港町の屋台にて
「船! 日焼け! 青い海! うん、港町っぽいね!」
門兵二人による事情聴取も終わり漸く町に通された望子たち一行は、海が近いという事もあってか比較的涼しくかつ日差しの強いその町を見渡す為に、少しだけ高く浮き上がってきょろきょろとしていたフィンが元気良く笑みを浮かべる一方で──。
「そ、そうだね」
元気になってくれたのは嬉しいけど、とばかりに何なら若干引き気味の望子が苦笑いで返す。
「つってもあんまり活気がある様には見えねぇな……ドルーカより小せぇってのもあるんだろうが」
二人の会話に割り込む様に、ウルが一つ前の町と比較して何気なくそんな事を口にした。
「そうねぇ、亜人族も数えるくらいしか見当たらないし……だからこんなに見られてるのかしら」
そう呟いたハピの言葉通り、彼女たちの視界にはいかにも魚介が好物そうな猫人や蜥蜴人を始めとして数人程しか映っておらず、ここの住民であろう人族たちはチラチラと好奇の視線を彼女たちに送っている。
──その中には、望子と同じくらいの年である様に見える少年少女たちも混じっていた。
(……単純に美形揃いだからではなかろうか)
一方、ローアは脳内でそう推測を立てつつも、千年以上生きていてこの町に来るのは初めてなのか興味深そうにきょろきょろと辺りを見回している。
「あ! ねぇみこ、お腹空いてない?」
そんな折、少しだけ高い位置に浮かんでいたフィンが何か興味を惹かれるものを見つけたのかそう声を上げ、スイっと戻って来ながら望子に尋ねてきた。
「え? あ、そういえば……ぅ、すいてる、かも」
「屋台があったの! 行ってみない?」
彼女のその言葉で空腹を意識してしまった望子のお腹が可愛らしく鳴った事で、望子は少し気恥ずかしそうに頷き、だよねだよねと笑みを浮かべて屋台があるのだろう方向へ指を差してフィンが提案する。
「下山途中でパンとかクッキーとか食べたけど、流石にあれだけじゃあ足りないわよね」
「多少なり狩猟した後であるしなぁ」
顔を僅かに赤く染めていた望子を愛おしそうに撫でながらハピが彼女に同調する様に言うと、ローアは望子と同じくお腹を押さえて我輩も空腹であると暗に示し、最後の一人の方へチラッと顔を向けた。
「……金はあるし、腹ごしらえするか」
そんな彼女たちの話を纏める様に手を叩いたウルがそう口にした事により、提案したフィンを除いた全員がこくんと頷いたのを見て──。
「よーし、それじゃあ行こう!」
「わっ、いるかさん! さわいじゃだめだからね!」
フィンはぎゅっと望子を抱きかかえ、負担がかからない程度の速さで宙を泳ぎだし、突然の事に驚きつつもまた問題が起こったら大変だと自分なりに考えた望子は彼女の腕の中でそんな風に忠告する。
「……ったく、調子良いんだからよぉ」
「まぁ気持ちは分かるわ。 私だって望子にあんな風に撫でられたら機嫌良くなっちゃうと思うし」
一方、すっかり元気を取り戻したフィンを見遣ってウルが頭を掻きながら溜息をつくと、ハピは自分の栗色の髪を細長い指で梳きつつフィンの蕩けた表情を思い返して心から羨ましそうにしていた。
「うむ、ミコ嬢との触れ合いは何と言えばよいか……そう、心が洗われる様な感覚を覚えるのである」
「……魔族が何言ってんだ。 それよりあたしらも早く行こうぜ。 さっきから良い匂いしてんだよな」
そんな彼女に同意する様に、ローアが腕組みをしつつ首を縦に振っておよそ魔族らしくない表現をした事にウルは呆れた様子で視線を送ったが、気を取り直して鼻を鳴らし、指をクイッと先を行く二人へ向ける。
「うむうむ、我輩これでも魚介が好物でなぁ。 煮たり焼いたり燻したり──む? あれは、何をして……?」
ウルの言葉を受けたローアはこれまで口にしてこなかった自身の食の好みについて語っていたのだが、いくつかの屋台が並んでいる通りの中、何故か一つ屋台の前でじーっと網焼きを見ている二人に彼女は違和感を覚えて思わずそんな声を出してしまう。
一方、隣に立つ望子以上に食い入る様な姿勢で屋台の網焼きを凝視していたフィンが一言。
「うーん……美味しそうだけど……ちょっと期待してたのとは違う様な……」
「ちょ、ちょっといるかさん」
「はは……そりゃ悪かったなぁ」
望子でさえ分かる、どう考えても失礼にあたるだろうその呟きにあたふたとしながらもフィンを諫めようとしている中で、何故か焼き網の向こうに座る店主らしい男性は怒る事も無く眉を下げて苦笑している。
「どうした? 何かあったか──ん? こりゃあ……」
ウルにもその状況は見えていたが、何が起こっているのかまでは分からなかった為、彼女たちが見つめていた焼き網を覗き込むとそこには──。
「──貝とか蟹とか……浅瀬で獲れそうなのが多いのかしら? いやまぁ、魚もある様だけれど……」
「ふむ、港町の屋台としてはいささか……おっと」
そんなハピとローアの言葉通り、熱した網の上には貝や蟹、そして小ぶりな魚といった……何なら港町で無くとも獲れそうなものばかりが並んでおり、ローアは一瞬手抜きではないかと言いかけたものの、これは失言かと判断しわざとらしく口を押さえた。
「すまねぇなぁ、嬢ちゃんたち。 今のショストじゃどの店も、こんな感じの品揃えなんだ」
翻って彼女たちの会話を聞いていた人当たりの良さそうな壮年の男性店主は、はははと力無く笑い眉を垂れ下げ心底申し訳無さげにそう告げる。
「何かあったのか?」
一方、相変わらず敬語など使うつもりが更々無いウルは、パチパチと音を立てる焼き網の上の魚介を鉆で裏返している男性に問いかけた。
「あぁ……ちょっと前からこの町は、とある問題に苛まれててな。 そのせいで沖の方まで漁に出られなくなっちまったんだ。 お陰でこの通りさ」
「……海精霊かしら。 ほら、許しを貰うとかって」
すると彼がゆっくりとその表情を暗くして、町の住民全員が直面しているという問題について口にした事で、それを聞いたハピはもしかしてとローアが先程言っていた海の精霊とやらを思い返して推察する。
「ねれいす? あぁ、精霊様の事か……それは無い」
「ふむ、その心は?」
この町ではその呼称は一般的で無いのか一瞬首をかしげた店主だったが、すぐに彼女の言いたい事を察して首をゆっくり横に振り、それを否定してみせた。
一方、ローアとしてもハピと同じく海精霊が原因なのではと考えていた為、気になって先を促す。
「俺たちショストの住民はたとえ船乗りじゃ無くとも海と共に生きる者として精霊様に感謝し、日々を過ごしている──こんな状況であってもな」
朝と晩に町の住民全員がそれぞれ祈りを捧げてるんだ、と壮年の男性は至って真剣な……何処か誇らしげでもあるそんな表情でそう告げた。
「じゃあ何なの?」
その時、痺れを切らしたフィンがそう尋ねると同時に、店主はチョイチョイと手招きして彼女たちを焼き網の横まで誘導して、言い憚られる様な事なのか口元に手を遣り極めてか細い声で──。
「──海賊さ」
「「「「海賊?」」」」
神妙な表情と共に告げられたその言葉に、亜人たち三人とローアによる疑問の声が重なった。
(かいぞく……えほんにもでてきたなぁ)
そんな中、望子だけは元の世界でお気に入りだったシリーズ物の絵本……その中に登場し、主人公たちと敵対する海の荒くれ者を思い出していたのだが。
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