わせ。
それから望子をチラッと見遣り、『う〜ん』と腕組みをしつつ何かを熟考するかの様に唸ってから──。
「まぁ確かになぁ……あれは駄目か」
「そうねぇ、あれはまずいかしらね」
「……ボクは気に入ってるんだけどなぁ、あれ」
「あれ……?」
望子が付けてくれた呼び名を否定する意図はないのだとばかりに『あれ』という表現を用いつつ、されどレプターの意見も尤もだと思うところがあるのか、やぶさかではないという感情とで板挟みになっており。
視線を向けられた望子は首をかしげて何も分かっていない様だったが、それを見ていたレプターは彼女たちの様子に、『成る程な』と合点がいっていた様で。
「──では、異世界での名前を私がつけようか?」
クスッと微笑んでからそんな提案をすると、ぬいぐるみたちは顔を見合わせ無言で頷き肯定の意を示す。
するとレプターはしばらくの間、先程までのぬいぐるみたちと同じ様に腕組みをしつつ思案していたが。
「──……そうだな。 それでは、人狼は元となった獣の狼から取って『ウル』。 鳥人は種族名の鳥人を省略して『ハピ』。 そして人魚はおそらく海豚の人魚だろう? だから『フィン』というのはどうだろうか?」
「「「……」」」
望子が呼ぶかもしれないという事を考えたうえでの決して難しくない名前をつけようとし、『狼だからウル』、『鳥人を略してハピ』、『海豚の人魚だからフィン』と名づけてみせたレプターに対し、それを受けた三人が脳内で噛み締める様に名前を反芻する中で。
(……あっ、こっちでつかうなまえをつけるんだ……)
ここで漸く『異世界用の名前をつける』という四人のやりとりに気がついた望子は、『なるほど』と思いつつも少しばかり寂しそうな表情を浮かべてもいた。
これまで使っていた名前はなくなると思ったから。
「……ま、いいんじゃねぇか? あたしはウルだな」
「そうね。 他に思いつかないし、ハピを名乗るわ」
「ボクも、フィンでいいけどぉ……『いるかさん』って立派な名前を捨てるわけじゃないからね、みこ!」
「……っう、うん!」
翻って、レプターのつけた名前で特に支障はないと判断した三人は、それぞれがそれらの名前を名乗る事を決めてはいたが、それはそれとして望子から貰った名前は絶対に捨てないし、そう呼んでいいからねとフィンが言ってくれたお陰で望子は嬉しそうに笑った。
その後、異世界にいる間だけとはいえ新たな名前は思ったより好感触だったのか、ウルやハピ、フィンたち三人が多少なりわいわいと盛り上がっていた一方。
「──……あ、あの……っ」
「? どうしました、ミコ様」
ゆっくりと、されど確かな足取りを以て望子がレプターの方へ近寄っていき、そのまま何かを口にしようとした事でレプターは片膝をついて目線を合わせる。
「……え、えっとね。 さっきのことも、みんなになまえをつけてくれたことも、おれいしなきゃって……」
すると望子は、その可愛らしい声音で『人形使いの力を自覚させてくれた事』と『異世界での名前を皆につけてくれた事』について、お礼したいと申し出た。
(……あぁ、そういう事か。 義理堅いな、この方は)
望子の決して流暢とは言えない言葉でも、レプターは充分に理解出来ており、『お気になさらず』と口にして首を横に振ってから望子の黒い瞳を見つめつつ。
「当然の事をしたまでです。 貴女はいずれ、この世界を──いえ、とにもかくにも私がそうしたいと思った事を成しただけですから。 礼など必要ありませんよ」
「うぅん、それでも──」
いずれ救世の勇者となるだろう望子に力や知識を貸すのは当然の行いだと前置きして、そうでなくとも望子への助力は自分が望んだ事だから気にしないでほしいと告げたが、それでも望子は頑として譲る事なく。
「ほんとうに、ありがとう──『とかげさん』!」
「こ、こちらこ──」
その小さく綺麗な手で、レプターの手をしっかりと握ったまま晴れやかな笑みとともに礼を述べ、どうやら『レプター=カンタレス』を覚えきれなかったらしく『とかげさん』という名前を呼ぶも、そんな望子の笑顔にやられた彼女は釣られる様に笑顔になり──。
──ぽんっ。
「「「「!?」」」」
望子がレプターをそう呼んだ直後、部屋に響いたその音は──ぬいぐるみたちには初めての、そして望子にとっては二回目となる随分と間の抜けた音であり。
「……ぇ──」
驚きのあまり口をぱくぱくと動かす望子と、そして三人のぬいぐるみも含めた四人の視線の先には──。
「──……えぇーーーっ!?」
緑の生地に金色の毛糸までが縫い付けられ、どういう訳か翼も生えた蜥蜴のぬいぐるみが転がっていた。
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