交換条件
「……バーナード。 先程貴方は、ギルドマスターとしての守秘義務があると言っていたな」
「む? うむ、そうじゃのう。 それがどうかしたか?」
数秒程、顔を見合わせていた二人のうち、レプターが何かを決意したかの如くそんな風に切り出しはしたものの、何を今更と彼は思ったが、決してそれを表情や声音には出さずに聞き返す。
「正直に言うと、私は盗賊団の討伐など御免被りたいし、そんな事に割いている時間も無い……が、とある条件を飲んでくれるというなら引き受けなくもない」
「……ふむ、その条件とは──あぁいや、待て待て」
先の一件は偶然だからなと付け加えたレプターの言葉に同意せんとカナタもうんうんと頷いたのを見たバーナードは、条件の内容を聞こうとするも、制止する様にバッと片手を前に掲げた後、軽く俯き白い髭を蓄えた顎に手を当て何かを思案し始めた。
「わざわざ守秘義務の事に触れてから話を振り……突然の心変わりからの交渉……そして先程のお主たちの驚愕の表情……考えられる事はそう多くないのぅ」
「……意趣返しのつもりか?」
ギリギリ聞こえるかどうかというか細く嗄れた声で呟き、最後の一言だけ周りに聞こえる声量で口にしたが、今や感覚の鋭さだけなら召喚勇者の亜人たちにも劣らないレプターの耳にはその前の呟きから届いており、先程自分がしてやった手法を真似られた事に若干の苛立ちを覚えつつも、声をひそめて問いかける。
するとバーナードは、いやいやと首と手をゆっくりと横に振って彼女を宥める様にして──。
「そう聞こえてしまったのなら、すまんかったのぅ。 それよりお主たちの要求じゃが……先の一党についての情報の開示、ではないかの?」
「……そうだ」
軽く頭を下げてから、至って真剣な表情で自分が導き出した解答をレプターたちに告げると、長い息を吐いてそれを肯定したレプターの顔には、これを飲めないのならと書いてある様に見えた。
「ふぅむ、元より死毒旋風を根元から絶てるのであれば、ある程度の報酬を用意するつもりではおったのじゃが……とはいえそれはのぅ……」
盗賊は放っておけない、しかし規則を破る訳にも、そんなギルドマスターとしての柵の板挟みになったバーナードは唸り、俯いてしまう。
「あのー……どうしてレプターさんたちが、その一党の事をそんなに気にする必要があるんですか?」
そんな折、レプターたちの視界にそーっと伸びてくる白く細い腕が映り、全員がそちらへ顔を向けると、ピアンが伸ばした腕と同じ様なおずおずとした声音で核心をつくかの如き問いかけをしてきた。
「確かに……私も数度しか見ていませんから気にはなりますけど、レプターさんたちからは、その……何か執念の様なものを感じると言いますか……」
それまで気を遣って口を閉じていたアルロもピアンに同調して、言い淀みながらもそう告げる。
「レプター、それにカナタ。 あの者たちの情報が欲しい理由を正直に述べてみよ。 もしそれが正当な理由であれば依頼を達成次第、儂の権限で開示しよう」
「……カナタ」
「そう、ね。 いつまでも隠してはいられないわよね」
それを聞いたバーナードが二人の意見を纏める様にそう言って鋭い眼光を彼女たちへ向けると、レプターは確認を取る様な声音でカナタへ声をかけ、それに答える形で彼女は首をゆっくり縦に振った。
ちなみにキューは既にカナタの肩から降りて机に座り、しゅるっと伸ばした腕を根っこに変えて出された紅茶を吸収している。
──水だけでは無く、紅茶でも良いらしかった。
「改めて、私はレプター。 レプター=カンタレス。 王都サニルニアにて、駐屯兵長を務めていた龍人だ」
「王都の、駐屯兵長……!?」
そんなキューをよそにレプターが正式な自己紹介をしたかと思うと警備隊所属のアルロが、同じ様な職に就く者として思う所があるのだろう、そう呟きながら驚きを露わにする一方で──。
「成る程。 という事は、おのずとお主の正体も見えてくるというものじゃ──のぅ、『選ばれし者』よ」
「なっ、まさか本当に……!」
その一方で、彼女たちの名前を聞いた時点で何かを察していたバーナードがカナタを視線で射抜いて低い声でそう言うと、『カナタ』という名前を聞いた時点で薄々感づいていたアルロは一層目を見開いている。
「──はい、私はカナタ……聖女、カナタです」
そしてカナタは先程の自分の決意を無駄にしない様に、しっかり深呼吸をしてから粛々とそう答えた。
「……聖女は確か、魔族の襲撃以来行方知らず、生存は絶望的との情報がこちらまで届いておったが……まさか、生きておったとはのぅ──」
「──あの、一ついいですか」
バーナードは深く深く息を吐いてから、王都のギルド経由で得た情報を口にしつつ髭を扱いていたが、そんな彼の声を遮って、明らかに声のトーンが格段に下がったピアンがカナタを名指して睨みつける。
「何、かしら」
何やら様子がおかしい事には気がつきながらも、返事をしない訳にもいかずカナタは小さく返答した。
「これは私ではなく私の保護者……の様な人が言っていた事なんですけど、聖女にはとある役割があるそうじゃないですか……『勇者召喚』って大役が」
「っ! ……え、えぇ。 そう、ね」
ピアンがまたも核心をつく様に、カナタにとっては思い出したくも無い、しかし決して忘れてはならない秘術の名を挙げてそう告げると、カナタは彼女の謎の気迫に押され、言葉に詰まりながらも答えてみせる。
──瞬間。
「じゃあ、やっぱり貴女が……っ! 『重量化』!」
「──ぇ、きゃあっ!?」
ピアンが突然立ち上がり、迫真の形相でカナタを睨みつけつつ持っていた杖をクルッと手の中で回転させ、赤い宝珠の付いた杖の先をカナタに向けて魔術の名を叫んだかと思うと、気持ちを落ち着かせる為に紅茶を飲もうとしていたカナタの手からカップが離れると同時に、ソファーに彼女が座っていた部分だけがへこみ、カナタはそのまま高価そうな絨毯の敷かれた床にへばりつく様にして倒れ込んでしまう。
「ピアン!? 何を……!」
『きゅー! ……きゅっ!?』
「なっ、キューまで!? ピアン、君は……!」
突然の事態に驚いたレプターだが、だからといってピアンを敵として認識する事も出来ず、代わりに心配そうにカナタへ寄り添おうとしたキューがその手に触れようとした瞬間、カナタと同じ様に床に這いつくばってしまったのを見て、レプターはそこで漸く強い危機感を覚え、腰に差した細剣に手をかけた。
「……重量化は、対象及び対象に触れた物の重さを倍以上に増加させる支援魔術です……が、そんな事はもうどうでもいいんですよ……」
するとピアンは杖の宝珠を赤く輝かせながらも、レプターやキューには敵意は無い事を示す為か、杖をふいっと横に軽く振る。
『……きゅ? きゅーっ!』
「キュー! 大丈夫なのか……?」
『きゅっ! きゅー……』
すると、どうやらキューだけが重量化から逃れた様で、ぴょこっと立ち上がると同時にレプターに駆け寄っていき、そんなキューにレプターが声をかけると、大丈夫だよとばかりに一鳴きしつつも、やはりカナタが心配なのか力無い視線を向けていた。
「貴女のせいで、あの人は……! あんなに頼りになる人たちがいるからまだ良いものの、たった一人で異世界に飛ばされたあの人の気持ちが分かりますか!?」
翻ってピアンは、親の仇に復讐の真っ最中とでも言いたげな様子で、自らに新しい姿と力を授けてくれた黒髪黒瞳の少女を思い浮かべて叫び放つ。
「ぅぐ……ぇ、それ、って……!?」
「ピアン、まさか君は──」
それを聞いたカナタは段々と重さを増していく神官服に潰されそうになりながらも、彼女の発言の真意に気がつき、同じ様にレプターも驚きそう呟いた。
「待て待て、先程から一体何の話を──む?」
アルロが突然の事に完全にフリーズしているそんな中、呆けていたバーナードが漸くハッとして彼女たちを止めようとした時、仮にも元金等級である彼は扉の向こうにいる何かにいち早く気づいたが、次の瞬間には扉が音を立てて開いていおり──。
「──え、店主?」
「……ぅ、はぁ……っ!」
本来ここにいる筈の無い、彼女の保護者……もとい魔道具店主の狐人がそこに立っている事にピアンは驚き、思わず魔術を緩めてしまった。
「──ピアン、あんたへの説教はまた後でね。 それよりも……話は聞かせてもらったよ」
カランカランと下駄の様な靴を鳴らして部屋に入ってきた狐人は、弟子の頭をクシャッと雑に撫でつつ、息を切らして床に座り込むカナタの前に立つ。
(何だ、この狐人は……力の底が見えない……?)
キューと共にカナタに寄り添うレプターが、龍の眼で見ても計り知れない程の力を目の前の狐人が有している事に驚愕していたその時──。
「──あんたがあの子を……ミコをこの世界に喚び出した張本人なんだろう? 聖女カナタ」
「「!!」」
真っ青な目で射抜いたままそう告げてきた彼女の言葉に、カナタたちは今日何度目かも分からない、目をくわっと見開いた驚愕の表情を見せたのだった。
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