ギルマスからの依頼
「あちらがドルーカの冒険者ギルドになります」
「ほぅ、中々にしっかりとしたギルドの様だな。 王都のものと比べてしまうと流石に劣りはするが……」
理由も聞かされぬままアルロの案内の元ドルーカの街を歩いていたカナタたちに、彼は他の家々より一層大きな、それでいて外観自体は然程変わらない建造物を指差して彼がそう言うと、レプターは顎に手を当てつつ評論家かとばかりにその建物を眺めていた。
「……お二人は王都から来られたのですか? 確か王都は魔族の襲撃に遭ったばかりだとか……」
「ご存知、なんですね」
そんな彼女の言葉に出て来た王都という単語に引っかかったアルロが怪訝な表情で、あらかじめ得ていた情報と共にそう尋ねると、襲撃がある事を事前に知っていた唯一の人族であるカナタは、バレませんようにとおっかなびっくり聞き返す。
「えぇ、国の一大事ですからね。 ドルーカからも小銭稼ぎだと冒険者が数組向かった例もありますし……お二人も襲撃に遭われたんですか?」
一方、アルロはギルドの扉に手をかけてギィッと開き、彼女たちを先に通しつつ再び問いかけた。
中へ入ると、老若男女問わずひしめく冒険者たちの幾人かがこちらを見たが、警備隊のアルロと一緒という事もあってか絡まれたりする事は無く──。
「あぁ、私も王都の防衛に参加していたんだが……それも何者かによって撃退され、今は復興も進んでいるからな。 もう離れても大丈夫だろうと踏んで、仕事を求めて王都を出た時に……」
「……同じタイミングで王都を出ようとした私とバッタリ、って感じで」
レプターは悠然と歩を進めながら語り、その後を継ぐ様にカナタがそう口にして、この子は道すがらねとキューをアルロに見せる。
──無論、彼女たちの話の殆どが虚偽に塗りたくられている事は言うまでも無い。
この設定は、サーカ大森林にて出会った蜘蛛人のウェバリエと共に考えたものなのだが、アルロやピアンがそれを知る由も無かった。
「成る程──っと、では話を通してきますので、こちらで少々お待ち下さい」
虚偽の経緯だとは露知らず、うんうんと頷いて納得したアルロは空いたテーブルを指差しそう告げて、受付嬢が数人座っているカウンターへ向かう。
「お二人は王都の冒険者だったんですねぇ」
「私は違うわよ……ほら、見ての通り単なる神官だから。 冒険者の免許は持っていないわ」
ここまでの間、気を遣ってかその口を閉じていたピアンが突然そんな事を言うと、カナタは神官の活動許可証を取り出し、どうぞと手渡してからそう告げた。
「あれ、そうなんですね……レプターさんは?」
「あぁ、私は──」
一方、ピアンは受け取ったそれを物珍しげに見ていたが、満足したのかありがとうございましたと礼を述べてカナタに返しつつ、貴女は冒険者ですよね? とレプターに問いかけ、彼女が返答しようとした時──。
「皆さん! 話がついたみたいなので、どうぞ奥へ!」
細長い足をチャキチャキと動かしながらこちらへ歩いてきたアルロが、カウンターから出て来ていた受付嬢の一人を連れ立って彼女たちを呼ぶ声を上げる。
「っと。 すまない、また後で──ん、貴女は……?」
その声に思わずたたらを踏んだレプターは、話を振ったピアンに断りを入れようとしたのだが、そんな彼女の視界に先程からアルロと並び立つ女性が映った。
「はじめまして。 当ギルド所属の受付の一人、エイミーと申します。 以後お見知りおきを」
「よ、よろしくお願いします……」
『きゅー!』
すると彼女はぺこりと一礼して簡単な自己紹介を済ませ、一方冒険者たちの喧騒に押され気味のカナタは極めて控えめに挨拶を返したが、そんな彼女とは対照的にキューはいつも通り楽しそうにしている。
しばらくエイミーに連れられて、そこそこ長い廊下を歩いていた時、とある扉の一つの前で足を止めたエイミーが、コンコンコンとノックして──。
「ギルドマスター。 アルロさんたちがいらっしゃっていますが……お時間の方よろしいでしょうか?」
『──んん? おぉ、構わんよ。 入ってくれぃ』
中にいるのだろうギルドの長に向けて許可を取ろうと声をかけると、扉の向こうからは随分と年季が入っている様に感じる嗄れた低い男声が返ってくる。
「──ようこそ、ドルーカの冒険者ギルドへ。 儂が当ギルドのギルドマスター、バーナードじゃ」
エイミーが扉を開けてレプターたちを通した後、では私はこれでと彼女が受付へと戻っていく中、彼女たちにかけられたその声の主は勿論ギルドマスターであり、そこには……座った状態でさえ大きく見える、筋骨隆々な白髪の老爺の姿があった。
「お主たちが死毒旋風の二代目を拿捕してくれたのじゃったな──む、ピアン。 此度は災難じゃったのぅ。 リエナも心配しておったぞ」
「ほ、本当ですか? じゃあ怒られないで済むかなぁ」
彼女たちも立ったまま自己紹介を済ませると、バーナードはうむうむと頷きつつも立ち上がりながら語り始めようとした彼の視界に馴染みの有角兎人が映り、そんな風にかけられた声は優しく、本当に自分の保護者が心配してくれているのだろう事が分かった為、ピアンは少しだけ安堵して息をつく。
「……座っても?」
「む? おぉそうじゃった。 すまんのぅ、歳を重ねるとどうにもこう……まぁ座ってくれぃ」
そんな折、腕組みをしたレプターが痺れを切らしたのか腕甲を爪でトントンと叩いて急かすと、彼は謝りながらもほっほっほと笑い、広い肩幅から伸びる片腕を広げて彼女たちに着席を促した。
「……あの、私たち……何も聞かされないままここまで連れて来られたんですけど……そろそろ説明とかしていただけないかなー、なんて……」
「……まぁ、私は大体分かっているがな」
「ほぅ? して、その心は?」
全員がソファーに座ったタイミングでおずおずと挙手したカナタがそう口にすると、何故か答えたのはバーナードでもアルロでもなく彼女の同行者のレプターであり、自信満々に言ってみせた彼女に興味を抱いたのかバーナードは顎に手を当てニヤリと笑う。
「あの二代目……ルーベンとか言ったか。 奴が口にしていた『初代』、『親父』という発言……指名手配犯を牢に入れられるというのにあの浮かない表情をするアルロ……そして、突然の冒険者ギルドマスターへのお目通り──考えられる事はそう多くない」
「……つまり?」
「その……初代とやらまで含めた、盗賊団そのものの討伐依頼じゃないのか?」
すると彼女は一つ、また一つと自身の憶測を確かにする為の要素を指折りながら語り、それ程急いでいる訳でも無いが、結論を聞こうかと言わんばかりにそう告げるバーナードに、彼女の中では高確率で的中しているだろうと考えている答えを口にした。
「……ご明察じゃ。 どうじゃろう、報酬は弾むが」
すると彼はふーっと長く息を吐き、至って真剣な表情でハッキリと依頼したいと告げたものの──。
「他にも冒険者はいるだろう? 何故私たちなんだ?」
「簡単な話じゃよ。 あれと……死毒旋風を結成した初代首領、グラニアと対等に戦える可能性がある者は、このギルドには数える程しかおらんのじゃ」
暗に気乗りしないと伝えてくるレプターに対し、バーナードは両手を口元で組み肘をつきつつ、然程興味も無かった初代の名を口にして、もう少し育成に力を入れておくのじゃったと自戒する様な発言をする。
だがその瞬間、突然彼がフッと笑みを浮かべた事に違和感を覚えたレプターが、どうした? と問おうとするも、いやいやと彼は軽く首を横に振ってみせた。
「……少し前なら、確実に勝てるであろう一党がおったのじゃが、と思うてのう」
「? ……あっ、もしかして亡くな……って?」
少し前と言っておきながら随分と懐かしむかの様な視線を空へ向けた彼を見たカナタは、何を深読みしたのかそう言って、一瞬聖女らしさを表に出して胸の前で十字を切ろうとしたのだが──。
「既にこの街を発っておるよ……む? そういえば、お主たちとどこか似ておる気がするの。 のぉピアン」
「え? あー……似てなくも無いって感じですかね」
ほっほっほと笑いながらそう言いつつ、急に何かを思い出してちょこんと座るピアンに話を振ると、彼女は首をかしげながらも留保つきつつ頷いた。
「私たちと……? どういう事だ」
二人のやりとりを不思議に感じたレプターが、まさかと軽く身を乗り出して問い詰めようとする。
「詳しい事はギルドマスターとしての守秘義務があるから話せんが……早い話が組み合わせじゃの。 今は一人増えておるが、結成当初は四人じゃったんじゃよ」
しかし、彼は自身の白い髭を扱きながら少し上を見つめつつそう告げて……それ以上、多くは語らない。
「……構成は?」
一方、特に意味も無く声を潜め、薄々勘づいてはいるものの実際にこの耳で聞くまではと考え、答えを待つレプターたちに向けてバーナードは口を開き──。
「亜人族が三人と、人族の少女一人の一党じゃな。 そしてそこへもう一人、人族の少女が加入しておる」
「「……!?」」
それを聞いたカナタとレプターは、揃って目を見開き、驚愕の色に染まった顔を見合わせる。
無理もないだろう、彼女たちにはそのたった一つの情報だけで──理解出来てしまったのだ。
……それがきっと、勇者一行なのだと。
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