ちやほや勇者
しばらくの間、望子を安堵させる為に愛でたり抱きしめたりしていた亜人族たちだったが、それから少しした後で誰からでもなくそっと身体を離しつつ──。
僅か齢八歳である望子にも分かりやすい様にと、なるだけ簡潔に自分たちが把握している事を語り出す。
ここが地球とは、また日本とは違う世界である事。
喚び出したのはそこで倒れている聖女である事。
異世界でもお金は必要だろうと宝物庫に来た事。
──そして、何より。
「……あたしらが元の世界に帰る為には、まおう? ってのを殺──あぁいや、倒さなきゃいけねぇらしい」
「そ、そうなんだ……?」
こんな小さい子を相手に『殺す』って表現は──と思った人狼が言葉を選び直した帰還する為の方法について、それとなくではあるが『帰る為に何かしなければならない事がある』のだと望子は理解出来ていた。
そんな会話の横で──。
「──……あっ」
「「「?」」」
人魚が、どう見ても何かに気づいたかの様な声を上げた事で望子を含めた他三人が一斉にそちらを向き。
「いるかさん、どうしたの?」
「何だよ、『あっ』て」
「……ん〜……」
すぐに望子が心配そうに、また人狼が訝しげに声をかけるも人魚は少し思案する様な仕草を見せてから。
「……んーん、何でもない。 気にしないで、ね?」
「う、うん……?」
「……まぁいい。 そんでな──」
気のせいだった──そう言わんばかりに望子と人狼に対して、もっと言えば望子に対して笑顔を見せた。
望子は、そんな人魚の様子に幼いながらに違和感を覚えてはいたが、だからといって無理に聞き出すのもどうなんだろうと考えて人狼との会話に戻る一方で。
(──……あの事は……言わない方がいいかな、今は)
人魚が『あっ』と声を上げたのは他でもない、カナタの虚偽を看破した時の事を咄嗟に思い出したから。
……ここで、さっきの聖女が語った話は嘘だと。
帰る方法なんてないのだと、そんな事を言ってしまえば望子が悲しむかもしれない──そう思ってしまったが為に人魚は口を噤む事を選択していたのだった。
そんな折、鳥人が望子たちの会話の輪から少しばかり離れたかと思うと、そのまま人魚に対して可愛さより美しさが勝る妖艶さの漂う顔を近づけてから──。
「──……貴女、何か隠してない?」
「……な、何の事?」
何やら確信めいて聞こえる彼女の問いかけに人魚は少しだけドキッと鼓動を跳ねさせたが、どうにか冷静さを保ちつつ『これは知られない方がいい事だ』という考えを貫き、きょとんした表情で首をかしげる。
しかし、そんな彼女のすっとぼけに対して鳥人は呆れた様に溜息を溢し、『あのね』と前置きしてから。
「望子が起きる少し前、聖女と何か話してたでしょ」
「……」
「彼女、怯えてる様に見えたけれど」
「……」
どうやら、つい先程の自分と聖女の会話を遠巻きにとはいえ見ていたらしく、ふいっと一瞬だけ視線を向けた先で倒れているカナタが人魚に過剰な恐怖を抱いている様に見えた──と素直な感想を述べていく中。
──人魚は、とある推論を立てていた。
(……内容までは聞こえてない、のかも……?)
そう、どういう訳か生物の心音や障害物を挟んだ向こう側の音や声まで聞こえてしまう自分と違って、この鳥人は聴覚が優れている訳ではなく、あの時の会話も内容までは把握してないのかも──という推論だ。
本来、梟という生物は人間の百倍以上の視力を有しており、それを考えると召喚勇者補正で恩恵の様な力が身についていても特に不思議ではないと言えよう。
しかし、それと同時に聴力もまた三倍近く人間を上回っている筈であり、だとすれば大して距離を離している訳でもなかった自分たちの会話を聞いていてもおかしくはないというのに──どうしてなのだろうか。
まぁ、そんな小難しい事を人魚は知る由もない為。
多分、視力以外はそこまで人間と変わんないんだろうなぁ──という、ふわっとした結論づけに留まる。
実は、それが正解だったという事も知らずに──。
「……あの聖女が怯えてたのはずっとじゃんか、ボクたちが脅かしちゃったんだからさ──そうでしょ?」
「……ふぅん……」
だからこそ、カナタが怯えていたのは最初からだったし、そもそもの発端は王や近衛兵を惨殺した事にあるのだと主張するも、やはり鳥人は疑わしげな様子。
「……まぁ、そうね。 ごめんなさい、疑ったりして」
「……い、いいよいいよ。 気にしないで」
しかし、これ以上の議論は時間の無駄だとも悟っていたのか、その翠緑の瞳を優しげなものへと戻して苦笑いするとともに謝罪してきた鳥人に、どうやら誤魔化せたらしいと踏んだ人魚は安堵の溜息を漏らした。
(……これでいい、よね)
……自分たちには望子がいれば、それでいい。
だが、まだまだ八歳の子供でしかない幼い望子には母親が必要なのは誰の目から見ても明らかであり、そんな望子から敢えて帰還方法を奪う事はない、この世界で見つけていけばいい──と考えての判断だった。
「じゃ、さっさとこんなとこ出て外に行こうぜ外に」
「そうね、これといって名残惜しくもないし」
「どんな感じなんだろうねぇ、この城の外って」
その時、概ね望子への説明を終えた人狼が背伸びしつつ城の外へ出ようと提案し、それを拒否する謂れもない他二人もが選別し終えた金銀財宝や魔道具を無理のない数だけ持って宝物庫を後にせんとする中で。
「──……ちょ、ちょっとまって!」
「「「!」」」
突如、背後からかけられた愛らしい『待て』の声に反応した亜人族たちは、すぐに望子の方を振り向き。
「ミコ、どうした? 何かあったか?」
「お姉さんに話してみて?」
「ボクが何でも解決しちゃうよ!」
あたしが、いや私が、いやいやボクが──と協調性の無さを存分に発揮しつつも望子の二の句を待つと。
そんな彼女たちに無自覚とはいえ少し引いた様子の望子は、『あ、あのね?』と自信なさげに口を開き。
「……おたからをもらうってことは、どこかでおかねにかえてもらうんだよね? だったら、はじめからおかねをもらったほうがいいんじゃないかなぁって……」
「「「……!」」」
完全に略奪者思考だった三人には、ここが王城だという事もあり金目の物を奪う事しか頭にはなく、そんな望子のご尤もな提案が青天の霹靂にも思えていた。
「そ、そういや別に宝じゃなくてもいいのか……」
「……そもそも国宝じゃ売ろうにも足がつくわよね」
「流石みこ! ボク全く思いつかなかったよ!」
「そ、そーかなぁ? ぇへへ……」
よくよく考えれば宝物庫に保管されている様な財宝や国宝、魔道具なんかを売ろうものなら足がつくに決まっているのだし、そういう意味でも望子の案を採用するべきと判断した三人は一様に望子を称賛する。
しばらく望子をちやほやしていた三人だったが、その後すぐさま自分の頬を挟みこむ様に叩いた人狼は。
「よし! そんじゃあ金貰っていくか! 案内を──っと、そういや気ぃ失ってんだっけ。 どうすっかなぁ」
望子の提案に従い、ここでの略奪は必要最低限に留めて金庫か何かを探しに向かう為、聖女に案内を命じようとするも、そういえば倒れていたかと思い出す。
当然、金庫の場所など知る由もない人狼が頭を悩ませる一方、鳥人がカツッと脚で床を鳴らして近寄り。
「別にいいんじゃないかしら──ほら」
「……ん? 何だそれ」
人狼だけでなく人魚にも、そして目線の低い望子にも見える様に差し出したのは地球にも普通にありそうな小さめの箱の様な意匠の背負うタイプの鞄だった。
……望子が背負う分には、ちょうど良さそうだ。
「さっき見つけたのだけど──ちょっと見てて」
「「「?」」」
それから鳥人は、その鞄を持ったまま絢爛な意匠が施された盾を手に取り、どう見ても鞄より大きなその盾が──鞄の中に吸い込まれる光景を三人に見せる。
「はっ!?」
「えぇ!?」
「……?」
かたや目の前で起きた不可思議な現象に人狼と人魚が目を剥き、かたやいまいち何が起こったのかよく分かっていない様子の望子が首をかしげている中──。
「……でも、それが何?」
「はい、これ」
「……ん? あたしにか?」
おそらく、この鞄が『大きさ関係なしに物を入れられる鞄』だという事を伝えたいんだろうとは人魚でも分かったが、『お宝は持ってかないんでしょ?』と鞄を見せてきた事の意味を問うと、その疑問を読めていた鳥人は鞄から何かを取り出して──人狼に渡した。
それは、どう見ても数枚の硬貨の様なもので。
表っぽい面には国のものであろう紋章が。
裏っぽい面には若かりし頃の──かつて賢王であった頃のリドルスの精悍な横向きの顔が刻まれていた。
「──……あっ、もしかして……ここの、おかね?」
「多分ね。 それで──」
それを、ちょっと背伸びして見ていた望子が幼いなりに推測して確認する様に尋ねると、そんな望子の予想の言葉を鳥人は肯定しつつ人狼に視線を戻し──。
「これと同じ金属の匂い、辿れるんじゃない?」
「! 成る程な! よーし任せろ!」
先程の匂いがどうのといった彼女の発言を覚えていた鳥人が、『貴女が頼りなの』と言わんばかりの微笑みを向けた事で得心がいった様子の人狼は即座に手元の硬貨の匂いを覚え、すんすんと鼻を鳴らして何処かにあるだろう筈の硬貨が集合する場所を探り始める。
探ろうとすればする程に冴えていく、そんな自分の嗅覚に自信を持ち始めていた彼女だったが、ハッと目を見開いて自分が壊した扉の方を向いたかと思えば。
「──あっちだ! よっしゃ行こうぜ!!」
「はいはい分かったから。 もう少し静かになさい」
「もー……耳に響くぅー……」
「あはは、げんきだね……」
何がそんなに嬉しいのか随分と大きな声を上げてしまい、それを遠巻きに聞いていた三人は若干の呆れを見せながらも宝物庫を後にしようとする彼女に倣い。
一応、宝物庫まで連れてきてくれた借りを返すとばかりに聖女を壁に寄りかからせてから宝物庫を出た。
その後、聖女が力を借りようとしていた魔導師たちともすれ違う事なく無事に大きな金庫を発見した四人は、なるだけ静かに扉を破壊して大量の金貨を拝借。
こっそりと、されど速やかに王城を出る事を選ぶ。
……主を失った、その城を。
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