無益な会話と紹介状
重い足取りで宿屋に向かうハピを見送ってすぐ、彼女の代わりに冒険者たちから情報収集をする為、ギルドへ戻って来ていたウルとフィン。
……だが、そんな二人の表情はお世辞にも愛想良く聞き込みをしようとする者のそれではない。
「──めんどくせぇなぁ。 ほんとにやる意味あんのか? 冒険者からの聞き込みなんてよ」
「むぐ……わざわざ言葉にしないでよ。 ボクだって嫌なんだから……ちょっとくらい我慢出来ないの?」
呑まなきゃやってらんねぇよとばかりに注文した酒を呷り、渋面を隠そうともしないウルに対し、同じく注文した魚の切り身をパクッと頬張り、もぐもぐとしっかり咀嚼し飲み込んだ後、ジロっと睨んでフォークの先を向けつつ嫌味たらしくそう告げる。
「……お前に言われたくねぇよ、思った事すぐ声に出しちまう癖に。 堪え性の無さはお前のが上だ馬鹿」
するとウルは嘲る様に軽く笑い、この町に入る時にも全員に説教された彼女の欠点を突きつけた。
「ぐっ……それは今関係無いでしょ! バカって言った方がバカなんだよこのバカ!」
「んだとぉ!? じゃあお前も馬鹿なんじゃねぇか!」
それを受けたフィンは一瞬言葉に詰まったが、バンッと机を叩いて全くもって語彙力の無い反論をし、対抗するかの如く机にガンッと木製のジョッキを叩きつけたウルはいかにも頭の悪そうな発言をしつつ、二人は互いに額をぶつけて睨み合いを始めてしまう。
……二人は決して酩酊状態にある訳ではなく、また仲が極端に悪いという訳でもない。
ただこの二人……望子以外の事に関して、反りが合う事の方が少ないというだけなのである。
「あ、あの……騒ぎは控えて頂けると……」
そんな彼女たちを止めようと、先日も出会った受付嬢のセリーナがおずおずと口を挟もうとしたが──。
「邪魔すんな!!」
「邪魔しないで!!」
「ひぇっ!? す、すみませんすみません!」
こういう時だけ息ピッタリな二人が割り込んできた彼女にそう怒鳴りつけるやいなや、セリーナはビクッと身体を震わせ頭を下げて受付に戻っていき、それを見送った二人は再び口喧嘩を始めてしまっていた。
「やけに騒がしいと思ったら……またあんたらかい」
しばらく二人が言い合いをしていると、初めて会った時と同じ前傾姿勢でふわふわとギルドの奥から深い溜息と共にそう呟いたファタリアがこちらへ飛んできた事に気づいたフィンは、ん? と声を上げる。
「……あ、ファタリアちゃんだ。 さっきぶりだね」
「あぁ、さっきぶり……で? 何でまたここに?」
先程までのウルとの喧嘩は何処へやら、ふるふると手を振ってそう言うと、彼女は同じ様に手をふるふるとを振り返しつつ二人に問いかけた。
「……ハピの奴が、実際に依頼を受けた冒険者から情報収集してこいって言うからよ」
それを聞いたウルは、それがよぉと声を上げてガリガリと頭を掻いてから、身体の至る所に包帯を巻いた状態で自棄酒を呷る冒険者たちを見遣って呟く。
「あいつらから? そりゃまぁ、情報収集は冒険者の基本だけど……んー、ちょっと、いや大分厳しいね」
そんなウルの視線を追って先日より数の少なくなっていた冒険者たちを見遣った彼女は、少し唸って思案したものの、首を横に振ってやんわりと却下した。
「あ、やっぱり? ねぇファタリアちゃん、他に……普通に話聞けそうな人に心当たり無いかな?」
それを聞いたフィンが、だよねぇと首を縦に振りながらも別案が無いかどうかを彼女に尋ねる。
「あー、そうだねぇ……それなら海運ギルドは?」
「「海運ギルド?」」
するとファタリアは腕を組み、んーと唸って再び思案した後で何かを思いついたのか顔を上げてそんな風にとあるギルドの名を挙げ提案し、聞き馴染みの無い言葉が出てきた事に二人の声が重なってしまう。
「あちらさんも……いや、海の行商人であるあちらさんの方が被害は大きい筈だからね。 ついでに依頼に向かう為の船でも借りてくるといいよ」
そんな彼女たちの反応を見たファタリアが得意げに頷きつつも葉巻を取り出し着火させ、大きく煙を吐いてから我ながら妙案だと言わんばかりの笑顔でそう提案すると、フィンが何かを思い出して声を上げる。
「そういえばハピも言ってたね、商人さんから話聞いてきてって。 丁度良いかも」
「……まぁ何でもいいけどよ、その海運ギルドってのは何処にあるんだ? それっぽい建物は見てねぇが」
ハピが別行動を取る前に口にしていた事を思い返して、そうしようよとウルに声をかけた事で、ここで拒否しても他に良い案もねぇだろうなと考えたウルが残っていた麦酒を呑み干し、ギルドの場所を尋ねた。
「ん? あぁ……まぁ仕方ないか。 うちもそうだけど、一見ギルドとは思えない外観だし……あんたら、もうこの町の屋台や露店が集中してる通りには行った?」
ファタリアはきょろきょろと自分の管理するギルドの状態を見て溜息をつき、普段は焼きたての魚介の良い匂いがする通りなんだけどと付け加えて尋ね返す。
「うん、ちょっと思ってたのとは違ったけどね」
フィンがこくんと頷きつつも少し不満げにそう言うとファタリアは、ふふ、と軽く微笑んだ。
「なら話は早い。 この町の海運ギルドはあの通りの近く、海沿いにあるんだよ。 ちょっと待ってて、紹介状でも──ん? あの鳥人の嬢ちゃんは?」
こんな状況だからね、とギルドの場所を簡単に説明しつつファタリアがふわっとギルドの奥へ飛ぼうとした瞬間……そういや何で二人なんだと漸く違和感を覚えてクルッと空中で振り返る。
「……あぁ、あいつは今日だけミコたちと留守番だ」
「何か調子悪いみたいでね? まぁ依頼には参加するらしいから、安心していいよファタリアちゃん」
「え、あぁそう……まぁ、大丈夫かな……」
すると彼女たちはハピの眼の事を公にはせぬまま彼女に言い聞かせる様に説明し、そう答えた二人の言葉にファタリアはそこはかとない不安を抱いたが、取り敢えず一旦思考を止めて、紹介状を書いてくるから待っててと言い残し、ギルドの奥へ飛んでいった。
「それにしても……良かったねウル。 面倒臭い事しなくて済みそうだよ? いやぁ、良かった良かった」
「……お前が一番喜んでんじゃねぇか」
「いったぁ!」
一方、蜂蜜酒をごくごくと呑んでいたフィンが笑顔を浮かべてウルの肩をポンポンと叩きつつ、もう片方の親指を相変わらず陰鬱な冒険者たちへ向けると、余計な事言うなとばかりにウルがビシッとフィンの頭にチョップして、どう見ても明らかに自分より嬉しそうな彼女にツッコミを入れたのだった。
そんな中、四枚の羽のうち緑色の羽を光らせ、軽く巻き起こった風で羽ペンを動かし普通サイズの紹介状を書いていたファタリアの元に──。
「……ぎ、ギルドマスター。 あのお二人が海運ギルドに向かうって、大丈夫なんですか……?」
受付嬢のセリーナが執務室の扉をノックし、入室するやいなやあの二人が聞けば間違いなくカチンとくるだろう発言をして、不安げな表情を見せる。
それを聞いたファタリアはといえば、風で動かしていた羽ペンを一旦止めてチラッと彼女を見遣った。
「……あんたの言いたい事は分かるよ。 口より手も魔術も早そうなあの二人だけをよこすってのは……正直あたしも必要以上に話が拗れる気がしてならない」
その疑問は尤もだとばかりにこくんと頷き、扉の向こう……ギルドで酒と食事を嗜んでいた二人の亜人族を脳裏に浮かべて淡々とそう告げた。
「……それなら尚更、ギルドマスターが直接出向かれた方が良いのでは……?」
紹介状よりよっぽど効果的ですよと付け加えてセリーナがそう助言したが、彼女は、はぁ? と声を上げつつ心底嫌そうな表情で煙を大きく吐く。
「嫌だよ面倒臭い。 何よりあたしが行ったら絶対あいつと……向こうのギルドマスターと顔を合わせる事になるだろう? ハッキリ言って苦手なんだよ」
「……は、はぁ。 貴女がそれで良いのなら……っと」
書き終えた普通サイズの紹介状を器用にクルッと紐で纏めるやいなやセリーナにポイッと投げて、驚いた彼女があたふたしながらも受け取ると、渡しといてと軽い口調で頼み、ファタリアはソファーに寝転がる。
「もぅ……分かりました。 では失礼します」
それを見たセリーナは深く溜息をついてから、小さな上司にそう言って執務室を後にした。
一方、紹介状を待っていた亜人たちのうち、魚のすり身団子をフォークでつんつんと突いていたフィンは何故かやたらと不機嫌そうに眉を顰めている。
「……失礼だなぁ、全く」
そう、圧倒的な聴力を持つフィンにその会話が聞こえていない筈も無く、やはりカチンときた様でブツブツとウルに聞こえない程の声量で呟いていた。
「……あ? 何か言ったか?」
どうやら何かを言っていたというのはギリギリ分かったらしいウルが、口元を拭いながら僅かに聞こえたフィンの言葉を確認しようと問いかけてくる。
だがここでそれを口にしてしまうと、あの二人の評価通り手の早いウルは騒ぎかねないと考え──。
「んーん、何でも」
完全に自分の事は棚に上げていたフィンは、首をふるふると横に振って口を噤んだのだった。
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!




