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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第六章

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調味料に涙する勇者

 ハピを始めとして四人の仲間たちに慰められていた望子が、漸く落ち着きを取り戻してきた頃──。


「一体どうしたんだ? もしかして、お嬢ちゃんの口には合わなかったか……だとしたら悪い事をしたな」


 それまで空気を読んで口を挟む事はしなかった店主が、心底申し訳無さそうに眉を垂れ下げさせる。


「ぅ、ち、ちがう、の……っ!」

「じゃあどうしてだ……?」


 ひるがえって望子は、美味しい料理を出して貰っておいてそんな風に謝らせる訳にはとばかりにブンブン首を横に振って嗚咽を漏らしながらもそう言うと、これ以上無理に喋らせるのは悪いかとは思いつつもやはり気になってしまった店主が声をかけた。


 そんな店主の問いかけに何とか返事をしようと、望子は鼻をすすって震える口をひらいて──。


「これ……おかあさん、が……つくってくれたっ、りょうりにも……にてるのが、つかわれてて……それで、おもいだし、ちゃって……! う、ううぅ……!」


 そうやって話そうとすればする程また母親の事を思い出してしまい、折角落ち着いてきていたのにも関わらず再び涙を流してハピの豊かな胸に顔をうずめる。


「似てるの……魚醤ガルムの事か? それに、作ってくれたって……美味しかったなら、また作って貰えば……っ! もしかしてお嬢ちゃんの親は……すまないっ」


 望子の言葉を聞いた店主は何をそんなに泣く事がと疑問に思いそう言ったが、一つの可能性が浮かんだ瞬間、浅慮だったと言わんばかりに頭を下げた。


「あ、あー……違うぞ。 別にミコ……この子の母親は亡くなってる訳じゃねぇんだ。 ただちょっと、今は会えないくらいに遠くにいるんだよ、な?」


 ……実は望子は異世界からの召喚勇者で、母親は別の世界にいるなどと言う訳にもいかず、言葉に詰まりながら方便を口にしたウルが望子に話を振ると、それを重々理解していた望子は控えめに頷いてみせる。


「そ、そうだったのか……それで、お母さんに会う為の旅の護衛を嬢ちゃんたちがしてるんだな……」

「え? あー……まぁ、そうだな。 うん、そうそう」


 一方、それを聞いた店主はといえば潤んだ瞳を隠すかの様にそっぽを向きつつも、風変わりな彼女たちの組み合わせの理由をそう解釈して首をうんうんと縦に振っており、また新たな設定が追加されてしまった事にウルは若面倒臭くなって雑に返事した。


「……よし、お嬢ちゃん。 今日は好きなだけ食っていってくれ、どうせ他に買いに来る客もそこまでいないからな。 勿論、お代はこっちで持つぞ?」


 そんな折、涙を拭った店主がパンっと膝を叩き、ニカっと笑って俺の奢りだと提案したのだが──。


「ぐすっ……え? だ、だめだよ……っ、しょう、ばい? なんだから……ちゃんと、おかねははらうよ」


 当の望子はゆっくりと首を横に振り、施しは受けない……とまでは言わずとも、拙い口調でそう告げた。


「……そうか。 偉いな、お嬢ちゃんは。 それじゃあ、値段を半分にさせてくれ。 それならどうだ?」

「……ぅん。 あり、がとう、おじさん」


 望子の主張を受けた店主は再び涙ぐみそうになりながらも、本当に立派な子だと思い妥協案を口にする。


 望子はそれを聞いて、どうしようと自分を抱えてくれていたハピを見上げると、彼女はニコッと笑って許可を出し、望子も同じ様に笑みを浮かべて答えた。


「おう! さぁ、嬢ちゃんたちもどんどん食ってくれ」


 すると店主は後ろを振り向き、そこまで多くは無いものの今朝獲ったのだろう新鮮な貝や魚を持ち出す。


「悪ぃな、それじゃあ遠慮無く」

「あ、ボクもボクも!」

「あぁ、では我輩も」


 ウルはそれを見てすっかりからになった受け皿を差し出してお代わりを頼み、そんな彼女に続く様にフィンとローアも同じく受け皿を差し出したのを見た望子とハピは、顔を見合わせふふっと微笑んでいた。


 しばらく魚介を味わい談笑していた彼女たちだったが、望子が唐突に椅子から離れたかと思うと──。


「……ねぇおじさん。 これ……わけてもらえたりしないかな、なんて……いってみたりして……」


 てくてくと店主に近寄り、受け皿に残っていた黒い調味料を指差しておずおずと声をかける。


魚醤ガルムをか? ……ちょっと難しいな。 いや、別に余所者に渡せないって訳じゃないんだが……」

「何か事情が?」


 一方、望子の控えめな言葉を受けた店主が眉をひそめて腕を組み、うーむと唸りつつ渋面を隠そうともしない店主にハピが首をかしげて尋ねた。


「そもそもこの魚醤ガルムって調味料は塩漬けにした魚を寝かせて、浮かんできた水分を活用したものなんだがな。 充分な魚が獲れない今の状況じゃ作る事も出来ないんだ。 これも、残り少ない作り置きだからな」


 すると彼は魚醤ガルムの入った陶器を軽く振りながら製法を簡潔に説明しつつ、分けてやれない理由を述べる。


「成る程、先の海賊とやらの影響がここにも……」


 それを聞いていたローアが、んでいた魚の切り身を飲み込んでからそう呟く一方で──。


「塩漬け……なぁ、その塩はどっから用意してんだ? 海水からは取れたりしねぇんだろ?」


 ウルは先程から──いや、ローアからこの世界の海について聞いた時からずっと気になっていた事を、この世界に生きる人族ヒューマンである店主に問いかけた。


「どうして海水から塩が取れるなんて発想が浮かぶのかは知らないが……塩は、採掘するものだろう?」


 しかし彼は、一体何を言ってるんだ? と狐につままれた様な表情を浮かべつつ、さも常識だろうと言わんばかりにそう口にして不思議そうにウルを見遣る。


 事実、ここショストに限らずこの世界では塩を手に入れようとするのならそれ専用の……岩塩の採掘場に向かう必要があり、彼らの場合は近隣の農村と共同で採掘をおこなっているとの事だった。


「あ、あぁ、やっぱりそうか。 ははは、だよなぁ」


 無論そんな事は知る由も無いウルは、それを誤魔化す為に苦笑しながら目を泳がせていた。


(……異世界こっちでは、それしかないのかしら)


 その事実にはウルだけで無くハピも驚いていた為、確認する様にローアへ耳打ちする。


(先の話から推測するに……そちらの世界では海水から取るのが常なのであろうが、こちらの世界では岩に宿る神、岩神がんしんフェルスが草木一つ生えぬ岩山で死んでいく命をうれいて流した涙が染み出したものが塩と呼ばれる調味料になる──と云われているのである)

(そ、そう……何か食べづらくなったわね)


 うむと頷いた後、彼女は馴染みの無い神の名まで挙げてやたらと壮大に語り出し、ハピはそんな風に小声で答えつつも聞かなきゃ良かったと後悔していた。


「……かいぞくがわるさしなくなったら、これをつくれるようになるの?」


 ウルと店主の会話が終わった頃、望子がふとそんな事を彼に問いかけると店主は再び腕を組む。


「まぁそうだが……冒険者ギルドも手をこまねいてるみたいだし、当分はこのままなんだろうよ。 俺としては分けてやりたいし、教えてもやりたいんだが……期待に添えなくてごめんな、お嬢ちゃん」

「……うぅん、いいの。 むりいってごめんなさい」


 この町が置かれている現状を口にして、難しいだろうなと付け加えてから軽く頭を下げた彼に、望子はふるふると首を横に振って──次の瞬間、何かを決意したかの様な確かな声音でそう言った。


(──あ、やっべ)

(どうしたの?)


 その時、望子の様子に気がついたウルが小さく呟いて、それを聞き逃さなかったフィンが、ん? と反応しつつ彼女の方へ顔を向けつつ尋ねると、ウルは望子に悟られない様にこっそり指を差して──。


(ミコの目)


 フィンにしか聞こえないだろう小さな小さな声量でそう言って、彼女に望子の方を見ろと伝える。


(え? ……あっ、スイッチ入ってる?)


 一方、フィンがふいっとウルの指の先にいる望子をじーっと見ていると、彼女は望子の目に宿る強い覚悟からの輝きに気がついてこそこそと声をかけた。


(あぁ、完全に入ってんな……勇者スイッチ)


 やっぱりそうだよなと同意が得られた事に満足しつつ、また余計な問題の解決に尽力する事になるのかとウルは少しだけ溜息をついたのだった。


(がんばろう、『おしょうゆ』のために)

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