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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第六章

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糾える縄の如く

ここまでが六章です!

 時は少しだけ遡り、望子とローアが依頼クエストを受けて再びリフィユざんへと足を踏み入れていた頃──。


『『ブォオオオオオオオオ……!!』』


 とある三人の冒険者たちの前に、全身がギザギザとした金色の体毛で覆われた巨大な二頭の猪の魔獣が今にも襲いかからんばかりに立ちはだかっていた。


「ふふ、彼我の戦力差も見極められないか……だがその無謀さは悪くない! 纏めてかかってくるがいい!」


 三人のうちの一人……先頭に立っていためすで混血の龍人ドラゴニュートが悠然と翼を広げてそう叫び放つ。


「ちょ、ちょっと待って! あれ電毛突猪ボルボアよ!? 体毛を擦り合わせて電撃を発生させる、近距離でも遠距離でも面倒な魔獣の筈……何も戦わなくたって……!」

『きゅ〜?』


 だがそんな彼女とは対照的に、少し後ろに控えて肩に小さな樹人トレントを乗せた金髪の神官が、威嚇して追い払えばいいじゃない、とリフィユざんで自分たちを襲わんとした悍しい外見の鳥の魔獣を威圧した時の事を持ち出して説得しようとする一方、彼女の肩に乗る樹人トレントは何も分かって無さそうに首をかしげていた。


「まぁ威圧それでもいいが……そろそろ獣の肉が恋しくなってきたんだ。 魔獣とはいえ猪だろう? 奴らはまさにうってつけの相手じゃないか!」


 しかし龍人ドラゴニュートは、やれやれとでも言いたげに大きな溜息をついてから尻尾でピシッと地面を叩き、決して魔獣たちから目を離さぬままバキバキと力強く右手を鳴らしてそう告げたかと思えば──。


「さぁ来い──『鋼鎧挑発ブロクティブ』!」


 ガンガン! と右手を自身の胸当てに叩きつけ、かかってこいとばかりに挑発用の武技アーツを行使する。


『ゥルルルル……!!』

『ブォオオオオオオオオッ!!』


 それを受けた二頭の電毛突猪ボルボアは、武技アーツの効果かそれとも単に我慢の限界だったのか、怒り心頭といった様子で低く唸ってほぼ同時に彼女たちへ突撃していく。


「手間が省けて良いな! 『双牙ツヴァ──」


 左右から挟まれるより余程良い、と龍人ドラゴニュートは笑みを浮かべて腰に差した二本の細剣レイピアを抜き放ち、金色の魔力を込めて得意の武技アーツを行使しようと──。


 ──した、その時。


『──やっとみつけた……!』


 突如、疾風の様に山奥から全身に黄色のローブを羽織る半透明な淡い黄緑色の風と化した何かが現れ、それは宙に浮かんだまま電毛突猪ボルボアを見据えている。


「──大剣イト』……? なっ、何だ!?」

『ブルォ……ッ!』

『ボ、オォ!?』


 そんな突然の事態に、武技アーツを中断してしまう程に驚いたのは何も龍人ドラゴニュートだけで無く、二頭の電毛突猪ボルボアもその存在に驚きズサァッと突進を止めようとした。


 しかし、彼らは文字通りの猪突猛進。


 ……急に止まる事など出来はしない。


 一方、自分の方を見て固まっている龍人ドラゴニュートには気づかないまま、突っ込んでくる討伐対象の魔獣に向けて手を伸ばしたその存在が一言。


『──おねがい! たおしてきて!』


 澄んだ声でそう叫んだ途端、伸ばした両手の先に黄緑色の風が渦を巻き、その中心から──。


『『クェエエエエエエエエッ!!』』


 小さな翼と鉤爪を携え全身に黄色の布を被せられた、虫とも蝙蝠ともつかない二匹の何かが出現する。


 そして、それは小さな翼で飛んでいるとは思えない程の速度で電毛突猪ボルボアに襲いかかった。


『ボギュォッ!?』

『ブ、ギ……ッ?』


 かたやその勢いのまま風を纏って突撃し、頭から全身を貫いて絶命させ、かたや小さな鉤爪から風の斬撃を発生させて真っ二つに巨体を切り裂いてみせる。


 黄色いローブの何某は、うひゃああと何故か目を逸らしてしまっていたものの──。


『や……やったぁ! ありがとう、ふたりとも!』

『『クエッ♪』』


 小さな二匹の仲間たちがしっかりと自分の指示を聞いて討伐を成し遂げてくれた事に、心から嬉しそうにしていると、その二匹も同じく嬉しそうに一鳴きし、何某かの周りをクルクルと飛び回っていた。


 一方、目の前で起こった出来事に呆気に取られていた三人の冒険者たちはというと──。


「な、何あれ……!」

『きゅー……?』


 神官はビクビクとしつつも、()()()()の様に腰を抜かしたり意識を手放したりはする事無くそう呟き、かたや樹人トレントは先程までと同じく首をかしげている。


 尤も、この時首をかしげていた理由に関しては、何も分かっていないから──では、無かったのだが。


(……明らかに私よりも強い、それは間違いない筈だが……何故だ、どこか安心出来る様な……)


 そして始めようとしていた戦いに水を差された龍人ドラゴニュートは、土煙の向こうに見えるその存在に畏怖を覚えながらも何故かその力を悪だとは思えなかった。


 ……それも無理はないだろう。


 彼女の視界の中で二匹の何かと戯れるその何某かの正体は他でもない望子であり、彼女は──レプター=カンタレスは、望子に追いつき望子の力となる為にここまで旅をしてきたのだから。


「──おや、既に終わってしまっている様であるな。 どうせ人目も無い、我輩も飛ぶべきだったか」


 そんな折、ガサガサと茂みを揺らしてその場へ立ち入ったのは……上級魔族でありながら現状望子の仲間であり友達でもある白衣の少女ローア。


『あ、ろーちゃん! どうかな、うまくできたかな?』


 彼女がやれやれと息をつき、軽く肩を鳴らしながらそう言うと、ローアに気づいた望子が邪神の姿そのままに彼女へ近寄って、死骸を指差し問いかける。


 するとローアは、くははと笑いながら半透明な望子の顔を見上げて随分と満足げに口を開いて──。


「うむうむ、上々であるよ──しかし、流石であるなぁ。 眷属ファミリアの再現までこうもあっさりと……」


 そう、望子の周りを飛んでいるその二匹はかつてストラが従えていた眷属ファミリア有翼虫螻ビヤーキーであり、ローアの超級魔術によって絶滅した筈のそれらを実際に戦った望子が邪神の力で再現し、元の姿より小さく……そして可愛らしくデフォルメしていたのだった。


「……すまない、一ついいか?」

「む? おっと、先客がいたとは……これは失礼を」


 望子とローアが共に嬉しそうにしていたその時、晴れた土煙の向こうから姿を現したレプターが、彼女から見れば正体不明でしかない望子たちにおそるおそる声をかけると、真っ先に気がついたローアが、我々これでも冒険者であると軽く一礼しながら告げる。


『……え? あ、ほんとだ……もしかしてわたし、よこどりしちゃっ……て……?』


 そんなローアの言葉で漸くその場に自分たち以外の誰かがいた事に気がついた望子は、相手側も冒険者で同じ依頼クエストを受けたのだとしたら? とそう考え、少し申し訳なさそうに呟き声のする方へ顔を向けたその瞬間──望子の思考が、止まってしまった。


 一方、思いの外丁寧な様子で返された事に、若干拍子抜けしていたレプターは首をゆっくり横に振る。


「いや、それは構わないんだが……貴女たちは、何者だ? 仮に冒険者だとしても、とても並とは──」


 それでも自分の後ろに守らなければならない者たちがいる以上、最低限の警戒心は持ったままその正体を探るべくそう語りかけようとしたその瞬間──。


『──とかげさん?』

「っ!? なっ、何故その名を──貴様何者だ!? 私をそう呼んでいいのは、この世界でただ一人……!」


 望子が──いや、彼女の視点からすれば黄色のローブに覆われた謎の存在からそう声をかけられた事にレプターは目を見開いて驚きを露わにし、かつて自分に新たな力と姿を授けてくれた小さな勇者を思い浮かべつつ、片方の細剣レイピアを向けてそう言い放った。


『やっぱりとかげさんだ! わたし、みこだよ!』


 すると望子は、そんなレプターの発言で確信を得たのか、彼女とは対照的に嬉しそうに声を弾ませる。


「え……!? み、ミコ様……?」


 自分の胸に手を当ててそう主張してきた何某かの言葉に、レプターは思わず呆気に取られてしまう。


(ミコ、って……まさか)


 その一方で未だ元いた位置から動けていない神官はそれを聞いて、レプターの──そして自分の目的でもある黒髪黒瞳の女の子とは似ても似つかぬその存在を見つめ、こんなところで? と脳内で呟いていた。


『あ、そっか。 このかっこじゃわかりにくいよね……よい、しょっと! これでどうかな?」


 そんな中、どうして信じてもらえないんだろうと考えていた望子が、ふと自分の姿を思い返して首に下げたままの立方体の触媒を握りしめるやいなや、その姿は元の愛らしい黒髪黒瞳の少女となる。


「! ミコ、様……本当に……?」


 されど先程までの姿が眼に焼きついていたレプターとしては、ミコ様ならこれくらいやってのけるだろうと思いつつも疑心が拭い切れずおずおずと尋ねた。


 そんな彼女を安心させる為か、望子はてくてくとレプターの元へ歩いて彼女の手をぎゅっと握り──。


「そうだよ。 やくそくどおり……おいかけてきてくれたんだね、とかげさん」


 かつて、レプターが初めてぬいぐるみに変化した時と同じ、愛らしくもどこか流麗な……まるで神が手ずから創造したのではないかという程の笑みを見せた。


 ──無論これは、レプターの個人的な感想である。


「──はい! 遅ればせながら馳せ参じました! これからは私も貴女の剣として……何より貴女の盾として! この身を捧げる所存です!!」


 レプターは瞬間的にザッとその場に片膝をつき、望子の手を取ったまま、自分の全ては貴女の物ですとハッキリとした声音で主張してみせる。


「う、うん? えっと……よろしくね?」

「はい! ミコ様!」


 彼女が何を言いたいのかは大体理解出来たが、難しい言い回しとその勢いに若干押され気味の望子が苦笑いしつつ改めて手を握ると、レプターはバッと顔を上げて真剣さと嬉しさの入り混じる表情を作った。


 そんなやりとりを目の当たりにしていた神官──いや、聖女であるカナタは誰にも聞き取れない程の小さな小さな呟きを口にする。


「やっぱり、そうだわ……やっと、追いついた……」


 今ここに、勇者と魔族──そして聖女。


 彼女が行使した勇者召喚サモンブレイヴから始まった……この物語のピースが揃ったのだった。


 ──三人の、亜人ぬいぐるみを除いて。

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