紅玉への仮昇級
「──どうした?」
「……え、あ、あぁ何でも無いよ」
しばらく俯いたまま無言を貫いているファタリアを見てウルが怪訝な表情を湛えて問いかけると、彼女はハッと我に返って気にしないでと手を振ったが──。
(……この機を逃したら、おそらく当分ショストはこのまま。 あたしは別に構やしないが、住民たちからの突き上げも面倒だし……いい加減、冒険者の耳障りな声も聞き飽きた……この娘らに懸けてみる?)
一方ファタリアの脳内では功利と打算に満ち満ちた会議が繰り広げられており、しばらく思考の海に沈んでいた彼女は何かを決意し顔を上げた。
「それよりあんたら、海を渡りたいんだろう? なら海賊の討伐は避けて通れない……が、今のあんたらの等級じゃあ依頼は受注出来ない。 残念な話だけどね」
「……改めて確認する様な事かしら」
一度大袈裟に息を吐いた後、これまでの話を総括するかの如くそう語り始めたファタリアに、何を企んでるの? と言わんばかりに眉を顰めたハピは腕を組んだ状態で彼女に疑わしげな視線を送っている。
「必要な事さ、これから話す事には──もしあんたら三人の等級はそのままに依頼を受注する方法があるって言ったらどうする? やる気はあるかい?」
翻ってファタリアはそんな彼女の視線など何処吹く風と流し、望子とローアを除く亜人たち三人へニィッと不穏な笑みを浮かべつうそう問いかけた。
(……さんにん?)
(我ら二人は蚊帳の外……関係の無い話の様であるな)
(……そっか)
一方、『三人』という言葉に気づいた望子がコソッとローアに声をかけると、彼女は望子に身を寄せながら同じく小声で、おそらくはと付け加えて答える。
「そりゃあ無くはないけど、それってどんな方法なの? もしかして……ボクたちより等級の高い人を頭目にしてー、ってやつ? それなら知ってるよ!」
勿論、二人の小さな呟きはフィンの耳に届いていたが、今はこっちが先かな、と思ったより冷静な判断をした彼女はドルーカで銀等級の森人に手伝って貰った事を思い返して得意げにしていたのだが──。
「……それは、出来ない」
「あら、どうして?」
何故かファタリアは途端に苦々しい表情を浮かべてフィンの言葉を否定し、そんな彼女の様子に違和感を覚えたハピは首をかしげてきょとんとしてしまう。
するとファタリアは、懐から二本目の小さな葉巻を取り出し先程と同じ様に赤い羽で着火させ、咥えたそれを吸い、重々しく煙を吐いてから口を開く。
「もう……試したからだよ」
「駄目だったって事か?」
誰の目から見ても明らかに一変した彼女の面持ちからそう判断したウルが声をかけると、ファタリアはゆっくりその小さな頭を縦に振って答えてみせた。
「……じゃあどうすりゃいいんだよ」
実を言えばウルもフィンと同じ考えを持っていた為、他に思いつく事も無い彼女が拗ねていると──。
「──仮昇級さ」
「「「仮昇級?」」」
気を取り直す為か葉巻を灰皿に押しつけ、真剣な表情を湛えたファタリアが告げた聞き馴染みの無い言葉に図らずも亜人たちの声が重なる。
「あぁ。 冒険者の等級が受注条件に達しておらず、されど実力は充分にその依頼を受注するに値する場合に限り、ギルドマスターが一時的に仮初の昇級を許可してやれる──それが仮昇級だよ」
ファタリアは彼女たちの反応に満足げにしつつ、フィンの提示した案とは異なる新たな提案をした。
「上級魔族を撃退出来るあんたらなら、問題なく適用可能の筈だ……どうだい?」
彼女は付け加える様に鑑定眼鏡を手に、その性能と読み取った結果を説明しながら彼女たちの経歴を口にして、上に許可は取らなきゃ駄目だけどと付け加えて改めて三人を視線で射抜いて問いかける。
上? とウルは思わず声を上げたが、ファタリアはかつてウルたちの免許を発行した王都のギルドマスターの名を挙げ、何とかその名を思い出す事に成功していた彼女はそうかと安堵した様にふぅと息をついた。
(王都の、って事は……あの気弱そうな奴か? まぁあいつなら余計な詮索はしねぇだろうし……うーん)
そう脳内で呟くウルは王都で再開を約束した龍人を介し、望子たちの大まかな事情を話した細身の男性を脳裏に浮かべつつ、あれそんなに偉かったのか? と別の疑問を抱いてしまっている。
「それはいいけれど……さっき、三人って言った?」
「仮昇級は等級一つ分までしか適用出来ない。 そっちの二人が一つ昇級したところで瑠璃だ、つまりは──」
「我輩たち二人は町で留守番、という事であるか」
一方、ウルとは別の疑問を持っていたハピが押し黙った彼女の代わりにそう尋ねると、煙を吐いたファタリアは葉巻の先を望子たちに向けて語り、その言葉を継いだローアに彼女は我が意を得たりと頷いた。
「おるすばん……そっかぁ……」
そんな二人のやりとりを聞いた望子はみんなの力になれないのだと理解し、しゅんとしていたが──。
「……ミコ。 そんな顔しなくてもよ、あたしらが強ぇのは知ってんだろ? 安心して待ってろって」
「そうね、なるべく怪我はしない様に帰ってくるわ。 望子をこれ以上心配させたくないもの」
「海賊なんてあっという間に沈めてくるよ!」
一方の亜人たちは、何とか望子を元気づけようと努めて明るく口々にそう告げた。
「……うん。 みんな、きをつけてね?」
それを受けた望子は眉を垂れ下げつつも、ふわっとした笑みを浮かべて三人の身を案じ、そんな望子を見た亜人たちは矢も盾もたまらず望子を愛で始める。
ウルはにひひと笑って望子の髪をくしゃっと撫でており、フィンは望子の細い肩を後ろから抱き、ハピはそんな光景を微笑ましそうに見つめていた。
「……決まりだね。 ただ、仮昇級の申請にはしばらくかかる筈だ。 それが済み次第、声をかけるからね」
彼女たちの望子への愛玩が済んだ頃、それを苦笑いで静観していたファタリアはそう告げつつも、これから行わなければならない面倒な作業を思うと正直言ってうんざりしていたが……それも無理はないだろう。
(……何せ共和国になったばかりだからねぇ……王都のギルドも今頃てんやわんやだろうし、二日三日で済めば良い方か……全く、これだから魔族ってのは)
──そう、王都……いや、今は首都となったサニルニアにて、王が魔族に殺害されたという話は既に大陸全土へ広まっており、このままでは不味いと考えた比較的まともな上流貴族たちはこぞって君主を持たない政治体制……つまりは共和制を取り、この国はルニア共和国となると大々的に発表した。
……当然、国に属する冒険者ギルドもその煽りを受け、統括及び全権が国からサニルニアのギルドマスター、ノーチスへ移り、彼は職員たちと共に休む間も無く様々な方面からの職務に追われていた。
仮にも同じギルドマスターであるファタリアは、通信用の魔道具にてその事を把握していた為、下手すりゃ一週間かかるかも、とも考えていた。
尤も、王の殺害の実行犯でありながら運良くそれを魔族に罪着せる形となり、政に疎いなどというレベルでは無い亜人たちがそれを知る筈も無く──。
「了解──あぁそうだ、おすすめの宿はあるか?」
「……ん? あぁ、それならギルドを出てすぐ右手の所に比較的綺麗な宿があるよ。 あそこは出てくる料理も悪くないし、過ごしやすいんじゃないかね」
話が終わったと判断したウルが何気なくそう尋ねると、腕組みをして思案していたファタリアはハッと我に返って扉の向こうを指差し、他の宿も悪くは無いけどと若干のフォローを入れてそう告げる。
「じゃあ、そこにしましょうか。 望子もいい?」
それを受けたハピが自分たちの頭目たる少女にそう声をかけ、確認する様に覗きこんだ。
「うん、いいよ。 ろーちゃんは?」
「うむ、我輩も構わぬよ」
否定する理由も無い望子はこくんと頷き立ち上がって、隣に座っていたローアと共に部屋を後にする。
「それじゃ、ボクたちはこれで。 仮昇級よろしくね、ファタリアちゃん」
そして、最後に部屋を出ようとしたフィンが振り返って、手をひらひらと振りつつ一時の別れを告げた。
「あぁ、こちらこそね──うん?」
同じ様に手を振ったファタリアは、彼女たち全員が部屋を出た瞬間……違和感を覚えて首をかしげる。
(──ファタリア『ちゃん』?)
しばらく唸っていた彼女は、先程のフィンの自分への呼び名が違和感の正体だと気づき……苦笑する。
(あの娘、あたしをいくつだと思ってんのかね)
唯一ハピには視えていたがこのファタリア、御年五百歳であり、亜人族として生を受けたばかりのフィンからすれば大先輩もいい所だった。
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