異世界の海について
ここから六章です!
この章より、視点が望子たちに戻ります!
リフィユ山にて鳥獣の亜人族、翼人たちと出会い、彼らと親睦を深める中で、図らずも風を司る邪神ストラと一戦交える事となってしまった召喚勇者一行。
他でも無い召喚勇者である望子を除き、全員が満身創痍となりながらも何とか邪神を討ち倒した彼女たちは、しばらく翼人の集落にて祝宴に参加した後、彼らに別れを告げて、次の目的地である港町ショストを目指し、リフィユ山を下りていくのだった。
下山中、冒険者や旅人、護衛付きの商隊らしき者たちとすれ違ったり、食糧の確保目的も兼ねて道中現れる猪や鹿といった獣を狩ったりしていた頃──。
「──あら、見えてきたわね。 あれが港町かしら」
望子の大事なぬいぐるみが彼女自身の……人形使いの力で変異した亜人族の一人、鳥人のハピがその驚異的な視力を持って、木々に遮られ殆ど見えない港町をハッキリと視界に映してそう呟く。
「ほんと? うーん……だめだ、みえないや」
望子は手を目の上にやり背伸びをしながら何とか町を見ようとしたが、小さな彼女の視界には映らない。
「それにしちゃあ何かこう……潮の香りとかしねぇんだが……なぁローア、この世界の海水もしょっぱいっつーか、塩辛いんだよな?」
一方そんな二人のやりとりを聞いていた、同じくぬいぐるみが変異した人狼のウルが、自慢の嗅覚なら本来匂ってきてもいい筈の海の香りがしない事に違和感を覚え、隣を歩く白衣の少女にそう問いかける。
「む? そちらの海はそうなのであるか? 残念……かどうかは知らぬが、この世界の海は無味無臭であるよ」
翻ってローアと呼ばれたその少女──の姿をした上級魔族は、心底不思議そうな表情を浮かべつつ、あっさりと彼女たちにとっての衝撃の事実を口にした。
ちなみに彼女は今、これから人族の町に向かうという事もあり人化と呼ばれる魔術を自身に行使して、人族に擬態している。
「……マジか?」
「マジである」
それを受けたウルは、信じられないといった様子でおそるおそる確認しローアがそう返した事で、やっぱり異世界なんだなぁと改めて実感しつつも──。
(……あ? じゃあ前に宿で出てきた塩味の料理は何だったんだ? ありゃ塩じゃなかったのか)
王都やドルーカの町の宿で食べた、塩の味がした料理の数々は一体? と疑問を深めてしまっていた。
「え、じゃあ船とかはどうやって浮いてるの? やっぱり魔力とか魔素とかが関係してるのかしら」
そんな折、ハピがローアを見下ろして、塩水じゃないのに? と脳内で呟きつつ自分なりの推測と共に首をかしげて彼女に尋ねてみる。
「まぁそれでも間違いでは無いが……より正確に言うのであれば、人族や亜人族たちが飲み水として利用しているものや河川や湖といったものとは違い、この世界の海には精霊が宿っているのである」
するとローアは丸眼鏡の端をクイッと指で動かしいくつかの比較例を挙げながら、異世界出身である望子たちでは知り得ない──されどこの世界では常識の情報を得意げに語り出した。
「……精霊? 神とかじゃ無くてか?」
一方、つい最近邪神なんて存在と相見えてしまった為か、ウルとしてはそう確認せずにいられない。
「無論海の神もいるのであろうが、まぁそれはさておき、精霊……正式には海精霊と呼ばれている存在に祈りを捧げ、海に浮かぶ許しを貰う……この世界の船乗りは大抵そうして海に出ているのであるよ」
「へぇ……凄いのね」
そんな彼女の問いかけを受けて、神の事は一旦置いて精霊についての解説を始めたローアに対し、大体何を言っているのかは理解出来たものの特に言う事も思いつかなかったハピは短くそう返す。
「まぁ、逆に海精霊の機嫌を損ねてしまったが最後、浮かぶどころか沈められてしまうのであるが……」
「ひえぇ……」
ハピの返事に頷いた後、ちなみにとローアが付け加えた恐ろしい情報を聞いた望子は思わずそんな上ずった声を出し、楽しみにしていた異世界の海が若干怖くなってしまっていた。
「……めんどくせぇな海。 あー行きたくねぇなぁ」
それを聞いたウルは望子と同じ様に嫌そうな表情を浮かべながらも、全く違う感情を抱いてそう呟く。
「そんな事言わないの。 ほら、近づいて来たわよ」
その一方で、グチグチと不服そうな声を漏らすウルを諭す様にそう言ってハピが指差した先には、港町ショストのものであろう門と、そこに立つ軽装の兵士二人、そしてその向こうに青い海が広がっていた。
「あ、ほんとだ! ねぇいるかさん、うみだよ……いるかさん? どうしたの?」
既に気を取り直していた望子が、同じくぬいぐるみが変異した亜人族、人魚のフィンの服の端を摘んでそう声をかけたのだが──。
「……? 貴女さっきから何を黙って──」
望子を溺愛している筈の彼女が望子の言葉に全く反応を見せない事に違和感を覚えたハピは、首をかしげつつそう口にして、フィンの肩に手を置こうとした。
──瞬間。
「──う」
「「「「う?」」」」
「海だぁああああああああああああ!!! やっほぉおおおおおおおおおおおお!!!」
待ちに待ち望んだ異世界の海……そうでなくともこれまでの道中で碌な水場が無かった為か、感情が爆発したフィンが両腕を上げ満面の笑みで門の方へ……いや、あくまで海目掛けて宙を凄い速度で泳いでいく。
「え、ちょ、ちょっとまっているかさぁん!」
一瞬四人の思考は止まってしまっていたが、いの一番にハッと我に返った望子がそう叫び小さな身体で彼女を何とか止めようと追いかける中で──。
「やっほー、って言ったなあいつ」
「……山の頂上でも言わなかったのにね、どれだけ楽しみにしてたのよ」
ウルは既に海への興味を大して持っておらず、冷静な様子でフィンの言葉を思い返してそう呟き、そんな彼女に同調する様にハピも深い溜息をつきつつ先を行く二人を見遣る。
「? そちらの世界では山の頂上で『ヤッホー』と叫ばなければならない決まりでも?」
そんな折、立場が逆転したかの如くローアが首をかしげて二人の会話に対して疑問を投げかけた。
「いや、ねぇけど……まぁいいや、行こうぜ」
「そうね。 あぁもう、あんなに叫んで泳いで行くから門兵さんたちが驚いてるじゃないの」
ウルとハピは二人揃って、大した意味は無いと暗に伝え、二人を追う為に歩を進め始める。
(……『イタダキマス』と同じ、異世界の通例であろうか……? まぁ、後で聞いてみれば良いのであるな)
一方ローアは新たに増えた疑問に頭を悩ませながらも、研究者ゆえか僅かに嬉しそうにしつつ、歩幅の兼ね合いもあり若干小走りで彼女たちに続く。
そんな三人の視界の先には、門兵相手にぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるフィンと、迫真の形相の彼女を警戒する冒険者たち、そして漸く彼女に追いつき息を切らしつつ、普段見せない怒りを湛える望子の姿があった。
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!




