蜥蜴人の番兵
時は少しだけ遡り──。
聖女カナタが魔王の側近との邂逅を果たす少し前。
望子と三人の亜人族は、どうにかこうにか誰にも見つかる事なくこっそりと王城を抜け出す事に成功した後、城下町を物珍しそうに見回しながら歩いていた。
その城下町の景色は、いわゆる中世の時代のものに相当し、すたすた、かつかつ、ふわふわと三人が通り過ぎる街道の全てが綺麗に舗装済みな薄墨色の石畳。
ルニア王国は基本的に人族が主体の国だが、ここには人族だけでなく多種多様な亜人族も含めた人々の往来が多く、セニルニア在住の民を始めとして商人や傭兵、体格の良い馬が引く馬車などが彼女たちとすれ違うも、これといって何らかの反応を示したりしない。
強いて言えば、『あの子、可愛いね』とか『黒髪なんて珍しいな』とかの望子を物珍しげに見る程度だ。
ちなみに当の望子は、この世界に喚び出される寸前まで自分の部屋のベッドで寝ていた事もあり靴を履いていなかった為、先程と同じ様に人魚が抱えていた。
……望子たちの目から見た王都セニルニアは、どう見ても普通に機能している様にしか見えず、とてもではないが魔族の支配を受けかけているとは思えない。
尤も──そんな彼ら、もしくは彼女らが暮らすルニア王国の国王は彼女たちにより殺されているのだが。
「──……さて、これからどうする?」
そんな折、相当に腹が減っているらしく芳しい香りを漂わせる露店や屋台をジーッと見つめていた人狼が、そちらから視線を何とか外しつつ望子を含めた三人の仲間たちに向けて今後の動向を相談せんとした。
「そうねぇ、まずは──この王都? から出ちゃいましょうか。 城下町にも私たちみたいなのが沢山いるにはいるけど望子にとって安全かどうかは分からないし」
それを受けた鳥人が速やかに王都を後にする事を提案し、この地に自分たちと同じ様な姿をした者たちがいるから滞在する分には問題なさそうだが、だからといって望子にも安全とは限らないと主張すると──。
「ボクもそれでいいと思うよ? 早くしないと、さっきの奴らの仲間が来ちゃうかもしれないし。 ね、みこ」
望子をその細腕で優しく抱えたまま、ふわふわと宙に浮かびながら進む人魚が、『王サマ殺っちゃったんだし』と脳内で付け加えながら自分の腕の中の少女に改めて確認する様に笑顔で声をかけたはいいのだが。
「……う、うん、そうだよね……かってに、おかねもらっちゃったんだもん……おこられちゃうよね……」
「「「!?」」」
……当の望子は、自分がやった事ではないとはいっても城のお金を盗んでしまい──よくよく考えれば提案したのは自分だと思い出し、しゅんとしてしまう。
「い、いやぁそっちじゃ──あぁいや何でもねぇ」
「そ、そうね、お金は大事だものね」
「うんうん! 王サマがどうとか関係ないよね!」
「「!」」
そんな望子に対し亜人族たちは狼狽しながらも、どうにか望子を元気づける為にと三者三様の反応を見せていたものの、『国王の惨殺』という望子に決して知られてはいけない凄惨な事実に繋がりかねない迂闊な発言をした人魚に他二人は勢いよくそちらを向いて。
「!? 痛ったぁ!」
「?」
失言を諌める目的で割と思い切りよく二人に叩かれた人魚が、『う〜っ』と涙目で唸りつつ頭を押さえる一方、いまいち状況を理解できていない望子は『なにかあったのかな』と人魚の腕の中から見上げるだけ。
……それもその筈、望子は何も知らない。
自分の大切なお友達が二十人近くもの近衛兵たちを始末した挙句、国王までも惨殺してしまった事実を。
ぬいぐるみたちはこの世界で命を得て、既に知恵を持つ生物となった今、罪悪感というものが理解出来ない訳ではなく──自分たちが殺めた近衛兵たちにも家族や大切な者がいただろう、そう思わない事もない。
……あの国王だけは、どうでもいいが。
しかれど、あくまでも彼女たちにとって最も重要な存在は舞園望子ただ一人であり、それ以外の有象無象など──どうして気にかける必要があるというのか。
母親の教えがあってもなお拙い手つきでいくつも手に傷をつけつつ自分たちを作ってくれて、それからは遊びに行く時も夜眠る時もずっと一緒にいてくれた。
無論、地球にいた時の彼女たちは単なるぬいぐるみであり意識こそ持ち合わせてはいなかったが、そんな望子との幸せな日常は大切な記憶として残っている。
だからこそ望子を守る為、元の世界へ帰す為ならば魔王だろうと罪の無い者たちだろうと一切関係ない。
三人が三人とも、およそ望子の障害になり得る全てを排除する事も厭わない強い覚悟を持っていた──。
「「「……」」」
そんな事を改めてアイコンタクトで決意し合う彼女たちから、ほんの少し仲間外れとなっていた望子は。
「……ねぇみんな、そろそろいこう?」
「「「……っ」」」
人魚に抱っこされたままの姿勢で彼女の薄い生地の服を摘みながら、そんな提案を口にする。
上目遣いも相まった、より一層の愛らしさが込められた望子に『きゅん』ときていた三人だったが、すぐに頬を叩いたり首を振ったりして気を取り直し──。
「……あ、あぁ、そうだな。 取り敢えず出てからだ」
「そ、そうね、ここと同じで私たちみたいなのでも大丈夫な場所がいいわ。 そこで服なんかも買いたいし」
「あは、みこなんてパジャマだもんねぇ」
望子からの提案を拒否する筈もなく、ほんの少しばかり吃ってはいたものの空色で星柄の可愛らしい寝間着姿の望子に笑顔を向けつつ改めて移動を再開する。
「う〜……やっぱりはずかしいよね、これ……」
一方、人魚の何気ない発言がなくとも外で寝間着姿は恥ずかしいと理解していた望子は、どうにも気恥ずかしげに人魚の豊かな胸に顔を埋めてしまっていた。
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しばらく賑やかな城下町を歩いていると彼女たちの視界に王都の出入口なのだろう大きな門が映り、そこには人族と亜人族混合の数人の番兵が立哨している。
つい先程、謁見の間にて近衛兵たちに始末されかけた事もあって望子はびくびくしていたが、そんな望子に『大丈夫だよ』と言い聞かせて頭を撫でつつ──。
「──……外に出たいんだけど。 いいよね?」
「……うん? あ、あぁ──……んん?」
ぬいぐるみたちを代表して人魚が全く怖気付く様子も見せぬまま兵士たちに話しかけると、そこに立つ番兵たちは全く統一感のない三人の亜人族と、その中の一人に抱えられた黒髪黒瞳の人族の少女という奇妙な組み合わせを見て顔を見合わせ困惑していたのだが。
「構わない──が、身分を証明できる物はあるか?」
「っ、兵長……!」
その時、数人の番兵たちを掻き分けて奥の方から姿を現したのは緑色の鮮やかな長髪が特徴的で、その髪と同色の艶やかな鱗が肌の一部に付着している──。
爬虫類特有の縦長の瞳孔を有した金色の瞳を光らせて、かなり軽そうにも見える鎧の下から生えた長い尻尾を持つ蜥蜴人という名の亜人族の雌の個体だった。
しかし亜人族とはいっても、ぬいぐるみたちが変化を遂げた姿と同じで人族に近い見た目をしている事から、おそらく混血の蜥蜴人なのだろうと見てとれる。
「……身分証明だぁ? いるのかよ、そんなもんが」
一方、四人が四人とも身分など証明しようもない為に、ぶっきらぼうな様子で人狼が苦言を呈すも──。
「当然だ。 そもそも入国の段階で住民票や冒険者の免許など証明書の提示があった筈。 見たところセニルニアの住民ではない様に思うが──……何者だ?」
(……めんどくせぇな、こいつ)
当の蜥蜴人は『何を今更』と言わんばかりに全く怯む様子もなく溜息をつきつつ若干ではあるものの呆れた様子で答えてみせた事で、そんな彼女の態度に思わずイラッとした人狼だったが流石にここで暴れてしまう訳にもいかない、というのは彼女にだって分かる。
だからこそ、それならば正直に自分たちの境遇を話し、その上で止めてくるというのならば、いよいよ黙らせてしまおうかと心の中で決めた人狼が口を開き。
「あー……あたしらさぁ──」
自分なりの言い訳を述べようとした、その時。
「──……っあ、えっと……あの、みんななくしちゃったの、その、らいせんす? を……ね? みんな……」
「「「!」」」
望子がしどろもどろに人狼の言葉を遮って、さっき耳にしたばかりの免許とやらを話に持ち出して同意を求める様に三人の顔を見た事で、すぐさま望子の真意を理解したぬいぐるみたちは首を縦に振ってみせる。
……幼いなりに誤魔化そうとしているのだ。
奇しくも、あの聖女と同じ様に──。
「……免許って──……冒険者の? そちらの亜人族なら分からなくもないけど、君も取得してるのかい?」
「ぁ、えっと……」
とはいえ見切り発車だった事もあって蜥蜴人の隣にいた人族の番兵に優しい口調で尋ね返されてしまった望子は、『ぁうぅ』と思わず言葉に詰まってしまう。
そもそも冒険者とは、この世界に蔓延る魔物と呼ばれる人族や亜人族に害意がある事が殆どである生物を依頼を受けて危険を冒してまで討伐する者たちの事。
本来、冒険者の免許の取得に年齢制限などはなく確かな実力さえあれば良いし、また身分証明に使うだけなら八歳児でも登録可能な為、特に不思議ではない。
尤も、その為に登録するという行為は冒険者たちにとって馬鹿にされるも等しく、あまり好まれてはいないらしいが住民票より簡単に取得可能な今の制度も問題であると分かっている為、強く出られないとの事。
しかし同年代の女の子と比べても随分と幼い目の前の少女が冒険者というのは、どうしても違和感を覚えずにはいられなかったのだろう事は何となく分かる。
どうにも微妙な空気が流れていた──その時。
「兵士さん、そう馬鹿にしたもんでもないよ? この子はこう見えて強いんだから! だって、ゆう──う"」
「「ゆう……?」」
あまりに突拍子もない目の前の少女が強いという発言と、『ゆう』と何かを言いかけた人魚に蜥蜴人を始めとした番兵たちの疑念を込めた声が重なる一方で。
当然その発言は望子たちと番兵たち、どちらにとっても彼女の言葉は予想外であった様で現に人魚は他の二人からまたもかなり強めに叩かれてしまっていた。
(……この少女が、強い? それに『ゆう』とは……?)
一方、生まれながらにして人族よりも強く、そして最強へ至る権利を持って生まれる蜥蜴人としては『こんな小さな子が』と信じられなかったが、こうも気になってしまうと確かめずにいられないのが強者の性。
「……少し、ついてきてもらえるだろうか」
「「「「えっ」」」」
その後、蜥蜴人は何かを決意して返事も碌に聞かぬままに門の横にあった中々の大きさがある詰所へと彼女たちを誘導し、それを受けた望子たちは怪訝そうに眉根を寄せながらも彼女の後をついていくしかなく。
その詰所には、どこにでもありそうないくつかの長机と沢山の椅子が置かれており、『少し待っていてくれ』と蜥蜴人は四人に着席を促してから少し離れる。
言われた通りに大人しく座っていた望子たちの下へと戻った蜥蜴人は何か水晶玉の様なものと、それを置く為の小さく柔らかそうなクッションを持っていた。
「……これは何かしら」
向こう側が透き通って見える程に透明度の高い水晶玉を覗きこみつつ、『貴女は何がしたいの?』と言わんばかりに鳥人が蜥蜴人に粛々と問いかけたところ。
「……これは鑑定と呼ばれる恩恵が付与された水晶玉だ。 一般的には物に恩恵が与えられる事はないが、それでも神に祈りを捧げ授かった者が非生物に恩恵を付与する事は可能だ。 これも、その一つという訳だな」
そんな鳥人の疑問に対し蜥蜴人は、そこまで大きくもない胸を誇らしげに張りながら聖女カナタが鳥人の瞳を鑑定だと思い込んでいた恩恵の名を挙げつつ、机に優しく置いた水晶玉がその役割を果たすと語った。
「「「……」」」
ハッキリ言ってぬいぐるみたちには、『しんと』だの『ぎふと』だのと──さっぱり分からなかったが。
「……それがありゃあ、ミコの力を証明出来ると?」
随分と噛み砕いた解釈をした人狼が確認する様に問いかけると、それを聞いた蜥蜴人はまさしく我が意を得たりと言わんばかりに首を縦に振ってみせており。
「そうだとも。 まぁ授かった者が行使する恩恵程に正確とはいえないが、これで充分な魔力があると判断出来れば私の方から免許の発行許可を出させてもらう」
「……は、はい」
おそらく免許を失くしたというのは虚偽なのだろうと既に見抜いていた蜥蜴人が、『どうぞ』と緊張した様子で椅子に座る望子に声をかけた事により、おそるおそる水晶玉に小さな手を──……そーっと置いた。
──その瞬間だった。
「──ぅ、わぁっ!?」
「!? な、んだ!?」
少し前に、ぬいぐるみの放つ光が王の間を照らした時の様に部屋中が煌々とした白い光に包み込まれる。
無論、望子はすぐに手を離したがあまりにも突然の事態に驚いたのか、すっかり涙目になっており──。
(こ、これは……まさか──)
その一方、明らかに規格外かつ神々しい魔力を有するその少女に蜥蜴人は一つばかり心当たりがあった。
人族が治めるルニア王国で、この国の王であるリドルスが亜人族を『人族の道具』の様にしか思えなくなっていた中で、リドルスがまともでさえあれば騎士団や近衛兵に採用されても不思議ではない程の力を持つ彼女は多くの者に慕われており、そんな彼女を慕う者たちの中でも地位が高い者から聞いていたのだ──。
禁断の秘術、勇者召喚が行使されるのは──今日この日であるのだという絶対口外禁止の事実を、だ。
(……そうだ、きっとこの子は──いや、この方は)
三人の亜人族たちに慰められている黒髪黒瞳の少女を見た蜥蜴人は、ある事を確信してしまっていた。
この少女が──彼女こそが聖女の力にて異世界より召喚されし、この世界の希望たる存在であるのだと。
──救世の勇者であるのだと。
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