勇者は人形使い
タイトル回収。
望子が手を離した時点で水晶玉から放たれた神々しい白光は弱まっており、その閃光で照らされるあまり何一つ不明瞭になっていた部屋の様子も見えてくる。
「──……び、びっくりしたわ……何事……?」
「みこ、大丈夫!? 目、痛くない!?」
「ぅ、うぅ……だい、じょうぶ……」
「そうは見えないよ! よしよし、怖かったね!」
無駄に視力が良いせいで未だ翠緑の瞳に残る白光により目をしぱしぱさせる鳥人、真っ先に望子の身を案じて飛び込んでいき小さな身体を抱き寄せる人魚、至近距離で閃光を目にするも失明はしていないらしいが驚いた事に変わりはない為、涙目になっている望子。
そして、あの水晶玉から妙な匂いを感じ取って誰よりも早く後退したお陰で被害はなかった人狼が──。
「……てんめぇ、さっき危険はねぇって──」
四人を代表して蜥蜴人を問い詰めようとした瞬間。
──バンッ!!
そんな大きな音を立て、さして頑丈でもない詰所の扉が開いたかと思えば、そこから先程の番兵数人が勢いよく雪崩れ込んでくるやいなや蜥蜴人に駆け寄り。
「──へ、兵長!? 今の光は一体!?」
「ご無事ですか!? お怪我は……!?」
「お前たちが何かしたのか……!?」
「まさか魔族の手の者では!? 兵長、御指示を──」
蜥蜴人への心配と望子たちへの不信を矢継ぎ早に口にしつつ、その手に持つ剣や槍を望子たちに向ける。
彼ら、もしくは彼女らは、ここらでは見ない黒髪黒瞳の人族の少女と統一感のない三人の亜人族という奇妙な一行に強い違和感を抱いていた為、扉の外で待機して何があっても対処出来る様にしていたのである。
……自分たちとは種族からして違う存在ではあるものの、それでも彼女の強さや国に対する忠誠心に惹かれていた番兵たちは多く、ともすれば野暮だとも取れるその行動も彼女を慕っているからこそだったのだ。
(やっぱり扉の外にいたんだ──……めんどくさ)
一方の人魚は、こそこそとした話し声や呼吸音、何かが起こるかもしれないという緊張感からの速い鼓動によって番兵たちが扉の前にいる事は把握しており。
「……あー、えっとね──……ん?」
どう言い訳したものかと思案しつつも取り敢えず口を開いた人魚に対し、いきなり蜥蜴人が手を伸ばして彼女を制した事で、そんな彼女に驚くとまではいかずとも人魚がそちらへきょとんとした表情を向けると。
「──大丈夫だ。 この水晶の効力を知ってもらう為に亜人族の一人に試してもらっただけだからな。 思ったより魔力が強くて私も驚いていたところだ、ははは」
「「「「えっ?」」」」
「「「……!?」」」
一体どういう腹積もりなのか、その蜥蜴人が望子たちを庇う様な発言をした事に番兵たちだけでなく当の望子たちまでもが呆気に取られてしまう中にあって。
(──……へぇ)
どういった感情を込めているのかは謎だが、その言い分を聞いていた人魚だけは目の前で部下たちを諭す蜥蜴人を、にやにやした好奇の視線で見つめていた。
実のところ、その言い分は奇しくも自分が考え口にしようとしていたものと殆ど同じだったらしく──。
望子と他二人以外には特に関心のない人魚が、この世界において初めて興味を他者に抱いた瞬間だった。
「……そ、そうでしたか」
「では、また何かありましたら……」
「あぁ、頼りにしているぞ」
「「「……はっ!!」」」
翻って番兵たちは上司である彼女の様子に多少なり違和感を覚えはしたものの、『この方が無用な嘘をつく筈もない』という信頼ゆえの判断を下した後、片方の拳を胸に当てての敬礼とともに詰所から退出した。
それから今度こそ扉の前からも気配が消えた事を確認した人魚が『もう外にはいないよ』と告げるやいなや、どういう訳か蜥蜴人は片膝をつき畏まり始める。
人狼でも鳥人でも人魚でもない──望子に対して。
「……何、やってんだ? お前──」
そんな蜥蜴人の突然の奇行に困惑した人狼が怪訝そうな表情で尋ねるも、その声が耳に届いていないのか彼女はあくまで望子を一心に見つめ──こう言った。
「数々のご無礼をお許し下さい──勇者様」
「「「!!」」」
「えっ──」
──その、瞬間。
「──な……っ!?」
望子を抱きかかえている人魚も含めた三人が蜥蜴人に牙を剥き、かたや人狼は巨大化させた真紅の爪とともに彼女に肉薄し、かたや鳥人は彼女の頭上に断頭刃の如き真空の刃を出現させ、かたや人魚は望子を抱えたまま水で出来た無数の槍の穂先で彼女を包囲する。
住民の八割以上が人族である王都サニルニアという地にあり、れっきとした亜人族の身でありながら番兵たちの長を務める彼女は自らの実力にも自負がある。
だが、そんな彼女にも三人の亜人族の動きや魔術の行使は全く目で追えず、ただ硬直するしかなかった。
「言葉は選べよ蜥蜴野郎、死にたくなけりゃあな」
「色々聞きたいし、なるだけ正直にお願いするわ」
「さっさと口を割った方が身の為だと思うけど?」
「い、いや私は──」
たった一つの発言で豹変し、およそ善とは思えぬ程の鋭い眼光で睨みつけながら威嚇とともに問い詰めてくる亜人族たちに、これまで味わった事のない強烈な戦慄を覚えてしまっていた蜥蜴人だったのだが──。
「──……ちょ、ちょっとまってみんな!」
「「「「!?」」」」
修羅場と化した四人の間に割って入って制止の声を上げたのは、パッと人魚の腕から離れた望子だった。
「──……っ、ミコ! 危ねぇから下がってろ!」
「彼女が味方とは限らないのよ、望子!」
「そうだよ! 何されるか分かんないよ!」
望子は、そのまま蜥蜴人の方へ近寄り何故だか彼女を庇う様にして三人との間に立ち、それを見た三人は声を荒げつつ蜥蜴人から距離を置かせようとするも。
……ぶんぶんと首を横に振って離れようとしない。
「……っだ、だいじょうぶだよ……このひとは……たぶん、わるいひとじゃないよ。 だから、もうい──」
どうやら、どれだけ三人に凄まれても譲るつもりはないらしく、まるで親が子に言い聞かせるかの様な優しい声音を以て、ぬいぐるみを説得しようと試みる。
い──と言いかけた事からも、きっと『もういじめないで』とでも言おうとしたのだろう事は分かるが。
とはいえ望子に危険が及ぶ可能性が少しでもあるのなら、たとえ望子本人の言う事であってもそれを聞くわけにはいかない──そう考えた人狼は意を決して。
「何の根拠もねぇだろ! いいからこっちに来い!!」
「ひぅ……っ」
望子の為とはいってもかなり語気を強めて叫び放ってしまい、それを受けた望子は小さな悲鳴を上げつつ元々小さな身体を更に縮こませてしまっており──。
その様子を見た鳥人が、『少し落ち着きなさい』と彼女に声をかけるも完全に頭に血が上ってしまっている人狼の耳には届かず、こちらを向く事さえしない。
「あ"ぁもう! いい加減に──」
そして聞き分けの悪い望子に対し人狼が、またも怒鳴りつけて無理やりにでも蜥蜴人から離そうとした。
──その時だった。
『──いいからしずかにはなしをきいてっ!!』
「なっ──」
少しばかり意地を張って『むっ』とした表情に涙を湛えた望子が、しっかり息を吸ってそう叫んだ瞬間。
──ぽぽぽんっ。
「「……え?」」
ぎゅっと瞑った目に涙を浮かべる望子の口から何故かエコーの様に響き、そして重なって聞こえたその言葉が発せられた瞬間、三人の方から間の抜けた音が。
その音のせいで図らずも望子と蜥蜴人の声までも重なってしまっていたが──それも無理はないだろう。
何故なら三人の亜人族がいた筈の場所に、ころんと獣を模した三つのぬいぐるみが転がっていたからだ。
「──……ぇ、あ……? みん、な……?」
望子はよろよろとした動きでぬいぐるみたちに近寄っていき、それらをその小さく細い腕で抱えて──。
「……ど、どうしたの? みんな……なんで、ぬいぐるみにもどっちゃったの……? ねぇ、どうして……?」
「勇者様……?」
訳も分からず涙目になる望子の様子を見て、そんな望子よりも更に状況の把握が出来ていない蜥蜴人は。
最初──『流石です』と称賛しようとしていた。
自分の意見を聞き入れようとしない仲間の亜人族たちを、お仕置きとして人形に変えた様に見えたから。
……しかし怒るどころか哀しむ様子さえ見せている望子に違和感を覚えた蜥蜴人は、『うぅぅ』とあまりにもさめざめと泣く少女に意を決して話しかける。
「あ、あの……これは一体どういう状況で……?」
言葉に詰まりながらも、おそるおそるといった具合で尋ねる蜥蜴人に対し望子は嗚咽も止まぬまま──。
「……み、みんな……もともと、ぬいぐるみ、だったの……っ、ここにきて、からっ……おねえさんみたいに……なって……っ、おはなし、できるように──」
「……!」
自分が異世界からの召喚勇者だという事は口にせずに──決して意図してではなく、おそらく無意識下のうちに──何とか自分たちが置かれている状況を話しきって、その後はまたポロポロと涙を流してしまう。
亜人族への変異がなければ、ただ単に『おともだちもいるし、だいじょうぶ』となっていたかもしれないが、これまでと違い『おはなしできるおともだち』になってしまっていた為、急に寂しさがきたのだろう。
(……そうか、この方は──)
そんな望子の言葉を聞いた蜥蜴人は既に大体の事を理解しており、すすり泣く望子を優しく抱きしめてから、しっかりと黒い瞳と金色の瞳を見合わせて──。
「貴女は──『人形使い』なのですね」
「ぅ、ぱ、ぱぺっと……?」
優しい声で告げられた聞き慣れない言葉に、その濡れた瞳で彼女を見つめて返答する望子を見た蜥蜴人。
(……人形だったものが亜人族に? ただの人形使いにそんな芸当は不可能な筈だ。 そして、その逆も然りと考えれば……やはり、この少女は異世界からの──)
番兵たちの長を務めているという事もあり同種と比べて知識も豊富で様々な冒険者や傭兵たちとも触れ合う機会の多い彼女は、騎士でなくとも剣術に適性があれば就く事の出来る騎士と呼ばれる職業に属しているが、それ以外の職業にも明るく──そこには人形使いも含まれていた為、望子の能力をそうだと判断した。
だが、彼女の記憶にある人形使いと随分と異なっている事からも望子の勇者性を感じざるを得なかった。
「勇者様──……いえ、ミコ様。 私を信じていただけるのであれば彼女たちを戻す方法をお教え出来ます」
「……!」
望子を抱きしめていた蜥蜴人が身体を離してから提案すると、ハッとなった望子はごしごしと涙を拭い。
「……おねがい、おしえて! なんでもするから!」
「えっ」
それでも黒い瞳に涙をいっぱいに浮かべたまま、もう心の底から切羽詰まった様子で縋りついて叫んだ。
……何でも?
あまりにも愛らしく、そして潤んだ瞳も相まって何処となく妖艶ささえも感じさせる望子の表情に──。
(──はっ!? わ、私は今、何を考えて……っ!?)
一瞬、不思議な方向へと思考が飛んだ蜥蜴人だったが、きっと赤くなってしまっているだろう顔をぶんぶんと振って気を取り直しつつ望子の小さな手を握り。
「……ミコ様は先程、『静かに話を聞いて』と彼女たちに仰いました。 人形使いが力を行使するうえで最も重要なのは人形に対する強い想いと言葉なのですよ」
「おもいと、ことば……?」
その後、蜥蜴人が静かな声音で粛々と人形使いという職業の特性について語り出すと、それを聞いていた望子も涙目のまま至って真剣な表情で頷きつつ何とか蜥蜴人の話を噛み砕いて理解しようと努力している。
想いと言葉──これは魔術や武技にも通ずる概念であり、『想い』で魔術や武技を行使する為の魔力を込めて、『言葉』でその魔力を実際に形にするとの事。
……職業や恩恵も、また同様に。
「先程の場合で言うなら『静かにしてほしい』と願った貴女の想いと、その想いを実際に『静かにして』という言葉にした事で、あの亜人族たちは物言わぬ人形へ戻ってしまったのだと思います。 つまりは──」
そして彼女の耳にもエコーの様に響いて聞こえていたらしい、あの言葉に宿っていたのだろう力について口にしつつ、チラッと三つのぬいぐるみに目を向けてから自身の話を結論へと導かんとした、その時──。
「……また、はなせるようになってって……しっかりおもって……それを、ことばにしたらいいの……?」
「その通りです。 大丈夫、貴女なら必ず出来ますよ」
「……っ、う、うん……っ!」
自分なりに彼女の話を噛み砕いて解釈し、ごしごしと涙を拭う望子に蜥蜴人はしっかりと首を縦に振る。
それから望子を安心させる為に、もう一度優しく手を握って、その整った顔に柔和な笑みを浮かべると望子はこくんと頷き、ぬいぐるみを床に均等に並べて。
その後、自分も同じく床に膝立ちになり──。
祈る様に両手を組み──強く、心から強く願う。
「おねがい……わたしをひとりにしないで……っ!」
僅か八歳の少女が異世界にたった一人、耐えられる筈もない、それを重々理解している望子のそんな切実な願いが届いたのか、ぬいぐるみたちが謁見の間にて初めて変化した時とは違い、淡く、優しく光りだす。
そして、ぬいぐるみは次第にその形を変えていき。
「──……んぁ? 何で、あたし床に座ってんだ」
「あら、本当ね──え、望子? どうして泣いて……」
「もしかして何かされたの!? 大丈夫!?」
今の今まで眠りについていたかの様な反応を見せつつも、真っ先に自分を心配してくれるお友達に──。
「──……うわぁぁん! みんなぁぁ!!」
「「「……?」」」
望子が泣きながら飛び込んでいくと、ぬいぐるみたちはきょとんとしながら望子を受け止めたのだった。
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