乱入する狐人
「ミコ、って……貴女も、あの子の知り合い……?」
自分を見下ろす様に立ち、床にぺたんと座り込む自分に冷たい視線を向ける狐人にカナタは意を決して声をかけ、彼女にとって罪を償わなければならない相手に他ならない少女の名を挙げて尋ねる。
「知り合いどころか、あの子の魔術の師匠さね。 そのかいあって今ではあの子も立派な魔術師さ」
狐人の──もとい魔道具店主であり、件の少女がおししょーさまと慕う亜人族──リエナはそう言いながら、懐から煙管を取り出し火を着けた。
「おぉ、ミコ様が新たなお力を……! い、いや待て、それより貴女も、貴女たちも……!」
するとそれを聞いたレプターが一転、嬉しそうに彼女へキラキラと視線を向ける一方で、されどこれだけは確かめなければ、と先程は聞きそびれたピアンも含めて若干ではあるが急かす様に声をかける。
そんな折、少しだけきょとんとした表情のリエナとピアンが顔を見合わせた後で──。
「……あぁ、知ってるよ。 あの子が……ミコが、異世界からの召喚勇者だって事はね」
「「……!?」」
軽く頷いてから代表してリエナが答えると、カナタやレプターはやはりという表情を浮かべていたが、その一方で衝撃の事実を耳にさせられたバーナードとアルロは、目を剥いて驚きを露わにしてしまう。
「ま、待て待てリエナ! 少し待ってくれぃ! ミコが勇者じゃと!? あの……覚えたての魔術で人を傷つけてしまったからと涙目になる様な……そんな優しいあの子が召喚勇者などと急に言われても……」
「前に見たあの少女が……リエナさん……これは自分なんかが聞いていい話では無かったんじゃ……?」
バーナードは片手を前に伸ばしつつ理解が追いつかないといった様子で捲し立て、アルロに至っては額を手で押さえながら何とか情報を整理し、この一瞬で随分疲弊した顔でリエナを見るので精一杯の様だった。
「気持ちは分かるけどねぇ、バーナードにアルロ。 これは事実さ。 あの子は勇者で……あの三人の亜人族は、あの子が元の世界から持ち込んだ──」
「──人形、だろう? それくらいは知っているさ」
「……へぇ?」
煙管を吸い、煙をふぅっと吐いてからもあくまであるがままを突きつけようとするリエナの言葉を半ば遮る様にそう言い放ったレプターに、リエナは興味深そうな声を上げて妖しい笑みを浮かべる。
「それを知ってるって事は……もしかしてあんたもあの子の力を受けたのかい? この子と同じ様に」
「……そうだ。 あの方の……ミコ様のお力で私は蜥蜴人から龍人へと進化を果たした」
そう言いながらも近くにいたピアンの頭にポンと手を置き、当のピアンは少しだけ気恥ずかしそうにしていたが、そんな彼女をよそにレプターは至って真剣な表情で事実を口にしつつ左腕を横に伸ばし、沿う様に左翼をバサッと広げ、龍人である事を主張した。
「成る程ねぇ。 あんたがあの子たちが言ってた龍人って訳かい。 いずれ仲間に、そう約束したっていう」
「ミコ様が、私の事を……? そうか、そうか……!」
翻ってリエナが彼女の言葉で勇者一行との会話に登場した龍人を思い出してそう口にすると、彼女としては珍しく破顔して喜びを全面に出しつつ、『えへ』と腑抜けた声まで上げてしまっている。
(ならこの子もピアンと同じく人形に……まぁあたしの仮説が正しければ、だけどねぇ)
一方、そんなレプターには目もくれず、ピアンに目を遣りながら脳内でそう呟いていたリエナは──。
「問題なのは──あんただよ、聖女カナタ」
「……っ」
レプターに話しかけていた時よりも明らかにトーンの落ちた底冷えする様な声でカナタの名を呼び、森でも似た様な状況に遭遇したものの、相対する存在の格が違い過ぎる事を理解していたカナタは一切の身動ぎどころか視線を外す事すら出来なくなる。
「あの子たちの情報が欲しいって事は、後を追いかけようとしてるって事だ。 その龍人や樹人はどうだか知らないけど……あんたは一体どの面下げてあの子に会いに行こうとしてるんだろうねぇ?」
「……リエナといったな。 それには理由が──」
「待っ、て。 レプター、私が、自分で……」
完全に硬直してしまったカナタへ問い詰める様にリエナがそう言っても彼女は、ぁ、ぅ、としか言えず、平常心を取り戻していたレプターが、そんな彼女を見かねて助け舟を出そうとしたのだが、どうにか息を整えたカナタはソファーに手をついて立ち上がり、既に涙目となりながらも、詰まった言葉でそう告げた。
「確かに私は王命とはいえ……禁断の秘術、勇者召喚を行使して、あの子を強制的にこの世界へ呼び出した……元の世界から、家族から引き離したのよ」
「っ!」
「──ピアン」
覚悟を決める為大袈裟に深呼吸をし、半ば開き直っている様にも聞こえるそんなカナタの説明に、カッと目を見開いて怒りを顕にしたピアンが再び杖を彼女へ向け魔術を行使しようとしたが、師匠の口から己の名を小さく呟かれた事で、出しゃばってしまってすみませんと頭を下げて一歩後ろに下がる。
「だから私は……っ! せめて、罪滅ぼしをって……」
そんな二人のやりとりの後、カナタは神官服の胸の辺りを両手でぎゅっと握りながら声を荒げたが──。
「そんな事、あの子は望んじゃいない」
「そ、それは……でも……っ!」
リエナはカナタと対照的に表情も声音も一切変える事なく青い瞳で彼女を射抜き、カナタも負けじと何とか反論する為に身体も声も……心までもを震わせて絞り出す様に声を上げようとした。
──その時。
「それに……これは推測でしか無いけどね。 ミコはともかく、あの三人の亜人族はあんたを見たら……下手すりゃあんたを殺そうとするんじゃないかって思ってるんだけど──心当たりは無いかい? 聖女様」
リエナが深い溜息をついたかと思うと群青色の煌めきを湛えた瞳を向けて、推測とは言いつつも、あの少女の愛らしさも亜人たちの想いもしっかりと把握しているリエナは、半ば確信を持ってそう問いかける。
──その、瞬間だった。
「──ぁ、うぅ……っ!」
カナタが突然頭を押さえて苦しみだし、か細い呻き声と共に再び床に膝をついてしまう。
「カナタ!? どうした、どこか傷むのか!?」
『きゅー!? きゅー!!』
そんな彼女を心配する様にレプターが駆け寄りしゃがみこんで声をかけ、自力で床から机の上に戻っていたキューも同じ様にカナタの元へぴょんっと飛び移ったが、既に彼女の脳裏には恐ろしい三人の亜人族の姿が浮かんできており、それに耐え切れなかったカナタはぷつんと糸が切れた様に意識を手放した。
「これはいかん……! アルロ! すまんがここに常駐しておる救護班を呼んできてくれぃ!」
「は、はい! お任せ下さい!」
それを見ていたバーナードが同じく蚊帳の外だったアルロに指示を飛ばすと、彼も慌てた様子で、されど即座に行動に移り部屋を足早に出て行く。
「店主……これで良かったんですか?」
同じ立場にあったとはいえ、少しやり過ぎたのではと良心が痛んでいたピアンはリエナに問うたが──。
「……心的外傷程度で倒れる様じゃあね」
一方リエナは煙管を片手に煙を吐いて、反省や後悔など何一つする様子も無くそう答えてみせる。
「そう、ですね……」
ピアンとしても、今の自分の問いかけは一時の良心の呵責からである事は自覚していた為、か細い声でそう呟いてからその小さな口を閉じた。
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