ギルドマスター同士の通信
──がさごそ、ぽいっ、ばたばたっ。
そんな音を立てながら執務室の戸棚を小さな身体で漁るのは、先日ウルたち三人に依頼の受注条件を一時的に満たす為、仮昇級を勧めたばかりのギルドマスター、妖人のファタリア=ニーフ。
「さーって、何処にやったかなーっと……」
彼女は今、仮昇級の申請許可を自身の上司にあたる『首都』サニルニアの冒険者ギルドのギルドマスターから貰う為、通信用の魔道具を探していた。
(ったく、自分のせいとはいえ面倒臭いねぇこれ。 ちょっとくらい整理しとくんだったよ全く)
ファタリアが配置される以前──正確には海賊騒ぎが起こる以前、その戸棚は前任者によって丁寧に整理されていたが今や見る影も無く、ズボラな彼女のせいもあり許容量を超えて様々な物が詰め込まれている。
──自覚しているだけ、マシかもしれないが。
(普段は食費も軽く済むし、必要以上に若く見られるしで良い事の方が多いけど……こういう時は自分の小さい身体が不便に思えて仕方、無い──おっ)
その小さな身体で作業しているとは思えない程の勢いで、ぽいぽいと今の彼女に不必要な用品を投げ散らかしつつ脳内でボヤいていたそんな時、戸棚の奥底で僅かに光る目当ての物の存在を視認した。
「あったあった、こんな奥に入れてたっけね……?」
何やかんやですぐ見つかるだろうと考えていたファタリアだったが、予想の倍くらいの時間を費やしてしまった事に些か呆れながらもそう呟き──。
(最後に使ったのが確か……あぁ、あれだ。 共和国になるそうですー、っつって……はぁ、馬鹿馬鹿しい)
その一方で、手元にある彼女用に小さく調整された水晶玉を見つめつつ、一月程前に使用した際伝えられた然程興味も無い事実を思い返して溜息をついた。
「んじゃ早速……よっと」
ファタリアは散らかした物もそのままに自身の定位置である小さなソファーに座り、掌に乗せた水晶玉──『交信珠玉』に魔力を乗せ、通信を開始する。
「……よし、繋がった。 あー、こちら港町ショスト。 あたしはギルドマスターの──」
しばらくすると水晶玉の中に通信先の様子がうっすらと浮かび、一月ぶりでもいけるもんだねと得意げにしながらも、自分の所属と名を口にしようとした。
『──あぁ、その書類はそちらに置いて下さい。 それからこの護衛依頼は私が選別した一党から──』
しかし、水晶玉の中に映る目当ての人物はこちらを見ていないばかりか、おそらく気づいてもいない。
「……あー、あー、聞こえてるかい?」
明らかに他の方へ目を向け、部下であろう職員に対して敬語で指示を出すその男性へ、先程より少し大きな──それでも小さいが──声を出し、もう片方の空いた手でコンコンと水晶玉を小突く。
その瞬間、水晶玉に映っていた男性がパッとこちらを向き、怪訝な表情で覗き込んだかと思うと──。
『……? あっ!? こ、これは失礼しました。 いつの間にか通信が繋がっていたんですね。 すみません、お見苦しいところを……サニルニアのギルドマスター、ノーチス=サイシンです。 お名前を伺っても?』
ノーチスと名乗った細身の男性は人の良さそうな顔をキリッとさせて軽く会釈をした後、小さな妖人の姿が見えているであろうに丁寧にもそう尋ねてきた。
「そんな畏まらなくても……っと、あたしは港町ショストのギルドマスター、ファタリア=ニーフだよ」
その一方、ファタリアはそんな彼の様子を見て苦笑しつつも葉巻を取り出そうとしたのだが、流石に失礼かと考え直して懐から手を抜き、掌の上の小さな水晶玉を前に改めて自己紹介をする。
『ショストというと……あぁ、数ヶ月前に前任者が亡くなった事で配置された妖人の……その節は大変なご迷惑をお掛けしました。 配置を担当したのは私ではありませんが、書類に目を通してはいましたので……』
それを受けたノーチスは、ふむと少し唸った後、水晶玉に映る妖人を見て思い出したのか頭を軽く下げ、書類の上では把握していたものの急な配属を強いてしまった事を深く謝罪した。
「まぁ確かにねぇ。 そういや前任者は王都──あぁ今は首都か──で働いてたんだろう? 冒険者を引退してそのまま勧誘されてー、って聞いてるけど」
ファタリア自身、その事を大して気にはしていなかったがそれでも嫌味たらしく水晶玉に顔を近づけ、赴任した際に聞いていた情報を元に尋ねる。
『……えぇ。 彼は冒険者としても職員としても非常に優秀でしたよ。 ただ……ただあまりにも、正義を重んじ過ぎると当時から感じてはいたのです……』
対照的に、極めて暗然たる表情を浮かべたノーチスは、かつて職場を共にした元銀等級の男を脳裏に映し、後悔を露わにして組んだ手に力を込めていた。
「……ギルドマスターとしちゃあ、正しい行動じゃ無かったねぇ。 元々向いてなかったとも言えるか」
するとファタリアも釣られた様に真顔になって、深く溜息をついて純然たる事実を突きつけるかの如き発言をし、水晶の向こうにいる彼の二の句を待つ。
『かも、しれませんが……だからこそ貴女が……妖人であるファタリアさんが配置されたのです……っ、その後、如何ですか? 精霊たちについて何か……」
そんな彼女の言葉を肯定しつつもノーチスは、貴女で無ければならないのは理解しているでしょう? と言わんばかりに少しだけ語気を強め、ファタリアがこの港町へ配属された理由は口にせぬまま状況を問うた。
だが、ファタリアは何も分からないとばかりに首を緩やかに振り、それを見た彼は軽く息をつく。
『そう、ですか……とりあえず、引き続き調査……及びギルドの管理をお願いし──そういえばファタリアさん、本日はどの様なご用件で?』
期待外れとは言わないまでもがっかりした様子で呟いたノーチスだったが……その時、ふとこの通信は彼女が繋げてきたものだと思い返し、何気なく尋ねた。
「え? ……あぁ、忘れてた。 危ない危ない……とある冒険者たちのね、仮昇級の申請許可を貰いたいんだ」
『……仮昇級ですか? それなら私の許可なんて取らずともそちらで判断して頂いて構いませんよ?』
一瞬ファタリアはきょとんとしていたものの、すぐに通信する事になった理由を思い出しそう告げて、それを受けたノーチスはというと、等級の高い冒険者となると話は別ですがと付け加えて返事を返す。
……実を言えばこの仮昇級という制度、元々が銀以上の上位三等級、若しくは仮昇級した場合に銀となる銅の冒険者には適用されない。
無論、例外も無くはないが、その場合は必ず上の許可が必要になってくる……以前までなら国の、今ならば冒険者ギルドを統括する彼の許可が。
翡翠から紅玉という、決して高くない等級間での仮昇級に本来彼の許可など必須では無いのだが──。
「亜人族が三人。 で、全員が翡翠だね。 今そっちに鑑定眼鏡で得た鑑定結果を送るよ」
それでもファタリアは、ウルたちの経歴を鑑みれば絶対に確認は必要だと考えており、手元に用意していた片眼鏡を水晶玉に近づけ鑑定結果を送る。
『はぁ、翡翠ですか。 でしたら……っ!?』
私に許可など取らずとも、ノーチスはそう口にしようとしたのだが、水晶玉に浮かんだ鑑定結果に彼は思わず目を剥き、言葉を失ってしまう。
「驚いたろう? ドルーカの領主直々の指名依頼で上級魔族及び、魔族の軍勢の撃退。 おまけにサニルニアで免許を発行してる。 そうじゃなきゃあたしだって、わざわざ上に許可取ったりしないよ」
するとファタリアは予想通りに彼が驚いているのを見て、何故か得意げな様子で彼女たちの経歴を簡単に語っていたのだが──水晶玉の向こうの彼は何かを思案しているのか沈黙を貫いていた。
(──間違いない。 あの時の……魔族の王都襲撃後にレプターさんからの推薦で登録した亜人族たちだ)
そう、彼は何も彼女たちの依頼の履歴に驚いた訳では無く、そこに記されていた種族と……何より安直過ぎるその名前が彼の脳裏に圧倒的な結果で終わったギルドでの模擬戦を映しており──。
(一党メンバーが五人という事は、あの黒髪の少女以外にも……? 時期的にレプターさんでは無いだろうし)
その一方で、彼女たちと一緒にいたミコという少女はおそらく無事なのだと安堵しつつも、もう一人のメンバーは一体誰なのだろうと考えを巡らせる。
「で、許可は貰えるかい? つっても貰えないと困るんだけどねぇ。 あたしがあの娘たちにどやされるよ」
(……どやされるで済むのか?)
そんな中、ファタリアは彼からの返事が返ってくる前にそう言って、ふふっと笑っていたのだが、彼女たちが王都で魔族の軍勢を撃滅し、魔王軍幹部の一人を討ち取った……とレプターから秘密裏に聞かされていた彼にとっては正直畏怖の対象でしか無く、何なら殺されるんじゃ? とまで思ってしまっていた。
「……ノーチスさん? どうしたんだい?」
ここで漸く返事が無い事に違和感を覚えたファタリアは、おずおずと水晶玉を覗き込んで声をかける。
『あ、あぁいや、少し考えごとを……そうですね、許可を出しましょう。 ただ……二日程時間を頂く事になります。 何分立て込んでいますので……』
そんな彼女の声で漸く我に返ったノーチスは言葉に詰まりながらも、サニルニアは今冒険者や商人でごったがえしていますからと申し訳無さそうに呟いた。
「了解。 忙しいとこすまなかったね」
『いえ、こちらこそ。 ではまた後日改めて……』
それを受けたファタリアがそろそろ切り上げるかと込めていた魔力を弱めつつそう言うと、彼もまた簡素に挨拶を返し、通信を終了する。
「……はぁ〜……っ」
その後すぐに、ノーチスは深い溜息をついてギシッと音を鳴らし、高価そうな椅子にもたれかかった。
(二度と関わる事も無い、なんて思っていたら……)
彼はあの時……レプターの推薦だからと彼女たちの冒険者登録を担当した事を、今も尚後悔している。
生涯を平職員で終える者もいる中、当時二十九歳という若さにして王都のギルドマスターに任命された彼の灰色の脳細胞が、三人の亜人族たちに対し全力で警鐘を鳴らしていたからに他ならない。
──魔族の軍勢を退け、魔王軍幹部の一人を討ち取ったという目覚ましい事実があったとしても。
「──魔王、討伐か」
ノーチスはかつて耳にした彼女たちの最終目標を思い出し、誰に聞かせるでも無くそう呟いたのだった。
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